国王陛下自らの異動指示を受け取った翌日の朝。本日の天候は晴天。仕事日和です。 というわけで、元気に挨拶から始めましょう。「本日からこの宿舎でお世話になります、キリン・セト・ウィーワチッタです」 王城の城壁内に設けられた近衛騎士団第一隊の宿舎、『白の塔』。その施設内のエントランスホールで、近衛騎士達一同の前で初の顔合わせの挨拶をする。「若輩者ですがよろしくお願いいたします」 顔見知りがいるとは言え、見た目十歳の幼女が侍女として仕えるのだ。幼すぎて、受け入れて貰えるかどうか――「イイヤッタアアアアアアーッ!」「女子だあああああ!」「侍女! 侍女! 侍女! 侍女ァ!」「王国に栄光あれ!」 ええー、なんでこんなに盛り上がってるの……。 ってうわ、騎士達が詰め寄ってきた。 うわ、脇の下に手を入れて持ち上げようとしてる。 うわ、持ち上がってない。「重い! なんかこの子めっちゃ重い!」「姫は魔人ぞ! 鉛の塊と思え!」「一人で無理なら二人なら!」「三人なら!」「全員なら」「うおおおおお!」 ぎゃー、なんか胴上げされてないか私!?「ちょ、やめ、止めろ。天井ぶつかる」 その後もみくちゃにされること数分。昨日挨拶にうかがった宿舎長(近衛騎士団第一隊副隊長。旧友。名前はオルト)が皆を落ち着かせ、ようやく騒ぎは収まった。 うわあ、まだ朝なのに騎士達の筋肉行使のせいで汗臭い……。 しかしなんなんだこの唐突な騒ぎは。「ちょっと引くわ……」「言うな、姫」 音声魔法で表層思考が思わず漏れた私の呟きに、宿舎長オルトがそう返してくる。 なお、呟きは他の騎士にも聞こえたようで、騎士達の視線がまた私に集まる。く、これだからこの魔法は嫌なんだ。「仕方ないんだ姫」 騎士の一人が私に向かって言う。彼もまた古くからの顔見知りだ。「今までこの近衛宿舎に侍女はいなかった……それどころか下女すら出入りせん!」 拳を胸の前で強く握りながら騎士が大声で言った。 体格が良いからか無駄に声がでかい。「それは……なんでまた?」「うちは小姓や見習いの従騎士を多く抱えてるせいで、外から小間使いを呼べなかったのだ!」 なるほど、近衛内で必要な人材は十分揃っていたと。私の配属は割と例外っぽいからな。「……あと無責任に下女孕ませたら大変だし」「ああー……」 うちの国王陛下は風紀にはやけに五月蠅いからなぁ……見た目はチャラ男なのに。「なので普段女官の出入りがないので皆喜んでいるのだ」「……見た目幼女でも?」「幼女でも。もちろんもう少し年上の可憐な少女の方が嬉しいが! 侍女服を着たおなごがいるだけで十分贅沢なのだ!」 まあ侍女服は可愛いからな。これは貴族の若い姫様が着ていそうなこじゃれたドレスなのだ。 ただこの宿舎に可愛い成分が不足しているのかというと、どうだろう。ざっと周囲を見渡す。「小姓さん達、可愛い子ではないですか」「小僧どもがいるからといって何が嬉しいというのだ」「そ、そうですか」 第二次性徴期前の男の子なんて、性別なんてあってないようなものだと思うが。前世で私が男だった頃はどう思っていただろうか。 …………。 あ、ダメだ。そもそも現代日本は青年期以降に幼い子供と顔を合わせる機会って全然無かった。前世はあてにならん。あと前職の知識も当てにならない。線の細い女性庭師はたまに居たから最初から花がある。 しかしなるほど、小姓では可愛い成分を補給できないか。衆道文化とかないからなこの国……。彼らが武士の時代の薩摩人なら可愛い小姓をアイドルとして祭り上げていただろうに。 などと一人で私が納得していたところに、騎士がさらに言葉を続けた。「あとはだな……身の回りに女が居るとは言っても女騎士はみな筋肉達磨だしな!」 ぶっちゃけおった。周囲からも「違いない」みたいな賛同の声があがっている。女性騎士に失礼極まりないが、女性騎士はこことはまた別の宿舎で寝泊まりしているので聞きとがめられることはない。 確かに魔術師などならともかく、騎士になるような女性はみんな体格が良いものだ。