とある日の夜。私は宿舎の私室で『女帝ちゃんホットライン』を使って、『幹』の女帝と雑談をしていた。 話し込むことしばし。他の部屋に遊びに行っていたカヤ嬢が帰ってきたので、話を切り上げようとしたところ、女帝がこんなことを言いだした。『そうそう、今度アルイブキラに向かうからの。またよろしく頼むのじゃ』「ん? ついこの間、テアノンと一緒に来たじゃないか」『それとは別の用事じゃ。我の絵を描いてもらうのじゃ。アセトも連れてのう』「んんー? なんでわざわざ肖像画のために、アルイブキラなんかに」『ただの肖像画ではないぞ! なんと、我らはカードになるのじゃ!』 ……トレーディングカードゲームか! わざわざ女帝を呼び寄せるとか、ゼリンの奴の人脈どうなっているんだ!?『ふふふ、とうとう我もカードデビューなのじゃ。しかも、我が主と違って正しい姿でカード化されるとは、誇らしい限りなのじゃ』「あ、そう……」 女帝の主というと、蟲神蟻の賢者リグールか。彼は確か、何枚かカード化されていたはずだ。パレスナ王妃も『管理者の警告』というカードに、想像上の彼を描いていた。 女帝の言いたかったことは理解したので、通信を終える。 アセトリード、つまり元勇者のゴーレムも連れて、女帝がこっちに来るのか。また騒がしくなりそうだな。「キリンちゃん、キリンちゃん、私もカードになりたい!」 かたわらで聞いていた世界樹の化身が、そんなことを言い出す。「ええー……いや、トレーディングカードゲームは世界樹を舞台にした宗教儀式だから、そもそもあんたがゲームそのものというわけでな……」「そういうのじゃなくて、この化身をカード化してほしいのっ!」「うーん、トレーディングカードゲームは世界樹教も密接に絡んでいる商品だから、簡単に話は通ると思うけれど……というか今までカード化されていないのが不思議だな」 世界樹の化身とか、世界樹教が真っ先にカード化を考えそうじゃないか。今までカード化されていないのが不思議なくらいだ。 カード化したら、信者プレイヤー間の取引価格がすごいことになりそうだな……。「ねえー。キリンー、キリンー」 と、今度はキリンゼラーの使い魔が、ぴょんぴょんと跳ねて存在を主張し始めた。「はいはい、なんだ?」「カードって、侍女のみんなが遊んでいる紙の札だよね? 私の本体もカードにしてほしい!」 予想通りの言葉がきて、私は溜息をついた。「キリンゼラーは惑星にいる神獣だろう? 大地神話はカバーしていないんだよ、あのゲーム。コンセプト外ってやつだ」「ええー! ずるい、世界樹ずるい! お前も惑星の神獣なのに!」「ふふーん! あれは、私が舞台のゲームだもんねー!」「おーい、喧嘩するなよー」 こいつらに本気で喧嘩されたら、王都が焦土になってしまう。その辺は常識をわきまえていると思うのだが……それでも騒ぎすぎるのは他の部屋に迷惑だ。 なんとか二人をなだめる私を同室のカヤ嬢は楽しそうに見守っていた。いろいろ騒がしい相方ですまないね、本当に。◆◇◆◇◆ 休日。私はキリンゼラーの使い魔と世界樹の化身を引き連れ、ティニク商会までやってきた。女帝と元勇者アセトリードがアルイブキラに来ているということで、様子を見にやってきたのだ。世界樹の化身をここまで連れてくるのに、わざわざ世界樹の小枝を持参している。 巨大なティニク商会本店の店舗に入り、馴染みの店員に来訪を伝える。すると、すぐさま応接室に案内された。 応接室の扉を開くと、そこにはゼリンと一緒に女帝とアセトリードの姿が見えた。それと、頭が禿げかかった中年男性も一人。彼は、トレーディングカードゲームの製作を担当している世界樹教のお偉いさんだ。「やあ、久しぶり」 私がそう言って手を上にあげると、アセトリードも私に合わせて手をあげて言葉を返してきた。「キリン氏、久しぶりでござるな」「うむ、キリン、この間ぶりなのじゃ」 女帝も挨拶してきたので、「ああ」と軽く応えておく。「で、二人はカード化のために呼ばれたらしいが」 私がそう言うと、アセトリードはゴーレムの腕を頭に当てて、恥ずかしそうにする。