侍女として斡旋された先は王城でした。 ……ちょっとわけがわからない。 王城と言えば王城である。王国の中心であるあの王城である。 王族が住み、政務を行う多くの貴族が勤めており、近隣国で最強と名高い近衛騎士団の宿舎があり、世界の中枢である『幹』との関係も深い宮廷魔法師団があり、若き国王の側室が集められた華やかな後宮があり、薔薇(のような花)が季節問わず咲き乱れる有名な植物園がある、あの王城である。 『庭師』時代に何度か訪れたことはあるが、あくまで客の立場として短期間滞在したことがあるだけだ。 それが今や侍女である。 この国における侍女とは、貴族の屋敷などに住み込み、主人や客人の身の回りの世話をする女官のことを指す。 その仕事の性質上、侍女は貴族や豪商などの高い身分の家柄を持つ子女がなる。終身雇用先として侍女になることもあれば、貴女の花嫁修業として短期間侍女を務めることもある。 少なくとも『庭師』出身の私がなるような仕事ではない。 いや、これでも私の生まれは一応少数民族の姫であり、『庭師』の冒険の最中にその遊牧民を見つけて姫の証明を受けてはいる。 ただ、魔物を狩って野をかけずり回ってきたような私が王城の侍女になるなど、前代未聞の事態なのだ。 どこかの辺境貴族の屋敷付き侍女なら別に問題はないか、と例の侯爵の話を受けたわけだが、斡旋先が国の中心など予想だにしていなかった。 王城付きの侍女。 侍女の仕事柄、王城に住み込むことになる。これはまあ問題ない。 私の経歴はまだ有効な『庭師』の免許がしっかりと保証してくれている。過去の怪しい人物ではないと声を高くして断言できる。声帯がないので声はでないが。 侍女の業務。 王城で要職について働く人々はいずれもやんごとない家柄の人々だ。侍女はそんな人々の身の回りの世話をする。 これが問題だ。免許で経歴が保証されているとは言っても、私自身の身分が高くなるわけではない。とある民族の姫だと言っても、この国にいる誰もが「どこそれ」と首を傾げる知名度だ。そもそも姫として育ってないので王城という場で侍女の業務をするには支障がある。 いや、私自身は侍女になると決めた時点で貴族社会に馴染む気満々だ。だが、私に奉公を受ける側の人からすれば、『庭師』出身の娘が侍女としてうろつくのにどういう反応をするのか。 侯爵推薦というカードがどこまで通用するのやら。 これが下女なら問題はなかった。 下女は位の低い女官のことで、貴族の娘である侍女に任せられない掃除だとか洗濯だとか力仕事だとかを受け持つ。 うむ、下女の仕事は得意だ。魔女の塔は私一人で管理しているので掃除や洗濯はお手の物だし、力仕事なら一般人が一〇〇人がかりで持ち上げられないものでも持ち運べる自信がある。 王城だと下女もそれなりの身分の者である必要があるが、別に『庭師』出身でも問題は感じられない。 『庭師』は貴族の子女がなるような職ではないが、厳正な審査を通過した者だけが上に登れる平民憧れの職業なのだ。さすが免許制。 奉公先が王城と知って、私は王城なら下女にしろと侯爵に言った。 言ったのだが、侯爵は侍女でいいと頑なに意見を変えなかった。というかすがりついて侍女になってくださいと嘆願された。 そもそも私は選択肢の一つとして侯爵を頼っただけで、侯爵の紹介してくれた仕事に就く必要はない。だが、『庭師』をやめるなら王城付き侍女になってくれとお願いされてしまったのだ。 その理由はと言うと。「キリンお姉様! お待ちしておりました!」 リレン・ククル・パルヌ・ボ・バガルポカルが、花嫁修業のため王城付き侍女として奉公しているからだった。 リレンとは侯爵家の子供を指す名。つまりは、私より先に侯爵家から一人、愛娘が侍女として王城に住み込んでいるわけだ。 バガルポカル侯ゴアードは親バカであった。 一年と少し前、私は侯爵に「娘が家を出ていってしまう、どうにかしてくれ」と泣きつかれたことがある。 知らんがな。 