「この目で見なくちゃ! 絶対に見にいく!」と、ごねりだしたパレスナ王妃を護衛するため、私は植物園に向かった。 私の手には一応、何かあったときのために頑丈な鉄の棒『骨折り君』を携えてある。だが、天界の門から何かが出てきたとき、これで対応しきれるかは正直怪しい。 惑星脱出艦テアノンみたいな巨大な何かが出てきたら、鉄の棒などなんの役に立つのか。 そして、同行者の中には護衛だけでなく、ミミヤ嬢の姿もある。 彼女は新し物好きで好奇心旺盛だから、見たい気持ちを抑えられなかったのだろうなぁ。 でも、いざという時はパレスナ王妃の身の安全優先なので、そこは勘弁してほしい。 さて、小走りで向かい植物園についたのだが、そこには確かに天界の門らしき何かがあった。 門というかあれは『ゲート』だな。いや、ゲートを和訳したらそのまま城門という意味になるのだが、そういうことではない。あれは、前世のSF映画だとかに出てくる、ワープゲートとかそういう類の見た目だ。 植物園の上空に大きく歪んだ円が浮かび、その円の向こう側には光り輝く“何か”がうごめいている。 私はこのゲートに見覚えがあった。 それは、前世でのこと。謎の秘密教団に友人の恋人が生贄としてさらわれ、私と友人はその恋人を救いに走った。そして辿り着いた教団施設の上空に、これと同じゲートがあった。 私はその施設で炎を操る謎の人物――今思うと天使か悪魔だったのだろう――に殺され、この世界に生まれ変わった。 そんなことを思い出していると、ふと、頭の中にあのゲートの奥に存在するであろう光景が思い浮かんでくる。 私は不意に魂が揺さぶられるような感覚におちいり、めまいがしてきた。「キリンさん? 大丈夫ですの?」「あ、ああ。大丈夫だ、ミミヤ嬢」「嬢?」 おっと、しまった。動揺して頭の中の呼び名が漏れてしまった。「問題ありません。少し、あの向こうを通った時のことを思い出してしまっただけです」「あの向こうを……? ああ、キリンさんは確か、魂だけで別の世界から天界の門を通ってこちらの世界にやってきたのでしたね」 そういうことだ。私は、あの神の領域を実際に通ったことがある。 天界の門の向こうにいるのは、世界丸ごと一つが意思を持っているという、高次の生命体、火の神だ。 天界は様々な次元の世界に門でつながっており、天界を通って異なる世界に向かおうと狙う魔法使いが数多く存在している。 だが、天界は神そのものである炎で満たされており、常人では入った瞬間焼き尽くされてしまうという。 実際通り抜けできたと聞くのは、特別に神の炎対策を施した乗り物か、神の炎に焼き尽くされないほどの強靱な魂くらいだ。 前者が惑星脱出艦テアノンで、後者が私と師匠だ。「あらー、見事に世界樹の枝の上に開いているわね、天界の門」 パレスナ王妃がのんきな声でそう言った。 世界樹の枝が見えるところまで来たが、世界樹の枝の周囲は城の衛兵と騎士達が固めており、上空の門に向かって警戒態勢を取っている。 そして、衛兵達の近くで、一人の女性天使、ヤラールトラールがたたずんでいた。 私達はとりあえず、ヤラールトラールの近くに向かった。「ヤラ。どういう状況」 そうパレスナ王妃が尋ねると、ヤラールトラールは困った顔で言葉を返した。「それが、私も知らなくて……上位存在に問い合わせ中です」 そこまで言うと彼女は、はっとした顔をして世界樹の枝の方を向いた。「まさかそんな、城の中になんて……! ちょっと通してください!」 そんなことを言うと、ヤラールトラールは突然衛兵の間に割り込んで、世界樹の枝に近寄った。そして。「もう、馬鹿なのですか! ああもう、そこは世界樹の枝に近すぎます! 枝は成長するのですよ!」 