夏の暑さも落ち着いてきた今日この頃。ミミヤ嬢からマナー講習を受けるパレスナ王妃を見守りながら、侍女達と一緒に詩作にふけっていたところ、部屋に女官が訪ねてきた。「キリン様、お客様がご来訪です」「私ですか?」「はい。セト族のメキルポチルと名乗っていらっしゃる、天使様がお目見えです」 ほう、それはそれは。また変わった客が来たものだ。「キリン、どんな知り合いが来たの?」 女官が来た時点で講習を一時中断したパレスナ王妃が、そう尋ねてくる。「私がとある辺境部族の姫だったということは知っていますよね? その部族を五百年前から見守っている、守護天使が来たようです」「へえ、どんな用事かしら」「さあ、それは会ってみないことには」「あ、故郷へ帰ってこいって要請は、受け入れちゃ駄目だからね!」「私とは別に族長の後継者はいますし、それはないと思うのですが……」 それでもわざわざ遠い場所からやってきたというのだから、それなりに重要な用事がありそうだが。 たとえば……そう、部族を守護するメキルポチルでも倒せないような、強大な魔物が現れたとか。 それなら、一時帰国を求められてもおかしくはない。 まあ、そんな話になっても、他の強い庭師達を紹介することで済まして、私自身はよほどでない限り行かないつもりだが。 薄情かもしれないが、私にとってのセト族とはそれほど重い存在ではない。私の心の故郷は、アルイブキラだ。「では、席を外しますね」「いってらっしゃい」 そうして私は女官に案内され王宮を出て、王城の入口近くにある応接室の一つに入った。 そこには、一人の女性天使がいた。 紫色の髪を長く伸ばし、頭から天使の角を生やしている。顔には眼帯をつけており、さらには頬に傷痕が残っている。 着ている服はいかにも民族的とでもいうか、カラフルな織物を縫って作られた立派な服だ。夏に着るには少々暑そうだが、相手は火の性質を持つ天使なので、厚着でも問題は無いのだろう。 彼女がメキルポチル。セト族を守護する天使だ。「やあ、久しぶり」 私は部族が存在する大陸の言語で、メキルポチルに話しかけた。「ああ、キリン、久しいな。何年ぶりだろうか」「最後に会いに行ってから、五年は経つか」「そうか。たまには里帰りしろよ」「今は厳しいな。自由な庭師時代とは違って、こうして城に就職したからな」「そうだ。こちらにきて庭師の組合に行ったら驚いたぞ。庭師を辞めたというのだからな」 庭師の組合……生活扶助組合だな。一般市民から、庭師宛の仕事を受け付けている組織だ。「荒事に疲れてな。まあ、庭師はみんなある程度の年齢になったら引退して、どこかに腰を落ち着けるものさ」「腰を落ち着けるなら、我らのところに来ればいいものを」「すまない、以前も言った通り、私の故郷はこの国なんだ」 そんな会話をしている間に、応接室の担当侍女が私達にお茶を淹れてくれる。 私は「どうも」とお礼を言って、お茶を飲む。メキルポチルも熱い茶が嬉しいのか、茶を口にし始めた。 しばし無言の時間が続き、メキルポチルはお茶を飲み干して眼帯にそっと手で触れた。 その様子をじっと眺めていた私に気づいたのか、メキルポチルは「ああ」と眼帯から手を離す。「最近、古傷が痛むのだ。身体の節々も痛い。歳を取り過ぎたよ」 古傷か……。私にはそういった古傷はないな。師匠が私に施した不老の術式は、長寿に耐えうる高い肉体再生能力をこの身に与えているからだ。それに、術式とは別に、魔人の能力で軽い傷なら瞬時に塞がる。 一方、天使という生き物は、何百年も生きられるというのに、それに見合った高度な肉体再生能力が実はない。 指を欠損しても生えてこないし、目が潰れても再生しない。 大型の生き物として当然の性能なのだが、その寿命の長さからすると明らかに能力が足りていないと言えるだろう。 さらに、欠損がなくても身体にガタが来る。長寿種族らしく歳を取っても肌のシワが増えたりはしないし、脳の機能が衰えたりはしないらしい。