私の勤め先、クーレンバレン王城の城下町は、この国アルイブキラの首都である。私はもっぱら王都と呼ぶことが多い。 そんな王都は石造りの街だ。 この国の地下資源(地面の下にある世界樹の枝が、実のように生やす資源という意味だ)は、鉄や銅といった生活に必要な金属資源をほとんど含有していない。だが、その地下資源に金属はなくても岩石は豊富だ。 各所に採石場となる岩山があるので、建材として石材が用いられる。 シンプルに四角く加工された石を積んで家を作る。 だというのに、王都の家はまるで一枚の岩から削り出したような、つるりとした外壁に仕上がっている。これは、大工や左官工に石の魔法を使える家系の者が多く居るためだ。 石と石を魔法で接合させることで、積んだ石を一枚の岩壁のように再加工しているのだ。なめらかな外壁は、表面を塗料で塗るのも容易なので、町並みはなかなかカラフルである。 また、石ではなく、レンガ積みの家屋もところどころに混じっている。レンガ用の粘土も、王都周辺で産出されているのだろうか。そこまでは私は知らない。 ちなみに木造の家はない。 地方の町村では木造の家も珍しくはないのだが、ここ王都では、木造の家は法で建造が規制されているらしかった。 王族の住む王城があるため、いざとなったらここ王都が戦場になるかもしれない。 そのとき簡単に火が付けられる木造の家は、防衛上問題があるのだろう。 平時でも火移りによる大火災は怖い。火の魔法や水の魔法で消火活動を行うといっても、すぐに119番できる電話があるわけでも、即座に現場に駆けつけられる消防車があるわけでもない。 ちなみに消防車のような自動車はない世界だが、獣に車体を引かせる馬車はあるため、王都の道は道幅が広く取られている。 普段ならば道の真ん中を馬車が通り、人は道の脇を通って歩く。 だが、大収穫祭の今日この日、道は全て歩く人々で独占されていた。 点在する屋台には人が群がり、用意された椅子に座りながら新鮮な作物を使った料理を食べている。 前世の日本でいう神輿や山車のようなものなのか、収穫を祝うオブジェを引き連れた音楽隊が、楽器を吹き鳴らしながら街を練り歩いている。 世界樹教の聖職者達が実りを讃える聖句を唱え、聖なる光をあちらこちらで振りまいている。それを見た一般人達も聖句を唱え光を撒き散らしていた。 この世界では魔法の才がない者も聖句を唱えれば、世界に満ちた魔力が反応し光と共に祝福が返ってくる。なので、収穫を祝う聖句を皆で唱え合い、街中は水かけ祭りならぬ光かけ祭りの様相を見せていた。 音楽隊の中には合唱隊を引き連れたものもあり、聖歌を歌ってはこれまた光のエフェクトを周囲に飛ばしている。 屋台では料理だけでなく酒も売られている。ちょうど一年前に収穫された作物を使って作られたものだ。 果実酒に穀物酒。それらを加工した蒸留酒まである。「うはは、やっぱり王都は賑やかだねー」 そんな屋台の酒を自前のコップに注がせ、飲みながら道を歩く者がいた。 一目で貴族のそれとわかる仕立ての良い服。オールバックに固めた黒髪に、艶の良い口ヒゲの男。名はレン・ゴアード・パルヌ・ボ・バガルポカル。バガルポカル領を領地に持つ侯爵であり、私の侍女としての同僚ククルの父親である。父と同じ黒髪をゆるやかに編んで肩から垂らしたククルは、そんな父と腕を組んで嬉しそうに歩いている。「屋台一軒目から酒とは飛ばしているな」 金属細工の入ったコップで酒を飲むゴアードに向けて、私はそんなことを言った。 屋台で酒を買ったのはゴアード一人だ。 ククルも私も祭の最初から酔う気は無く、何も酒屋台では買わなかった。 侯爵の護衛として付いてきている二人の男も、当然酒は口にしていない。 私とククルの二人は共に王城を出た後、すぐさまゴアードの待つ屋敷へと向かった。そして父と娘の再会の挨拶もほどほどに、街へ繰り出すことになった。祭りを前にしてククルが我慢しきれなかったのだ。 親バカであるゴアードは、ククルの言うがままについてきた。 だが、そこで駆けつけ一杯するあたりこいつも祭りでテンションが上がっているようだった。「みんなは飲まないのかい」 ゴアードはコップをずいっと護衛の男に向けて押し出す。当然護衛は「護衛中ですので」と断った。 その様子にどこかしょんぼりして、今度は私に向けてコップを突き付けてくるゴアードだが。「一日は長いんだ。いきなり酔って前後不覚になるのは勿体ないよ」「キリンは酔おうと思わなければ酔わないじゃないか。内臓機能がどうたらとか言って!」 そんな言葉と共に、コップを口に付けてぐいっと酒を飲み込むゴアード。