夏の季節もいよいよ終わりに近づいた、五月三十六日。今日は週に一度の休日であり、天気予告は晴れ。ホームパーティの当日である。 正午になり、さほど広いとは言えない私の屋敷に、多数の人が詰めかけた。 食堂には全ての人が入りきらず、食堂に繋がる外のテラスも開放し、密度の問題をなんとか解決した。 招待客は、以下の通りだ。 王族から、国王、パレスナ王妃、王妹ナシー、始祖クーレン。 同僚侍女から、メイヤ、リーリー、サトトコ、マール、ビアンカ。 侍女宿舎から、ククル、カヤ嬢。 後宮出身者の中でも特に仲の良い、ハルエーナ王女、トリール嬢。 呼べとうるさかった天使勢、ネコールナコール、ヤラールトラール、メキルポチル。 王都の知り合いで、商人ゼリン、娘カーリン。 ついでに私に付属している、キリンゼラー(使い魔)、世界樹の化身。 もうこの人数は、ホームパーティの域を超えていないか? と疑問に思うのだが、皆から出席したいと請われたので断るわけにはいかなかった。 さらに、護衛として近衛騎士や武装衆が屋敷の周囲を固めているため、彼らにも適時差し入れを用意してやる必要があるだろう。 ちなみに近衛騎士団からは、誰も今回のパーティに招待していない。あいつら酒が入るとうるさいからな。 なお、師匠は、騒がしすぎるのは性に合わないと出席拒否してきた。「えー、皆様、本日は、私の屋敷のお披露目ということでございまして、わざわざ皆様においでいただき――」「キリリーン! 堅苦しい! 敬語キモいから、今日くらいは砕けて砕けて!」 挨拶をしようとしたところで、国王からの野次が飛ぶ。 本当にこいつは……。 私は仕方なしに、休日で業務時間外と割り切って、敬語を使うことをやめた。「えー、みんながいるこの小さな屋敷が、私の新しい家だ。とは言っても、今後も王城の宿舎に住むので、ここは時々帰ってくるだけの場所だ。というか、もはや師匠のマイホーム状態だな。師匠の工房があって危険なので、みんな三階には近づかないように!」 今度は野次が飛んでこない。この調子で良いようだ。ちなみに工房の中には、師匠の趣味である可愛いぬいぐるみとかがいっぱい並んでいる。見せられるならみんなに見せてやりたいくらいなのだが、魔法道具の誤作動が怖すぎるので、本日は魔法で階ごと施錠済みだ。「そして、今度の六月で、私が王城侍女になって一年が経つ。なので、私は自称新米侍女を卒業し、これからは中堅侍女を名乗りたいと思う」「目指せ、王宮のお局様!」 おいおい、今度はパレスナ王妃から野次が飛んできたぞ。始まる前からテンション上げまくっているな、この国王夫妻。 というか、このまま行くと、私は王城侍女を老後まで続けることになって、本当に侍女で最年長のお局様になってしまう。由々しき事態だ。 あ、でもフランカさんがいるか。フランカさんが引退するまでは彼女と、そして侍女長がお局様だ。恐ろしいので口にはしないが。「今日は午後いっぱいずっと騒ぐので、最初はどうかお酒は控えてくれ。いきなり酔い潰れてはつまらんからな。代わりに、私の前世の料理を少しずつ出していくぞ! この日のために作った料理ゴーレムが、厨房で大回転だ」「はいはーい、お菓子は出ますか?」 質問をしてきたのは菓子職人のトリール嬢だ。 やけにホームパーティに来たがっていると思ったら、やはりお菓子が目的だったか。「しょっぱいお菓子も甘いお菓子も、たくさん用意してあるぞー」「わあー!」「それじゃあ、パーティを始めるぞ! 侍女のみんなはちょっと厨房に料理を取りにいってくれ!」 堅苦しいパーティじゃないので、使用人を雇って配膳をするなどということはしない。 使える者は使うということで、客に料理を運ばせるスタイルだ。相手が貴族だろうと、私は気にしない。 そして、私が厨房に向かうと、侍女だけでなく王族もぞろぞろとついてきた。「ん? どうした?」 私はかたわらを歩く国王に尋ねた。「いや、手伝おうと思ってね」「殊勝な心がけだが、そういうことやると他が恐縮するので控えてくれ。ほら、カヤ嬢が緊張しまくって震えている」「ひいっ!」 私に話題を振られ、カヤ嬢の震えがさらに強まった。 そんなカヤ嬢に、国王が挨拶をする。「どうも。キリリンの同室の子だっけ? 俺、サリノジータ。よろしく」「よ、よろしくお願いいたします……」「そんなに緊張しないでー。今日の俺っちのことは、ただのキリリンの親友のお兄さんとでも思ってくれれば良いよ」 そんなやっつけ気味の自己紹介に、カヤ嬢の隣にいたククルがツッコミを入れる。「陛下はもうおじさんだと思う」「おっ、こいつ言ったなー」「きゃはは!」 実は国王とククルは親しい知り合いである。私と国王が近衛騎士となる勇士を探して国中を巡っていた頃に、バガルポカル領に何度も寄っていた。