◇◇◇◇プロローグ◇◇◇◇
マスター・ディーン。
この世界の支配者である。
この白髪の青年が何故、世界を支配出来たのか。
それは、彼の力によるものである。
そう、マスター・ディーンは神にも等しい力を持っているのだ。
具体的には、人の生き死にを彼の意のままに出来る。
彼が生きろ!と念じれば生き、
死ね!と念じれば死ぬ。
そんな力である。
この力でマスター・ディーンは世界を操っていた。
彼の思うままにならない人間は次々と殺され、
今や世界にはマスター・ディーンに心より賛同する者、
彼の力に恐怖し仕える者、
そしてわずかに残った反体制派の三つに分かれていた。
何故、自身の邪魔にしかならない反体制派の人間たちをさっさと殺さないかと言えば、
単純に彼らを消したら面白くないからである。
世界を思うままにしたいという欲望と、
何でもかんでも思うままになっては面白くないという余裕。
相反した思惑を抱えながら、マスター・ディーンは世界を統べていた。
反体制派の者たちは彼を討ち滅ぼすために、様々な手を打った。
時には核ミサイルの使用さえも検討された。
だが、核ミサイルを使おうとした瞬間にそれに関わる多くの人間が一瞬で殺された。
マスター・ディーンの力による殺戮である。
本当に彼の生命に関わることをしようとすれば、その瞬間に死ぬように力が働いているのである。
まさに反体制派の者たちさえ、首に鎖が繋がれた状態と言えよう。
反体制派の多くの者たちは沈黙し、抵抗する気力を完全に失った。
マスター・ディーンの生命にさえ関わらないことであれば、問題なく行動は出来るので、
一部の者たちは蚊が刺すような抵抗を続けてはいたが、結局そこ止まりであった。
マスター・ディーンはいつしか魔王と呼ばれるようになった。
ファンタジー小説やRPGゲームで討伐されるべき存在の名で呼ばれることを彼は嬉々として受け入れた。
神にも魔王にもなれる彼にとって世界はただの遊び場なのだ。
しかし、遊びはいずれ飽きが来るもの。
マスター・ディーンは退屈していた。
「つまらんな」
何もかもが自分の思う通り。
お情けで残してやってる反体制派の連中も大した反抗はしてこない。
彼が飽きるのも当然であった。
「フェスリル長官、来い」
そう呼ばれて登場したのが、フェスリル・アランポー。
マスター・ディーンが支配する世界において、科学長官という役職に就いている彼の信奉者である。
まだ13歳という若さでありながら、そのあまりの天才ぶりに
マスター・ディーンは目を付け、彼の側へ置いたのだ。
「マスター、お呼びでしょうか?」
「例の装置は完成したのか?」
「おおよそは…しかし」
フェスリルはメガネの位置を直した。
「未だ帰還者はゼロ。到底、マスターがお使いになれるレベルでは…」
「もう待ちきれん。俺が実験体になろう」
「なっ!?」
フェスリルは驚いた顔でマスター・ディーンを見る。
「お考え直しを…無駄死にしてしまう可能性のが高いと思われます故」
「フェスリル、俺はもうこの世界に飽きた。実につまらん」
マスター・ディーンは吐き捨てるように言った。
「力を持ちすぎるのもつまらんものだ。故に俺は異世界を求めた。俺の力に匹敵する人間がいるかも知れない世界をだ」
「はい、その為の時空転移装置の実験でございます」
「人を転移させることは出来るのだろう?」
「は、はい。ですが、転移した人間がどうなったかのデータまでは…」
「十分だ。俺にその装置を使わせろ」
「ですが!」
フェスリルはマスター・ディーンの真剣な眼差しを見て、
諦めたように首を振った。
「…承知しました。しかし、一つ条件が」
「何だ?」
「私に同行する許可を」
「何故だ?」
「私は身も心もマスターへ捧げました。マスターが死んだら、私は生きる意味を失います。ならば、共に死にたいのです。…それに、実のところあの装置を使ったらどうなるかに多少の興味も」
「いいだろう。フフ、お前もまだ子供なのだな」
「ええ、一応13歳ですので」
二人は共に笑った。
「では、行きましょうか」
「ああ」
時空転移装置の中へ入った二人は共にうなずきあった。
フェスリルの合図と共に彼女の部下がスイッチを入れる。
装置は轟音をたてると、不思議な光を発した。
次の瞬間、装置の中の二人は消えていた。
マスター・ディーンがいなくなった世界は、
やがてわずかに残った反体制派により、
彼の信奉者たちの手から取り返された。
そのことを知る由も興味さえもないマスター・ディーンとフェスリル・アランポー。
二人の目が覚めた時、彼らがいたのは広場のような場所であった。
彼らの耳に飛び込んだ声。
それは、
「ゼロのルイズが平民を召喚したぞー!」