などと、彼女は上空の天界の門に向かって叫びだした。 なんなんだいったい……。 とりあえず私は、緊急事態だと判断し、制服のポケットに入れたままの『女帝ちゃんホットライン』を取りだして、女帝に通信を繋げた。『なんじゃ? そなたからかけてくるとは珍しいのう』「女帝、緊急事態だ。アルイブキラの王城に天界の門が開いた。世界樹の枝の真上だ」『なんじゃと!?』 女帝が叫ぶと、突然『女帝ちゃんホットライン』から立体映像が飛びだしてきた。女帝の姿だ。『うぬぬ、本当じゃ。今になって新しい門が開くとは、どういうことか……』「私は今まで世界樹で天界の門を見たことがないのだが、珍しいのか?」 私は立体映像の女帝にそう尋ねると、女帝は『うむ』と答えた。『火の神は基本、天使と悪魔という外部端末を使ってこの世界に干渉しておる。惑星フィーナには多数の天界の門があったのじゃが、この世界樹上で常時開いておるのは、端末達の里だけじゃ』「ああ、炎の樹があるっていう……」『そうじゃな。しかし、天界の門が急に世界樹の上に開くなど、『太古の堕天』を思い出すのじゃ』「なんだそれは」『ほれ、大地神話に語られているじゃろう。世界樹が惑星にまだあった頃、天界の門が急に世界樹の上に開き、天界から切り離された火の神の一部が落ちてきたという』「ああ、当時の世界樹が大損害を受けたっていう……まさか」『同じことが起きたら、クーレンバレン王城ごと吹き飛ぶのじゃ』 その言葉を聞いて、私だけでなく周囲で推移を見守っていた衛兵達がぞっとした表情を浮かべる。 だが、それを否定する言葉が突然投げかけられた。「大丈夫だよー。天界の門が開いたのは、新しい炎の樹を設置するだけみたい」 その言葉を発したのは、いつの間にか出現していた世界樹の化身。 化身は世界樹の枝の近くに浮いており、女帝の立体映像の方を見ている。『なぬ、新しい炎の樹じゃと。それはまたややこしいことになるのう……』 炎の樹。天使や悪魔が生まれてくるパワースポットで、さらには彼らの治療を可能とする再生施設だ。 そんなものが、王城の中にできるというのか。 世界樹は天界から天使や悪魔に向けられて送られる指令を傍受できるらしいから、その言葉は正しいのだろう。 私は、何やら世界樹の枝の近くで天界の門に向けて、身振り手振りで言葉を発しているヤラールトラールの方を見た。「だからこっちです! 人の迷惑を考えなさい! そう、ここ、ここです!」 ヤラールトラールが地団駄を踏んだと思うと、突然彼女の足元から炎が発生した。 その炎はまるで植物の芽が成長し、一本の樹木になるかのように立ち上っていった。 思わぬ事態に、衛兵達が身構える。 だが、ヤラールトラールは動揺もせず、炎から離れて腕を組み、うんうんとうなずく。 炎はやがて色を変え、まるで溶岩が固まるように物質化した。 最後に残ったのは、炎のような模様のある一本の赤茶けた樹木のオブジェだった。前世の現代アートにでもありそうな形をしている。 それを見てヤラールトラールは満足したのか、こちらに振り返って大声で言った。「炎の樹が完成しました。これより、ここから新しい端末……天使や悪魔が生まれるようになります。生まれたばかりの悪魔は子供のような存在で、討伐や捕縛も容易いです。なので、常時見張りを立てておくようにしてください」 ヤラールトラールの言葉は、同じ天界の端末だというのに、悪魔に対して厳しい内容であった。 以前、彼女はアルイブキラに害をなす悪魔を討伐したことがあるというから、同族意識は薄いのかもしれない。それか、人間で言う悪人に対する態度なのか。「この樹は切り倒しても再生します。諦めて、存在を受け入れてください。