「おはようからお休みまで貴女の一日をお助けします☆ 侍女宿舎付き下女のカーリンでございます」「ああ、うん、そうか」 バチコーンと音がしそうなウィンクを私に向ける下女カーリン。 なるほど、この侍女の宿舎の担当侍女ならここにいるのも納得……できるわけがない。 普段私が彼女と会うのは、王宮の廊下でだ。そのとき彼女は大抵掃除用具を手に持っている。それを見るなら彼女は王宮付きの清掃下女ということだ。 あとウィンクとかいつもとキャラが違う。あ、顔赤くしてるから今のはやってみただけなのな。 カーリンは影が薄いので、王宮担当ということを知る者は少ないかもしれない。 それでも、仕事中であろう下女が終業後の侍女と遊戯にふけるというのは、いかがなものだろうか。さすがにそんな場違いすぎる下女の登場に、侍女達は困惑顔でざわざわとしている。ざわざわというか私の無駄に良い耳には本気でリアクションに困っているような会話が聞こえるぞ。 どうするんだ。私ではフォローできないぞこの状況。 と、次の瞬間、カーリンは下女の仕事着のポケットに手を入れ、何やら物を取り出した。 トレーディングカードゲーム用のグッズだ。高級そうなカードケース。そして、銀の鎖に繋がれた白金のメダリオンである。 それを見て、私と先ほどまで一緒に雑談に興じていた同僚の少女が驚きの顔を見せる。「あれは! 発売十周年に限定生産された幻の竜皮カードケース!」 少女の声に、カーリンはカードケースを掲げるようにしてこちらに見せてきた。 ああ、あれは――。「まあ! ロットナンバー1桁ですって!?」 ケースに浮き彫りになった三の文字(この国の言語で)。珍しいんだろうなってそうじゃない、あのケースの素材、私が騎士達と一緒に討伐した飛竜の皮にしか見えないぞ。 竜と言えば濃い魔力溜まりでしか生まれない生物で、死体から得られる素材も魔力に満ちあふれた高級品だ。そんなものをカードケースにするなんて、なんて勿体ないことを……。「メダリオンの方は一級プレイヤーの証、白金記章ですわ!」 白金のメダリオン。白金と言えばあの白金である。別名プラチナ。 前世地球のプラチナと同じ金属かは確証が持てないが、白く輝く加工困難な金属なので多分プラチナである。訳さずこの国の言語そのままで言うと“エレル・ミーパイン”になる。直訳で大いなる銀。 白金はこの世界において、装飾品や魔法の触媒として用いられる希少な高級品である。世界に存在する絶対数が少ないというだけでなく、先ほども述べたとおり加工困難なのである。具体的に言うと融点がもの凄く高い。 地球の話をしよう。場所はアメリカ大陸にその昔、インカ帝国という国があった。その国では高い冶金技術でもってプラチナの装飾細工を作りだしていた。そして大航海時代、ヨーロッパの軍勢がインカ帝国を滅ぼす。そのとき戦利品としてプラチナの装飾品を多数持ち帰った。しかし、ヨーロッパの人々はプラチナの存在を知らず、銀を溶かすための炉にプラチナの装飾品をくべた。当然、プラチナは溶けない。結果、ヨーロッパの人々はこれを加工ができない出来損ないの銀と呼んだ。 以上、もはやうろ覚えになっている地球の歴史の小話である。 この世界でもプラチナが加工困難であることには変わりなく、もっぱら魔術師達の魔法の火や、火の神を祀る拝神火教の術によって加工をされている貴重な金属である。「あ、ああ……あの刻印は……!」 前世に思いをはせた私の横で、少女の解説はまだまだ続く。なんだろうこの説明台詞は。カードバトルなんてしてるからコミック時空にでも彷徨いこんでしまったのか。そういえばあの馴染みの商家には漫画文化も伝えたんだった。公式カード漫画くらいあってもおかしくない。きっとそれでは解説キャラが大活躍するのであろう。 そんな解説少女が白金のメダリオンを指さすと、希少な品にうっとりとしていた他の侍女達も今度こそ驚きの顔に変わった。「アルイブキラ国内統一王者……カーリン様!?」「まあっ!」「カーリン様ですって!?」「あの正体不明とまで言われた絶対王者……」「そんな、まさかこんな身近にいらっしゃったなんて……!」 え、なにこの空気。 