だが、人体を模した骨格をしているので、歳を取ると膝などの軟骨はすり減っていくし、酷使された背骨は少しずつ潰れていきやがて腰が曲がり始める。見た目が若いまま、いびつに年老いてくのだ。 だが、実際には、王妹の守護者をしているヤラールトラールのような数百歳を超える天使などに、そのような老いは見てとれない。 天使そのものに高度な再生能力はないが、炎の樹という天使や悪魔の生まれてくるパワースポットの力で、肉体を完全再生させることができるのだ。「炎の樹に行けていないのか」「遠くてな。セトの大地からこの国に来るよりも、はるかに遠い。こうして片目も潰れたままだ」 世界樹の世界では、同じ枝にある大陸間は『枝の回廊』を通って比較的簡単に行き来ができる。しかし、違う枝に行くとなると、『幹の回廊』という場所を旅しなければならず、その旅は徒歩だと長くて数ヶ月単位にわたることもある。 世界的な庭師ならば、地下にある世界樹トレインで簡単に世界中を移動できるが、一般人は『幹の回廊』を使うしかないのだ。メキルポチルも、この国にやってくるまで回廊を通ってきたのだろう。「なるほど。……で、本題に入るが、私を訪ねてきた用事はなんだ?」「ああ、それか……ほら、族長から手紙を預かってきている。目を通せ」 そう言って渡されたのは、束ねられた紙束だ。セト族では植物から紙を生産していないので、家畜の皮から作った皮紙の手紙である。封筒はない。 セト族の族長とは私の母のことで、つまり実の母親からの手紙になる。 私は、受け取った手紙に目を通し始めた。 そして数分かけて一通り確認したが……手紙は、部族は皆、平和に過ごしているという近況報告と、旅人から伝え聞いた私の活躍への称賛、そして私の近況を知りたいという内容だった。 危機的な状況にあるだとか、部族への帰還を求めるだとか、そういう内容は一切ない。 私は、肩透かしを食らった気持ちになって、メキルポチルに言った。「なあ、これだけか?」「これだけとは?」「部族に危機が訪れているとか、強大な魔物が出現したとか、私に帰ってきてほしいとか、そういうことはないのか」「ないな。平和そのものだ。私が問題なく離れられるくらいにはな」「そうなのか。用事ってこの手紙だけか?」「お前への用事はそれだけだな」 その言葉を聞いて、私は大きく溜息をついた。 こいつ、たったこれだけのために、わざわざ遠くから時間をかけて旅してきたのか。天使の時間感覚は訳解らんな。「さて、名残惜しいが、今日の宿を取らねばならぬのでな、そろそろおいとましよう」 二杯目の茶を飲みきったメキルポチルが、そう別れを切り出してきた。「もう国元に帰るのか?」「いや、しばらくこの国に留まるつもりだ。手紙の返事はまた今度受け取りにくるから、早めに書いておいてくれ」 観光でもするつもりか、この天使。実は観光旅行に来たのではないだろうな。「資金は大丈夫か? この国の言葉は話せるのか?」「どちらも問題ない。……ああ、そうそう、牙を換金したいのだが、いい商人がいたら紹介してくれないか?」「牙……ああ、あの巨獣の牙か」 セト族の住む草原には、立派な牙を持つ巨獣が生息している。 その牙は前世の象牙のような価値があり、細工物の素材として重宝される。価値を知っている商人なら、高値で買い取るだろう。 ふむ、ゼリンでも紹介してやるか。あいつ、貿易商でもあるからな。「少し待ってくれ、紹介状を書く」 私は空間収納魔法から便せんと封筒、そしてペンを取り出し、ゼリン宛てにメキルポチルの紹介状を書いた。 そして、ティニク商会の本店までの地図も描き、メキルポチルに渡す。 メキルポチルは紹介状と地図を受け取ると、部屋の隅に置かれていた巨獣の牙が詰まった背負い袋を持ち、侍女に案内され応接室から退室していった。 私も応接室を出て、内廷まで帰る。パレスナ王妃の私室に入ると、マナー講習はすでに終わっていたのか、パレスナ王妃とミミヤ嬢がお茶を飲んでまったりと過ごしていた。「おかえりなさい。どんな用事だった?」「族長である母から、近況報告の手紙を受け取りました。それだけですね」「そうなの。