「携帯ウェザリング事情」の巻
「なに、スマホの落し物?」
夏の日差しが差し込む派出所の中で、両津の顔は一段と陰影が濃くなっている。
耳に赤ペンを挿しながら競馬新聞を凝視し、ラジオに繋がれたイヤホンからの競馬中継に神経を尖らせるその顔には殺気にも似た緊張感がある。今週の競馬はかなりの真剣味を要求されているようだ。
「そうなんです、さっき公園で拾ったと子供たちが来て……でも届けを書いてもらう前にどこかへ行ってしまって」
そう報告するのは凄苦残念(すごく ざんねん)。東大卒のエリートであるが、国家試験ではなく警視庁の警察官採用試験を受け、ヒラ巡査として採用された変わり者である。小心者だが頭脳明晰、そして鬼瓦のようないかつい顔面。方向性の異なる特徴が奇妙に同居している。
かつては北条正義(ほうじょう まさよし)という名だったが。両津に改名された経歴がある。
「そのうち落とし主が取りに来るだろ、そのへんに置いて……ん?」
残念のほうをちらりと見る両津は、彼がその手に持つ機種に目を引かれる。
「おや、auのtorque(トルク)じゃないか」
「え?」
「ちょっと見せてみろ」
問い返す残念からスマホを受け取り、しげしげと眺める両津。
そういえば残念の目から見ても普通のスマホとはどこか違っている。
まるで額縁で縁取られたような太い黒枠で囲まれた液晶。下部にはいまどき珍しい物理ボタンがある。背面には大きな横筋の盛り上がりが四本あり、まるで靴底のようだ。
全体的には丸みを帯びており、肉厚でずっしりと重量感を感じるデザインである。薄く軽く、という最近のスマホの印象とはまるで違う。
「やっぱりそうだ。Gショックスマホのtorqueじゃないか。発売されたばかりだぞ、もったいないな」
「Gショック?? 時計なんですか?」
困惑した顔で問いかける残念。しかしその表情の変化は、25年ほど同じ漫画に出ている両津でも少ししか分からない。
「しょうがないな、説明してやろう」
がさごそと、机の下から段ボール箱を取り出す両津。
両津の実家、派出所の奥座敷の押入れと並び、両津勘吉の机もミステリースポットとして名高い。駄菓子から鉄道模型、拳銃の部品まで、何が出てくるか分からぬ奥深さがある。
「携帯が普及しだしたのが1994年ごろだが、2000年に当時のカシオ計算機がそこに参入したんだ。G'zOne(ジーズワン)という機種で対衝撃、防水が特徴だった。これが最初に登場したC303CAだ」
ごとり、とやや大ぶりの携帯電話が置かれる。折りたたみ式ではなく、液晶部分を囲む銀のリングが実に印象的である。
「これが三代目のC409CA、ボタンが四角くなってぐっと無骨さが増した」 ごとり
「G'zOne TYPE-R 折りたたみ式になって丸っこくなった。ここからはCASIO名義だ」 ごとり
「G'zOne W62CA、さまざまな機能が内蔵された名機だ、ここでほぼ完成されたと思う」 ごとり
「G'zOne CA002 W62CAの改良型だ、言うほど改良された印象はなかった」 ごとり
「G'zOne TYPE-X、10周年の記念機種だ、縦に入る盛り上がりのラインがかっこいい」 ごとり
「G'zOne IS11CA G'zOneで初のスマートフォンだ。外見の印象はtorqueとあまり変わらない」 ごとり
「あとこれが……」「ちょ、ちょっと待ってください」
残念が止めに入る。
「な、なんでそんなにケータイいっぱい持ってるんですか??」
「昔は5機種ぐらい同時に使ってたからな……。新機種に買い換えたりしてるうちに溜まってしまった。……うーむ、それにしても並べるといっぱいあるな……」
時代時代で流行には必ず乗るのが両津勘吉である。当時の若者たちと同じく新機種を次から次へと買い換える、そんなバブリーな時期の名残であろう。
ただでさえ通話料などが高額であった時代に、いったい携帯にいくら使っていたものか、想像すると青ざめる思いがする。