国内統一王者ってカーリンそんなすごい子だったの。彼女まだ十二歳くらいだぞ。 ああ、さっきのカードケースももしかして大会の賞品なのか。カード発売十周年といえば七、八年は前でさすがにその頃からカードを集めていたとも思えないし。「ふふ、皆様ごきげんよう。このような格好で失礼いたします。本来ならば、対戦儀式の正装に身を包んで参上すべき身分ですが……是非ともキリン様と対戦したく、急ぎ参った次第です」 そんなカーリンの物言いに、談話室の全ての侍女達の視線が私に集まる。 どういう状況だこれは。「ええと……カーリン、どういうことだ? 確かに私も少々トレカは嗜むが、国内チャンピオンとまともに戦えるような腕は持たないぞ」「まあ、謙遜ですね」 いつの間にかメダリオンを首に提げ、薄い白手袋(手の脂を高級品であるカード用品に付けないためのもの。対戦中はカードを汚さないために付けるカードスリーブをさらに汚さない用途で用いられる乙女の道具)を身につけ、カードケースを胸の前にかざしながらカーリンは笑う。 私の知ってるカーリンと違う。「キリン様、貴女、ゲームマスターですよね?」 ざわりと。また侍女達から驚きが漏れる。 ゲームマスター。当然トレーディングカードゲームにまつわる単語だ。そして私は事実、ゲームマスターと呼ばれる人種だ。しかし、私がそうだと知る者はあまり多くないはずだ。 私を見る侍女達の視線が強くなる。特に、隣から強い視線を感じる。カーリンの一挙手一投足を詳しく説明していた解説少女、いや、侍女の同僚のメイヤが、キラキラと目を輝かせながら何かを期待するかのようにそわそわとしている。 期待するかのように、というか期待されている。私がゲームマスターの証を取り出すのを。しかし世の中そんなに歌劇のように都合良くはいけない。いくらカード対戦をするからといって、こんな場所なんかにゲームマスターの証なんて持ち込んでいるはずが……あ、はずがあった。 私は私服の襟の中に指を入れ、首に掛かっていた鎖を引っ張り出す。 それは、アクセサリーという物に興味を持たない私が唯一常に身につけている装飾品。先代の魔女から死の間際に受け継いだ、魔女の首飾りだ。 指先に触れた鎖に小さく魔力を通す。すると、鎖の先にぶら下がっている宝石が淡く輝く。すると、宝石の中心が小さく瞬き、宝石の周囲に光の魔法陣が浮かび上がった。「メイヤ、あれは?」 先刻、私とメイヤと共に会話に興じていた別の侍女が、解説少女メイヤに訊ねる。「あ、あれはー……わからないです……」 勉強不足だねメイヤくん。この光の魔法陣に見える物は、実は魔法陣ではなく紋章だ。魔術師がおのれの経歴を記載して周囲に見せるための名刺のようなもので、経歴紋章という。まあトレーディングカードゲームには関係ない魔術師達の社交界アイテムだけれど。 私は首飾りにさらに魔力を流す。すると、紋章はさらに形を変え、世界樹を模した図を形作る。 魔法の光を受けた解説少女の瞳はきらりと輝き、今度こそはと解説を始めた。「あれは一級アンパイアのさらに上位の存在、ゲームマスターだけが所持することを許された、大いなるメダリオンに刻まれる紋章! ゲームマスターの証です!」 ゲームマスターのメダリオンを出すとばかり思っていたのだろう。説明がどうも冗長でふわふわとしている。 あ、なんだかこういうノリでの解説って気分が良い。 そうだよ。今の私は冒険者とは違うんだ。冒険者は相手が驚いているうちに殴れが基本だもの。悪人にこっちの正体を悟らせた驚きの隙に一網打尽にするのが基本だもの。解説役の解説を聞いている暇なんてなかったんだ。「そう、私がトレーディングカードゲームの発案者。元『庭師』のキリン・セト・ウィーワチッタだ」 紋章の光を掲げながらそんなノリノリの名乗りを上げてみる。恥ずかしいか? いや、恥ずかしくない。そもそもがここにいるのは若い少女ばかりなのだし、こういうノリも悪くないじゃないか。「まあ本当にゲームマスターなのね」「カヤ、貴女知ってらした?」「初めて知りましたわ」「ということはカーリン様よりお強いってこと?」「何度も大会を見ましたが、ゲームマスターと言えど、彼女より強い人がいるとはとても……」「でも発案者ですよ?」 ……うん、知る者は多くないはずと言っても、別にゲームマスターであることは隠していたわけではないのだ。 だから本当はSだけど面倒だからBに見えるとかそういう類ではないのだ恥ずかしい。そもそも制作者というだけで対戦の技量が特別高いわけではない。「で、カーリン。君ほどの強者でカードを熟知した人間なら、ゲームマスターが強者ではないことくらい推測できると思う」「ええ、そうですね」 そうですか。解った上で言っているのか。「それでも、わざわざここで私と戦いたいのかな」「はい! 私に、ゲームマスターに挑むチャンスをください!」 ゲームマスターに挑むチャンスとな。 なるほど、ゲームを知り尽くした人間が制作者に挑むこと自体に意味があるということか。 この展開は知っている。彼女はへぼ対戦者である私自身による普通の対戦になど、用はないのだ。 だがそっちがそうならこっちにも考えというものがある。「では私が勝ったらカーリン、君に次の私の休日に一日付き合ってもらうぞ。急だが休日申請を出して貰う」「えっ。ええ、その程度、勝負がなくても受けますけど、とにかく対戦してくれるってことですね! さあ、儀式を始めましょう!」 なんでこんなに熱いんだカーリン。 まあ、いい。「この勝負受けよう。一人のゲームマスターとして」 私は魔法空間からカードケースをアポートする。 対戦用のデッキではない、まさにゲームマスター用のデッキを私は対戦用の卓に展開した。◆◇◆◇◆「いい試合だった(カリカ・レイ・ククルアーナ)」「……いい試合でした(カリカ・レイ・ククルアーナ)」 試合終了。私の勝利です。 そしてギャラリーの皆さんどん引きです。「これがゲームマスター……」 解説のメイヤが神妙な表情で呟く。そう、トレーディングカードゲームの設計者であるゲームマスターとして、私は全力で戦った。 ゲームマスターの行う対戦とは? それは新しいカードの設計と、そのゲームバランスの確認である。 考え得るあらゆる戦法を駆使し、新規カードの不備を見つけ出す。それがゲームマスター。 カードの不備とは、基本的に『特定条件であまりにも強すぎる・有効的すぎる効力を発揮する』というものだ。 この対戦で使用したゲームマスター専用デッキは、長い付き合いの商家の少年――今ではすっかり中年――ゼリンから送られてきたものだ。私は暇な時を見つけて、ゲームバランスが崩壊するような不備を探し出していた。そして、この対戦でそれらを使いこなしてカーリンに勝利したのだった。 以下、その悲惨すぎる一方的な試合内容。 私達の対戦は通常通り聖句の宣言から始まった。 しかしその光景は本来のものよりいささか華やかさに欠けるものだ。なぜなら私は魔法の詠唱ができないから、聖句を補助魔法の音色で再現しても神聖魔法が発動しないのだ。 その様子を見てぎょっとしたギャラリーの侍女達だったが、次の瞬間には別の意味で目を見開いていた。 私が出したカードが、彼女達の誰も見たこともない謎のカードだったからだ。 見たことがないのは当然だ。市販されていないカードだからだ。正確には検証用サンプルカードである。 デッキは全カードが来年度に発売予定のテーマ『魔術師の祭典』で構築されている。 直接カード同士での戦闘を行うカードは少なく、そのどれもが特殊効果持ち。他の大半は魔法カードと呼ばれる、カードを提示した瞬間に相手に効果やルールを強要するというもの。つまり、バランス調整前だとひどいことになるのが火を見るよりも明らかな代物。 私はその魔法カードを複数枚使うコンボを使用して、カーリンのあらゆるカードを弱体化し、行動を封じ、防ぐ手段すらなくして攻撃した。フルボッコであった。 カーリンは平然としていたが、観戦者はみな酷い物をみたという感じで、私を非難の目で見ていた。 ゲームマスターは別に対戦がべらぼうに強いわけではない。ただの設計者でただのデバッガーだ。 そのことを詳しく口頭で説明すれば(私は口で喋るわけじゃないが)よかったのだが、雰囲気的にぐだぐだと対戦を引き延ばす流れでもなかった。断る流れではもっとなかった。 