夜通しの神託は週に一度とすることを世界樹と合意した私。そして、渡された世界樹の小枝は侍女宿舎の私室の壁に飾り、神託の中継器とした。 すると、その小枝を媒介に世界樹の化身が私の部屋に出現し、それを知った世界樹教の敬虔な信者である侍女が部屋まで訪ねてくる事態になった。 信者の侍女達の訪問は夜中まで続き、騒ぎは侍女長の知るところとなり……私の自室には招かれない限り入らないこととする通達が出る顛末となった。 いやはや、同室のカヤ嬢にえらい迷惑をかけてしまった。私のせいとは言えないので、反省しようがないが。 そんな騒ぎがあった翌日、私は産休が近づいてきているフランカさんにある指示を受けた。「制服ですか」「はい、私の制服を見て判るとおり、首席侍女には専用の制服が必要です」 私はフランカさんの着る侍女の制服を見る。動きやすいこの国風のドレスだ。私の着ている制服とデザインはほぼ同じだが、色が違う。一般侍女は赤色のドレスだが、王族付きの首席侍女は紫色のドレスだ。ちなみに侍女長は青色である。「王城の針子に言って新しく作ってもらってください」 フランカさんの言葉に、私は考える。 侍女のドレス……今までと同じ物で良いのか? 改善が必要では? しばし熟考したのち、私は答えを出した。「解りました。糸から用意します」「そうですか、糸から……はい?」「糸から用意します」 何を言っているんだこいつという顔をフランカさんにされる私。「ちょっとキリン! 私を除け者にして面白そうなこと考えてないでしょうね!」 おおっと、パレスナ王妃に聞きとがめられたぞ。 現在、王妃は内廷のアトリエで描画中。そして、私とフランカさんは王妃に侍る侍女から少し離れて、首席侍女業務の引き継ぎをしていたのだ。 だが、絵を描いている最中も人の話を聞くことが好きなパレスナ王妃は、私の台詞に見事反応を示してみせたのだ。「いえ、単に、制服を素材から用意しようと思っているだけですよ、パレスナ様」「明らかに面白そうなことじゃないの。制服の生地なんて城の針子室に用意してあるでしょうに、わざわざ素材からって!」「それには特に深くない事情があるのですよ」「はいはい、聞くからこっち来て喋りなさいな」 パレスナ王妃に手招きされ、私はフランカさんと二人でキャンバスの前に座る王妃の前に歩み寄る。 そして、私は頭の中の草案を披露することにした。まずは前提からだ。「私には王妃付き首席侍女代行の他に、侍女としてのとある役職があります」「役職? 神託の巫女かしら」「いえ、それは今回関係ありません」 神託の巫女の制服ってなんだ。そういうのも、今後必要になったりするのか? TCGのゲームマスター以外で宗教関連の仕事はしたくないなぁ。 そんなことを思いつつ私は言葉を続ける。「国王陛下から直々に任命された役職があるのです。それは、戦闘侍女」「戦闘侍女」 オウム返しをしてくるパレスナ王妃。なんだそれはという表情が隠せていない。「事の発端は、私がパレスナ様付きとして後宮に配属される前にあります。魔王討伐に近衛騎士の一人が向かうことになり、私もそれに随伴するよう命令が下されました」「ああ、そういうことも、あったらしいわね」「戦場に向かう騎士の侍女としてついていくという建前でしたが、実際は魔王を討伐する主力メンバーとして数えられていました。ですが、侍女は戦うことが仕事ではありません。侍女の仕事は貴人のお世話であり、貴人を守るのは騎士や兵士のすることです」「まあ当然よね」 当然なのだがなぁ。「そこで、お世話と戦闘を両方行なう役職として、陛下が思いつきで任命したのが戦闘侍女という役職です」「魔王討伐のための戦う侍女ってことね。あれ、でも魔王討伐はもう終わっているのだから、キリンはそんな仕事から解放されていたりしないの?」「しないですね。後宮付きになったときも、パレスナ様は謎の人物に身柄を狙われている疑いがあったので、戦闘侍女の役職から解任されていません。書類上もまだ戦闘侍女の肩書きが残っているはずです」「なるほど。で、その戦闘侍女という役職に必要な制服を作るという話になるわけね」 パレスナ王妃の言葉に、私はうなずきを返す。 疑問の解消に気を良くしたパレスナ王妃は表情を明るくし、さらに言葉を続けた。「ドレスに鎧でもつけるのかしら。ほら、鉱物の国で決闘するときそんな格好していたじゃない」 確かに、併合式典で決闘を行なったときは、急を要したので侍女のドレスの上に魔法の胴鎧を着込む形になったのだったな。 だが、不正解だ。「守りを固めるという点では正解ですが、さすがに普段の仕事から鎧を着るのは不便で仕方がないので違いますね。