ちなみに蒸留酒である。飛ばしまくりだなこいつ。「お姉様は酒豪ですからね」 そんな私達のやりとりを父にしがみつき、笑いながら眺めていたククルがそう言った。 まあ私は酒豪じゃなくて、魔人の身体がアルコールを毒とみなして勝手に分解してしまうだけなんだけれど。 だからといって酒を飲むわけにはいかない理由が、私にはあった。祭りの日だし、昼間から酒を飲むこと自体には抵抗はないのだけれど。「なあ、ちょっと催し物に出ないか、ある人に誘われていてね。二人さえよければ、それに顔を出そうと思うのだけれど」 酒の匂いを振りまきながら頼まれごとに出るのは、ちょっと避けたいと思っていたのだ。「催し物ですか! 楽しそうですわ!」「そうだね、楽しそうなら行かないとね」 ククルの反応に、すぐに賛同の声を上げる親バカ。「じゃあ、近くの特設会場まで行こうか」「特設会場? ずいぶん立派そうな催し物に出るんだね」 どこか楽しげにゴアードは私に声を投げかけてくる。それに対し、私もニヤリと笑って言葉を返した。「まあ、国王陛下が直接見にくるようなものだからね」 私の言葉にゴアードはぎょっとした顔になった。 はい、私を誘ったある人とは、国王陛下ご本人です。◆◇◆◇◆ アルイブキラ記念公園。王都の市民達に憩いを与えるために作られた、緑豊かな自然公園である。何が記念なのかは知らない。 敷地面積は中々に広く、催し物を開催するためのイベント会場が、この公園の敷地内に何個も設けられているらしい。 私達が公園に足を踏み入れると、さっそく何かイベントが繰り広げられているようだ。 身なりの良い服を着た人達が集まっていて、さらにオープンカフェの如く何個も設置されたテーブル席があり、それぞれ二人一組で座っている。 何が行われているのか、と疑問に思ったが、すぐにわかった。のぼりが立っている。『ティニク商会公認 大収穫祭トレーディングカードゲーム大会』 ……知り合いの催し物だわこれ。「キリンお姉様の言った催し物って、カード大会ですのね」 納得したようにククルが頷いているが。「いや、違うぞ」 私はノータッチです。「違うんですの?」「国王がカードの公式戦を見に来ることはないんじゃないかなぁ。さすがに」 多分だけれど。 世界樹教を巻き込んだ大規模な儀式に発展してしまったトレーディングカードゲームだけれど、大収穫祭中のクソ忙しい王族が見に来るほどのものではない。はず。 しかし、公園で公式大会か。 私のイメージではカードのようなテーブルゲームは屋内でやるものだ。 しかし、ティニク商会会頭のゼリンが言うには、屋内では内輪の閉じたものになってしまうので、公式大会はできるだけ人目に付く屋外大会にしたい、らしい。 私は大会会場をぐるりと見渡す。魔力の反応がある。 屋外でカード遊びをするときの天敵と言えば、風と雨だ。ただし、今日は雨が絶対に降らないことが確証されている大収穫祭である。 この世界の天候は自然のものではなく、人工的に作られるものだ。空に光るのは人工太陽。雲は無く、天蓋魔法陣から雨が降り注ぐ。その人工太陽の光具合や、雨量を調節している世界の中枢にコンタクト出来るのは、この国では王族だけなのだ。王都の大収穫祭は王族が主催だ。 雨は降らない。そしてこのカード大会主催側は、風でカードが飛ばないよう、風使いの魔術師まで用意して大会敷地の四方に配置しているようだった。抜かりはないようだ。「あれ、侍女長ではありません?」 と、隣でゴアードと腕を組み歩くククルがそんなことを言った。 ピンク色の髪の毛をした三十代半ばほどの美しい婦人、侍女長。私達の職場での上司。そして……トレーディングカードゲーム好きを公言してやまない女史だ。今日は私達と同じように、仕事は休みをもらっているはずだった。 そんな侍女長が、いつもとは違う服装でこのイベント会場にいたのだ。彼女の今の服装は、トレーディングカードゲーム対戦儀式の正装の一例とされる、代表的な上位貴族が着るドレスだった。「ごきげんよう、侍女長」 そんな侍女長に、挨拶をする。知り合いを見かけたのなら、挨拶はしておかないとな。 おや、と侍女長は目を瞬き、そしてにっこりと笑みを返してきた。「ごきげんようキリンさん、ククルさん」「こちら、私の父です。お父様、こちら王城の侍女長様です」 組んでいた腕を離して、ゴアードを紹介するククル。「どうも、わたくし、レン・ゴアード・パルヌ・ボ・バガルポカルと申す者です」 その言葉と共に、ゴアードは厳かに貴族の礼を取った。「まあバガルポカルの侯爵様でいらっしゃいますか。初めまして」 侍女長もうやうやしく礼を返す。 