次にハントが見たのはルイズの所持品だった。
案内役はコールドウェルの秘書の、リン・ガーランドと言う若い赤毛の女である。
「絹で丁寧に織った上質なブラウスとスカート、パンツ、そして靴下。靴は革靴です。月面に居たにしては、いささか軽装と言わざるを得ませんわ」
彼女は茶目っ気たっぷりに言うと、ハントに向かってウインクを寄越した。
それらの服もルイズ本人と同様に、ガラスケースに収められている。真空に晒されたために服の繊維はボロボロに傷んでおり、下手に触ると崩れてしまうのだ。
ガーランドは小さなガラスケースを持ち、中に納められた指輪をハントに見せながら続けた。
「ご覧くださいハント先生、綺麗なルビーでしょう? リングは純金製で、細工は最高級です。こんな素敵な指輪をしているなんて、ルイズはきっと当時の王の縁者だったに違いありませんわ」
「確かに見事な代物だね」
ハントは感心しながら言った。
ガーランドの言う通り、この指輪は6千年前の代物とは思えない輝きを放っている。売りに出したらかなり良い値段がつくだろう。ルイズの時代にこれほど高度な加工技術があるとは驚きである。
「それから財布と硬貨8枚です」
「これは……金貨じゃないか!」
次にガーランドが見せた硬貨にハントは驚いた。
歴史にそれほど詳しくないハントであっても、6千年前に硬貨など無いことは知っている。ルイズの時代には物々交換が主流で、せいぜいあったとしても、硬貨ではなく貝殻や石のはずだ。
だがルイズの金銀銅の硬貨は見事な出来栄えの完璧な代物だった。ご丁寧に肖像画と文字まで入っていて、加工精度も現代の硬貨と比べても何ら遜色がない。
「6千年前に金貨があったって言うのかね?」
「そうなんです」
思わずガーランドを問い詰めると、彼女もこの硬貨の異常性は理解しているらしく、困ったように眉をひそめて答えた。
「残念ながらこの硬貨がルイズの時代のものだとは判明していません。金属には炭素年代測定が使えないからです。もしかしたらルイズとは別の時代のものかも知れません。
ですが別の時代のものならば、誰が何の目的でルイズに持たせたのか、という新たな疑問が生じる事になります」
現在分かっているのは、死体の財布に硬貨が入っていた、と言うことだけである。この硬貨がルイズの所有物だったと言う証拠はないのだ。
だがガーランドの言う通り、6千年前の死体にわざわざ別の時代の硬貨を持たせるのは不自然だ。そんな偽装をする理由がわからない。ルイズの時代に硬貨があった、と考える方がずっと自然だ。
だがそうなると、6千年前の金属加工技術は、これまで考えられてきたよりも遥かに進歩していた事になる。
次にガーランドは、大きく平たいガラスケースを示して言った。
「これはマントです。これも月面と言うよりホグワーツの方が似合いそうだと思いませんか?」
ガーランドの軽いノリは、彼女が若い女だからなのか、それともアメリカ人だからなのか。いずれにせよイギリス人であるハントが調子を合わせるのは難しそうである。
「これも彼女が身に付けていたのかね?」
ハントが尋ねると、ガーランドは長い赤毛を振り乱しながら首を振った。
「いいえ。マントは毛布のように、彼女の身体に掛けられていました。あたかも眠っている彼女を寒さから守るかのように」
ハントはルイズ発見時の写真を思い出した。
あの映像にはルイズの顔がはっきりと映っており、マントがルイズの全身を覆っていない事は明らかである。ガーランドの言う通り、マントは毛布代わりに掛けられたと考えるべきだろう。
「このマントの材質は布ではなく、何かの動物の皮です。しかも縫い目の全くない1枚皮です。何の動物かはともかく、当時としては非常に高価だったに違いありません」
その意見にはハントは賛成できなかった。
ルイズが6千年前の人間だと言う前提で考えれば、単に動物の皮を剥いだだけのマントより、絹糸を丁寧に織った服の方が高価そうな気がしたからだ。さすがに当時既にマンモスは絶滅していただろうとは思うが、野生動物は沢山いただろうからマントの材料には事欠かなかった筈だ。もっとも、ルイズの体格からすれば牛皮でも十分だろうとは思うが。
「そして極めつけはコレです」
次にガーランドが見せたのは杖だった。それはまさに某イギリス人作家の超有名小説に登場する杖そのままだった。
「まさにホグワーツにぴったりですわ。お陰で私たちは彼女のフルネームを知ることができました」
「んん?」
思わず本気で驚きそうになったハントは、ガーランドの悪戯っぽい笑顔に気付いた。
彼女は言った。
「ルイズ・ポッターです」
さすがのハントも苦笑せざるを得なかった。
ガーランドの冗談はともかく、ルイズの所持品にはハントにとって重要な物が含まれていた。
「こちらが問題の本と手帳です」
それぞれガラスケースに入った本と手帳を見せるガーランド。ハントはそれらを手に取ると、慎重に上下左右から観察した。
ガーランドは言った。
「どちらも動物の皮で装丁された最高級の品々です。6千年も昔にこれほど見事な本や手帳が作れるとは驚きですわ。さすがに紙ではなく羊皮紙を使っていますが、出来栄えはご覧のとおり、現代の製品に匹敵するくらいです」
6千年にもわたって真空に晒されたそれらは本当にボロボロで、僅かなショックで崩れてしまいそうな有り様である。ページを開くなんて論外なのだ。
中身を読みたければ何らかの方法で透視するしかない。
「なるほど、これならスコープを使いたがるのも当然だね」
ハントがガーランドを振り返ると、彼女はにっこりと笑って頷いた。
「博士はまさにぴったりのタイミングでトライマグニスコープを発明してくださったのです。コールドウェルのやり方は少々強引だったとは思いますが、事情はご理解いただけたと思います」
「まあね。メタダインが何千万ドル要求したのかは知らないがね」
トライマグニスコープを使えば、これらの本や手帳を読むことなど造作もない。
問題はむしろ6千年前の文字を解読できるかどうかにかかっていた。