列車型の三両編成の乗り物。とはいっても線路は無く、勢いよく流れている世界樹の樹液の中で微動だにせず浮いている。 これが『幹』への移動手段である。なので、私達は列車の中に入ることにする。 列車の二両目のホームドアに近づくと、扉が自動ドアのように横に開き入口が開くので、そこから乗車する。列車の中は、部屋のような居心地だ。壁には白い光沢のない素材が張られ、床はてかてかした不思議素材が敷き詰められている。前世の都心電車のイメージとは結構違うものがある。つり革も出入り口のポールもない。まあそりゃあ、地球の技術は使われていないしな。 車内には、壁沿いに座席として何やら柔らかそうなソファーがいくつも並べられている。私は共に乗車したオルトを促し、ソファーに座ることにした。 私もオルトもまだ鎧は着用していない。オルトは近衛騎士の幹部用騎士制服と紫マントを着ているし、私はいつもの侍女用ドレスに帽子を被っている。なので、座っても座席を傷付けるということがないため、私達はちゅうちょなく席に座った。 柔らかい。そしてすべすべしている。相変わらずの不思議素材のソファーだ。オルトも気になるのかソファーを手の平でさすっている。 そして、私達が着席したのと同時に、車内の隅で停止していたゴーレムがこちらへゆっくりと近づいてきた。 ずんぐりとした球形のフォルムをした樹脂系ゴーレムだ。二足歩行で四肢があるが、その外観はあまり人間に似せて作られていない。人間に限りなく近く寄せている魔女の塔のゴーレムとは大違いだ。 ゴーレムは私達の前で停止し、音声を発した。「ご乗車いただき、まことにありがとうございます。キリン様とオルト様でお間違いないでしょうか」 世界共通語でゴーレムが確認をしてくる。流暢な喋りだ。そこに合成音声っぽさはない。「ええ、相違ありません」 私も世界共通語を使ってゴーレムに答える。 そして、ゴーレムは続けて音声を発した。「本潜航艇は、『幹』行きとなっております。しばらくの旅をお楽しみください」 そう言い終わると、ゴーレムは再び元の位置へと戻っていった。「なんて喋っていたんだ?」 そう横に座るオルトが訊ねてくる。私は、ゴーレムに言われたことをそのままオルトに訳して言った。「この乗り物は『幹』行きで、しばらくの旅をお楽しみください、だそうです」「なるほど。ああ、姫。国の他の者もいないので、この任務中は敬語は必要ない」「そうか」 そんなに慣れないかなぁ、私の敬語。まあ見た目十歳児に、敬語を使われるのは変というのは解るが。「それでは発進いたします」 と、突然、世界共通語で車内アナウンスがかかった。すると、窓の外に見える翡翠色の世界樹の樹液による奔流が、勢いを増す。列車――脈の潜航艇が発進したのだ。 車内に揺れや加速のGはない。 それも当然だ。国を跨いで超速度で移動するうえに、脈はところどころ曲がりがあるため、乗員に負荷がかからないよう慣性制御されているからだ。 『幹』の魔法技術は、慣性を自在に制御している。「むう、悪竜討伐に向かうときにも乗ったが、なんと面妖な……」 オルトが四年前のことを思い出したのかそんなことを言いだした。まあ、加速の負荷も揺れもない乗り物は、面妖といって良いだろう。「まあアルイブキラに居たら、絶対に触れることのない技術体系だよなぁ」 ソファーをばしばしと叩きながら私もそう言った。 それを受けて、オルトはうむ、と頷く。「しかし『幹』に行くのは初めてだ。昔あれほど切望していたことが、今更になって叶うとは……」 感慨深げにオルトが言う。悪竜討伐のとき、近衛騎士団は『幹』へは寄らず、アルイブキラから直接戦場の国へ向かった。なので、この潜航艇に乗ったことはあっても、『幹』へは行ったことがないのだ。 そんなオルトだが、実は近衛騎士にスカウトする前は『庭師』だった。『幹種』の免許取得を目指して、日々頑張っていたであろうことが予測できる。 元『庭師』なので、馬鹿揃いの近衛騎士団に似合わずインテリだが、なんとこやつ、ゴーレムの世界共通語を理解できなかったのを見て解るとおり、外国語がてんでできないのだ。 