その時も晴れていて日差しは暑く、紫外線を豊富に蓄えていた。
けれどもその頃のわたしは家で勉強したりゲームしたりでひよわなモヤシではなく、風が吹こうが雨が降ろうが友達と遊びまくる元気な子供だった。
夏休みに入って山の近くに住む祖父母の家に行くことになり、Tシャツや半ズボンから外に出た腕や足が色黒になっていった。
そんな夏の日、遊びに行った山の中の川でのこと。
「あの……」
浅瀬に立ち、おずおずと声を掛けてくるカッパに出会った。
それは緑色のウロコがあり、赤っぽい黄色の甲羅が背負い、甲羅と同じ色のくちばしがあり、手足に水かきを持ち、頭には陶器みたいな白い皿を乗せたカッパだった。
「あの、師匠になってください!」
「え?」
勢いよく頭を下げたカッパに、わたしは思わず首をかしげた。
カッパといえば相撲を挑んでくるんじゃないのか、それともキュウリを盗み食いするんじゃないかと思っていたのだ。
「なんで?」
「ぼく、仲間みたいに泳ぎが上手じゃないんです……。あんたは人間なのにうまく泳げるから、教えてもらおうとおもって」
素直なカッパは恥ずかしがるように俯いていた。
あまりの人間っぽい振る舞いにカッパに対する警戒や好奇心はなく、わたしはこいつをからかってやろうと思った。
「ふーん、カッパのくせに泳げないのか?」
「うん」
「ならお前はキツネかタヌキか。わたしを化かそうたってそうはいかないぞ」
「ちっちがう! ぼくはカッパだよ!」
「ホントにカッパなら木登りができるはずだ、わたしが先に行くから後からこい」
「え? あっ、うん」
流されて了承してしまうカッパに笑ってしまいそうになるのを押さえつけた。
先に登って待っていると、一生懸命登ろうとするカッパ。
何度か失敗して落ちても諦めずに挑戦してようやくわたしのいるところまで登ってきた。
「登ったよ! これでカッパだって分かっただろ」
「木登りするのはサルとかネコだ、カッパは川に住むから木登りしない」
「からかったのか!」
最初の気弱さはどこへいったのか、幹にしがみつきながら怒るカッパ。
少し怖くもあったが、もっとからかいたくもなっていた。
「悔しいならカッパだと証明してみろ。わたしを追いかけてこい」
木の枝から飛び降りて着地し、川を上っていく。
ちらっと振り返ればカッパが頑張って木から下りていた。
川の元の泉に着いた。たしかここは祖父が泳いでも大丈夫だと言っていたところだった。
スニーカーを脱いで泉の中から突き出た岩まで泳いで渡り、カッパが来るのを待った。
カッパは流されつつこの岩まで泳いできた。
「おい! よくもからかったな!」
「待て待て! ここはどこだ」
「泉の岩の上!」
まだ気付いてない間抜けなカッパに拍手をしてやる。
怒ってるのにきょとんとした表情に笑った。カッパはこれで泳げるようになっただろう。
「よくここまで泳げたな」
「え? あっ」
「からかったのはこれでチャラだからね」
「うん、ありがとう」
嬉しそうに頷くカッパ、そこまで泳げるのが嬉しいのか。
ふと太陽を見れば、傾いてオレンジ色になりかけた太陽と薄いオレンジ色の雲がキレイだった。
「お前が遅いからもうすぐ夕方だな」
「ご、ごめん」
「カッパが人間に謝ってどうするんだ?」
石を伝って陸の上に渡る、スニーカーを履いて振り返った。
「じゃーね」
わたしが手を振るとカッパは手を振った。
それからどぼんと泉の中に飛び込んで浮き上がらなかった。
それ以来カッパに会ったことはない。
けれどもその泉のところに行ってみると、ごくたまに岩の上にカッパの足跡がある。
それはあのカッパの足跡なのかもしれない。