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このドラマがアメリカで爆発的なヒットとなった。
「OK-HAZAMA」と題されミニシアター系映画として公開されたこの作品は、ほとんど説明のないままに合戦に放り出されることが斬新だと解釈され、泥にまみれて騎馬武者が斬り結ぶ迫力、多数のエキストラが乱戦となるスケールの大きさがKUROSAWAの再来と評価された。
同時にYOUTUBEにアップされたメイキング映像も一億回を越えて再生され、新たにシーンを撮り下ろした「NOBUNAGA」がドラマシリーズとして公開された。
これも大ヒットとなり、アメリカを始め世界中で時代劇ブームが起こったのである。
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「あのドラマを手がけたのはゴンザレス氏とのことですが!」
「その通り」
無数のフラッシュがまたたき、長机に並んだ大量のマイクの向こうにいるのは両津勘吉である。本庁にばれないように偽名で会見しているようだ。
白いジャケットに袖を通さず羽織り、巨大な丸型サングラスをかけて顎をしゃくれさせている。
隣にはスーツ姿の中川圭一がいて、後頭部に手を当てて戸惑った顔をしている。
「以前から私(わたくし)は日本の時代劇に不満があったのです。
やたら会話のシーンが多い!
チャンバラが少ない!
テーマが暗い!
それに異議を唱えるためにあのドラマを作ったのです」
オオー、という声とともにフラッシュが咲き乱れる。
記者の一人が発言する。
「しかし、OK-HAZAMAは史実と違いすぎるとの批判もありますが」
「こだわってはいかん!」
だん、とテーブルを叩く。
「そもそもの話をしてしまえば水戸黄門だって史実と全然違う! 時代劇で大事なのはチャンバラの迫力だ! そのために派手な演出をするのは何も悪くない!
『天と地と』を見ろ! あの赤と黒の軍勢がものすごい勢いでぶつかり合うシーン。『乱』の原色バリバリの衣装! ああいうハッタリがエンターテイメントには必要なのだ!」
なるほど、とか一理ある、という言葉がちらほら生まれる。
「だから私は『NOBUNAGA』で日本の時代劇を変えるのです。友人の中川くんが全面協力を申し出てくれました」
と、隣にいた中川の肩にずしりと手を置く。
オオーという声とともにフラッシュがまたたく。
「そうだね中川くん」
「は、はあ、まあ…申し出たというか…なりゆき上……」
別の記者が手を挙げる。
「ゴンザレス氏、『NOBUNAGA』は日本でも放送予定とのことですが」
「その通り。信長だけでなく今後もいろんな題材をドラマ化していく予定です。このシリーズの名前は……」
「名前は?」
「大河(おおかわ)ドラマ」
…………
…………
「あ、あのそれは大河ドラマとかぶるのでは」
「失礼な、大河ゴンザレス・ビバムーチョ・ビバノンノン太郎、私の名前です」
本当にそう書かれた名札を指さしつつ答える両津。名前が三行にまたがっていた。
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「両津、昨日の『NOBUNAGA』見たか!」
眼に十字の星を浮かべ、キラキラと輝いた顔で尋ねるのは大原部長である。両津は日報に落書きをしながら答える。
「あ、ええ、一応」
「いやあ良かったな! 浮野の戦いも岩倉城の戦いもすごい迫力だった! おお、そういえば制作は中川の会社だったな! いいドラマを作ってくれてありがとう!!」
脇にいた中川の背中をバンバンと叩く。その顔は喜色満面というより、若干ハイになっているように見える。
強く背中を叩かれながら中川も相槌を打つ。
「は、はあ…」