とそのときは返したものの、渋いアラフォー親父がだだをこねて泣く姿にはなんともいえない微妙な気分にされたものだ。 そして今回侯爵から斡旋された仕事先は、ククルと同じ王城付きの侍女。 つまり私は、ククルのお目付役としてここに送り込まれたことになる。「久しぶりだな、ククル。元気だったか」「はい!」 父親ゆずりの黒い瞳をキラキラと輝かせてククルが答える。 彼女の頭には前世の日本を思い出させるような艶やかな黒髪が綺麗に結い上げられており、白く透きとおった首筋が美しく浮き上がっている。 うむ、簡単にへし折れそう。 じゃなくて、立派に育ったものだ。彼女のことは乳飲み子だったころから知っているが、私のように途中で背の伸びを止めることもなく、立派な貴族の子女として美しく成長した。 両親に甘やかされて育った完全な箱入り娘だったため、侍女として奉公すると聞いたときは侯爵ほどではないが私も驚いたものだ。 奉公の理由が、『庭師』として世界中を回った私の冒険話を聞いて、自分も屋敷の外の世界を見てみたくなったからだと聞いたときは、私も苦笑するしかなかったが。あと侯爵ににらまれた。「侍女長に書面を渡すよう君の父から言われているんだが、ククルが案内役ということでいいのか」「はい、侍女長に無理言って案内の役目を受けさせてもらいましたの!」 ここは王城の門前。 城へと参上した私は門番に新たに侍女として赴任してきたことを伝えたところ、迎えが来るので待つよう言われていたのだ。 通常、新たに奉公しにやってくる侍女は、身の回りの荷物を乗せた馬車(正確には馬のような草食動物の引く車)で参上するのが普通だと侯爵が言っていた。 しかし私はそれほど荷物などない。元々が鎧と武器と野営道具だけで世界中を回っていたような人間だ。それらを持つ必要がないなら、いくらかの着替えと路銀だけ持って徒歩で王都に向かった方が速い。魔人なので馬より速く走れる。 そんなわけで私は、平民上がりの下女のように一人で王城に参上したわけだ。 迎えとしてやってきたククルと言葉を交わしている最中も、門の詰め所の兵士達がじろじろとこちらを見てくる。 やはり侍女の一人登城というのは珍しいのだろうか。「なんかどこかで見たことねえ?」 私の無駄に高性能な聴覚がひそひそと話している兵士の言葉を捉えた。「いや、貴族の子なんだから、どっかの夜会で見た覚えがあってもおかしくないんじゃねえか?」 うん、すまない。私は王城のパーティに参加したことはあるが、貴族の夜会に出た覚えはほとんどない。 きっとあれだ。前の仕事で鎧と大戦斧を身につけて登城したときに、私を目にすることがあったんだろう。 そして今の私は侯爵に貰った貴族用の外出着を着ている。そのギャップで同一人物だと気づけないんだろう。ただ、それを彼らに指摘する必要は特にはない。「それではお姉様、案内しますわ。ようこそ、クーレンバレン王城へ!」 ククルに手を引かれ、私は王城の中へと足を踏み入れた。 別に手を繋いで貰う必要はないのだが、ククルのニコニコとした笑顔を見るとそれを言うのも野暮かと思いおとなしくすることにした。 ゴアード侯とは昔から依頼主と『庭師』という関係だけではなく、気の置けない友人として良好な関係を築いていた。 ゴアード侯と知り合ったのはククルが生まれるより前のこと。彼には友人として屋敷に招かれることも多く、娘のククルにはいつの間にか姉のように慕われるようになっていた。それで呼び名が「キリンお姉様」だ。 もっとも、ククルの歳が十を超え立派な少女となった今では、手を引かれる私の姿は姉ではなくむしろ妹のように周りから見えることだろう。 元日本男児としては情けないものだが、さすがに永遠の幼女となって二十年弱。そういった待遇ももう慣れたものだ。 手を引かれるまま門をくぐり、王宮の中へと入る。 先を行くククルから、ほのかな薔薇(のような花)の香りがかすかに鼻に届いた。 ククル、色を知る歳か。 いや、王城付きの侍女としてはその程度のおしゃれはして当然なんだろうがね。 