ゆえに未発売のバランス調整前カードで一方的にぼこぼこにするという、人間のクズとも言って良い試合結果になってしまったのだ。でも後悔していない。ゲームマスターは対戦強者だという勘違いについて国内最優秀プレイヤーを使って訂正できたのだから。後悔していない。後悔していないんだって!「なあ、カーリン。これでよく解っただろう? ゲームマスターは対戦の勝利を追求する強者じゃない」 カードを片付けながら私は卓に向かい合うカーリンに話しかける。 周囲からの目が痛くて仕方がないのでさっさと卓を明け渡してしまおう。次の対戦希望者がいるはずだから。いるはずだきっと。「カードの不備を検証するために対戦する存在なのだ私達は。ゲームマスターとしてではなく、一プレイヤーとしてなら私もこんなことせずに普通に遊べるよ。君よりずっと弱いだろうけど」「……いえ、これでいいんす。私はこういうゲームマスターとしての戦いをしたかったんす」 カーリンの口調が崩れている。口ではこう言っても実際のところ敗北はショックだったのかもしれない。 でも手加減すればよかったのかというとそれは違うだろう。難しい。 とりあえず私もカーリンもいたたまれないので、デッキをしまって談話室の隅へと移動した。 その頃には侍女達の興味も私達から逸れており、新しく始まった対戦を皆で眺めているようだ。心なしか聞こえるテキスト読み上げに魔法カードのものが多い気もするが、気のせいと言うことにしておこう。「はい、お姉様。一杯どうぞ。カーリンさんも」 と、部屋の隅のソファに座った私に、お茶を勧めてくれた人が一人。ククルである。 ククルも観戦していたのか。この子に軽蔑されたら本気で死にたくなるのだが。 ……いや、ネガティブになるのもやめよう。確かにここが小学校なら帰りの会で女子達に晒し者にされるようなことをしたが、ここには落ち着いた淑女達が揃っている。このことが尾を引いて何か起きるということもないはずだ。多分。 ククルからお茶を受け取った私とカーリンはお茶を一口のみ、ほうと一息つく。 うん、落ち着いた。「で、カーリンはなんでまた、仕事中に割り込んでまでこんなことを? もしかしてカード設計者志望だったのかい?」 彼女が国内統一チャンピオンということでスルーされたが、本来なら終業後の侍女と就業中の下女がトレカで遊んでいるって、いろいろまずい状態だ。 ネームバリューで押し通せると踏んだのかもしれないが、なんとも肝の据わったお嬢さんだ。「まあ統一王者という知識の豊富さなら、教会のトレカ部門ももしかしたら受け入れてくれるかもしれないよ」 いろいろ彼女の行動に疑問は残るが、私が気にしすぎても仕方がないことではある。「あ、いいえ、ゲームマスターになりたいわけじゃないんですよ」 おや。ゲームマスター希望でないのにゲームマスターの戦いを見たかったのか。 どういうことだろう。「昔からずっとうらやましかったんです。発売前のカードで検証対戦することが」「……? まあそういうこともあるのかな」「やりたくても触らせてくれなくて……守秘義務だーって、ちょっとおかしいですよね」「まあ私達に守秘義務はないね。実際今回だって発売前のカードを皆が見たわけだし」「そう言ってやりましたけど、うちはそういう方針だって。ひどいですよねうちの親父」「? そうかねそうだね」 んん? 何か会話が変だな。誰だ親父って。「……あの、キリンお姉様?」 それまでニコニコと私達二人の会話を横で聞いていたククルが、初めて口をはさんだ。「彼女の名前ご存じなんですよね?」「ああ、カーリンだろう」 王宮の廊下ですれ違った下女を私が呼び止めたのだ。あまりにも気配が薄いので、他国のスパイか忍者か何かと勘違いしたのが彼女と知り合ったいきさつだ。「いえ、そちらではなく家名の方で」「…………」 家名。名字のこと。「そういえば知らないな」「カーリンさんはティニク家の御息女さんです。カードの販売元の商家の」「バガルポカル・カーリン・ティニクです」 バガルポカル・カーリン・ティニク。バガルポカル領のティニク家のカーリンさん。 ティニク家。知ってる。知ってるというか……。私が冒険者見習いの頃に、新しい商品の案は無いかと依頼を出してきた商家の少年の家名だ。 