武器を振り回して鎧を着込むのだから当然だ。 騎士ヴォヴォと結婚した緑の騎士団副団長殿も、槍と長剣の使い手で私が普段接している侍女達とは体つきが違った。先日彼らの一回目の略式結婚式があったため顔を出したが(この国の貴族は結婚式を数回にわけて行う)、ドレスを着た副団長殿はやはり肩幅が一般女性と比べて少し広かったのを覚えている。 そんな女性騎士を見慣れている近衛騎士達の目から見ると、私のようなちんまりとした侍女はよほど可愛らしい対象として映るようだ。 まあ筋肉のことを言ったら、私は全身金属的な筋肉でできているのだがね……魔人だから。◆◇◆◇◆ 十年と少し前当時の王子――現国王は自前の騎士団を作るため、市政を駆け回って有望な若者達をスカウトして回ったことがある。その集めた武に秀でたメンバーが、今の近衛騎士団の中核を担っている。王子とある縁で知り合った私もその人材集めに付き合わされたものだ。 その武に秀でた人材というのは、元庭師や元傭兵、農家の力自慢なんて面子も混じっている混沌とした集団だった。 当然貴族の女性に縁のない者も多く、その中には王子と共に彼らを鍛えた私のことを貴族の姫様と勘違いした者がおり、いつの間にやら私のあだ名が姫だの姫魔人だのになっていた。 私を育てた魔女から常に身だしなみに気をつけるよう言われていたため、農村の村娘と比べると当時の私はわりと小綺麗。農民は高給取りだが、どうしても土に汚れるのだ。そのせいで貴族と思われたのだろう。あと王子と一緒にいたから余計貴族と勘違いされやすかった。あとは、この国の民なら誰でも知っている民話に、幼い姫が主人公となっているものがあるのも一因だろうか。 その名残で、今でも近衛騎士団の古参は私を姫と呼び続けている。とは言っても、呼ぶだけで貴族の姫らしき扱いを受けたことはなかった。 だがしかし、現在私は何故かお姫さま的な待遇で近衛騎士団に迎え入れられることになったのだった。確かに私の出自を辿ると、少数民族の姫だったりするから間違いではないのだが。 私の顔見せと挨拶が終わったあと、近衛騎士達はそれぞれの仕事と訓練のために散らばっていった。 そして私は宿舎付きの侍女の仕事だ。しかし仕事とは言っても、先ほども騎士の一人が言っていたように、元々近衛騎士団には小姓や見習い従騎士達が複数所属している。彼らは正騎士の身の回りの世話をするのが仕事だ。そして侍女の仕事とは貴人の身の回りの世話をすることだ。見事に被っている。 そういうわけで、私は特に誰に付くということもなしに、宿舎内のエントランスに用意された席で仕事を言付けられるまで待機するようにと言いつけられた。宿舎長オルト曰く、侍女席。木製の椅子と白いクロスが敷かれたテーブルが置かれ、その周囲を囲むように何故か木箱が設置されている。 一人しかいない侍女は宿舎の共有設備扱いなので、自分から仕事を探して席を外さないようにとの宿舎長からの指示だ。なんだこのライブ感は……! 近衛騎士の方々も急にこんな設備導入しましたなどと言われても困るだろうに。 ただ、私が国王陛下から辞令を受け取ったのはつい昨日のことなのだ。宿舎長も他の騎士達もそんな前から私がここに来ることなど知らされていなかっただろう。ならばこの扱いもやむなしだ。 きっと何日かは座るのがお仕事になりそうだな……と思っていたのだが。「侍女さん、刃物油の在庫どこ?」「なんで来て初日の私がそんなもの把握していると思ってるのですか……。三番倉庫の八番棚です。持っていくときは帳簿を付けるのを忘れずにおねがいします」 従騎士の一人が私のもとにやってきて備品の場所を聞いてきた。 刃物油ということは担当の正騎士の武具をメンテナンスするのだろう。昨日のうちに宿舎長のところに行って宿舎内の物品配置を把握しておいてよかった。「姫、パンツ穴あいたから縫ってくんね?」「さすがに一回洗濯に出してから持ってきてください」 今度は正騎士の一人がよれよれになった布きれを手に私のところへ訪ねてきた。 