そして、早急に子供の天使を受け入れる施設を用意するよう、お願いします」 ヤラールトラールがそこまで言うと、突如上空の天界の門が縮小していき、やがてそこに何もなかったかのように消えた。 本当に火の神の用事は、炎の樹をここに生やすことだけだったらしい。 周囲はざわめき、官僚と思われる者があちらこちらに行き交い始める。 ずっと天界の門をスケッチしていたパレスナ王妃が、残念そうに「門、閉まっちゃったわね」と言った。 こうして、アルイブキラの王城に天使と悪魔を生み出す、炎の樹が生えたのだった。◆◇◆◇◆ 炎の樹が生えて一週間。結論を言うと、炎の樹から悪魔は生まれてこなかった。 火の神も馬鹿じゃない。見つけ次第討伐されるような場所へ、人間に害をなす悪魔を生み出すわけがない。 一方、生まれてきた天使はまだ一人。小さな男の子の姿をした天使で、神から与えられた使命は「アルイブキラで流行っている娯楽を数多く参照すること」らしい。平和すぎる……。 だが、炎の樹の本領は、天使を生み出すことではなかった。 炎の樹が生えた翌日、再びメキルポチルが私のもとを訪ねてきた。 なんでも、炎の樹で身体の治療をしたいとのことだった。私は困って官僚に相談しに行ったのだが、相手は遠い国の部族とは言え、人類に益を与える天使。なので無下にはできないと判断がされ、彼女の治療は許可された。 パレスナ王妃が治療の様子を見たいと言い出したので、炎の樹までやってきたのだが……メキルポチルは炎の樹の近くでただ、たたずむのみであった。「はあ、癒される……」 そんなことを呟く彼女の姿は、まるで日光浴や森林浴をしているようだ。幻想的な姿が見られなかったと、パレスナ王妃は残念がっていた。 事態が急変したのはさらにその翌日だ。炎の樹が生えることを事前に知っていた天使が多数城下町に潜んでいたのか、次々と王城に天使が訪れた。思わぬ来訪者に城の高官はてんやわんやだ。 断るにも、その天使の中には、隣国の王女の護衛であるネコールナコールの姿もあったのが、話をややこしくさせた。 結局、状況を見かねた国王の鶴の一声で、天使は全員受け入れることに決まった。国王曰く、抵抗したら天使の集団に城を落とされかねないとのことだ。 確かに、肉体の再生を必要とするような天使はおおよそ、歳を経ていて老練で、強力な火の魔法を使えるからな。 正式に許可を得たネコールナコール。彼女が猫の姿で毎日朝に通ってきて夕方になって帰っていく姿は、もはや温泉に通う地元の湯治客のようだった。 そして、その猫の姿は日に日に大きくなっていった。「にょほほ、順調に再生しつつあるのじゃ。本来の姿を見てみるかの?」 炎の樹のかたわらで、巨大な猫の姿のままそんなことを言い出すネコールナコールに、私は答える。「見ないぞ。生首から再生しているってことは、変身を解いたら相当アレな見た目なのだろう」「まあそうじゃな。おかげでおぬしに貰ったボディに乗れなくなったのじゃ」「ハルエーナ王女の護衛をサボるなと言いたいところだが、あのボディがもう使えないのでは、厳しく言えないな」 ネコールナコールには以前、生首姿の下に装着する魔法の胴体を与えたことがある。「元々護衛などという荒事は、あまりしたくないのだがのう」「ああ、そういえばお前、善の気に汚染されきって、悪いこととかしたくなくなっているんだったか」「うむ。護身程度ならできるじゃろうが、人を傷付ける気はさらさら起きぬ」 そんな会話の最中にも、世界樹の化身が炎の樹の前に姿を現し、天使達を選別していた。 なんでも、天使に化けた悪魔が混ざっていないか、チェックしているらしい。 世界樹は、天界の火の神からこの世界の端末に向けた指令を傍受できる。そして、世界に対して無害な存在に天使の角を。