「いやあ来週も楽しみだな!! ちょっと葛飾署に行く用事があるから次長と語らってくる!」
と、そのまま迎えに来ていたパトカーに乗り込み、排気を巻き上げ去っていく。
「部長、ずいぶんハマってるようですね。誰かれかまわずドラマの話を振ってるそうです」
「わしが作ったドラマとも知らずに…」
競馬新聞を広げつつ、少し不平そうな表情を見せる両津。
「ま、NOBUNAGAは来週で終わりだがな」
「え?」
「次は武田信玄だ、もうロケ地の下見も小道具の発注も済んでる」
「いつのまに…」
どうやら既に中川よりも現場を掌握しているらしい。
ですが、と言い置いてから中川が尋ねる。
「まだ浮野の戦いですよ。来週が桶狭間ですが、そこで終わりなんですか?」
「信長が面白いのは桶狭間までだ、とわしの爺さんも言ってた」
「…妙に生々しい発言ですね」
「生まれてから死ぬまでやるなんて時間の無駄だ。面白い部分だけさくっとやるのがいい、武田信玄も全6話で終わるからな」
「この間は逆のこと言ってませんでしたか…?」
「同時に徳川家康、ねずみ小僧、こづれ狼、かげろうお銀と次々にドラマ化していく」
「実在の人物じゃないのがいますが…。それに撮影費用がかなり…」
「そのためにこういう準備を…」
「え、ですがこれは…」
会話が段々と内緒話になっていき、中川の肩を抱き込む両津。それを隣の机にかけていた麗子が見て、小さく呟く。
「なに話してるのかしら?」
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時代劇ブームにより、他のテレビ局も歴史ドラマの制作を始めた。
「水戸黄門」や「桃太郎侍」なども再放送され、また歴史をテーマにしたクイズやバラエティ番組も次々と作られた。
そんな中、両津の指揮するゴンザレス&中川ピクチャーズは低予算で次々とドラマを制作。ひたすらチャンバラと爆発、そしてお色気で視聴者を繋ぎとめる作戦に出たのであった。
しかしそんな熱病のようなブームに、ついていけない層も出始めたのである。
「今日は真夜中までギッシリだな…」
新聞に眼を落としながら縁側を進み、目の下にクマを作った部長が呟く。
「ブームなのは分かるが…。最近は時代劇が多くて疲れてきた……。どれもやたらに爆発とチャンバラが多いし…お色気が多いのもあまり…」
ふー、と息を漏らし、額の汗を拭う。
「おや…?」
ふと脇を向けば、客間の方から音が漏れている。中では細君の大原良子がこたつに入り、「花燃ゆ」のテーマソングが流れていた。
「そうか、今日は日曜だったな…」
と、大原大次郎も部屋に入り、こたつ布団に足を潜らせる。
「あら、今日はこっちを見るんですか?」
「だいぶ見逃してしまったな…。いま杉文はどうなっているかな。史実なら小田村伊之助と再婚するあたりか」
「そうですねえ。あれから色々とありましたよ。歴史の影でこんな女性がいたかもしれない、と想像すると楽しくて」
「そ、そうか。じゃあわしも今週からちゃんと見るかな…」
※
「なにい! 視聴率が落ちてる!?」
中川からの報告を聞き、両津が野太い声で怒鳴る。
両津はなぜか工事現場用の黄色いヘルメットをかぶり、年季の入った革のジャケットを着て腋には丸めた図面を指し、工事現場を監督していた。現場では数百人の作業員が入り乱れ、木材を載せたトラックが土煙を上げて走行する。
「最近は刺激が強すぎて眼が疲れるとか…。何より話のほとんどがチャンバラと爆発なので視聴者が飽きてきたのかと…」
「ならもっと過激にやるぞ! お色気も増やして視聴者を繋ぎ止めろ!」
「ですが予算が膨らむ一方で…」
「だからこのオープンセットを作ってるんだろうが! オープンセットを作れば制作費がグッと安くなる! 一本ずつ丁寧に作るのはやめだ、これからは大量生産の時代だ」