「ま、まあそんなことはともかく……こういうタフさを売りに出したケータイのシリーズがあったんだ。ここしばらくは新機種の話がなかったが、2014年の7月25日、その実質的な後継機が京セラから発売された、それがtorqueだ」
なるほど、と残念は思う。確かに落し物のほうのスマホには京セラのロゴが入っている。全体的に甲殻類のような無骨なフォルムの中で、京セラの端正なロゴが知的なアクセントを添えていた。
「しかし、何か変だなこのスマホは……」
しげしげとtorqueを眺める両津。
そのボディは米軍準拠の耐久性を実現している。対衝撃や耐水はもちろん、耐圧、対塩水、耐熱、防塵、対G性能まで備えており、広報用のPVでは自動車に踏ませていたほどである。
が、しかし、どうも発売されたばかりとは思えない。
よく見れば背面には細かな傷が無数に走り、カドのあたりは塗装が剥げてる部分もある。金メッキが施された充電用端子の部分はわずかに腐食していた。
液晶保護フィルムは貼られているものの、それにも白い筋のように傷が走っている。それも上下左右、無数の方向にである。
「えらく傷だらけだぞ、カンケリにでも使われたか?」
「まさか」
と、そのとき、派出所へと接近してくる人物があった。
それは量産品のママチャリである。がに股になりつつかなりの速度で漕いでいる。
そしてがらがらという音が鳴る。
自転車の後部から紐が伸び、その先は十あまりの携帯電話が結ばれている。それが地面とこすれあって跳ね回り、がらがらと鳴る。
それは派出所の前でギギギとブレーキ音を響かせ、後輪を浮かせながら強引に止まる。
「あった!! 僕のケータイ!!」
「うわ、びっくりした!」
と声を上げるのは残念。
ぜい、ぜいと息を荒げながらtorqueを指差すのはヘルメットと肘パッドを装着した若者である。Tシャツのアニメ柄が微笑ましい。
「おまわりさん、そのケータイ僕のです!!」
「こら、ちょっと待て、なんだその引きずってるものは」
ずい、と残念を押しのけつつ出てくる両津。
「え、ただのケータイですが」
「きさま、さてはケータイを虐待するのが趣味の変態だな?」
ぐい、と襟首をつかんで引き寄せる。その顔の迫力たるや暴力団でも泣き出すほどである。
「うわ! ち、違いますよ! ただのウェザリングです!」
「ウェザリングだと?」
ウェザリング
それは「風化」という意味であり、模型の世界の用語である。
プラモデルなどをわざと汚したり、塗装を部分的に剥がすことにより実物に近い質感を与える技法であり、時にはパーツを折ったり、錆びさせたりする加工もウェザリングの一種である。
古くは特撮の世界でも用いられた技法であり、サンダーバードやスターウォーズなどに登場する機械。それにゴジラなどの着ぐるみにも使われた。
「それで? なんでケータイを汚してたんだ」
机に腰掛けて茶をすすりながら、両津が問う。パイプ椅子に座らされた少年は、両手を広げるような身ぶりとともに答える。
「お巡りさん、ケータイを保護ケースに入れて猫の子みたいに扱う、なんてのは昔の話ですよ。今はケータイも使い込んだ感じのほうがカッコいいんですよ」
「そんなものか?」
「そうですよ。ジーンズだってそうでしょう、使い古した感じを出すために石と一緒に洗ったり、ヒザのところ破いたりしたでしょう」
本人はカジュアルな若者でありたいと思っているようだが、語りだすその姿はどうしてもオタクの熱さにしか見えない。
「特にG'zOneはアウトドアで活躍するケータイですからね。より使い込んでいるものほど活動的で野性味あふれるカッコよさがあるんです。大変なんですよ汚すのも、自転車で引きずったり温めた海水に入れたり」
「それにしたって10個も引きずることないだろ、結婚式かと思うぞ」