彼は領地のない貧乏貴族の家出身だったはずだ。平民と違って裁縫は覚えていないが、服を捨てるのは勿体ないという感覚だろうか。 しかし私的には履き終わった後の下着を縫わされるのは勘弁願いたい。小姓に言ってまずは洗濯に出していただきたい。 そのやりとりをしてから少し経って、次はこの宿舎担当の料理長がやってくる。彼は私が庭師だった頃の同業者だ。庭師時代は野戦料理に熱意を燃やしており、引退後は料理人を目指したいと言っていた。なので、遠征で野戦料理を作ることもあるであろう騎士団に私が紹介したというそんな仲だ。 そんな料理長は四十歳ほどのナイスミドル。近衛騎士達のおやっさん的ポジションである。彼はアゴヒゲが特徴的だ。料理人なのにヒゲを伸ばして大丈夫なのだろうか。「キリン殿、芋の皮むきを手伝ってもらってよろしいかな? 女の子が料理したと言えば、皆喜んで食べるでしょうから」「はーい、手洗ってきますね」「芋、置いておくよ。頼みますね」 籠いっぱいに盛られた芋(らしき栄養価の高い作物。どの品種も基本的に味が薄い)と空の籠、そして布に巻かれたペティナイフが侍女席のテーブルの上に置かれる。 汚れと不潔は病気の元になる、というのはこの世界で広く知られている常識である。なので芋をむく前に私は水場へ向かい手を洗い、同室のカヤ嬢手製の花の刺繍の入ったハンカチで水気を拭う。 その帰り道、背後から声がかかる。「侍女さーん! 油ねーんだけど!」「はい?」 刃物油の在庫を聞いてきた従騎士だ。私は彼を伴い、在庫が置かれているはずの三番倉庫へと向かう。 この宿舎は横に狭く縦に広い塔のため、階段の上り下りが大変だ。王城という限られた城壁内の敷地に宿舎がある以上、仕方のないことなのだが。「……うわ本当だ。今日の分は下女局から甲冑装飾用のを借りてきてください。同じもの使ってますので」 王城内の施設には、景観を良くするため美術品が所々に飾られている。金属甲冑もその一つで、下女が油を塗って手入れをしている。刃物を手入れするために使う油も、その甲冑に使う油と同じ油だ。この国で栽培されている木の実を作って作られる油だ。食用油にもなる。「下女局とか行ったことないんだけど……どこ?」「……洗濯場にいる下女さんに聞いてくださいね」「女の子に話しかけるとか無理なんですけど!?」「私に話しかけてるじゃないですか。はい行った行った」 エントランスへと戻り、宿舎から従騎士を無理矢理追い出す。女の子に話しかけるのが怖いとか、男所帯は大変だな。 備品の発注書は宿舎長に出せば良いんだったな、よしメモメモ。と手元の手帳に書きながら侍女席へと戻り、芋の皮むきを開始する。一籠ならそう時間のかかる仕事ではない。無駄にでかい籠だが。「姫、姫。この鎧のへこんだ部分を直してくれまいか? 得意であったよな」 また正騎士の一人がやってきて、妙に芝居がかった口調でそう言った。どうやら正騎士用の鎧を両手に抱えているようで、その鎧の中心には見事な窪みができていた。訓練でこうなったのか、実戦で打ち付けられたかは判らないが、まあ侍女の私が気にすることではない。「はいはい、その床のあたりに置いておいてください。今日中にやっておきますので」「む、今すぐ取りかかってはくれないのか」「芋の皮むきが終わったらやりますよー。ご飯優先ですよー」「ぬっ、姫は料理できるのか……確かにしていたな」「昔やった王子主催第一回大陸縦断害獣駆除レースのとき、料理番私がほとんど担当していましたからね……! 農家出身者ですら包丁使えなかったから!」「であるか。では鎧は夕刻に受け取ろう」 はいはいじゃあ芋ちゃん剥いちゃいましょうねー。「うおー! 侍女の手料理!」うるせえよ害獣駆除のとき、私の野戦料理に塩辛いって文句付けたの忘れてないかんな! いもいもいもいもこの国の言葉ではバルクース。地球の芋と違って土の中で増えるわけではない。でもこれ主食にして食ってりゃ栄養不足で死ぬことはないので、糖質的には芋とか穀物に近そうだ。