「いやー、人気者は困るでござるな。昔、人間の頃の姿をカードにしてもらったでござるが、姿形が変わってからも求められるとは、これも有名税というものでござるかなぁ」「ちなみに魔王の時の姿もセットでカード化するわよ」「本気でござるか!?」 横から挟まれたゼリンの言葉に、アセトリードは本気で驚く。「世界樹に現れた数々の災厄も、漏れなくカード化するのがうちの売りなんだから、当然でしょ」 災厄とは、世界樹に溜まった人の悪意が、数十年に一度地上に噴き出して生まれる強大な魔物のことだ。 悪竜、巨大魚、獣王、魔王、暴食大樹等と過去の災厄のラインナップが揃っているのが、トレーディングカードゲームの特徴だ。 災厄だけでなく普通の魔物や害獣もカード化されており、マニアックなところでは、騎士レイを殺して私達に退治された、北の山の飛竜も『アルイブキラ・ドラゴン』としてカードになっている。「ええと、あの……キリン様、一つよろしいですか?」 と、世界樹教の人が私に話しかけてくる。 ふむ、彼の視線はずっと世界樹の化身に向けられているな。「何かな?」「そちらのお方はもしや……」 世界樹教の人は、化身の正体に気づいているのだろう。教会にある立像と同じ姿をしているからな。私が以前、神託の巫女に任命されたという事実も、彼女の正体を示唆している。「えー、本日はこちらのお方から、お話があります」 私は改めてそんなことを言い、皆の前に世界樹の化身を押しだした。「可愛い子ねー。お菓子食べる?」 ゼリンは化身の正体に気づいていないのか、お子様を相手にするかのような態度だ。「初めまして! 私、世界樹の化身です! お菓子はいらない!」「まあ! まあまあまあ、初めまして。この商会の会長をしているゼリンよ」「うん、知ってるよ。世界のことは全部知ってる!」 世界樹の化身がそう口にすると、世界樹教の人が「ありがたや、ありがたや……」と、化身を拝み始めた。 ゼリンはそれをスルーして、化身と会話を続ける。「で、お話って何かしら?」「えっとね、私をカード化してほしいの!」「ええと、世界樹のカード化? 世界樹はカードの舞台だから、あえて言うと市販のゲームシートが世界樹よ?」「そうじゃなくて、この姿、化身のカードを作って!」 化身のその言葉を聞いて、ゼリンは腕を組んで考え込む。「カード化の自薦は基本的に受け付けていないのだけれど、他ならぬ世界樹の言うこととなるとねぇ」「とんでもない、恐れ多いです!」 と、ここで世界樹教の人が拒否する構え。 なるほど、カード化は恐れ多いのか。でも、世界樹教って、化身の小さな木像とか普通に売っているぞ。「恐れ多いも何も、世界樹本人の私が言ってるのにー」 ふてくされるように世界樹の化身が言う。 すると、世界樹教の人は、慌てて手を振り、「それならぜひとも……」と態度を軟化させた。「でも、女帝ちゃんや勇者ちゃんと違って、カード化は遅れるわよ?」 世界樹教の人に許可を貰って満面の笑みを浮かべていた世界樹が、ゼリンにそう言われ、ショックを受けたような顔に変わる。 続けてゼリンが言う。「カードテキストから考慮しなければならないから、絵は描けてもすぐにはカードにならないのよ」「えー。ぱぱーっと強いカードを用意してよー」「それは駄目よ。カードの中には、強すぎて対戦に使えない禁止カードというのがあってね。作る側の私達がバランス調整をミスすると、後々禁止カードになってしまうの」 禁止カードとは、あまりにも強力すぎてゲームバランスを崩しかねないため、対戦での使用が公式に禁止されたカードのことだ。 ちなみにTCGでは対戦形式のプレイと協力形式のプレイがあるが、協力形式では禁止カードが存在しない。 しかし、協力形式のプレイは、宗教儀式としての側面が強く対戦形式ほどの人気はないし、公式大会もない。「あー、そういうのもあったよね! 禁止カードは嫌かも!」「でしょう? それに、世界樹の化身に相応しい効果も考えないと、せっかくの目玉カードなのに残念なことになってしまうわ」「目玉? 