その縁で、国王は領主でありククルの父でもあるゴアード侯爵と、深い交流を持っていたのだ。 だから、こうしてプライベートになると途端に態度が砕けるのである。「さて、厨房にある皿を適当に運んで行ってくれ」 厨房に入ると、そこには三体の料理ゴーレムが、今も料理を作り続けていた。 完成している皿の料理は、とりあえずということで軽食だな。さらに、ピッチャーに冷たいお茶や果実ジュースが淹れてあるので、これも運んでもらう。 そしてみんなで連れ立って食堂に戻る。 食堂とテラスのテーブルに料理を並べていき、「自由に飲み食いしてくれ」と言って本格的にパーティを始めた。「ちょっと、キリンさん! 陛下がいらっしゃるなんて、聞いておりませんよ!」 カヤ嬢がお茶のコップを片手に、私に詰め寄ってくる。「ああ、言ってないな」「言ってくださいまし!」「いやあ、その方が面白いかと思って」「心臓が止まるかと思いましたわ!」 どうやらサプライズは失敗したらしい。以前のお茶会ではパレスナ王妃と仲よさげに話せていたから、国王とも上手くやると思っていたのだけれどな。まあ、パーティの最中に仲よくなるだろう、きっと。 私はとりあえず、カヤ嬢に軽食を勧めて気分を落ち着かせた。「おーい、キリンよー」 と、誰かに呼ばれた。 私は声のした方を振り向くと、天使が三人組を作って、大皿に載ったフライドポテトを食べていた。「どうかしたか?」 そちらに向かうと、ネコールナコールが代表して言う。「熱い飲み物はないかの? 冷たい飲み物は、妾達端末には合わないのでな」「あー、失念していたな。今、ゴーレムに熱い茶を用意させたから、厨房から取ってくる」 私が厨房に向かうと、「手伝いますね」と声がして、背後に突如、何者かが出現した。 あせって振り向くと、そこにいたのはカーリンであった。「びっくりした。人の気配が多すぎて、カーリンの気配を掴めてなかったよ」「ふふふ、久しぶりに驚かせられましたね」 厨房に入ると、大きめのポットに茶が用意してあったので、それを私が持つ。 さらに、完成した料理の皿がいくつかあったので、そちらはカーリンに持ってもらう。「ところで、今回の招待客にカードをやっている人いますかね?」「んー、ハルエーナ王女と、あと初心者だが侍女のビアンカっていう一番小さい子がやっているな」「うっ、隣国の王女様ですか。……いえ、女は度胸です。交流を持ってみせますよ」 そして食堂に戻ると、私は天使達にお茶のポットを渡した。 早速コップに茶を注いだ天使達が、同時にコップに口をつける。「うむ、やはり茶は熱い物に限る」 そう言ったのは、メキルポチルだ。炎の樹の力ですっかり目は治っていて、眼帯はもうつけていない。 そんな彼女の様子を見ていると、ふと忘れていたことを思い出し、その場で空間収納魔法を私は使った。「メキルポチル。遅くなったが、母への手紙だ。持っていってくれ」「ん? ああ、確かに受け取った。しかと届けよう」 メキルポチルはその特徴的な民族衣装の胸元に、封筒をしまった。服の内側にポケットでもあるのだろうか。 さて、カーリンはどうなったかな、と周りを見回してみると、どうやらテラスのテーブルで、ハルエーナ王女と一緒にカードゲームに興じていた。 その周囲にはビアンカだけでなく、王妃付き侍女一同が集まっており、メイヤが時折解説を入れている様子が見てとれた。すると、そこにゼリンが近づいていって、さらに詳しい解説を入れる。さすがTCG開発者の一人、異様に詳しい。 皆、ゼリンとは面識があるため、オネエ口調の強烈なキャラクターに怯むことなく、そのカード知識に感心していた。「キリンさん、軽食もいいですが、お菓子はー?」 と、今度はトリール嬢が私に絡んできた。 お菓子か。ゴーレムと通信すると、一品完成したようなので、こちらに直接それを運ばせた。 テーブルの上に、皿が並べられる。「前世のお菓子、マカロンだ」「う、うわー! なんですかこれー! こんなに可愛いお菓子があっただなんて!」 前世の実家の都合で中華料理が得意な私だが、実はマカロンも作れる。 というのも、父の後を継ぎ中華料理人となった前世の兄は、洋菓子が好きでよく買って食べていたのだが、マカロンは買うと高いということで、私と兄の兄弟二人でマカロンを家で手作りしていたのだ。「ほわーほわー。美味しいですー!」「そうかそうか。でも、本格的な料理もこの後出てくるので、食べ過ぎないようにな」 そう言って私はトリール嬢から離れ、王族達のもとへと向かった。 そこでは、始祖が興味深そうに、皿の上の軽食を次から次へと口の中に収めていた。「今のアルイブキラでは、このような料理が広まっておるのか……」 いや、私の前世の料理ばかりなのだが……。