「ウェザリングの途中で壊れるからですよ。ガラケーのほうは30個も壊すうちにいい感じのが出来ますけど、torqueはまだ数がそろわなくて」
「バチ当たるぞお前……」
と、そこへ再びの来客、
今度は排気音である。どっどっ、と低いうなりとともに派出所の前へ通りかかる。
「おうダンナ、取り調べ中かい」
現れるのは本田速人、交機の本田と呼ばれるバイクの達人である。白バイを駆るその精悍な顔立ちは、古い仁侠映画の人物にも似た凄みがある。
ちなみに残念巡査と同じく、幼少期に本田川崎→本田鈴木→本田ヤマハ→本田本田と改名を繰り返して本田速人になった経歴が最近生まれた。
「おう本田か、ちょっとな」
「こんにちは」
と残念巡査も奥から声をかける。けしてキャラが薄いわけではないが、舞台の隅でじっとしているとまったく目に留まらない、そんな路傍の石のような男である。
ひょいとバイクから降りる本田。
途端に顔の筋肉が弛緩して皺が失われ、くねくねと柳腰になって派出所に入ってくる。
と、そこで机の上に並べられた携帯を見つける本田。
「あら、それW62CAですね」
「なんだ知ってるのか?」
「はい、お父さんの使ってる携帯なんですよ」
「バイク屋のオヤジさんか? ケータイなんか持ってたのか」
「だいぶ前に買ったんですけど、扱いが雑でよく落としてますよ。よく工場の隅にオイルまみれで転がってます」
ハハハ、と笑いつつ汗を飛ばす本田。あまり見知らぬ人の前で話すのは苦手だ、と顔にはっきり書いてある。
「あの、その話もう少し詳しく……」
手を上げるのは、マニアの若者であった。
※
本田輪業とは南千住の下町にひっそりと存在するバイク店であり、周囲はまさに下町の迷宮。不用意に迷子になれば、両津ですら容易には脱出できないほど道が入り組んでいる。
白バイの後部から飛び降りるのは両津勘吉。後ろには自転車のハンドルに突っ伏し、全身を汗だくに濡らしたマニアの若者が続いている。
「つ、着きましたか……?」
「けっこう根性あるやつだな」
振り返り、感心したように言う本田。
両津はというと先に立ってずんずんと歩いていく。そしてカメラは本田輪業の工場へと切り替わる。
「うおっす」
「おう、両さんか」
過去に何度か来ているが、何度来ても中の様子が1ミリも変化しない店である。気に入った相手にしかバイクを売らない、という頑固な主人のために年に数台しか売れず、工場の隅には過去のカワサキの名車が新品のまま並んでいる。本田輪業という名前とは裏腹に、主人はカワサキしか扱わないというポリシーがある。
その主人、すなわち本田速人の父親である本田改造はいつ来てもバイクをバラしており、今もパーツの散乱する中で骨組みだけのバイクをいじっていた。袖まくりした白いツナギに度の強そうなメガネ、そして職人らしい気難しげな顔、これもいつもと変わらない。
「こ、こんにちは」
両津の背後から現れるのはマニアの若者。まだ服の上半分は汗で濡れている。
その若者を見て本田改造はピクリとこめかみを動かし、つかつかと歩み寄ってくる。
「なんだお前は」
「おっとオヤジさん、ちょっと待ってくれ」
と、両津が手を上げてその動きを制し、後ろに来ていた若者に耳打ちする。
「あのオヤジさんには気をつけろ、若者を見ると反射的に殴ろうとしてくるからな」
「ど、どういう人なんですか」
まあわしにまかせておけ、と言いたげに背中に若者を隠し、口を開く両津。
「オヤジさん、ケータイ持ってるんだろ、ちょっと見せてほしいんだが」
「いきなりだな、そこにあるから勝手に見てくれ」
首で示すが、その先にあるのはブリキのバケツに突っ込まれた大量の工具。
だがよく見れば、黒いオイル汚れに混ざってW62CAの丸っこいラインがのぞいている。
「これか、ずいぶん汚れてるな」
「うわ、すごい!」
と、いきなりテンションを上げる若者。
