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No.34934の一覧
[0] ソードアート・オンライン 逆行の黒の剣士(SAO)[陰陽師](2012/11/26 22:54)
[1] 第一話[陰陽師](2012/09/16 19:22)
[2] 第二話[陰陽師](2012/09/16 19:26)
[3] 第三話[陰陽師](2012/09/23 19:06)
[4] 第四話[陰陽師](2012/10/07 19:11)
[5] 第五話[陰陽師](2012/10/15 16:58)
[6] 第六話[陰陽師](2012/10/15 17:03)
[7] 第七話[陰陽師](2012/10/28 23:08)
[8] 第八話[陰陽師](2012/11/13 21:34)
[9] 第九話[陰陽師](2012/12/10 22:21)
[10] 外伝1[陰陽師](2012/11/26 22:47)
[11] 外伝2[陰陽師](2012/10/28 23:01)
[12] 外伝3[陰陽師](2012/11/26 22:53)
[13] 外伝4(New)[陰陽師](2012/12/10 22:18)
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[34934] 第七話
Name: 陰陽師◆c99ced91 ID:e383b2ec 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/28 23:08

「な、なにこれぇぇっ!?」

次の日の朝、二十二層の家に戻った二人だったのだが、食事をしながら読んでいた新聞を見たアスナが、絶叫を上げた。
同じ新聞に目を通したキリトは苦笑している。

「なになに……。ビーター攻略される。お相手は謎の美少女、か」

新聞の見出しにはアスナに関する記事が一面にでかでかと載っている。いつの間に撮られたのか、攻略戦の時のアスナの写真も掲載されている。
プライバシーの侵害だとアスナは怒っているが、まあ仕方がない。前回の血盟騎士団の副団長の時にも、こんな風に新聞に持ち上げられた事は多々あったが、今回はそれに輪をかけて酷い。

記事の内容はアスナに関するものばかりだ。五十層攻略成功だとか、ビーター復活だとか、二刀流スキル現るだとか、色々掲載されているが、それらは新聞の端の方に小さく載っている程度だ。

「さすがアスナ。話題を全部かっさらって行ったな」

しかし攻略されるかーとポツリと漏らすが、間違ってはいない。アスナを好きになったが、確かに攻略されたのは自分であろう。
いや攻略してくれたことには本当に感謝している。ラッキーどころか、自分はよくよく幸運で幸福である。
先日までならともかく、今はアスナのいない生活など考えられない。

「笑い事じゃないよ、キリト君! どうしよう……。これじゃあ街も出歩けないよ」

前以上に気軽に街を歩けないと嘆くアスナ。なんか芸能人の気分が少しわかると言っているが、前も、今回も彼女はこのSAOではアイドルのような存在であるとキリトは思った。

(前回、俺よく生きてたな。そのアスナを血盟騎士団から引き抜いたんだもんな)

クラディールではないが、自分を殺そうと団員が動いてもおかしくない状況だろう。紅一点の彼らにとってのアイドルの副団長と結婚し、さらに半ば引き抜いていったのだ。

(うん、間違いなくPKされる要素がバリバリだな)

いやー、今回はアスナは血盟騎士団の所属ではなかったし、ほかの所も何とかディアベルのおかげで無事に切り抜けられたけど、前回あのまま二週間ほど姿を消さずに血盟騎士団に出会ってれば、絶対に闇討ちされていただろな~。
とキリトはどこかのほほんと思い返した。

今回の新聞は実によく売れるだろう。それだけの話題性が十分にある。
ビーターまさかの結婚! とも書かれている。
これを期に、起こるか結婚ブーム!?
もてない男よ、夢を見ろ!
ラフィン・コフィンの悪夢再び!? オレンジギルド、しっと団結成!?
なんて言う項目もある。

(なんだよ、しっと団って。しかもなんでオレンジギルドって書いてるのに、新聞に団員募集広告が載ってるんだよ。そもそも掲載するなよ、そんなもの)

突っ込みどころが多すぎるだろうが、と小さく呟くキリトとその横では、どうしようどうしようとあたふたしているアスナ。
今日のアスナはいつもより可愛いなと、キリトは思っていたのは、彼だけの秘密である。

