女帝の登場により、併合式典の準備が再開される。 式典の場で決闘騒ぎを起こした武装衆は退室させられ、後ほど改めて処分を決定するとのこと。 そして、大広間の上空に留まっていたキリンゼラーの本体だが、彼女は生身で式典を見ていきたいと言いだした。だが、女帝の「邪魔すぎるのじゃ」という言葉で素直に引き下がる。 そして、またテレポーテーションで惑星に戻っていった。衛星から惑星までひとっ飛びとか、超能力すごすぎる。 そんな決闘騒ぎだの竜の出現だのがあったが、やがて大広間から逃げ出していた人も戻ってきて、ようやく式典が始まった。 塩の国エイテンの国旗と、鋼鉄の国ハイツェンの国旗が掲げられ、そして、新たにもう一つの旗が捧げられた。併合後の新国家の国旗だ。 そして、女帝の前にひざまずいたエイテンの王は、女帝に一本の杖を手渡し、代わりに女帝から別の大きな杖を渡された。 あれは、アルイブキラの王が持つ豊穣の杖に似ているな。おそらく、国土を調整するための新たな杖なのだろう。世界樹に対するリモコンみたいな物だ。 杖を持って立ち上がったエイテンの王は、高らかに宣言する。「今この時をもって、エイテン王国とハイツェン共和国は一つの国となった! ここに、国の名をシンハイ王国と命名する!」 すると、杖が輝き、光の柱が大広間の上空に立ち上った。 シンハイは、ハイリン語で白い鉱石を意味する言葉だ。塩と鋼鉄の国としては、それっぽい命名ではないだろうか。 さらに王は、新たな国シンハイについての説明を招待客に対して話し始める。 エイテンとハイツェンの国土を合併し、シンハイとする。 エイテンの王がシンハイの国主として就任し、君主制の国とする。 エイテンの貴族達は引き続きシンハイの貴族となり、与えている領地も継続する。 ハイツェンの大総統府は解体する。 ハイツェンの貴族院の貴族達は、シンハイの貴族となりハイツェンの国土を分割して領地として与える。 エイテンの王都が今後のシンハイの首都となる。 アルイブキラと同盟を結び、交易を促進させる。 そんなことを新たなるシンハイの王は、つらつらと語った。 最後の同盟のくだりで、少し招待客達がざわめいたな。ここに来ているのは、大半がシンハイと同じハイリン大陸の国から来た重鎮達だから、大国であるアルイブキラとの同盟は聞き捨てならなかったのだろう。 そうして、併合式典はあっさりと終わった。 まあ、ただの儀式的な催し物だからな。本番は、これから開かれる午餐会での交流である。 私達は元エイテンの騎士達に先導されて、場所を移動。広いダンスホールへと通された。「さ、食事だ食事。真面目な顔して疲れたし、食べるよー」 到着と共に、うちの国王がそんなことを言いだした。 だが、国王の秘書官が近づいてきて、にっこり笑うと冷ややかに告げる。「これからがお仕事の本番ですよ。他国の王や外交官と交渉の時間です」「うへぇ……」 心底嫌そうな顔をして国王がうめいた。 国王って大変だな。私は頼まれても絶対にならないぞ。 そして、招待客達が全員ダンスホールへと入り、しばらくしてから立食パーティが開始された。 早速とばかりに、シンハイの王がこちらへと近づいてくる。シンハイの王は、ストロベリーブロンドの髪を後ろに流した、優しそうな中年男性だ。だが、王である以上、ただの温和なおじさまではないだろう。 彼は挨拶を交わすと、すぐさま国についての難しい話を始めた。 私は外交官でもないただの侍女なので、話は右から左に聞き流し、パレスナ王妃の食事の世話をする。「宝石鉱山、いくらでお譲りいただけますか?」「いやあ、うちの優秀な戦闘侍女が確保してくれた鉱山だからね。大事に掘り進めたいよ」「しかし、シンハイの領土に飛び地を持つのは何かと不便ではありませんか」「うちの国って、宝石採れないんだよねぇ。だから、キリン鉱山って名付けて名物にしたいなー」 あーあー、聞こえない聞こえない。 そうやって国王達の話をスルーしていると、パレスナ王妃が私達侍女に向けて言った。「あっちは話が長くなりそうだし、私達は私達で他の人に会いに行きましょ」「よろしいのですか?」 侍女のメイヤがそうパレスナ王妃に尋ねるが、対する王妃は軽い様子で答える。「いいのよ。ここにいても私は何もできないから。それなら、知り合いと顔つなぎをするわ」 そういうわけで、私達はぞろぞろと連れ立ってダンスホール内を移動した。 すると、十歳ほどの黒髪の少女が一人、スープを飲んでまったりしていた。女帝である。 パレスナ王妃がアルイブキラの言語で女帝に話しかける。「女帝ちゃん、ご機嫌麗しゅう。