でんぷんっぽい粉も取り出せる。 国外への輸出用に干し芋を家の軒先で作るのが、立夏から晩秋にかけての農村の一般的な風景だ。今の季節は晩秋の始まり。今年最後の芋収穫が近づいている。「料理長さん、芋終わりました」 むき終わった芋を調理室へと運び、料理の仕込みを行っている料理長へと声をかける。本来なら名前で呼び合う仲なのだが、仕事中なので一応役職呼びだ。「お、これはありがたい……。そうそう、鶏何匹か絞めるんだけどそれも手伝ってくれませんかね?」 ケージに入れられた鶏とペンギンを足して二で割ったような、肉食用の代表的な家畜(卵を産まないはずなので哺乳類っぽい)を見ながら料理長が言った。「今週手伝い担当の小姓が怖じ気づいてねぇ。仮にも騎士志望だというのに」 騎士志望が家畜一匹絞めるのに怖じ気づいていたのでは世話ないな。「申し訳ないですが、他の仕事が入ったので……。ああ、屠殺は得意なので別の機会にまた」「そうかそれは残念。この子達、活きが良いから血のソーセージ楽しみにしてくださいね。昼には間に合わないけど夕食までには美味しくできあがってるからね」「食事は侍女宿舎で取る予定です」「それは……、初日くらい食べていってもいいのでは? 親睦も兼ねて」「それは……それもそうですね。では夕食にお邪魔しますね。昼食は侍女の仲間に顔を見せないといけないので」 さて、戻って鎧の修繕だ。 ふむふむ、へこんでいるだけで欠損は無いみたいだからどうとでもなる。魔法で力場を作ってこーんこーんこーんと。道具で打ち付けていくよりこっちの方が綺麗に曲面を蘇らせられるんだ。 途中でじわりじわりと鎧の曲面を微調整して――おっと昼食を取りに行こう。 …………。 侍女の人達に近衛宿舎のことを質問攻めにされたが、午前の短時間では何も把握できていないとかわして戻ってきた。歯磨きの最中にまで質問されたのは困った。 よし、鎧の修復完了。「また芋お願いしてよいですかな?」 任せてくださいシュバババ。「鎧のへこみを直してくれると聞いたのですが、手甲でも大丈夫ですか?」 問題ありません。取りかかります。「あの、革紐の場所は……」 それも三番倉庫ですね。さっき目に入ったので在庫あるはずです。 …………。 ……ふう勤務時間もだいぶ過ぎたな。 初日ながら結構人がきたものだね。皮むき中や鎧の修繕中にも細々とした相談や雑談しにきた方々もいたし。人気過ぎて困ってしまうな。 これが連日続くならなかなか忙しいことになりそうだ。初日の珍しさで集まってるのか、みんな遠慮したうえでのこの数かはわからないが。まいったまいった。 ……って。「今日の仕事、全部侍女じゃなくて小姓とか従騎士とかの仕事じゃねーか!」 ちょっと待ってくださいよ。今日一日の仕事を振り返っても研修で学んだことほとんど役立ってないぞ! 侍女らしい仕事なんて一つもなかった。本当になかった。 割り振られた仕事を細かく思い返してみると……ああ、だ、ダメだこいつら……。そもそも侍女とはなんぞやってこと把握してないくさい。 宿舎に何人もいる下働きの小姓に頼めば済むことをわざわざ私に持ってきてないかこれ。どうなってるんだ。針子の仕事があった? 履き終わったパンツを侍女に渡すやつがあるか! そもそもこの宿舎おかしい。同じ王城なのに侍女の宿舎や下女の宿舎と明らかに空気が違う。 なんというか、ガチ派でもエンジョイ派でもない、惰性で続いているような男オンリーの大学スポーツサークル的なダメさを感じる……! 仮にも国内最強の騎士団なのに、空気がよくない方向でゆるい……! 規律は乱れてないが、何というかすごいダメそうだ。 王城の侍女が働くべき場所ってさ、こうじゃなくてもっとこう……あれなんだよ!「なあ侍女さん」 侍女席で一人で悶々としていたところに、また新しい人がやってきた。 十歳ほどの小姓だ。雑用係である小姓が侍女に用とはなんだ。また油の在庫確認か? 侍女の仕事ではないはずだぞ。