コールドウェルがハントたちに見せた謎の死体、ルイズ。
その死体は奇妙な事に、まるでミイラのように干からびていた。最近死んだのではない事は明らかである。
服装はオーソドックスなデザインのブラウスとスカートだが、それらもルイズの身体と同様に干からびて変質しかかっている。しかしそのデザインは古風で、どこぞのミッション系のハイスクールのようないでたちである。
状況を理解できないまま彼女を眺めるハントとグレイに、コールドウェルは説明を続けた。
「2つ目の質問に対する答えも No です。なぜ彼女が死んだのか、その死因は全く分かっていません」
「彼女はどこで見つかったのですか?」
ハントが訊ねると、コールドウェルはスクリーンを荒涼とした砂漠の白黒写真に切り替えて答えた。
「月面です」
「月面ですって?」
ぽかんと口をあけるハントとグレイ。写真は白黒なのではなく、月面なのだった。
コールドウェルは続けた。
「正確にはコペルニクスⅢ近くの洞窟の地下です」
「洞窟ですって?」
水がない月面では洞窟はほとんど出来ない。そんな珍しい洞窟の、しかも地下から発見されたとは、いったいルイズはどんな死に方をしたのだろうか?
コールドウェルがスクリーンの映像を洞窟内部に切り替えると、ルイズの死体が半ば土砂に埋もれている様子が映し出された。
「これが彼女が発見された時の写真です。ご覧の通り……」
彼はハントたちの表情を伺ってから続けた。
「彼女は最初から、普通のブラウスとスカートしか身に付けていなかったのです」
「そんな馬鹿な?!」
思わずハントは反論したが、納得せざるを得ない事も分かっていた。
真空中では水は急速に蒸発する。ルイズの死体が干からびているのは、月面の真空に晒された結果に違いない。彼女がなぜ宇宙服を身に付けていないのかは不明だが、少なくとも干からびている理由は判明した。
コールドウェルは続けた。
「そして3つ目のご質問に対する答えもまた No です。
彼女がどうやって月面に行ったのかは全く不明です」
「ちょっと待ってください」
口を挟んだのはグレイだった。彼は問い詰めるようにコールドウェルに言った。
「どうやって月面に行ったか分からないって、そりゃ無いでしょう? あそこはディズニーランドじゃないんですよ? おいそれと行けるような場所じゃない事は、あなたの方が良くご存じでしょう?」
「おっしゃる通りです」
コールドウェルは頷いて言った。
「アメリカはもちろん、ロシアにせよヨーロッパ連合にせよ、世界のロケットは事実上、ナヴコムの管理下にあります。密航も含めて、誰かが我々の目をくぐり抜けて月面に行く事など不可能です」
ロケットによって宇宙を航行する場合、乗員や搭載貨物の質量は飛行コースに重大な影響を与える。僅かな誤差があるだけで、最終目的地が大きくずれてしまうのだ。そのため全てのロケットでは、乗員の体重や搭載貨物の重量をとても神経質に測定している。密航しようとしてこっそり乗り込んでも、たちどころにバレてしまうのである。
コールドウェルは続けた。
「にもかかわらず、彼女に関する記録は全く無いのです。ロケットの搭乗記録はもちろん、どこの宇宙基地にも彼女の記録はありません。意図的に記録を抹消したにしては、あまりにも消し方が完璧すぎます。まさに降って湧いた言う表現がぴったりなのですよ」
ハントはコールドウェルの表情を眺めながら違和感を感じていた。
確かに奇妙な死体ではあるが、国連宇宙軍の超大物が大騒ぎをする程の問題ではない。普通なら警察に任せれば良いだけの話である。
にもかかわらず、自分たちはロンドンからヒューストンにまで呼びつけられ、苦労の末に発明したトライマグニスコープは量産のめども立たない有り様だ。いったいこの死体にはどんな秘密があると言うのだろうか?
そんな疑念を抱くハントをよそに、グレイは真剣に死体の謎を考えていたようだ。彼は自信なさげににコールドウェルに訊ねた。
「ばかばかしい仮説ですが、彼女を殺した誰かが、発見を恐れて月面まで運んで投棄したとか?」
密航でないのなら、最初から貨物として運ぶしかない、と彼は考えたのだ。
だがコールドウェルの返事は意外なものだった。
「いいえ、その類の可能性は考慮する必要すらありません。これまで判明した事実から推測すると、ルイズを殺した人間は、現代人ではない可能性があるからです」
「何ですって?」
飛び上がらんばかりに驚くハントとグレイに、コールドウェルはスクリーンの映像を数値だらけの表に切り替えてから説明した。
「炭素年代測定によれば、ルイズは6千年以上前に死んでいるからです」