パレスナよ」「おお、パレスナよ、久しいの。それにキリン、先ほどはご苦労じゃったな」 女帝を前に、私は無言で侍女の礼を取った。他国の偉い人がいる公式な場で、私が女帝とフレンドリーな会話をするのもなんだ。お相手するのはパレスナ王妃に頑張ってもらおう。「おぬしらも気になっておったかもしれんが、武装衆なる集団の処罰が決まったのじゃ」「あら、そうなの。確かに、どうなるか気になるわね」 パレスナ王妃の相づちに、女帝は気を良くして語り始めた。 公式な式典の場で決闘騒ぎを起こした武装衆は懲罰を受けることとなった。とは言っても、正式には減給と奉仕活動が義務づけられた程度の処分だ。 だが、新たな国の体制で武装衆はシンハイの王直属の部隊となり、今後過酷な任務に使われることになるようだ。「へえー。恩情のある結果って感じかしら」 パレスナ王妃は、この処罰に納得しているようだ。「時と場所を考えなかったという罰であって、決闘そのものは両者納得の上での行為じゃからの。式典がまだ始まっていなかったことと、間にシンハイの王が入ったこともあり、これくらいの扱いじゃな。まあ、彼らにしてみれば、あの時と場所が最も決闘を申し込むのに相応しかったのじゃろうが……」 女帝はスープのおかわりを使用人に持ってこさせながら、そう言った。「ふむ、ただ塩辛いだけのスープではなくなっておるの。これもアルイブキラとの交易が正常化した結果かのう」「女帝ちゃん、スープばかり飲んでいないで他の料理も食べなきゃ。そうだ、塩釜焼きって料理が面白いの!」「我は固形物より液体の方が好きなのじゃが、お勧めするならいただこうかのー」 そんな会話がされた瞬間、私の腕の中の使い魔がもぞもぞと動いた。「塩釜焼き! 食べるー! 魚のは食べたから、今度は肉!」「ほう、キリンゼラーはもうその料理を食したのか」「ぱーんって出てくるの。ぱーんって」「あれは驚くわよねー」 女帝とキリンゼラーの使い魔、パレスナ王妃の三人で話が盛り上がる。そして、その料理を食べてみようということになり、使用人に案内させ塩釜焼きのコーナーへと向かう。 ちょうどそこにはハルエーナ王女がいて、女帝に向けてうやうやしい礼をしてきた。「女帝陛下、久しぶり」 パレスナ王妃に気を使ったのか、アルイブキラの言葉でハルエーナ王女が話す。「うむ、パレスナの結婚式以来じゃの。ところで、塩釜焼きという料理はここでよいかの」「そう。エイテン名物。あっ、シンハイ名物」 ハルエーナ王女はそう言い直して、テーブルの横に立つ料理人に目配せをした。 すると、料理人が「肉と魚がございますよ」と言ってきたので、キリンゼラーの使い魔がすぐさま「肉!」と叫んだ。 見慣れぬ毛玉に驚いていた料理人だが、すぐに気を取り直して、塩釜焼きをトンカチで割るパフォーマンスを見せてくれた。 その豪快な料理法に、女帝陛下も大満足。皆で塩釜焼きの肉を楽しんだ。主人達だけでなく、私達侍女もご相伴にあずかった。 そしてパレスナ王妃がしばらく女帝とハルエーナ王女の二人と話し込んでいると、何やら疲れた顔をしたネコールナコールがこちらに近づいてきた。「妾がカヨウでないと説得するのに、ずいぶん時間がかかったのじゃ……」「よく信じてもらえたわねー」 ネコールナコールの疲れ切った台詞に、パレスナ王妃がそう感想を述べる。「天使の角を触らせてみたり、身体から首を取り外してみせたりと、頑張ったのじゃ……」「で、武装衆の人達はどうしたの? 食事会も出禁?」「ふむ? 我は参加してよいと通達したぞ?」 パレスナ王妃の疑問の言葉に、女帝が不思議そうに言う。 それに対し、ネコールナコールが溜息を吐いて言った。「今は別室で、皆で殴り合いをしているのじゃ」「何それ。どうなったらそうなるの?」 パレスナ王妃が驚きでそう声を上げると、ネコールナコールがそれに答える。「なんでも、カヨウの頭部である妾が、はたしてカヨウと同じ存在と言えるかで、武装衆の間に解釈の違いが発生しておるようでの。激論を交わすうちに殴り合いに発展したのじゃ。妾は呆れて逃げてきた」 うーん、いつものネコールナコールなら、男達を惑わす妾は罪深いとかなんとかいって笑うところなのだろうが……よほど武装衆の相手が疲れたらしい。 と、そんなことを話していたら、武装衆の集団がダンスホールに入場してきた。 よく見ると、顔に青あざをつけている。魔法で治せばいいのに。 そして、武装衆達はネコールナコールを見つけると、こちらに早足で近づいてきた。「うわっ、来たのじゃ」 うわっとか言ったぞこの天使。