それならよかった」 パレスナ王妃はよほど私に出ていってほしくなかったらしく、安堵の溜息をついた。 そして、私はパレスナ王妃のお世話に戻る。まずはお茶のおかわりだ。 パレスナ王妃はお茶の味にこだわりはないのだが、私自身はまだまだフランカさんの腕前には達していない。精進あるのみだ。「そういえば、キリンの故郷の話って聞いたことがなかったわね」 ふと、ミミヤ嬢と話していたパレスナ王妃がそんなことを言いだした。 私は、その言葉を受けて首をかしげた。「バガルポカル領の話なら、何度もしてきたと思いますが」「そっちじゃなくて、生まれた部族の話!」 ああ、そっちか。セト族の話だな。「せっかくだから、ちょっと話してみてくれない? 興味あるのよね。姫という身分も気になるし」「まあ、別に秘密にしているわけではないので、構いませんが……」 すると、着席を促されたので私は座り、パレスナ王妃が自ら私にお茶を淹れる姿を見ながら、私は過去を話し始めた。◆◇◆◇◆ 私は、物心ついた頃から父と旅をしていた。 父は庭師であり、魔物狩りや巨獣狩りで生計を稼ぎ、そして一所に落ち着くことなく旅を続けていた。 私には前世の記憶があったため、意識がはっきりしてからは必死で言語を学び、父とコミュニケーションを取ろうとした。 だが困ったことに、私は声を出すことはできなかった。 当時は音声を出せる魔法など習っておらず、父と意思の疎通を取ることは叶わなかった。 父と言葉を交わすことができるようになったのは、四歳になってからだ。意思を文字として表示する魔法の看板を手に入れて、私はようやく父から私の生い立ちを聞き出すことに成功した。 私は、辺境のとある部族の生まれらしい。しかも、部族の長の娘だというのだ。 だが、父はなぜ私達がその部族から離れて生きているのか、語ることはなかった。父は元々寡黙だが、部族を離れた理由だけは、意図して話そうとはしていなかった。 やがて、父は私が七つになる頃にアルイブキラで死んだ。竜型の魔物が出現し、それを退治しに行って返り討ちにあったのだ。 形見として返ってきたのは、父が愛用していた不壊の大剣のみ。遺体は魔物に食われて残らなかった。 私は魔女の塔に引き取られ、魔法を学ぶ。そして、師匠との死別を経て、やがて十歳で庭師となった。 私が部族のもとを訪れたのは二十歳になってから。 庭師として世間に名が知られ始めた頃で、世界樹トレインを使い自由に世界中を巡れるような立場になっていた。 セト族の住む大地は、木の生えていない乾いた大草原だった。ステップというやつだ。この地でセト族は家畜を放って過ごしている。 セト族は広大な大地でいくつかの集団に分かれて生活しており、数多くの家畜に草を食ませるために周期的に住居を移動していた。つまりは、遊牧民族だ。 私は各地を訪ね歩き、族長を訪ねたい旨を説明して、族長の居る本拠地を教えてもらった。 ここで信用されるのに庭師の免許がとても役に立った。部族は常に魔物の脅威にさらされており、魔物を退治するのが生業の庭師は、信用に足る職業とされていたのだ。 やがて、セト族の本拠地に辿り着いた私は、家畜の世話をしていた人を見つけ、尋ねた。相手は隻眼の天使だった。「もし。族長に会いたいのだが」「おや、可愛い子だな。わざわざこんなところまで訪ねてきてくれるとは。親御さんは?」 完全に子供に対する態度である。「失礼。私はこういう者だ」 私が庭師の免許を見せると、相手はいぶかしげな表情を浮かべた。 免許に記されている名前は、キリン・セト・ウィーワチッタ。世界共通語で書かれたそれを相手の天使は読めたのであろう。天使は警戒すると共に、手に炎をまとわりつかせた。「お前、キリンか!? ここへ何しに来た! もしやセト族に復讐するつもりか!」「復讐……?」 訳が解らず、混乱する私。なぜ故郷に帰還した私が、復讐などするというのか。「何が目的だ!」「ええと、父が亡くなったので、形見を渡しに来た。それと、私の出身地を一度見にきたいと思っていて」「なにぃ!?」 