「この絶妙な塗装の剥げ方! 金属部分のキズの自然さ! G'zOneのロゴマークのかすれ方! どれも完璧ですよ!! しかも目地に詰まったオイルの汚れがたまらない!! うわ、これはもしかして金属粉!? こんな汚し方があったなんて衝撃ですよ!!」
「そ、そうか」
「見てくださいこれ! 古い地図みたいに穴の開いたメッキ!! しかも外周だけ! そうか、地面を転がすだけじゃ全体的にメッキがはげちゃうんだ、よく手に触れる外側だけを剥がしたほうが自然な感じになるのか!」
「でも十字ボタンがぜんぜん磨り減ってないぞ、それはいいのか」
確かに、アプリや文章入力などの操作に使う「回」のような形状の操作キーはまっさらなままである。オイルが染み付いていることは変わらないが。
「あ、それはいいんです。そこが磨り減ってるとアプリばっかりやってる人みたいで逆にカッコ悪いんです」
「お前のさじ加減がよくわからん……」
「あの、おじさん、このケータイ売ってほしいんですけど」
「なんだ? うちはバイク屋だぞ、ケータイ屋じゃねえ」
振り返る本田改造、その目にはピリピリとした空気が漂っている。
「も、もちろん同じケータイも用意しますし、お礼も出します」
ぴく、と両津の顔が動く。
「まあ待て、まず私(わたくし)が話を聞こうじゃないか」
と、若者の服をつかんでずりずりと店の隅にひっぱる両津。
そのまま、店の片隅でなにやら相談を始める。
「わしがオヤジさんと交渉してやろう、いくら出せる」
「お、同じW62CAの新品と――円ぐらいでどうでしょう」
「いまバイク業界も不景気だからな、もうちょい色をつけたほうがいいぞ」
「じゃあ――円ぐらい」
「まだまだ、もう一声」
「――円」
「もう少し」
「ああいう交渉だと先輩は粘るからなあ……」
渋い顔でその様子を眺める本田巡査。
やがて本田改造との交渉も終え、ニコニコ顔の両津がやってくる。
「交渉終了だ、新品のW62CAと500円で売ってあげた」
「ウソばっかり……」
そう呟く本田巡査であったが、そのあきれ顔とは裏腹に、例の若者は実に朗らかな笑顔である。
「あの、ありがとうごさいます。これで理想的なケータイが手に入りました」
「うむ、またいつでも尋ねてきたまえ」
「はい!」
ぺこりと頭を下げ、そちらが自宅の方角なのか、何度も振り向いて礼をしながら自転車で去っていく若者。
頭を下げつつ、その目は手にしたばかりの古びたW62CAに注がれていた。
その背を見送り、両津が呟く。
「……しかし、本物のZ2やニンジャが転がってるこの店でケータイしか目に入らんとは、わしらには信じられん……」
「マニアってそういうものですよ、たぶん……」
「しかしあんなマニアがいるとは奥が深い、これは金になるかも知れん……」
※
「ケータイの回収だって?」
「そうだ、地域貢献の一環だ」
葛飾署の入り口にて、大勢の警察官を前に演説するのは両津である。
「ケータイはまさに資源の宝庫だ。含まれてる金属は金、銀、銅、パラジウム、そして各種レアメタルなど、どれひとつとっても世界でもっとも優秀な鉱山よりも多く含まれている」
おおー、そうなのか、などと声が上がる。
わかりやすくパネルにまとめてきた図を支持棒で示しつつ、いかめしい顔の両津が続ける。
「資源の再利用はもちろん、ゴミを少なくするという意味でも有意義なことだ。携帯会社や一部の自治体などが回収事業を行っているが、われわれ葛飾署もその手本とならねばいかん。だから職員から携帯を集めるんだ」
「な、なるほど……」
大原部長や次長なども感心したような、似合わない提案に驚くような、複雑な表情でそれを見ている。
「そこ、携帯をほとんど買い換えないおじさん連中は別にいいです」
「うぐ……」
「ねえ、私たちも出さなきゃだめなの?」
葛飾書の婦警たちも困惑気味である。
婦警の中にも両津と相性の良いものもいれば、ネズミや虫のように嫌っているものも少なくない。
相性の悪いグループであり、やたらと衝突しがちな早乙女リカが不満げに言う。