そうして四人で二、三ほど世間話をしたのち、侍女長が言った。「キリンさん、審判やっていきませんか?」 審判。トレーディングカードゲームの審判だろう。私は世界樹教が保証するゲームマスターの資格を持っているから、誘われているのだろうが……。「すまないね、もうお呼ばれしているところがあるんだ」「あら、それは残念」 そうして侍女長と祭りの聖句を交して別れる。聖なる光が宙に舞う。 ちなみに私は聖句を言っても光りはしない。いつものことだ。 気を取り直して再び三人と護衛二人で記念公園を歩いていく。 公園内には、ずらっと屋台が建ち並んでいた。この記念公園はこの大収穫祭のメイン会場の一つだ。 人が多く集まるので、屋台も多い。「お父様、笛になるお菓子ですって!」「鳴らして楽しんで、飽きたら食べられるということか。どれ、一つ買うかな。ククルはどうだい?」「欲しいです! お姉様は?」「私はいいや」 奇妙な形をした笛菓子を二つ露店から買い、二人は菓子を咥えて笛を鳴らす。「ピィー」「ピィー」 しかし、完全に駄菓子だなぁ、あれ。祭り価格で割高なのも面白いポイントだ。「ピィー」「ピィー」「次の屋台は……光る魔道具の腕輪か。素材がいかにも玩具って感じで壊れそうだけど、値段相応かな。二人はいるかい?」「ピィー」「ピィー」 首を振り否定する二人。……いや、鳴らしてないで喋れよ。 その次の露店は鉄板焼きの食べ物屋だった。「何か食べてく?」「ピィー」「ピィー」 ……うるせえ! そう思っていると、二人は笛菓子を吹くのをやめ、口に放り込んで食べ始めた。 もぐもぐと親子仲良く口を動かす二人。仕草がまるで同じで、本当に親子だよなこいつら。「ん、菓子を食べたので食事は必要ありませんわ」「同じく」「そうか」 そうして私達三人と護衛達は、しばし道なりに立ち並ぶ露店を冷やかして回った。「眺めているだけで楽しいです」「そうかい、それなら連れてきてよかったよ」 ククルの言葉に、私も笑ってそう返した。そうして進むうちに、公園内にある広間に出た。 そこにはイベント特設会場が設けられ、すでに多数の観客達が臨時客席に詰め寄せていた。「着いた。ここのはずだ」 持ってきていた地図を確認する。うん、確かにここだ。 私達は会場の横を進み、イベント係員の集まる場所を見つけて近寄る。「ゲストに呼ばれていたキリン・セト・ウィーワチッタだ。連れが四人居るがいいかな?」「はい、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」 そうして係員に案内されたのは、会場の客席の前列にある来賓席だった。 席の前方は、劇でもするかのように一段高く石組みの舞台が作られている。後方には、芝生の上に縄で前後席を区分けしただけの簡易な客席。席はそこそこ埋まっている。 そんな会場を眺めていたが、同じようにククルも後ろの客席を振り返っていた。「……何かここのお客様達、他とは何かが違うような」 彼女は何か客層に違和感を感じたようだ。 そしてその違和感は正解だ。今回行われるイベントは、祭りを楽しむ王都の町人とは層が異なる。「ああ、そうだね。確かに違うだろうね」 見て解る違いの一つは、体格。この会場にいる観客は、男も女もどこか体付きががっしりとしている。 もう一つは、服装。彼らの着ている服は、王都の町人が着ているような、安くて量産可能な量販店ファッションとはまた違うものだ。 王都の人間より立派な服で、それでいて貴族ほど豪華ではない。彼らを前世の言葉で表わすならば、豪族。その実態は……。「彼らは農民さ」「農民……! 確かに、領地の農村の方々が収穫祭で着るような立派な服です!」 この国において、農民とは富裕層にあたる。選ばれたエリート家系がなる立派な職業なのだ。 だから、農作業時間外に着る服は、収入に見合った立派なものになる。王都でその日暮らしをする町人とは格が違うのだ。 そして、そんな地方の農民達が集まるのが、この催し物。「地方の農民の方々がわざわざ王都までいらしているなんて……一体何が始まるのでしょう」「ふふ、さてね」 思わせぶりにククルに笑ってみせる私。いや、すごいものなんて別にないんだけれどね。『皆様お待たせしました!』 拡声の魔法道具で届けられたアナウンスの声が、会場に響き渡る。 いよいよイベント開始だ。『ただいまより、オラが村、力自慢大会を開催します!』 その宣言と共に、後方の客席から野太い歓声がどうっとあがる。 国中の各村より力自慢を集めた力自慢大会。 私がゲストで呼ばれるイベントなんて、こんなものだろう?