さらにいうと私の嗅覚が魔人として秀ですぎているだけで、実際は周囲に香りを振りまかない程度の控えめな量の香水を身につけているだけだろう。 いや、香水じゃなくて香り袋か? 物理的に子供を持てない私としては、この娘の少女としての成長にほのかな嬉しさを感じる。 『庭師』として目をかけた若手達の成長は、誰もが切ったはったの血なまぐさい香りと一緒だった。 だが、今私が足を踏み入れようとしている新たな人生は、そういった荒事とは無縁の安定した公職の世界なんだな、と心がほんわりとする。 ちなみに私も血なまぐささぶっちぎりの人生を歩んで参りました。 魔物は大地の悪意が染み出した魔力の塊だから切っても血はでないが。だが、魔物以外にも巨獣とか生物としての竜とか人間とかは斬ったら血のシャワーを全身に浴びるわけで、今生の私の青春は血の香水の香りを周囲にぷんぷんと漂わせていました。 すげえ! 薔薇オーラ満載のククルとは正反対の生き方だ! それでも彼女のお目付役として侍女になった以上、薔薇は無理でも青百合(のような花)のオーラを身につけてみせるぞ。 花言葉は新たな門出。ちなみに何故そんな高尚な知識を身につけているかというと、ここに来るまでの侯爵夫人のスパルタ貴族社会入門教育のたまものだ。 とまあ、ククルの成長を嬉しく思いつらつらと無駄な思考を日本語でぐるぐると巡らせているうちに、私達の進む廊下の様相が少しずつ変わってきたことに気づく。「ふむ、使用人用の通路……いや、生活圏かな?」 見張りが幾人も直立不動していた王宮の入り口とはうって変わり、今進む通路では下女や小姓達が慌ただしく行き交っている。 私の言葉に、ククルは無駄に尊敬の視線が混じった笑顔を私に向けると、その砂糖菓子のような甘い声で答えた。「ええ、しばらくお仕事に慣れるまで、キリンお姉様はこのあたりを生活の場所にすることとなるでしょう。市井出身の方も多くいらっしゃいますし、過ごしやすいかと」 ふぬん。この程度の誰でも気づきそうなことで、感心した目を向けられても困るのだがね。「侍女長の執務室はこの近くです」「侍女は侍女、下女は下女と女官の位で仕事場が隔絶されていないのだね」「侍女は力仕事をしませんし、汚れた王宮の掃除もしません。しかし、そういった仕事が必要な場所を侍女が見つけることがあります。そのときに私どもは下女の方に的確に仕事を割り振る必要があります」 中間管理職というわけか。「もちろん、下女の仕事内容を下々の者が行うものとして見下している侍女は、この城では居ませんわ。仕事の違う女官同士が円滑なコミュニケーションを取ることで王城が回っている、とは侍女長の言です」 ふむ。ふむふむふむ。これはこれは。「ククル、見ない間に一人前の貴族になったな。外面だけではなく内面もとても美しく育って、姉の立場として非常に誇らしい」 ククルが王城付き侍女の仕事に誇りを持っていることがよくわかる。働いている姿はまだ見ていないが心構えは一人前だ。 そしてもう一つわかったことがある。少なくともククルの周囲における女官という仕事は、とてもやりがいのある仕事なのだろう。 昔から無理難題ばかり持ちかけてきた侯爵も、たまには良い仕事を持ち込んでくれるものだ。「……キリンお姉様」「なんだね」「ぎゅっとしていいですか」 ふぬ? ってああ、ぎゅーってされた! 敵意も悪意も何にもないから完全な不意打ちでぎゅーっとされた! 待て、今の流れでは私の方からククルをぎゅーっとする場面じゃなかったのか。 くそう、匂い袋から漂うほのかな香りが心地良いじゃないか。◆◇◆◇◆ ククルに手を引かれ侍女長のいる部屋にやってきた私は、侍女長に侯爵からの書面を手渡した。 紹介状である。 もちろん、事前に王城には侯爵家から私の細かい経歴を載せた推薦状が送られている。今回のこれは、侍女の仕事を始めるにあたっての身元照合のようなものだ。 この国には写真技術がない。