おかげで今回の私の侍女としての仕事は、身の回りのお世話ではなく通訳となった。 そんなこんなでオルトと雑談をしていると、案内ゴーレムが再び私達のもとへと近づいてきた。腕部には、何やらトレーを載せている。「テーブルが床から出ます。お気を付けください」 その言葉が終わると、床に魔法陣が光り、ソファーの前に言葉通りテーブルがせり出してきた。 どこかメタリックな見た目をしたテーブルだ。だが、実際に触ってみると、金属的な冷たさはない。「朝食となります」 ゴーレムはそう言って、トレーを二つテーブルに置いた。 私達は朝早く王城を出たため、車内で朝食を食べることになっていたのだ。「ごゆっくりどうぞ」 ゴーレムが去っていく。ゴーレムの言葉が解らないであろうオルトは、テーブルの上のトレーを怪訝な顔で眺めていた。「何だこれは?」「朝食だ」「食事!? これが!?」 思わずといった様子でオルトが叫び声を上げる。 然もありなん。トレーの上には、四角い皿とスプーンが一つ置かれていて、四角い皿には蛍光オレンジ色の何かがみっちりと満たされていた。「飯なのか、これは? 色合い的に絵の具にしか見えん」 そうオルトは疑惑の声を出す。 確かに外観は良くない。蛍光色の絵の具を皿の上にぶちまけ、平らに綺麗に均したような、そんな見た目だ。「いや、そういうのじゃないよ、これは」 私はトレーからスプーンを手に取ると、皿の中身にそれを差し入れた。ぐにゅ、と柔らかい感触が手に返ってくる。スプーンをすくうように動かすと、ややねばねばとした感触でスプーンの中にそれが収まる。それは、ペースト状の何かだった。「樹液潜航艇世界樹トレイン名物、ペースト飯だ」 私はそう言って、スプーンを口元に運び、食べる。オルトはぎょっとした目でその様子を眺めていた。 うむ、まろやかで美味い。「『幹』の食事とはこういうものなのか……」 何かを納得できないといった表情でオルトは言う。 だが、私はそれに反論する。「いや、あくまで車内限定食だ。他で食べられないからレアなんだぞ」 悪竜討伐時の往復では、オルト達は車内で食事を取らなかったのだろう。「そうなのか、しかし何故このような……」「この潜航艇は、『幹』に行く資格がない者達が、高速国家間移動をするためにも使われる。四年前の近衛騎士団達みたいにな。だから、『幹』側としては、この車内で食事を通じて、高度な文明を乗員に見せるわけにはいかないんだ」「高度な文明? 食事に文明が関係あるのか?」 そう疑問の声を出すオルト。それに、私は答える。「あるんだよ。遠くにしか水辺がない場所で、新鮮な魚を食べられるとする。そこには、魚の鮮度を落とさない高度な文明技術が使われている。そういうもんだ。調理法も文明レベルに応じて発達するものだしな」 その説明に、オルトはなるほど、と納得した。「あと、ペースト飯は文化というものをそぎ落としているから、どんな国の人間でも食べられる」 と、追加の情報を与えておく。そう、どんな人間でも食べられる。ペースト状で怪しいからって食えないわけじゃないんだ。食え! 私に促されて、オルトはトレーからスプーンを手に取ると、四角い皿からペースト飯をすくって、口に入れた。「……美味いな」「だろう? ここに乗るたび、結構楽しみにしているんだ」 そして改めて聖句を唱えて食事は開始され、私達はペースト飯を残さず完食した。 満足そうに口元をハンカチで拭くオルト。初めて食べるものだったろうが、満足したようだ。「一皿しかないのに意外と飽きなかった」「だろう?」 ペースト飯の感想を言うオルトに、得意げになってそう返す私。 その後も私達は二人しか居ない車内で、『幹』に到着するまで雑談をして時間を潰すのであった。◆◇◆◇◆「『幹』へ到着いたしました。お忘れ物なさいませんようご注意ください」 そんなアナウンスを最後として、潜航艇は運行を終える。食事以外、見所の無い旅だった。 何せ、窓の外は世界樹の樹液が流れているだけの風景だ。各駅停車もしないし、楽しい列車の旅とはいかなかった。 