しかし、クォーターポイントで攻略部隊が危うく壊滅の憂き目に合いかけたとか、ヒースクリフが一人で前線を維持したとか、キリトが復帰したとか、二刀流スキルが出現したとか、話題には事欠かないばかりか、そのどれもが新聞の一面を飾ってもおかしくない、話題性のある話なのに、それを押しのけてアスナの話が新聞の大半を埋め尽くされていると言うのは中々凄まじい。

この場合、ヒースクリフは涙目だろう。確か前の世界では崩壊しかけた戦線を、たった一人で支えたヒースクリフの話が、次の日の新聞の一面を飾ったはずだ。
その記事は本当に端も端、隅っこの小さなところに、神聖剣のヒースクリフ、一人で五分、戦線を維持! と書かれている。しかも前よりも一人で維持した時間が少ない。

今頃ヒースクリフはどよーんとへこんでいるだろう。それを想像して、キリトはざまぁみやがれと内心スカッとした。
アスナはどうしようどうしようと未だに慌てふためいている。キリト自身もあまりにもアスナが有名になりすぎたので、どうしようかと困ってはいるのだが、彼も新聞の話の内容が面白すぎて、意識がそちらに向いてしまう。

謎の美少女剣士アスナの華麗な剣技とか、最強剣士ビーター黒の剣士・キリトがパートナーに認めさせたとか、ビーターをデレさせたとか、結婚したとか、これこそまさにチート! などなど…。

コメントも載せられ、ディアベルやヒースクリフまでコメントを発表していた。

ディアベルはアスナを絶賛する旨と、攻略組にキリトと一緒に参加してくれることで、これからの攻略も順調に進むだろうと、すべてのプレイヤーに希望を与えるコメントを出していた。

ヒースクリフはアスナの活躍に期待すると言いつつ、いつの日にか、二人を血盟騎士団に入団させたいとコメントしたそうだ。
あの二人も律儀なものだが、ヒースクリフの場合、自分達を裏切った後の血盟騎士団を押し付けるのではなかろうなと勘ぐってしまう。

記事にはアスナを悪く書いているところがなかったので、ひとまずは安心だった。
それでも彼女に嫉妬する人間と言うのは、少なからずいるだろう。キリトを独占し、アイテムや情報を得るために彼を誑し込んだと思う人間もいるだろう。
そう言った輩から、キリトは何としてもアスナを守らなければならない。

本来なら、キリトやアスナの所にも情報屋やら追っかけやら、野次馬やら大勢が詰めかけてきそうなものだが、彼らは騒がれるとわかっていたので、そそくさと主要な街を抜け、姿を消した。

追跡されないようにも気を付けたり、この二十二層が特定されないように、いくつかのダミーのねぐらも用意した。
そうでもしなければ、ここに大挙として情報屋が押し寄せてくるだろう。

(まっ、ビーターの悪名でも出せば、アルゴ以外は黙らせられるんだけどな)

情報屋の大半はキリトからいろいろ情報を格安で買っている。そのため、彼には頭が上がらないのだ。だから下手に嗅ぎまわったら、もうお前の所に情報を渡さないと言えば、彼らは簡単に引き下がるだろう。

アルゴの場合、ギブ&テイクの関係なので、その限りではないし、彼女の場合は売れる情報はなんでも売るようなやつなので、かなり注意しないといけない。

「ううっ、まさかこんなに話が大きくなるなんて。てっきり私の話なんて、新聞の片隅に乗る程度だと思ってたのに」
「いや、そりゃ無理だろ。アスナの場合、話題性になることは普通にしてても多いのに、今回は俺の影響とか突然の登場とかあったからな」

自分でもあの登場の仕方と、ビーターのパートナーで結婚までしているとあらば、話題性になるだろう。
SAO内での女性比率は少なく、おおよその数は知らないが、女性の人数は千人には達していない。六百から七百人程度であると思われる。
その中でも美人・美少女ならばさらに低くなる。
とすればアスナの場合はそれだけで話題にあがるのだ。