世界や人に対して有害な指令を受けている存在に、悪魔の角を世界樹の力で無理やり生やしているのだ。 なお、天界から有害な指令を受けてもそれを拒否している個体は、天使扱いらしい。天界の外部端末なのに、天界の指令って拒否できるのだな。「居た! そこの赤髪の男天使、悪魔だよ! 任務はシンハイのクーデター! 討伐して!」「げえっ!? バレたか!」「囲め!」「逃がすな!」 おっと、悪魔が見つかったようだ。「パレスナ様、お下がりください。巻き込まれないように」 天使達の姿を絵画に描いていたパレスナ王妃を下がらせ、私は警戒態勢を取る。 妖精魔法でアストラル界から火と熱を食う妖精複数を呼び出し、悪魔に対してまとわりつかせた。 炎を発して逃げようとしていた悪魔だが、その妖精に炎を食われ、さらに身体の熱を奪われて悪魔は動けなくなる。 そこに、騎士達の剣が突き刺さる。騎士複数に攻撃を受けた悪魔は、やがて討ち取られた。 さらに宮廷魔法師が、悪魔を復活させないよう封印をほどこし、遺体をどこかに運んでいく。宮廷魔法師は生首になったネコールナコールが数百年の眠りから復活したことを知っているから、遺体を念入りに処理するのだろう。「キリン殿、助かります」 炎の樹に詰めていた騎士が、私にお礼を言ってくる。「ええ、悪魔の血は発火しますから、私がいない時は十分に気をつけてください」 そんな感じで、炎の樹の周辺は大忙しだった。 一方、パレスナ王妃は教育係の一人である先王がこの事態の処理で忙しく、予定が空いてしまった。そのため、最近はこうして炎の樹のそばで絵を描いていることが多い。悪魔が出るかもしれないから危ないのだが、戦闘の様子も見たいと言い出して困りものだ。 なので、私はずっと不壊の大剣を持って警戒を続けている。 だが、暇なものは暇なので、私はネコールナコールと雑談を交わし続ける。「しかし、同じ天界の端末だというのに、受けている指令はバラバラだよな」「うむ。上位存在は世界そのものが一つの生命という巨大な存在じゃが、その思考回路は人間や、それを模した妾達端末とは大きく異なるのじゃ。思考は無数に分割されており、それぞれ考えていることが違う。ただ一つ共通した目的がある。上位存在は自分の世界から動けず暇で仕方がないので、別の次元の知的生命体を観察しようとしているのじゃ」「だから、ヤラールトラールみたいな国を守る天使がいる一方で、国を乱す悪魔がいるわけだな」「うぬ……ヤラールトラールの奴はおそらく、上位存在の言うことに聞く耳を持っていないのじゃ。年を経た端末は自我が強くなり、自分のために生きようとする者が多くなるのでな」「あんたはどうなんだ?」「妾は眠っていた期間は長くとも、実際に起きていた年数は三桁も行っていないのじゃ。今は、エイテンの王族が治めるシンハイ国の行く末を見守れという指令を受けておるの。だから、先ほどのクーデターを狙う端末が討伐されたのは喜ばしいことじゃ」 そんな感じで植物園に滞在し続けていた時のこと。何やら、王妃担当の女官が向こうから駆けてくるのが見えた。 女官はパレスナ王妃の近くにくると、息を切らして立ち止まり、深呼吸をしてからパレスナ王妃に向けて言った。「国王陛下と先王陛下がお呼びです」「あら。二人同時に呼ぶだなんて、何かあったのかしら?」「それが、ただ事ではなくて……」「天界の門が開いて炎の樹が生えるよりも、すごいことなのかしら?」「ええ、それが……王宮の奥から一体の古めかしいゴーレムが出てきまして……そのゴーレムが、自分はこの国の建国王、クーレンだと主張しているのです」「……何それ?」 おいおいおい。今度は建国王だって? なにやらとんでもない事態が起きていそうだぞ。