私達は横にスライドする自動扉から列車を出て、駅のホームに足を踏み入れた。 この駅からは、案内役がつくはずだ。そう聞いている。 私は周囲を見渡した。それらしい誰かは……居た。『アルイブキラ御一行様』とアルイブキラ国の言語で書かれた旗を持った女性が、ぽつんと一人立ってこちらを見ていた。 私は彼女を見たまま、オルトに向けて言う。「彼女のようだ」「ああ」 私はオルトを連れて、女性のもとへと歩み寄っていった。「『幹』へようこそー。アルイブキラの騎士様ー」 女性は旗を振りながら、そうアルイブキラの言語でオルトを歓迎した。 女性は二十歳ほどの若い見た目で、長い銀髪をおさげにしている。服装は、『幹』で一般的に着られるような服ではなく、地上の道具協会の協会員制服であった。「キリンさんもお久しぶりですー」 そう女性は膝をやや曲げ、視線の高さを私と同じにして言った。そして何故か私の頭を撫でてくる。「ああ、久しぶりだ」 帽子が脱げそうになるので女性の腕を払いのけ、帽子の位置を直す。 手を払いのけられた女性は、不満そうに払われた手を見つめた。 やけに馴れ馴れしいこの女性。そう、私の知り合いである。 『幹』の地上管理組織である道具協会の協会員であり、元勇者の旅に荷物持ちとして同行した、いわゆる勇者の旅の仲間だ。 神話に語られる太古から、今現在に至るまでのあらゆる時代の道具を使いこなす、最強の道具使い。 名は――「オルト、こちら道具協会のリネ。今回の案内役らしい」「はい、案内役ですー」 私の紹介に、旗を振って答える女性、リネ。 そして次は、リネにオルトを紹介する。「リネ、こちら近衛騎士団第一隊副隊長のオルト。王国最強の騎士だ」「よろしく、リネ殿」「はい、よろしくです」 そう軽く挨拶をかわす二人。案内役との顔合わせは済んだ。 そして私達は案内役のリネに促されて駅から出ることにした。 駅の建物から出て、そこに待っていたのは、世界の中枢『幹』の風景だった。そこには未来があった。 翡翠色の樹脂で綺麗に固められ、ゴミ一つ転がっていない道路。道を歩く、肌にぴっちり密着した庶民ファッションに身を包んだ二足歩行の昆虫人類――蟻人。人々の助けになれないか道を巡回する案内ゴーレム。床をみがいて進む、清掃用の動く魔法陣。 はたして何十層あるのか、天高く突くように建てられた建造物。宙の至る所に通され、中を一人乗りの乗り物が走っている透明なチューブ。空を行き交い、上空で建物に出入りする原色カラーの空飛ぶ乗り物。人工太陽の代わりに街に光を灯す、遥か天井にあるドーム状の壁面。 ここは未来都市『幹』。技術規制が一切かけられていない世界唯一の場所である。「むう、これが『幹』……」 オルトはそんな町並みを感慨深げに眺めている。 まあ、中世風西洋ファンタジー世界の住人が、いきなりレトロフューチャーの世界に放り出されればこうなるか。 私とリネはしばらく駅前でオルトの都市観察が終わるのを待ち、そしてオルトの「待たせてすまない」という謝罪を受けて出発した。 だが、ここからどこへ向かうのかは知らない。私はリネに素直に訊いてみる。「どこに向かっているんだ」「女帝宮ですねー。お二人の滞在場所になります。とりあえずの予定は、昼食です」 この世界樹の世界において、時差というものはない。全て共通の時間が使われているし、人工太陽の動きも各地で統一されている。人工太陽の無いこの『幹』も、地上の人工太陽の運行に合わせて、照明の色を変えて時間を表わしている。 しかしまた女帝宮とはなぁ。 女帝宮の主、女帝蟻は、蟻人の頂点に立つ存在だ。それはつまり、『幹』で一番偉い存在ということで、世界の支配者の一人と言える。私達はそんな女帝蟻の住む宮殿に招かれているのだ。 そんなことをオルトに話しつつ、私達は女帝宮に到着した。 女帝宮は道路と同じ、翡翠色の樹脂で作られた美しい宮殿だった。 私達は客室に案内される。客室の中は、樹脂製ではなく、壁紙が貼られ床は板張りになっていた。世界樹の樹脂は美しいが、慣れない地上人ではその翡翠色の建材に見ていて気が休まらないと、このような客室が用意されているのだろう。