国王の奴、面白がってネタばらししていないな。 私は溜息をついて、始祖に料理の説明をし始めた。「それは、アルイブキラの料理じゃないぞ。私の前世はこの世界とは異なる次元の人間だったので、そこの料理だ」「ふむ? 異なる次元であるか?」「天界の門の向こう側にある、遠い世界だ」「そのような場所があるのか。我も知らないことばかりであるな」「この後もいろいろ異世界料理を出すので、楽しみにしていてくれ」 そして、料理ゴーレムから本格的な料理ができあがったと連絡が来たので、また侍女達を呼んで食堂とテラスまで料理を運んでもらった。 今日のメインテーマは、アルイブキラの食材で作る本格中華である。 この国では香辛料が安価で手に入るので、かなり再現度は高いと自負している。「うわー、なにこれ! ナシー! 食べさせて!」 担々麺(本格なので汁なしだ)を前に、キリンゼラーの使い魔が王妹のナシーに催促をした。 キリンゼラーの奴、サイコキネシスで食器を自在に操れるというのに、麺を前に臆しやがった。 長い麺の料理って、ここいらではほとんど食べられていないから、キリンゼラーも馴染みがなくて困ったのだろう。 一方、ナシーは昔、私が何度もラーメン等を作って食べさせていたので、担々麺程度に驚くことはない。 ナシーはフォークで器用に麺を巻いて、使い魔の口に運んでいった。「ぴりっとして美味しー! やっぱりキリンについてきてよかったー!」 私の価値は料理で決まるのか……。姉の生まれ変わりだと騒いでいた頃が懐かしいよ、まったく。「そんなに美味しいのか? では、私も一口」「あー、私が全部食べたかったのにー」「他にも料理はあるのだ。独り占めせずともよいだろう」 ナシーと使い魔が仲よく二人で料理を分け合う姿は、どこかほっこりとさせるものがあるな。 今回あえてオルトの奴は呼んでいないので、ナシーには色々な人と交流を持ってもらいたいものだ。ナシーって、意外と交友関係が狭いからな。「キリンちゃん、お酒が飲みたくなってきちゃったのだけれど」 ふと、カード対戦の場から離れて水餃子を食べていたゼリンが、そんなことを私に言いだした。 酒かー。まあ、度数の低いやつから並べていくかな。 私は料理ゴーレムに厨房から酒を運ばせると、一気に面々のテンションが上がりだした。「あえて言うが、飲み会じゃなくてホームパーティだからな!」 私のその言葉を聞いているのかいないのか。 皆コップを取りだして互いに酒を注ぎ合い、あちこちで乾杯の合図が交わされ始めた。 これには、お酒の飲めない年少組も苦笑するしかない。 年少組と言えば、見た目幼い世界樹の化身の姿を見ていないな、と私は周囲を確認する。 すると、世界樹の化身は何やらパレスナ王妃に絡んで、ドレスを引っ張って何かを叫んでいた。「駄目ー、駄目だよー。パレスナちゃんは、お酒飲んじゃ駄目だよー」 その行為に、コップを片手に持ったパレスナ王妃は困惑するばかり。「ちょっと飲むくらい良いじゃないの。送り迎えは来るのだし」「そうじゃないよー。パレスナちゃんには、カード絵のお礼で特別に強靱な魂をあげたから、もうお酒飲んじゃ駄目!」 んん? 何か、聞き捨てのならないことを聞いたような気がするぞ。 私はパレスナ王妃達のもとへと向かい、世界樹の化身から詳しい話を聞き出そうとする。「魂をあげたって、どういうことだ?」「えーとね、パレスナちゃんのお腹に、魂を入れたの」「それって……」 私とパレスナ王妃は、思わず互いに顔を見合わせた。「きっと、元気な女の子が生まれるよ!」「……ええー! 私、妊娠しているの!?」 パレスナ王妃の大きな声が、食堂全体に響きわたった。 雑談でざわついていた場が静まりかえり、何事かと周囲の目が集まった。 私はその周囲に向けて、今判明したばかりの事実を言った。「パレスナ様、ご懐妊です」 すると、歓声が一斉に上がり、皆がパレスナ王妃の周りに押し掛けた。 そして再び世界樹の化身から、子供が生まれてくるために必要な魂分与の作業をパレスナ王妃に対し行なったことが述べられ、場は懐妊祝いの会に変わった。 祝いの酒をさらに追加すると、乾杯の合図が止まらない。料理も次々と追加され、皆大いに飲み、大いに食した。 そして、妊婦と判明したパレスナ王妃は一人、酒からは遠ざけられ、幼少組と一緒にお菓子を食べて吉事を祝った。 そうしてホームパーティは夕方まで続き、皆、楽しい時間を過ごした。 私は、こんな平和な時間がいつまでも続くと良いなと、幸せそうに笑う国王夫妻を見ながらしみじみと思う。 こうして、私の新米侍女としての一年は、無事に終わりを迎えたのであった。 英雄復活スレイヤー系熱烈歓迎大団円<完>--次回、エピローグです。