相手は警戒を緩めず、炎は激しく燃えるばかり。「自分を追い出したセト族に害意はないのか?」「私って追い出されたのか?」「むう? 知らないのか? お前、本当にキリンなのか?」「キリンだが。ただ、父からはなぜ私が部族のもとで育てられなかったかは聞いていない」「……そうか」 警戒を解こうとする天使だが、何かに気づいたように、はっとなってまた炎を激しく燃やした。「待て! キリンが追放されたのは二十年も前だ! お前みたいな子供のはずがない!」「ああ、それは……」 私は必死になって、魔法を使って十歳で成長を止めた旨を天使に説明した。 不老の魔法式も相手に見せてなんとか納得してもらえ、ようやく相手の手から炎が消えた。 そして、私はセト族に歓迎を受けることになり、族長へのお目通りが叶った。 族長は、中年の美しい女性であった。父の言葉を信じるなら、彼女が私の母だ。「貴女が、キリンなのですね……?」 そう族長に尋ねられ、私は「はい」と答えた。 すると、女性は涙を流し始め、泣き崩れた。 私はどうしてよいか判らず、ただおろおろとするばかり。 周りにいた世話人らしき女性が族長をなだめ、そしてかたわらにいた先ほどの天使、名をメキルポチルと名乗った見た目若い女性が、語り始めた。「若くして族長となった女がいた。彼女はセト族で一番の力を持つ男を婿に迎え、やがて子を孕んだ。子は次期族長となるべき、部族の跡取りだ」 私は、族長の方をチラ見しながら、メキルポチルの言葉に耳を傾けた。「順調に腹の中の子は成長していった。するとある日、シャーマンが神託を受け預言をした、生まれてくる子供は世界樹に祝福された奇跡の子だと。だが……」 メキルポチルの表情が陰る。「だが、実際に生まれてきたのは……恐ろしい赤子だった。赤子だというのに力は強く、抱く者の腕をねじきろうとする。さらには口から竜の息吹を吐き、セト族の住処はいくつもバラバラになって炎上した」「ああ、私が物心ついたのは、一歳を超えてからだったから……。意識がない頃は、そんなに酷かったのか」「酷かった。酷すぎて、姫を殺すことが検討された。だが、母親である族長は強くそれに反対した。だが、このまま暴れ回る赤子をセト族のもとに置いておくわけにはいかない。そこで、族長の夫、すなわち赤子の父が、赤子を連れてこの地を離れることになった。その赤子の名をキリン・セトという」 ……なるほど。だから父は私を連れて旅をしていたのか。「赤子を連れて出ていった後、族長の夫からの便りは一切届いていない。てっきり、私達は赤子の手で殺されてしまったと思っていたのだが……」「父は遠い国アルイブキラで、魔物と戦い亡くなりました」「……そうか。あいつが敗れるほどの強大な魔物がいたのか」 父が死んだと聞き、メキルポチルは悲しみ、族長は再び涙を流した。 私は、背負っていた剣を下ろし、彼らの前に置いた。「父の遺骸は残っていません。この剣が唯一の形見です」「この剣は……確かに、あいつの物だ」 メキルポチルは剣を受け取り、族長の前に差し出した。 族長は剣を抱きしめて、声を上げて泣いた。 そして、その日の夜、私はセト族から丁寧なもてなしを受けた。家畜の肉の料理を食べ、家畜の乳から作った酒を大いに楽しんだ。 そして翌日、再び私は族長と面会した。「キリン……私の子……」 もう気持ちが落ち着いたのか、そう言って族長は私を抱きしめる。「許されないのかもしれませんが、どうか私のことを母と呼んでくれませんか?」「ああ、お母さん」 私がそう言うと、族長……母は、より強く私を抱きしめた。 おそらく、私が赤子の頃は、私の怪力のせいでろくに抱きしめることができなかったのだろう。私は、そっと優しく母を抱きしめ返した。 そして、しばらく抱擁を交わした後、私達は今後の話をすることになった。 メキルポチルが言う。「セト族のもとに帰ってきてもらっても構わない。庭師ということなら狩人として歓迎する。立場も姫のままだ。次期族長の座は別の者が座ることに決まっているので、お前にはやれんが」「いや、私は庭師を続けるよ。