「昼食をお持ちしますねー」 そうリネが言うと、壁に取り付けられていた小窓が開く。すると小窓から光の粒子が溢れ、粒子は部屋に据え付けられていたテーブルへと流れていき、光の道が小窓からテーブルの間に出来る。 そして、小窓から食事の載ったトレーが射出され、するすると光の道を宙に浮いたまま進んでいく。どうやら魔法を使った無人配膳のようだった。 テーブルに並べられたトレーの数は三つ。それを見て私は言った。「リネもここで食べるのか?」「はいー、しばらくお二人と行動を共にするよう言われているんですよ」 なるほど、と私は納得してトレーの上の食事を見る。 丸パンにスープ、サラダにサイコロステーキ、魚の焼き物に葉野菜のおひたし。それがほどよい量載っていた。特異なものは存在しない、無難なメニューである。まあ変な物を出されて、戦いを前に心身共におかしくなるとかあっては困るけれども。 私達は「アル・フィーナ」と聖句を唱えて、食事を始めた。 アルイブキラ国で使われる食器であるトングがあるのは、女帝宮側の配慮だろう。 侍女としてその心遣いに感心していると、パンを食べていたオルトがぴたりと動きを止めた。「パンが、ふわふわしているッ! これはパンなのか!?」 ああー。なるほどね。 アルイブキラ国のパンって、ナンみたいなやつだからな……。あれも発酵はさせているが、この丸パンほどふわふわはしていない。 驚くオルトを心配するようにリネが尋ねる。「口に合いませんでしたか?」「いや、大変美味だ。感心していたんだ」 そう言って、オルトは次にスープに手を伸ばした。 ふむ、このスープは……。「大丈夫か? 塩辛くないか?」 そう私はオルトに確認する。 アルイブキラの貴族飯は、塩分控えめである。塩飴などを用いず食事で全ての塩分をまかなう『幹』の食事は、オルトにとって塩辛かったかもしれない。「いや、問題ない。ああ……騎士になる前のことを思い出す塩加減だ……しかも複雑な味がして美味い」 アルイブキラの庶民飯は、料理の過程で最後に雑に塩を振りかけるからな。それらと比べると、この女帝宮の食事は抜群に美味い。 やがて食事も終わり、トレーは再び小窓の方へと飛んでいった。これ、来賓用の演出なんだろうなぁ……。 そして次の予定はどうか、とリネに聞こうとしたところで、オルトがこんなことを言いだした。「すまない、便所はどこだろうか」「あー、はい、案内しますねー」 リネがオルトを伴って部屋を出ようとする。ふむ、私もトイレの場所が解らないと困るし、ついていこう。 翡翠色の廊下を進み、それらしき場所にすぐに辿り付く。 その前で、リネがまだ持っていたのか『アルイブキラ御一行様』の旗を振る。「こちらが男子トイレ、こちらが女子トイレですー。世界共通マークですので大丈夫ですよね?」 壁に掲げられたトイレを示すプレートを挿しながらリネがそう聞いた。「ああ、すまないな」 そう言ってトイレへと入っていくオルト。「キリンさんは大丈夫ですか?」「ああ、大丈夫」 と、少しリネと言葉をかわしたところで、オルトが戻ってきた。 もうすませたのか? いや、早すぎる。「すまない、なにやら魔法道具がついていて、使い方がわからん」「ああー、そうですよねー」 オルトの言葉に、リネが困ったように言う。 トイレの中に入って説明してあげれば良いのだが、向かう先は男子トイレ。確かにリネも困るだろう。 なので私が行くことにした。「オルト、私が教えるよ」「そうか、助かる」 二人してトイレの中へと入っていく。 男子トイレの中。前世で見慣れた小便器はない。全て個室のようだった。「こちらから頼んでなんだが、かなりちゅうちょなく男子トイレに入ったな、姫……」「元男だからな。気にしないぞ別に。私が居て気にするのはトイレに居る男衆の方だろ。さすがに他に人が居たら入らない」 そんな無駄口を叩きながら、やたらと広い個室の一つに入り、説明を開始する。「便器は解るよな? そう国と違った形はしていないし」 あえて便器部分を地上と比較するなら、便器は宙に浮いていて、自動で座る人の座高に合わせてくれるという点が異なるだろう。