カメラと似たような役割を持つ魔法や魔法道具は存在するが、一般には広まっていない。 なので、王城に来て新人侍女ですと言っても、ちゃんと本人かどうか確認する手順を踏まなければならないのだ。 紹介状には侯爵のサインと魔法印がしっかりと記されている。 侍女長は魔法のレンズでそれの真贋を確認すると、紹介状から視線を外し私に向かって薄い笑みを向けた。 三十代半ばほどの美しい婦人だ。結い上げられたピンク色の髪がなんとも異世界情緒を感じさせる。「キリンさん」「はい」 侍女長の服はククルが着ていた服の色違いのもの。 おそらくこれが侍女の制服なのだろう。 荷物を抱えて廊下を動き回っていたエプロン姿の下女の制服とは違い、貴族の士官達の周囲に侍るのに相応しいシックなドレスだ。 ドレスとは言っても動き回るのに邪魔にならないよう、装飾が省かれた控えめなものだ。 私もこれの色違いを着て働くことになるのだろうか。女に生まれ変わって三十年弱立ったとはいえ、こういった服は苦手だ。「侍女の業務を始める前に一つ、あなたにお願いしたいことがあります」 と、紹介状を読み終わった侍女長にそんなことを言われる。 さて、新たな上司の指示だ。 頑張って侍女の仕事を覚えて第二……いや、第三の人生をスタートさせよう。 などと気合いを入れた私に向かって侍女長が続けて言った言葉は、予想だにしていないものだった。「サインをいただけますか」「……はい?」 侍女長の手にはいつの間にか、私の姿絵の描かれた一枚のカードが握られていた。◆◇◆◇◆ この王国を中心にして、私は二十年の間『庭師』、つまりは冒険者として第一線で活躍し続けた。 生まれついての魔人としての力、魔女の後継者としての強い魔力、そして転生者としての特異な知識。それらを活かして思う存分冒険を楽しんだ。 物語の中で語られるような大事件の当事者となることもあり、この王国で私はちょっとした有名人になっていた。 私よりすごい『庭師』はいくらでもいる。が、私は目立つ。 なにせ見た目十歳の幼女が、成人男性の背丈を超える大きな剣や戦斧を振り回して飛び回るのだ。これでもかというほど目立つ。 さらには私が商人にした助言を基に作られ、貴族向けの娯楽品として大ヒットした『トレーディングカードゲーム』。 そのヒーローカードに私の肖像が特別に採用されたことが、私の知名度向上に拍車をかけていた。●剛力の魔人種類:戦闘カード攻:12防:3種族:人間・魔人属性:鉄特殊能力『貫通』:相手の魔法属性以外の防御カードを1ターンに1枚破壊する特殊能力『失声』:このカードは音属性の補助カードをエンチャントできない 脳筋一直線のレアカードである。幼女姿なのに斧を構える姿絵が無駄に格好良く、王国の貴族の間では一枚が小さな宝石一粒ほどの価値で取引されているらしい。 そういうわけで、私はカードに直筆のサインを侍女長にねだられてもちっとも不思議ではない立場なのだ。 立場なのだが。「ククル、もしかして城の人達は『キリン』が侍女になったとみな知っているのか」「どうでしょう。少なくとも私の周りの侍女の方々は知っていますわ。私が広めましたもの」 ふむん。皆に侍女長のような反応をされたら、ちょっとどうしていいかわからない。 いや、さすがに自意識過剰か。この王城には私よりすごい騎士だとか魔導士だとかが勤めているのだ。 サインによって上機嫌となった侍女長に、「今日は来城で疲れているだろうから宿舎でゆっくり休んで欲しい」と言われた私は、ククルに案内されて王宮の廊下を再び歩いていた。 私の持参した荷物は侯爵夫人から貰い受けたいくらかの服と下着、それと魔女の塔から持参した不自由しない程度のお金だ。念のため『庭師』の免許も持ち歩いている。「夫人に言われたとおり、これしか荷物を持ってきていないのだが、足りるだろうか」「ええ、生活に必要なものは宿舎にそろっていますから。それにしても、ふふっ……」 ククルは私を見ると何かおかしいのか口元に手を当ててくすくすと笑った。 