「もちろんだ、特に早乙女リカは山ほどケータイ持ってるだろ、見かけるたびに違う機種だった時期があったぞ」
「よ、よく見てるわね……」
「誰が提出したかわかるように、ケータイには名前を書いた紙を添えてもらうからな」
「個人情報を売る気じゃないでしょうね……?」
「ばかもの、そんなことするわけないだろ。心配なら内部のメモリーカードだけ抜いて出せばいいだろ」
「そ、それならまあ……」
いかにも心外だ、という顔で冷静に否定されると、逆にもう不平の余地がなくなってしまった形となる。
早乙女リカの周りに集まっていた「相性悪い派」の婦警たちも、何か怪しいとは思いつつ抗弁できずにいるのだった。
※
「先輩、青戸署からも届きましたよ」
公園前派出所の奥座敷。テレビと座卓しかない簡素な室内には、今はいくつかのダンボールが運び込まれている。
そこへ新たなダンボールを抱えて入ってくるのは本田巡査である。中には大昔のカメラなしケータイからPHS、そして新しめのスマホまで、古今東西の携帯電話がいろいろと入っている。
「ご苦労、そこに置いといてくれ」
両津はというとまるで鑑定士のように虫眼鏡を覗き込み、奥座敷の中央で携帯をじっと見ていた。
「ちょっと傷が浅いか……汚れもいまいち、3級だな」
いつのまにか等級制の評価基準ができたらしい。
「本当にそんなもの売れるんですか?」
「こないだの若者は特殊みたいだが、確かに最近、あえてケースをつけずにケータイの汚れを楽しむやつが多いらしい。わざとケータイを汚すブームだって来ないとも限らんからな、いい感じのやつを手元に置いておく。
大半は本当にリサイクルに出すんだから嘘はついておらん」
「それはそうですけど……」
苦い顔で呟く本田。
と、その目が横にすべる。
部屋の片隅に小さなダンボールがあり、そこにもケータイが大量に入っていた。赤やオレンジなど、なにやら暖色系の色が目立つ。
「こっちのは何ですか?」
「それは別口だ」
見れば、ケータイの一つ一つに履歴書のような紙が貼り付けてある。交通課の早乙女リカ、白バイ隊の乙姫奈々、公園前派出所勤務の秋本麗子などの簡単なプロフィールと、顔写真。
両津は手元の作業を続けつつ、独り言のように答える。
「ネットで調べたらその手のマニアが結構見つかってな……婦警の使い古したケータイだとずいぶん高く売れて……」
「ちょっと先輩!? それはまずいですよ!」
「心配するなバレなきゃ大丈夫だ。すでに100万以上の稼ぎになってるんだぞ、やめられるわけが――」「やはりこういう事だったか……」
と、奥座敷前に現れるのは大原部長である。
すでに血管をこきざみに震わせ、奥歯をかみ締めて全力の怒りを蓄えている。
「げっ部長!? きょ、今日は会議のはずでは?!」
「携帯を通話状態にして紛れ込ませておいたんだ、本田くんとの会話はすべて聞いたぞ」
「う、部長とは思えぬテクニカルな技を……」
たじろぐように身を引く両津。
だが一瞬後、開き直るのと焼けくその中間のようなテンションで抗弁する。
「やり方が汚い!! これは盗聴罪だあ! 証拠は無効です部長ーー!!」
「お前の方が1億倍汚いだろうが!!! このバカモノ!!!!」
そして部長の鉄拳が隕石のように降り注ぐ。
ドカバキと盛大な音の向こうから、両津の泣き声が響くのだった。
「許してくださいぶちょ~~! つい出来心で~~!」
※
「おはようごさいます」
派出所に出勤してきた中川圭一巡査が、その中を見渡して首をかしげる。
「あれ? 先輩はお休みですか?」
大原部長は書類を整理しつつ、何事でもないように答えるのだった。
「あいつならとある作業場で携帯電話を解体しておる……東京の府中刑務所とかいう場所の作業所でな……ま、そのうち帰ってくるだろ……」
北条こと凄苦残念はその様子を見つめ、顔に汗を浮かべて呟くのだった。
「僕の出した携帯も売られてました……麗子さんの写真つけて……」
(完)