私、目玉カード?」「それはもう、強さ関係無しに、世界中のみんながあなたのカードを欲しがるでしょうね」「そっかー、それなら許す!」 いつの間に、許す許さないの話になったのだろうか。まあ、無事にカード化が決まったようでよかった。 と、そこに、私の腕の中に収まっていたキリンゼラーの使い魔がぴょんと飛び降りて、ゼリンのもとに向かう。「ねえ、ゼリンー。ゼリンー」「あら、貴女は確かキリンゼラーちゃんだったかしら?」「そうだよー。ゼリンー。私もカードにならないかなぁ」 キリンゼラーの使い魔の言葉に、ゼリンは苦笑を返す。まあ、相手はただの喋る毛玉にしか見えないからな。そんな者にカード化してくれと頼まれても、困るだけだろう。 そこに、話を黙って聞いていた女帝が、キリンゼラーに助け船を出した。「ゼリン、そやつの本来の姿は、以前、惑星脱出艦テアノンと一緒にこの国に来ていた巨大ドラゴンじゃぞ」「えっ、あのドラゴンがキリンゼラーちゃんなの!?」「うむ。今のそやつはただの遠隔操作の端末での。その正体は、大地神話に語られる原初の神獣じゃよ」「そうなの……ああ、でも大地神話出身だと、世界樹関連以外ではカード化は無理ねぇ」 無理と聞いて、キリンゼラーの使い魔はしょんぼりと潰れた。ふかふかの毛玉も、どこかしんなりとしている。「まあ、私達の用事は以上だ」 私はそう言って、キリンゼラーの使い魔を抱きかかえた。しょぼくれた毛玉は、私の腕の中で「カードになりたかったなぁ……」と小さく呟いている。「そう。でも、キリンちゃんが来てくれたのはありがたいわ。ちょっと貴女に話を通したかったの」 ゼリンにそう言われ、私は「なんだ?」と聞き返す。「女帝ちゃんが、どうせ絵になるなら知り合いに描かれたいって言ってね。パレス先生……というか、王妃殿下に依頼を出したいのよ」「ああ、私が担当侍女だから、話を通したいと」「そういうこと。本当なら恐れ多くて、簡単に仕事は投げられなくなっちゃったんだけど、他ならぬ、『幹』の女帝陛下のご依頼だからね」「恐れ多いって……パレスナ様、最近ゼリンからの仕事が減ったと愚痴っていたぞ」「あら、そうなの? 王妃になったからには、気軽に依頼できないと思っていたのだけれど」「そういうのはないな。今だって、貴族の依頼で普通に絵を描いているぞ」「そういうことなら、改めて、パレス先生に依頼してくれるかしら。返事はいつもの魔法の手紙で、女帝ちゃん達を待たせるのはあれだから、できるだけ早く」「じゃあ、明日にでも聞いてみるよ。通ると思うけどな」 ということで、私はパレスナ王妃に仕事を持っていくことになった。 パレスナ王妃の絵画は趣味というか副業の域にあるが、そのスケジュール管理も首席侍女として徹底する必要があるのだろうか。フランカさんは絵の仕事について何も言っていなかったが、マネージャーは必要だよなぁ。 王妃としての予定は魔法のスケジューラーにまとめてあるのだが、ちょっと確認しておこうか。◆◇◆◇◆ パレスナ王妃への依頼の話から三日後、女帝とアセトリード、そしてゼリンと世界樹教のお偉いさんは、朝早くから王城に招かれていた。 パレスナ王妃にも公務や王妃教育の予定が詰まっていたのだが、相手は『幹』の女帝陛下とあって、予定に割り込んでの面会である。「アルイブキラの王宮は立派でござるなぁ。リネ氏が見たら喜びそうな魔法道具が、あふれているでござる」 私が案内する王宮を歩きながら、アセトリードが言う。リネとはアセトリードが勇者をやっていた時代の仲間で、道具協会の職員である。 道具協会といえば文明レベルの維持管理ばかりが目立つが、世界各地の道具を集め保存するという側面も持っている。リネも道具が好きで、その道具を使って勇者パーティ最強の座に居座っていた記憶がある。「この国は宮廷魔法師団が立派ですからね。さて、パレスナ様のアトリエに到着しました」 仕事モードなので敬語の私は、アトリエの前に立つ護衛に侍女の礼をし、扉をノックして応答を待つ。