「は、はあ…」
そしてそれは完成した。
北海道の原野に突如出現する、巨大な町並。
中央には原寸サイズの江戸城。
周囲には八百八町を再現し、武家、商家、下町の長屋、そして遊郭までもを再現した広大な眺め。
その大きさは実に47平方キロ。太秦映画村の1000倍、ディズニーランドの100倍、葛飾区の1.5倍という広さである。
超巨大オープンセット兼アミューズメントパーク、『EDOランド』の完成である。
「みなさん!」
タキシードに着替えた大河ゴンザレス(略)こと両津が、多数のマスコミを前に宣言する。
「このオープンセット『EDOランド』が日本映画の革命となるのであります!」
両津の背後には大型プロジェクターがあり、再現された江戸城が映し出されている。簡単な演台の回りに記者が詰めかけていた。
「太秦なんかメじゃない! この超巨大オープンセットで、ゴンザレス&中川ピクチャーズは毎週40本の時代劇を作る予定です!」
前回の記者会見の数倍の人数が、いっせいにフラッシュを浴びせる。
「同時にこのオープンセットはアミューズメントパークとしてもオープンします! 太秦の来場者は年間100万人ですが、このEDOランドは年間2億人は固い!」
オオー、と半ば無責任さすら感じられる軽さでフラッシュが飛ぶ。
「江戸湾も忠実に再現されております! 沖の黒船は遊覧船として乗り込むこともでき、大砲からは花火も打ち出せます。この後も30隻の黒船から、一気に2千発の花火が打ち上がる予定です!」
全身と顔面に力を入れて叫ぶ両津の背後に、髭面のスタッフが来る。
「あの、やはり花火の水平撃ちは危険かと…」
「だから迫力があるんだろうが! 予定通り一斉発射だ!」
すぐさま記者たちに向き直り、腕を大きく振り上げてモニターを示す。
「こちらを御覧ください!」
背後の大型モニターが分割され、青空を背景とした江戸城と、沖合の黒船が映し出される。
満面の笑みで手を振り下ろす両津。
「大江戸ランド、これよりオープン!!」
どーん、と右画面で黒船が火を吹き、
がーん、と左画面の江戸城が欠ける。
両津の顔がさーっと青ざめる。
「命中したぞ!?」記者の声と乱れ飛ぶ悲鳴。
一瞬遅れて振動のような音が届く。見れば八百八町の町並みにも、いくつかポンポンという花火が上がるとともに、モロに着弾および爆発している家がある。
はるか遠くに目を向ければ、炎が一瞬で肥大化して火柱になっている。藁葺きの屋根が実によく燃えているようだ。見れば白い土壁や土蔵も木と紙で作ったハリボテのため、走るような速さで火の手が広がっている。
「お! 落ち着いてください皆さん!」
ひきつった笑みを作りながら宥める両津。
背後では、黒煙で遠くの景色がかすんでいる。
火事だぞ、燃えてる、との叫びがキャーという叫びにかき消されていく。
「これは新作映画、「KUROFUNE」の撮影なんです! 江戸の街が燃えるシーンが大迫力でしょう!?
火はすぐ消えますので安心してください! 撮影ですこれは!」
おりからの強風により、両津の背後で火の手はどんどんと広がるのだった。
※
ばりぼり。
公園前派出所の奥座敷。
麗子は正座を組んで急須でお茶を入れ、中川圭一は小ビンの中身を炊きたてご飯にふりかけ、ぱくぱくと口に運んでいる。胡乱げな目つきで口中のものを噛み砕く。
そこにアナウンサーの声が流れる。
『先日オープンしたEDOランドですが、突然の大火事によりほぼ焼失しました。火事を消し止めようとしたゴンザレス氏は重体ですが、それ以外に被害者はいない模様です』
ばりぼり
『ゴンザレス&中川ピクチャーズをはじめ、中川財閥関連の株が連日暴落しており……』
「圭ちゃん、頭痛薬はふりかけじゃないのよ」
「もう少し……」
ばりぼり。
ばりぼり。
(終)