私の故郷はここではないからな」 故郷はここではない、との言葉を聞いて、皆が悲しそうな顔をする。 でも、正直な私の思いだ。今生の私の故郷は、アルイブキラのバガルポカル領なのだ。「そうか。しかし、部族の姫としての証は受け取ってほしい」「それは……物による」 私がそう言うと、メキルポチルは「ふっ」と笑って答えた。「大丈夫だ。セトの民は戦士の一族。武器に祝福を与えるだけだ」 それならば、と私は証を受け取ることにした。「武器を出してくれ。それに祝福を与える」 そう言われたので、私は父の形見の剣を前に出した。この剣は父の形見だが、昨日母は受け取らなかった。自分には父の遺した牙細工があるから、これは私に持っていてほしいとのことだ。 形見の剣をシャーマンらしき老人男性が受け取る。すると。「この剣にはすでに祝福がかけられています。これは、かつて私が祝福した族長の夫の愛剣ですね。懐かしい。貴女が普段使っている武器は、これ以外にありますか?」 それならば、と私は空間収納魔法を使い、大斧を一振り取りだした。「最近はどちらかというと、剣よりも腕力を全て乗せられる、こちらの斧を使っている」 その斧を見て、メキルポチルが「ほう、見事な……」と感嘆している。 一方、斧を見たシャーマンはと言うと。「すでに強力なエンチャントがかけられていますね。これに祝福を重ねがけするのは難しいですが、やってみましょう」 シャーマンはどこからか魔法の触媒を取りだし、詠唱を唱え始める。私の知らない独特な魔法だ。 魔法式を見ていると、父の形見にかけられている『不壊』の魔法を施す術式であることが判った。「……祝福はなされました。これにより、貴女はセト族の戦士と認められ、セト族の姫としても認められました」「ありがとう。大切に使うよ」「いえ、不壊の祝福をかけましたので、どうぞ全力でお使いくださいませ」 私のお礼の言葉にシャーマンがそう返してきたので、私は笑って斧を受け取った。 そうして私は正式にセト族の姫となり、その日の夜は部族の皆から昨夜よりも盛大に歓迎を受けることになった。 その後、私は数日セト族のもとに留まり、魔物や野生の肉食獣を狩ってまわり、部族の者からこの地に留まらないかと請われたりした。 だが、私はその言葉を受け入れることはなく、やがてセト族のもとを離れ、庭師として活動を続けたのであった。◆◇◆◇◆「……という感じですね」 私は話を終え、お茶を一口飲んで喉をうるおした。 話の最中、適度に相づちを打って聞き役に徹していてくれたパレスナ王妃も、お茶を一口飲み、そして言った。「はー、その斧が、あの決闘の時に飛竜を打ち倒した斧ってわけ?」「そうですね。あの斧です。今も空間収納魔法に入れてありますよ」「そうなの。じゃあ、今度あの斧を持っている姿を絵に描かせてもらおうかしら」「内廷で武装する許可下りますかね……」「許可を出すのが王妃の私なんだから、いいんじゃない?」 そんな会話を交わしているうちに、時刻は夕方に近づいてくる。 やがて、ミミヤ嬢がそろそろ退室すると言いだし、席を立った。 私は立ち上がり、扉の前に行ってミミヤ嬢の退室に合わせて扉を開けた。 すると、扉の向こうから騒がしい声と多数の気配が。「……? なんでしょうか」「騒がしいですわね」 ミミヤ嬢と二人で首を傾げる。 私は扉をくぐり、部屋の前にいる護衛に何があったのか尋ねる。「さあ……なにやら植物園がどうとか言っているようですが」 護衛と話していると、廊下の向こうから王妃担当をしている馴染みの女官が小走りで近づいてくる。「ああ、キリン様。入室の許可をお願いします。王妃様にお伝えしたいことが」「はい。どうぞお入りください」 そうして私と女官、ついでにミミヤ嬢がパレスナ王妃の部屋に入る。 そして、女官がパレスナ王妃に驚きの言葉を告げた。「王城の植物園に、天界の門が開きました!」 王城の植物園といえば、世界樹の枝が植えられている場所だ。 ……なにやらとんでもない事態が起きていそうだぞ。