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1.金色の闇
叫ぶ。
喉が焼き切れてしまうのではないかというほど叫ぶ。無礼極まりない者達に向けて叫ぶ。
しかし、その叫びは虚空へと吸い込まれていく。
王は激昂していた。贋作者と雑種ごときに遅れをとる? そんなことはあるはずがなかった。あり得るはずもなかった。しかし、王がいくら否定しようと、実際に王は退却を余儀なくされた。そして、どこかから、いや、自らより発した「渦」は、王を飲み込んだ。雑種を捕えた鎖もほどかれ、額には贋作が刺さった。
あってはならないことばかりが起きた。あってはならないことが並んだ。あってはならないことを、起こされてしまった。
――おのれ、
額の贋作は、黒い力に耐えきれなかったのか、それとも投影魔術故なのか、溶け込み消えていく。いや、それだけではない。王自身の身も、黒に溶けていく。赤と黒に塗りつぶされていく。汚染されたそれらは、溶けていく。ともに飲まれた乖離剣エアだけが黒の中で輝いていた。それはかつての王の魂のようだった。
王のハラワタばかりが煮えかえり、その黒に逆らいながら混ざっていく。黒は負けじと波打つが、王の赤い瞳はその闇の向こうを睨んでいた。
――おのれ、おのれ、
王の体はない。だから、もう目もない。そのはずなのに、眼光が光っている、そう錯覚させるほどの強い殺意が、渦の中で怨嗟を繰り返す。それほどの視線が闇を通り過ぎ、誰かに刺さっているのだ。
王は、この「渦」を知っている。本来自らの相手にもならないことも知っている。かつての三倍にやはり満たないものは、王自身を糧に王に抗っているのだ。
王は、怨嗟を繰り返しながら、渦を、悪意を、すでにないはずの喉で飲みこんでいく。
――おのれおのれオノレおのれおのれおのれおのれ己おのれおのれおのれ!!
受肉したそれは、魔力の体とは異なり泥によって侵されていく。
孤高なる原初の絶対者、その在り方は、かつてあった許容よりも、同調に近い。当然といえば当然だ、かつて飲み干されたそれは、王の綻びを、怨嗟を、憎悪を糧にやっと外へと頭を出したのだ。やっと王がここに堕ちてきたとばかりに食いついたのである。しかし、生まれ出るには力が足りない。器もない。
かつて高らかに名を唱えた王は、黒いそれと変わらぬ罵言を吐き捨てながら、けして同じにはならない。いくら王のものを糧にしても、この小さな渦ごときでは飲み込むことなどできない。渦もその事実を認め、諦め、王の怨嗟の波に乗り、問う。
認めるか、許すか、責を負うか。
それに、怨嗟を噛み砕くようにしながらも、王は答えた。かつてと同じ答えを口にした。響きは違えど、その魂は変わらない。つまり、この黒い色に染まらないのだ。だが、渦にはかつてのように異物を追い出す力すらない。それでも生きようともがくのは、まさに本能だったのだろう。再び王に飲み下されながらも、王の願望、いや、殺意が煮えるそこにたまり、その力で、王のための体を、王の殺意に合わせた、適したものを作る。
王は、再び生まれたその体に疑問を持つこともなく、それどころか当然とばかりに気にも留めず、黒に浮かぶ乖離剣エアを掴んだ。時空を斬る「天地乖離す開闢の星」は、はたして王の意思か、それとも渦の助言か。
掻き立てられるようにして、王はその時空の狭間に向かう。向こう側には、見覚えのある坂がある。視界の先で、少女が一人走り去るのを見届けて、その視界の主は少女と反対の方向へと進んでいく。この光景は、遠い記憶にある。確かあれは黒き聖杯の紛い物。
――では、この視界は我(オレ)の視界か。
どういう原理かは皆目見当がつかないが、その視界に向かって手を伸ばした。すると視界が揺れ、収縮し、ただの光へと変わる。その残った光に、波を立て進んでいく。
斬られたはずの渦のほうはというと、ずぶずぶと、王のハラワタへと飲み込まれていく。かつて神父を蘇らせた、パスを通ったあの時よりもずっと時間をかけて自ら飲まれていく。王が泳ぐ波とともに、時空に対して、見るものが見れば吃驚するような大きな波紋を作っている。
――下郎、ただでは済まさぬ
ぎらぎらとした血の瞳が、時空の境、黄金と黒の混ざる闇の渦の中で、金色の闇が強く、強く輝いていた。