少年の名はバガルポカル・ゼリン・ティニク「ゼリンの娘!? いや娘がいるとは聞いていたが……」 聞いていた。彼は私に送ってくる手紙に、聞いてもいないのに町での日常や家族との生活をいちいち書いてくるような人間なのだ。彼の家族構成は頭にしっかりと入っている。「あの、キリン様。私、何度も実家でお会いしたのです」 と、困惑している私に、そんなことをカーリンが言った。「……え、本当?」「はい本当です。ただし気づいて貰えませんでしたが」「何やってるんだ私は……」「いえ自分で言うのもなんですけど、私影薄いので……」 何とも言えない空気が周囲に漂う。 視線が痛い。ククルの無言な視線が痛い。未発売カードで一方的に生命魔力を削ったときの侍女達の視線の万倍痛い。 そして全く言い訳ができない。「これは……私が全面的に悪いね……。ゲームマスターと対戦したくなるのも納得だ」 ゼリンとは彼の家で何度もカードの検証を行ったことがある。『庭師』として世界中を飛び回るようになってからも所在地にカードが送られてきて、検証を頼むと手紙が添えられていることもしょっちゅうだったし、この国に帰ってきたときはよく彼のところに寄ってカードの使用感の報告をしたものだ。 その様子を娘として見てきたなら。そして国内大会で優勝できるほどカード好きだったなら。 確かに、ゲームマスターとしての戦いを一度で良いからしたくなるに決まっている。「……本気でごめんなさい」「いいっすよー。いつものことなので」 いいっすよーって敬語が乱れるくらいには気にしてるじゃないか! 困った。カーリンはずっと私に対して、昔から知ってる知人のお姉ちゃんみたいな感じで話しかけてきてくれていたのだろう。そして私から告げられる、全く知りませんでした宣告。これは酷い。 いや、これはどうにかして謝罪というか、何らかの埋め合わせをしてあげないとな。 言葉で謝っても、彼女は自分の体質のせいだとしか受け止めないだろうから。「私のことはキリンお姉さんと呼んでいいんだよ」「遠慮しておきます」 がーん。 あ、ククルめ笑いやがったな。 いやまあ今更関係性は変えようがないので、接し方はこれまで通り知人友人的なものでいくしかないか。 しかし私としては何か謝罪の意を示したいところだ。 先ほどの会話からも解るとおり、ゼリンはカーリンをカードゲームの事業に関わらせていないようだ。商家を継ぐのはゼリンの息子だから、そういうことだろう。まあ限定カードケースなどはばっちり買い与えている様子だが。 私が今回使った検証前デッキをカーリンに渡して、親父さんと話をしてこいというのはどうだろう。娘さんは仲間はずれにされて寂しがっていたんだぞ、と私が怒鳴り込む。 いや、これはないな。一見良い事をしているようにも見えるが、実際のところ他人の家の方針に割り込んで勝手なことを言っているだけにしかならない。 それに家庭の事情で、そういう青春ドラマ的熱いノリをやって許されるのは、学生程度の年齢までだろう。私にはキツイ。 それに、カーリンが下女として王城に働きに出てるということは、商売に関わるのとは違う生き方を選んでいる、もしくは選ばされたのかもしれないし。 例えば、そう。良家の花嫁だとか。お嫁さんだとか。「カーリン、そういえば対戦の前に話していたことなのだが……」 花嫁だとかお嫁さんだとか。王城の侍女の仕事は貴族の花嫁修業の場だが、もしかしたら下女も一般の上流階級にとって花嫁修業の場だったりしないだろうか。「はい、えーと休日をご一緒する話でしたか?」「ああ、無理にとは言わないが、付き合って貰えると嬉しい」 彼女への埋め合わせ。それは予定通りのことをすれば問題がないのではないだろうか。「大丈夫ですよ。でもなにするんです?」 家庭の事情が無理なら、個人の事情の恋愛で。 そんな一見良い事をしているようにも見える何かを私はカーリンにささやく。「ああ、君とあの緑の騎士との恋愛をちょっと応援させて貰おうと思ってね」 次の瞬間、モブとしてずっと観戦者達に埋もれていたはずのカヤ嬢が、私に向かって勢いよく振り向いた。 ……どんだけ恋愛ごとが好きなんだあの子は。