本作品は、狂気をテーマにした物語です。
百合、微グロ、鬱展開に耐性の低い方は、回避されることを推奨します。
また、本作品は『小説家になろう』でも投稿中です。
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無数の死体が散乱し、屍が焼ける強烈な臭気の漂う寒村を、長身の女が歩いていた。炎に照らし出された惨状を、無表情に見渡しながら。
美しい女だった。
氷雪を思わせる白い肌、腰まで届く豊かな銀髪、ほっそりとした肢体、一流の彫刻家ですら再現することは出来ぬであろう端正な顔立。そこには一切の表情が無く、色素の薄い青みを帯びた瞳もあいまって、無機質な――非現実的な美しさを醸し出していた。
降りつづく雪の中、死臭におわれた村。この、大陸北部に位置する小さな農村で行われたのは、略奪と殺戮だった。
家々を焼く業火に照らし出された女が、ふと歩みを止めた。何かが動くのを、視界の端に捉えたのだ。
新たに火の手をあげた民家から、五つの人影が吐き出される。自らの背丈ほどの槍で武装したそれらは、人ではなかった。
全身を、暗い色の獣毛でおおわれた屈強な体躯。猪に似た頭部の下顎から突き出た二本の牙が、そのいずれもがオスであることを示していた。
オークと呼ばれる亜人種だ。
非常に繁殖力の強い種族であり、人間の女を襲い孕ませることすらある。
女にとって意外だったのは、彼らが逃げるのではなく、こちらへ駆け寄って来たことだった。どうやら生物にとって一番大事な本能の部分が麻痺しているらしい。掠奪者達は虐殺による血と、燃え盛る炎に酔っているのだ。
だから、生物であればすべからく持ち得ている、自己防衛本能が働かない。
常時ならば、初見で理解出来ただろう。目の前の女が食物連鎖の上位に位置する、圧倒的な強者だということが。
女を取り囲んだオーク達の顔に、感嘆の表情が浮かぶ。種を超えて女の美貌に驚愕し、その目を獣欲でぎらつかせる。
それでも女の表情は動かない。凍りついたように怜悧(れいり)な蒼い瞳は、オーク達をじいと眺めていた。――まるで、つまらぬ物を見るかのような目で。
その女の態度に、オーク達の一人が苛立たしげにうなる。手にした槍が振り上げられた。柄の部分で殴りつけ、この傲岸な女に自らの恐ろしさを教えこもうと考えたのだ。
しかし……。
ぱんっ、と妙に軽い破裂音が響き渡る。
槍を持った腕が振り降ろされるより先に、オークの頭部が――赤い飛沫をあげ爆(は)ぜていた。
降り積もった白銀に、鮮やかな彩りが添えられる。
頭蓋骨とその内容物を撒き散らしたオークが、膝から崩れ落ちた。
周囲に動揺が走る。女は微動だにしない。だらりと垂らされた両の腕(かいな)は、ぴくりとも動いていなかった。
腕ほどの太さを持つ氷柱が、哀れな犠牲者の頭を高速で打ち抜いていた。だが、それを知覚出来た者はいなかった。――しかし、女が何かしたのだ、ということだけはオーク達にも理解出来た。
炎に巻かれた村のそこかしこから声が上がる。騒ぎに気づき、その場に十数人のオークが駆け寄って来ていた。
掠奪者達はまだ結構な数が居たらしい。
女を囲むオーク達も殺気立ち、仲間の仇へと襲いかかる。――いや、襲いかかろうとして、気づく。
女の背後で、無数の氷柱が揺らめいている様に。その鋭い尖端は、いずれもオーク達へ向けられていた。
女の表情は動かない。数十本にも及ぶ氷柱が射出される。死の暴風に巻き込まれた四人のオーク達は、一歩も踏み出すことなく肉塊へと変わり果てた。断末魔の悲鳴さえ上げる間も許されずに。
その光景を直視したオーク達がびくりと立ち止まる。まばたきほどの逡巡(しゅんじゅん)の後、そのまま背を向け我先にと逃げ出した。
賢明な判断と言えるだろう。
逃げるのであれば、女にオーク達をどうこうするつもりは無かった……当初は。
――だが、彼らはすでに女に対し、害意を見せてしまっていた。欲望に塗れた、汚らわしい視線を向けてしまっていた。
充分な理由だ、と女は考える。すでに生かして返すつもりは無かった。
その身から、暗く冷たい魔力が流れ出る。背中を見せたオーク達の間を、凄まじい冷気が駆け抜けた。視界が白く染まり、一瞬で吹雪は治まる。
後に残されたのは、立ち尽くす氷像の群れ。
そして女はふたたび歩き出す。
ぴしり、と音が響いた。氷像に亀裂が走る。凍りついた体液の膨張に耐えきれず、呆気なく氷像は崩れ去った。
さきほどまでオークであった物を踏み砕き、女は歩く。
◆◆◆◆
声が、聞こえた。
それは音だったのかもしれない。運命という物が、自らは確かに存在するのだ、と他者に知らしめようとする音だったのかもしれない。
誘われるよう女は歩を進めた。
それは一人の幼い少女。俯せに倒れ、腰から下は倒壊した家屋に埋もれている。
とても息のあるようには見えない。しかし、近づくにつれヒューヒューと耳障りな呼吸音と共に、少女が何かを呟いているのがわかった。
お母さん……
そんな風に聞きとれた。
女は相変わらずの無表情で、今にも息絶えそうな少女を見下ろす。
その気配に気づいたのか、少女の焼け焦げた手が弱々しく持ちあがる。
血と煤(すす)にまみれた手が薄手のスカートを握りしめ、自らの衣服を赤黒く汚したのを見て、女は軽く鼻に皺をよせた。
片方の足を引き、スカートをはためかせると、炭化した少女の指は、呆気なく崩れ落ちた。
すでに痛みも感じないのであろう少女が、雪に埋もれた顔をぼんやりと上げる。
頭髪は全て失われ、ケロイド状に焼け焦げた顔の左半分の中で、白く濁った目がぎょろりと動いた。
もう片方の目は、かろうじて視力が残っているのか、女の顔に焦点を結ぶ。
「……女神……さま……?」
フ……フフフ
凍りついたような時の中で、初めて女の顔に、表情らしきものが浮び上がった。