ですので、今回は魔法の生地を用意して、魔法的に防御を確保しようかと思います」「魔法の生地! 素敵な響きね」「庭師をしていた時代に着ていた戦闘用の服がそれでした。魔法使いの秘伝の類になるので、この国では騎士でも採用している人は少ないはずです」「なんだかすごいことになりそうね……。キリンお得意のスパイダーシルクで仕立てるのかしら?」「いえ、スパイダーシルクでの魔法付与はまだ慣れていません。ですので、次の休みに、綿を栽培している村まで向かうことにします」「村に向かうので休みをくださいとかじゃないのね……」 そこはほら、私、足速いので。 そういうわけで、次の休みは制服作りに駆け回ることとなった。◆◇◆◇◆ 休日。はるばるやってきたのはミシシ村。魔女の塔の近くにある、バガルポカル領の農村だ。 この村では野菜や穀物の他に、綿が取れる植物を栽培している。隣町であるニシベーツエに衣類を供給するための綿だ。王都周辺で育てられている、栽培に水が大量に必要となる品種とはまた違う植物で、土地の栄養を消耗しやすいという欠点があるらしい。 村では糸をより合わせる工程まで行ない、布束にする工程は町の工房で行なっている。村と町の住民の仲は現在上手くいっているようだ。「庭師キリンの出身地はミシシ村かニシベーツエ町か」で争うことがあるのが困りものだが。ちなみに魔女の塔は村と町の中間地点にある。「やあ、村長。二ヶ月ぶりだな。元気していたかい」 糸の取引は村長が管理しているので、村長宅へと訪ねた私。 村長宅では、村長が奥さんと二人でのほほんと茶を飲んでいた。 この村では村長も専用の畑を持つが、村長はすでに老齢。畑仕事は、次期村長夫妻が頑張っているのだろう。「おう、よく来てくれたなあ」「キリン、お久しぶり」 村長夫妻が挨拶を返してくれる。 私は居間まで案内され、村長手ずから用意した熱い茶をいただくことになった。夏が近づいてきているものの、今はまだ三ヶ月ある春の内の晩春。熱い茶も問題なくいける。 私は茶を一杯のんびりとしばき、最後の一滴まで飲み干してから話を切り出した。「昨日急いで魔法便飛ばしたけど、読んでくれたかい」「ああ、ちゃんと届いた。手紙が来た翌日に来るのだから、せわしないせわしない」 そう笑いながら村長が言葉を返してきた。 制服を作るよう言われたのは昨日のこと。つまり、私の休日はあの話があった翌日のことだったのだ。 ちなみに今回私が使った魔法の郵便は、妖精に頼んでアストラル体で作った手紙を相手のもとに空間転移させるという仕組みで、その仕組み上、返信は受け取れない。 相手にちゃんと伝わったかどうかは担当した妖精に聞くしかないという、微妙に不便な魔法だ。それでも、一瞬で相手に手紙を送れるという利点はある。 なお、村長は当然のことながら、農村の農民達は識字率がほぼ百パーセントである。この国の農民はエリートだからな。「糸は用意できているかい?」 私の言葉に、「うむ」と村長がうなずく。「去年収穫したのがまだあるでな。ただまあ、ちょっと前にセリノチッタが大量に持っていったから、余裕は少ないぞ」「そうなのよ! セリノチッタったら、あんなに見た目が変わって!」 ああ、師匠ね。 師匠は生まれ変わりをしたので、見た目が完全に生前と異なっている。その点を考慮しないであろう師匠がこの村に訪ねてきたら面倒なことになりそうだったので、以前、特徴を書いて村長宅に手紙を送っておいたのだ。「見た目が変わっても、相変わらず変な娘っこだったなぁ」「独特の世界観を持っているってやつね」 村長夫婦に好き勝手言われているぞ、師匠。 まあ、師匠が糸を持っていったのは予想の範疇だ。師匠も馴染みがあるこの村の糸で、魔法の服が作りたかっただろうからな。「師匠がどれだけ持っていったかは知らないけれど、私はドレス六着作るだけの糸を貰うよ」 作る制服のドレスは、夏服三着冬服三着の計六着だ。 あくまで戦闘用なので夏服と冬服の数のバランスは考えていない。戦闘用ではない通常の制服は、必要になりそうな数をおいおい揃えていくこととする。「支払いは貨幣でいいかい?」「ああ、夏祭りを豪勢にやりたいから、お金は助かるなぁ」「夏祭りか。秋の収穫祭は、王都の大収穫祭の準備で忙しくて来られないかもしれないから、夏は行きたいな」 そんな会話を村長と交わし、私は糸を手に入れた。 この糸の材料である綿は、師匠がわざわざこの村で育てさせた魔法の付与がしやすい品種らしい。ミシシ村とニシベーツエ町では、師匠が魔法の研究をするのに必要な素材を得られるよう、色々と環境が整えられている。