中からメイヤが扉を開けてくれたので、皆を中へと案内する。 アトリエの中にはパレスナ王妃といつもの侍女達が待っており、それぞれ挨拶を交わした。「それにしても久しぶりのカードの依頼ね!」「ごめんなさいね、パレス先生。王妃様になったから、気軽にお願いしちゃ駄目だと思っていたの」「水くさいわよ、ゼリン。貴方とは長年の付き合いじゃないの」「ふふ、そうね」 パレスナ王妃とゼリンがそう旧交を温めている。 その間、女帝はなにやらそわそわとしていた。 なんだろうか、と私は女帝に話しかける。「女帝陛下、どうかなさいましたか?」「早く絵を描いてほしいのじゃー。楽しみすぎて、うずうずしているのじゃー」 なんだ、それは……。「パレスナ、はよう、はよう」「あー、女帝ちゃん待って待って。描く準備は整っているけれど、まずはカードのコンセプトを聞かないと、ポーズも決められないわ」「ゼリン! はよう説明するのじゃ!」 女帝に催促され、ゼリンは苦笑しながら答えた。「今回の女帝ちゃんはヒーローカード、つまり人間の英雄扱いね。カードテキストは――」 その後、パレスナ王妃はゼリンと世界樹教の人と一緒に、図案の議論を交わし始めた。 女帝もポーズのリクエストを出しており、場は大盛り上がりだ。 一方で、アセトリードは話し合いに参加していない。「アセトリード様、参加しなくてよろしいのですか?」 私はそうアセトリードに尋ねるのだが、返ってきた答えは淡々としていた。「いやー、拙者は以前もう、カードになっているでござるし? 女帝氏に先を譲るでござるよ」 そう言いつつ、アセトリードはどこからか取りだした布で、ゴーレムボディを磨いていた。 こいつ、口ではもっともなことを言いつつ、モデルになる気満々じゃないか……。「これ、このポーズはどうじゃ!? レアカード感すごいと思うのじゃ!」「良いわねー。ねえキリン、ちょっと魔法でこの姿撮っておいてくれない?」 おっと、呼ばれてしまった。私はパレスナ王妃の横につき、女帝の渾身のポーズを幻影魔法に記録した。 これで、女帝はもう帰ってもらっても良いのだが……。「それでは、描いていきましょうか」「うむ、ポーズ維持を頑張るのじゃ!」 幻影魔法を使うことなく、パレスナ王妃の描画が始まった。 ……まあ、幻影魔法よりは生の姿の方がちゃんと描けるのかもしれないな。 そして、その日は昼食を挟み、アトリエで女帝をモデルとした絵をパレスナ王妃は描き続けた。そして、夕方になってようやく一枚の肖像画が完成する。「細部は後日こっちで勝手にやっておくけど、おおよその形は完成ね」「おおー、格好良いのじゃ!」 女帝はキャンバスに描かれた可愛らしくも凛々しい姿に、目をキラキラとさせている。どうやら満足がいったようだ。「次、次、拙者で!」 そして、ずっと待っていたアセトリードが、もう待ちきれないという様子で、パレスナ王妃の前に出る。「いいわよー。どんなポーズがいいか決めましょう」 と、また描き始めようとするパレスナ王妃だが、さすがに私は止めに入る。「パレスナ様、もう時間が遅くなりましたので、後日にしましょう。アセトリード様は、二つの姿を描かなければいけないですし」「あー、そうね」「そんな!? 生殺しでござるよ、キリン氏!」 聞こえませーん。本日の営業は終了しましたー。 というわけで、女帝達は解散、とはならず、国王主催の晩餐会に出席して、王宮に宿泊した。 私も王妃付き侍女としてそれらのお世話をして、侍女宿舎に帰ったのは夜遅くになってからだった。 カヤ嬢はすでに就寝しており、私は彼女を起こさないように着替える。 すると、壁に飾っている世界樹の小枝から化身が出てきて、私に向けて小声で言った。「キリンちゃん、私もパレスナちゃんにカードの絵、描いてもらうね……!」 そうかそうか。パレスナ王妃、大人気だな。 しかし、先日、パレスナ王妃の予定を絵画の仕事も含めてまとめたのだが……、いつの間にか予定がパンパンに詰まっていて、割と大変なことになっていた。首席侍女として、これをどうにかしないといけないのが、少々憂鬱である。