「あ、ああ。紙がないようで困ったんだ。そして便器横の謎の魔法道具らしきものが気になる。あと、水洗ならどこで流すやら」 アルイブキラでは向日葵麦の麦わらを使った製紙業が盛んなので、用を足した後に拭くのに紙を用いる。ここにはそれがない。 そして、便器の横には世界共通語で説明の書かれた魔法道具のスイッチがある。前世の地球を知っている人なら、これをシャワートイレと判断するだろう。だが、違う。「これはナノフェアリー洗浄機だ」「ナノフェアリー?」 まあ、聞き覚えはないだろう。ナノフェアリーは非常に高度な魔法で、『幹』くらいでしか使われていない。「用を足した後にこのスイッチを押すと、下半身を洗浄してくれる。紙は必要ない。終わったらこっちのスイッチ。流すのはここのスイッチだ。水洗じゃなくて魔法分解されるけど、焦るなよ」「ああわかった。ありがとう」 理解したようなので、トイレを退室しリネと合流する。 リネが苦笑いしているが、まあオルトの他に利用者はいなかったようだし、説明のためならば男子トイレ侵入も許されるだろう。許してください。 やがてトイレの中から「ぬわー!」と叫び声が聞こえてきて、オルトが戻ってくる。 私は侍女としてオルトの服装が乱れていないかチェックすると、リネに先導されて客室へと戻った。 私達二人が部屋へと入ったことを確認したリネは、『アルイブキラ御一行様』の旗を振りながらまたもや何かを言う。「ついでといってはなんですけど、身体と服の洗浄についてもお話ししておきますねー」 ……ああ、あれか。 確かに『幹』では説明が必要だ。「アルイブキラの方には残念なことに、この女帝宮にはお風呂がありません」 リネの話を受けて、オルトはふむ、と頷いた。アルイブキラは水が豊富な国だ。なので、水浴びや風呂といった文化が存在している。 リネは、さらに言葉を続ける。「濡れタオルで身体を拭くとかじゃないですよー。お風呂の代わりに、ナノフェアリー洗浄をするんです」 ナノフェアリー洗浄と聞いて、オルトの顔が苦々しいものに変わる。まあ、トイレで経験したからね。「部屋の壁のこの部分にですねー、洗浄機があるんです」 そう言いながらリネは壁際に移動し、壁に据え付けられたパネルの前に立つ。あのパネルは、魔法道具の操作画面である。「このボタンを押すとですねー、ナノフェアリーが出てきて……」 リネがパネルを操作すると、壁から青い光の粒子が噴出された。それは瞬く間にリネの全身を覆う。「このナノフェアリーが服と一緒に全身を洗浄してくれるんですよー」 言葉を発しながら、リネはまたパネルを操作する。すると、リネを覆っていた光の粒子が壁に吸い込まれて消えていった。 さっぱりした、といった顔でリネがこちらに笑みを向けてくる。 ナノフェアリー洗浄とは、ナノサイズの人工妖精を作り出す魔法で、そのサイズで服の隙間から入り込み、妖精の力で洗浄を行うものである。自然の妖精と同じくアストラル体に構造を変更もできるため、やろうと思えば隙間の無い金属を着込んでいても、透過して洗浄が行えたりする。「以上、洗浄機の説明でしたー。では、騎士様、洗浄試してみましょうか」 そうオルトに話を振るリネ。話を振られたオルトはというと、渋い顔をして頷いていた。一度目の洗浄体験がそんなにショックだったのだろうか。慣れないと、あれぞわぞわするからな。「やらねばならんか」「はい、やって覚えてくださいねー」 リネに促され、パネルの前に立つオルト。そして、パネルをいじった。「ぬわー!」 粒子に包まれるオルト。今頃全身ぞわぞわしていることだろう。「はい、もう大丈夫です。止め方は解りますよね?」「ああ……」 そう返事をしてパネルを操作するオルトだが。「ぐわー!」「ああ! それは強ボタンです!」 リネと私が慌ててオルトのもとへと、パネルを操作しに駆け寄る。 今回の討伐に付いてきて良かった。オルトは今後も明らかに『幹』の文明に振り回されるだろう。 こういうのは、侍女として仕えがいがあると言っていいのだろうか。まあでも、主人の外出に付いていくのも侍女のお仕事だよね。