その仕草がとても可愛らしく、本当にあの渋親父の娘なのかと疑いたくなる眼福さだ。女の身だが美しい少女は見ていて癒される。「侍女として城に上がるものは、大抵馬車一杯のドレスを持参するのですよ。仕事着は支給されますのにね。持ち込んだ荷物のほとんどを積んだまま馬車が戻っていくのが風物詩なのですけれど……うふふ、お姉様、まさか徒歩で来るなんて」「侯爵領から馬車で参上するなど、遅すぎて耐えられないよ」「そうですわよね。ああ、もう私の背ではキリンお姉様に背負っていただいて庭を駈ける遊びができないのですね」「背負うのが無理なら抱きかかえるさ」「ふふ、こんな小さな子に抱えられる姿を他の人が見たら驚かれますわ」 好きで小さい子の姿でいるわけじゃないやい。 まあククルも冗談で言っているのだろう。このような歳になってまで『ニトロバイクごっこ』を本気でせがんでいるわけはない。 冗談を言い合える同僚が新しい仕事場にいるというのは幸先の良いスタートだと言える。 いや、同僚ではなく先輩か。職の先達を『先輩』と呼ぶ風習はこの国にはないが。「侍女の宿舎は王宮から離れた場所にありますわ」 ククルが勝手口を開け、王城の庭に私を招く。 高い壁に囲まれた王城は、いくつかの建物に分かれている。中枢である王宮の他に、騎士団の訓練所や魔法の研究塔、後宮、植物園など、壁に囲まれた土地の中にそれぞれ別の建物が用意されている。と、以前王城に招かれたときに説明を受けた。 女官の宿舎もそういった中の一つなのだろう。「男子禁制?」「男子禁制ですの。……どなたか殿方を連れ込むご予定でも?」「それはない」 男子禁制か。元日本男児としては少々ハードルが高い場所だ。 冒険者である『庭師』として二十年間過ごしたが基本男所帯であったし。「それは安心しました。侍女の宿舎は二人部屋ですので」「貴族の子が住むのに二人部屋なのか」「女官に広い場所を割り当てられるほど王城は広く作られていませんわ」 言われてみればそうか。いくら王城とはいえ、使用人の一人一人に広い部屋を与えていたら、それだけで敷地内に高級ホテルが建ってしまう。スペースを無駄に広く取っても警備上の問題とかがあるだろう。「こちらの建物ですわ」 石造りの立派な建物が目の前に見える。うむ、王城の敷地内に王都ホテルが建っているぞ。 いや、それほど巨大な建物ではないが、いかにも高級な作りをしている。丁寧に掃除が行き届いているのか外壁がぴかぴかに磨かれ輝いている。 大理石? いや、この世界の石材事情には詳しくないが。 漂う高貴なオーラに怯む私をククルが手を引き建物へと招く。 観音開きの豪華な扉が、ククルの空いたもう片方の手によって開かれる。 ぐわー、なんだか男子禁制の高貴なオーラに、元一般人の男の魂が焼かれる幻覚がー。「皆様、キリンお姉様をお連れしましたわ!」 建物内に足を踏み入れたククルが、そんな言葉を突然叫んだ。 すると、わずかにおくれてわっと建物の奥から声が響き、扉を開ける蝶番の音が次々と無駄に聴覚の良い私のもとへと届く。 そして、宿舎の玄関ホールに、年若い少女達が集まってきた。「え、えーと、ククルこれは?」「今日非番の同僚の方々ですわ」 少女達は皆私の方に視線を向けている。注目されるのには慣れているが、このシチュエーションは初体験だ。 少女達は私を遠巻きに眺め、口々に「可愛い」「お人形さんみたい」「抱きしめたい」「ご奉仕したい」などと言葉を交わしている。 非番の同僚の方々。つまりは、少女達は皆この宿舎に住む侍女なのだろう。 そんな私服の侍女達の手には、みな同じものが握られているのに私は気づいてしまった。 『トレーディングカードゲーム』、ヒーローカード『剛力の魔人』。 おおう。 つまりは彼女達は侍女長と『同じ』人種なのだろう。 『庭師』として王国で武勲をあげた永遠の幼女『剛力魔人姫キリン』に憧れを持つ夢見る少女達だ。「キリン様! サインいただけますか!」 ……私、侍女になりにきたんだがなぁ。