「ネコールナコール殿、探したぞ! いきなり姿を見せなくなって、心配いたした!」 カタツナがそう嬉しそうな顔で言った。「妾は一応、もうよいといって去ったのじゃ。いつまでも殴り合いを続ける方が悪い」「いやはや、お恥ずかしい。拙者達もつい議論に熱が乗ってしまってな」「議論で普通、拳は出さないのじゃ……」「しかし、無事我々の意見はまとまった!」「ええっ、殴り合いでどう話がまとまるのじゃ……こいつら絶対おかしい」「ネコールナコール殿、我ら武装衆、永遠の忠誠を貴殿に捧げる!」 カタツナがそう言うと、武装衆は一斉にハイツェンの戦士の礼を取った。 それを見たネコールナコールが嫌そうな顔をする。 そこに女帝が割って入った。「まあまあ、待つがよい」「これは、女帝陛下ではありませんか。我らの忠誠の儀に何か問題が?」 カタツナがそう言うが、女帝は「問題大ありじゃ」と切って捨てる。「そなた達は式典の場で決闘を起こした罰として、シンハイの王直属の部隊になったのじゃ。そこな生首天使の配下ではない」「むっ、ならば、武装衆は解散して、ネコールナコール親衛隊を新規に設立して……」「そんな屁理屈が通るわけなかろう。痴れ者め」 カタツナの解散宣言を聞いて、厳しい顔で女帝が言った。 なんだ、カタツナってこんなに愉快な奴だったのか……。第三者として見る分には面白い。「どうにか通りませぬか……!」「通らぬ、と言いたいところじゃが、実はこのネコールナコール、シンハイ王の娘の護衛をしておってな」 懇願するカタツナに女帝が何やら助けを出すようだ。 女帝は料理の皿を片手に、言葉を続ける。「その護衛の手助けとしてならば、一名補佐として入ってもよいのではないか。王直属の部隊なら、王族の護衛にもぴったりじゃろ」「おお、ならば、拙者がその護衛の手助けをいたそう」 と、カタツナがそう言ったところで、彼の背後から待ったがかかった。「長、勝手に自分自身を推挙するのは困りまする」「しかり。ここは正しく議論で決めるべきでは?」「うむ、議論がよろしいかと」 そう言って、武装衆達は騒がしく言葉を交わし始めた。 それを見たネコールナコールは、慌てて間に入って言った。「おぬしら、また殴り合いをするならばこの場は駄目じゃ。さっきの部屋に戻るのじゃ」「はっ、では、ネコールナコール殿、行きましょうぞ」「えっ、妾は別に行かない……あー、引っ張るでない!」 そうして、ネコールナコールと武装衆はダンスホールを去っていった。「……武装衆にも意外な面があったのね」 途中、笑いをずっとこらえていたパレスナ王妃が、深呼吸しながらそう感想を告げた。「まあ、あやつらならそう悪いこともせぬだろう。後は、ネコールナコールとシンハイ王に丸投げじゃな」 女帝がそう投げ槍に言う。彼女も武装衆には呆れているのだろう。 そして、ずっと無言だったハルエーナ王女が最後にぽつりと言った。「私の護衛に、変なの押しつけないで」 鋼鉄の国が誇ったエリート部隊も、今や変なの扱いだ。 カヨウ夫人による洗脳が変な作用を起こしたのだろうが、ネコールナコールにはちゃんと手綱を握ってもらいたいものである。「ねえ、キリン」 と、ふとパレスナ王妃が私に声をかけてきた。「はい、なんでしょうか」「私がもし敵対した国に捕らわれたとして……そのときは決闘して助け出してくれる?」「決闘でも計略でもなんでも使って、取り戻してみせますよ。私の主はパレスナ様ですから」 私には庭師時代の便利なコネがあるんだ。どの国に捕らわれたって助けてみせるさ。「そう。じゃあ……仮に私の生首が別の個体として存在してて……」「あ、せっかく良い話で返したのに、その仮定は止めてください。笑ってしまいます」「ええー。駄目かしら、生首天使パレスナ」「生首で生きる存在は、ネコールナコール一人で十分です」 そんな会話を私達は交わし、互いの言葉に笑いを漏らすのであった。 そうして、何事も無く食事会は終わり、鋼鉄の国ハイツェンの併合は成立した。 隣の大陸にあった敵国はなくなり、アルイブキラは平和になるだろう。「後は世継ぎでも産まれれば完璧ね」 国への帰りに乗った地下の潜航艇の中で、パレスナ王妃がそんなことをぽつりとつぶやいた。 世継ぎ……国王とパレスナ王妃の子供か。 結婚したばかりなのだし気が早いと思うのだが、やはり子供はすぐにでも欲しいものなのだろうか。 永遠の子供である私には、その辺の感覚は解らないが、パレスナ王妃の子供は見てみたい。 うろたえる国王を見ながら、そう私は思うのであった。 王宮炎上サバイバー系天女再来セレモニー<完>--以上で第六章は終了です。次の第七章は最終章となります。