私も庭師時代は魔法素材の調達にお世話になったものだ。「それじゃ、今日はこれで失礼するよ」「昼飯食ってかんのか?」「塔で布束を作らないといけないからな」 そう言って、私は村長宅を辞し、近くにある魔女の塔へとやってきた。 魔女の塔に来たのは、併合式典への旅へ行く前に武具を確保したとき以来だが……なんだが前より綺麗になっているな。 前は埃とかが隅に溜まっていたのだが、師匠が来たときに掃除でもしたのだろうか。掃除をする師匠……ちょっと想像できないな。師匠が死ぬ前までは、弟子の私が家事を任されていた。 そんなことを考えてながら塔を登っていると、ローブを羽織ったゴーレムが魔法で掃除をしている光景に出くわした。 世界樹ゴーレム。あの世界樹の枝を素材に作られたという、高級すぎるゴーレムである。「おや、掃除しているのか」「掃除を魔女から任されました。あなたはなんの用事ですか」「機織り機を使いに来た」「そうですか。魔女にならない以上は他人の家と認識してあまり汚さないように」 ……おや?「いつもみたいに魔女になれと言わないのか」「セリノチッタが帰還しました。ゆえに塔の魔女はセリノチッタで、あなたは魔女候補から不真面目な弟子に格下げです」「師匠が行動指針を変更したのか」「貴女が今の職を辞してから、改めて魔女としての教育を再開します」 再開する予定ですとかじゃなくて、再開しますって断定口調なのが、まさに師匠のゴーレムだな、こいつ。 まあ今から侍女を辞めた老後のことは考えても仕方ないので、今は侍女の制服を作ることに専念しよう。豊かな老後を送るために侍女になったが、老後の具体的なビジョンがあるわけではないのだ。 私は、塔にある工房の一つに入り、糸束を魔法の機織り機にセットした。 この機織り機は、自動で布を織ってくれるという、世間に広まったら道具協会が激怒するのが想像に難くない便利マシーンだ。 私が魔力を送るだけで動くのだが、ただ動かすだけでは魔力が浸透しただけのしょぼい魔法布にしかならない。送る魔力に強弱をつけ、布に魔法陣を刻みつける必要がある。 そんな作業を私はドレス六着を作ってもなお余る量の布束が完成するまで、ただひたすらに続けた。昼食は作業の合間に軍用の携帯食糧を食べることで済ました。 そして、綺麗な白の布束が完成。力強い魔法の波動を感じる。 これを王城の針子室に持ち込んで、染色から先を任せれば大丈夫だろう。 さて、六着もの制服のドレス、完成はいつになるかね。◆◇◆◇◆「で、完成は三ヶ月後になったと」「はい。魔法裁縫が必要だとはいえ、夜会用の高級ドレスを仕立てるのではないのですから、もっと短いものかと思っていたのですが」 制服の手配が終わってからの仕事中、私はパレスナ王妃とフランカさんに進捗報告をしていた。 あの後魔法の布束を針子室に持ち込んだのだが、針子室では魔法の裁縫をやっているような余裕はないと言われ、城下の針子工房へと案内され、そこで依頼をすると一着目の納品日は三ヶ月後になった。 その一着目が完成するまで、私は今の赤いドレスを着続けることになる。 魔法服でなくても良いから事前に作られた完成品があれば良いのだが、必要なのは首席侍女用の制服。私の幼い身長に合う首席侍女用制服など、用意されているはずがなかった。十歳児が首席侍女になるわけがないのだ。「確かに、三ヶ月かかるドレスとなると、ちょっと本格的なものよね」 この国の一ヶ月は約四十日。三ヶ月で百二十日。長い。ドレスの仕立てなんてそんなものだろうとは思うが、必要なのはドレス風の制服である。制服は、画一的な品を作ることで製作期間が短縮されてしかるべきだ。王城に勤める侍女は多いのだから、型紙等はすでに存在し製作工程が簡略化されているはずだ。 では何故、完成まで三ヶ月もかかるかというと……。「どうやら、王城の仕事を下請けしている針子工房は、どこも騎士服作りで忙しいらしいです」 私は工房から聞いていた事情をパレスナ王妃に説明した。「あー、それって、あの秘密騎士団関係?」「はい。帰還した騎士達が、全員騎士服を新しく用意するようです」「それなら仕方ないわねー。フランカは、キリンの新制服を見られなくて残念だったわね」 そうフランカさんに話を振るパレスナ王妃。「そうですね、三ヶ月後はすでに実家に帰っていますからね。それなら、育児を終えて戻ってきたときに、立派な首席侍女になった姿が見られることを楽しみにしておきます」 立派な首席侍女ねえ。 私もいずれは、フランカさんみたいな熟練の侍女って感じの風格を身につけることができるのだろうか。 見た目の年齢は変動しないから、ちょっとこれは無理な注文かもしれないな。