「正騎士様の寝室のカーテン、いくつか破れてるのあるんだけど……これ侍女さんに頼めば新しいのに換えてくれるのか?」 なんだと。 寝室……。カーテン……。「お、おおお……」「ど、どうした?」 室・内・装・飾! すごい侍女っぽい仕事! 私は勢いよく椅子から立ち上がると、思わず小姓くんの手を取った。「ありがとう、ありがとう! 備品カタログすぐ持ってきますね!」 そう言いながら掴んだ手を上下にぶんぶんと勢いよく振った。「お、おう。あの、必要な部屋番号まとめておいたほうがいいか?」「おー、それは助かります! よろしく!」 そしてそのまま宿舎を飛び出し、使用人区画へと訪れる。区画に設けられた棚からカーテン用の生地サンプルがまとめられたカタログを取り、再び宿舎へと戻る。 宿舎では先ほどの小姓くんが待っていてくれたので、生地を見せてどれが合うかを確認して貰う。 しかし、どれがいいか自分ではわからないとのことだった。良いのか。これは私が決めて良いのか。よし決めよう。 なお、カーテンの交換が必要な部屋を教えて貰ったが、全部屋見て回っているわけじゃないので漏れはいっぱいあるだろうとのこと。つまり宿舎に住んでいる人全員に確認を取る必要があるということだ。その方法はおいおい考えるとして、まずは判明した分だけ発注を終える。この建物に合って、男性向けのシックな生地を数点選んだ。 しかし、この様子だとカーテン以外にも宿舎内のいろいろな装飾が欠損していそうだ。 見せて貰った破れたカーテンは本当にぼろぼろだった。きっと近衛騎士団が前国王のものから入れ替わった以前から使われ続けているおんぼろ状態なのだろう。 なので、先ほどの小姓くんの手を引いて、宿舎内の様子を見て回ることにした。「なんで俺が一緒に……」とか言われたが、まだこの場所に馴染んでいない女性一人で立ち入ったらダメな場所とかがあるかもしれないので仕方ない。仮にも男性専用宿舎なのだ。 そんなこんなで宿舎内の見回りをしているうちに、就業時間が終わることになった。 足りない装飾や欠損した備品はそれなりに見つかったが、発注を出すのは明日以降になりそうだ。まあ、そこまで急ぐことでもない。 今日はここの料理長に夕食をお呼ばれしているので、小姓くんと一緒に宿舎内にある食堂へと向かう。 侍女宿舎と下女宿舎、王宮内、そしてこの近衛宿舎と、同じ王城内にある施設なのにそれぞれ調理場と食堂が別個に分かれているというのはなんとも非効率だな。それだけこの王城の敷地面積が広いということなのだが。「おや、姫、ここで食べるのか」 食堂にはすでに数人の騎士と、そして宿舎長オルトが食事を待っていた。夕食担当らしき小姓達が配膳を行っている。「ふむ……その子と仲良くなったのか?」 私と一緒にいる小姓くんを見て、宿舎長が言う。「そうですね、仲良くなったというか、宿舎内の備品状態を確認したかったので案内してもらっていました」「む……」 あごに手を当てて何やら考え込む宿舎長。私の横では、小姓くんが何やらかしこまって縮まりこんでいる。ああ、小姓くんからしたら副隊長は上司のトップみたいな存在になるのか。こうなっても仕方がない。「おや、キリン殿こちらにいらしたのですか。探しましたよ」 横から声がかかり顔を向けると、お盆を手にした料理長がいた。「どうかしましたか?」「せっかくなので配膳を手伝っていただこうかと。朝の様子ですと、皆喜ぶでしょう」「なるほど。わかりました」 調理場へと向かう料理長の後を追い食堂を出ようとする。「待て、姫」 だが、宿舎長から唐突に制止の声がかかった。「はい?」「状況を見るに、侍女席を離れて宿舎内を見回っていたように見受けられるが」「あ、はい。そうですね」「私は今朝、誰かに仕事を言付けられるまで侍女席で待機するようにと言ったはずだが」「あ……」 えーと……。その……。 小姓くんに視線を向ける。そらされた。うむ、仕方ないよな。私から連れ回しただけだし。 うん……。「申し訳ありませんでしたっ!」 新米侍女正式業務一日目。さっそく失敗をしでかしました。