「ほとぼりが冷めるまで、ここに隠れているしかないかな」
「でもここも見つかったら……」
「……それはまずいな」

ここは彼らにとって神聖な場所だ。そこに遠慮なく入ってこられるのは、さすがに二人も容認できない。

「………ただ、お客さんのおもてなしはしないとな」
「えっ?」

キリトが窓の外を見ながらつぶやくと、アスナも同じように窓の外を向く。

「よう、お二人さん。久しぶりだナ」

そこには出来ればこの場では会いたくない、情報屋の鼠のアルゴが立っているのだった。



三十九層。血盟騎士団本部。
田舎町の片隅に、そのギルドの本部はあった。以前よりも大きくなった血盟騎士団だが、始まりは前回と同じでこの三十九層の田舎町だった。
団員達は狭い狭いと文句を言いつつも、どこかこの雰囲気が気に入っていた。

しかし人数もかなり増えてしまったので、近いうちに移転しなければならないと言うのは、ヒースクリフを除く、全員の意見であった。
そのヒースクリフも皆に任せると指示をだしたため、団員達はどこか良い所はないかと、本部移転の準備に勤しんでいる。
そんな中、ヒースクリフこと茅場晶彦は一人団長室で新聞を読んでいた。

「まったく。君は本当に私を驚かせてくれる。いや、この場合君の連れか」

キリト達と同じく、新聞のアスナの記事に目を通す。
ノーマークも良い所か、今まで名前すら聞いたことがなかった。ハイレベルのプレイヤーの名前はすべて覚えているのだが、一度も前線に来なかった彼女の事は、まったく知らなかった。

GM権限で全プレイヤーのデータを表示し、上位レベル者を回覧していれば、これに気が付くこともできたが、それだとキリトのデータも一緒に回覧することになるためにその方法を取っていなかった。

しかし驚きの連続である。キリトとアスナのレベル。
共に八十台だ。キリトは八十四、アスナは八十。ヒースクリフでさえ未だに七十四であることを考えれば、そのさら上をいかれた。しかもスキルの熟練度も高い。
それだけなら、ビーターにくっついて寄生プレイをしているだけと考えることもできる。

だが違う。彼女の強さは本物だ。
この作り物の世界で本物の何もないかもしれないが、彼女の強さは寄生しただけのプレイヤーの強さではない。
あの五十層の戦いで見せた彼女の動き。キリトとの連携。見事と言う以外にない。
おそらく自分がキリトと組もうとも、あんなふうに戦うことはできない。
レベルが高いもの同士の連携などと言うレベルを遥かに超越している。
キリト同様、自分を実に驚かせてくれた。

最初はキリトを取られたと嘆いたりもしたが、今は回復している。最初は本当にどこの馬の骨かと思った。
キリトは孤高であるからこそ、美しいと思っていた反動であろう。

「キリト君が選び、そばに置いているのもわかる気がする」

しかし何故だろう。心の奥底で、なぜか彼女に対して言い表せない不快感を抱いている。
言っておくがヒースクリフこと茅場晶彦は同性愛者ではない。茅場晶彦は考える。この感覚は言うなれば、お気に入りの玩具を取られた感覚に似ているのではないかと。

「彼は孤独であり、孤高であるからこそ美しい。そう考えていたのだがね」

先の攻略のキリトを思い出す。
強さ、と言う分には申し分ない。予想通り、ユニークスキルまで取得してきた。
しかも魔王ヒースクリフを倒す勇者の役割を担う二刀流スキル。このゲームには勇者も主人公も存在しないはずだが、彼にはそれらがよく似合うと思えた。
物語を盛り上げる舞台装置。魔王ヒースクリフと二刀流の勇者キリト。
知らず知らずのうちに口元がゆがむ。

「スタンドアロンRPGのシナリオや展開を作ったつもりはないのだが、まさかこの世界がそんな風に進むとはね。いやはやこういう想定外の展開もネットワークRPGの醍醐味か」

君は本当に楽しませてくれる。いや、だからこそか。彼女と言う存在を、彼が傍に置くのは。

「主人公、英雄の傍には常に美しい女性がつきもの。そういう意味でも彼女の存在は必然なのかもしれないな」

アスナのデータを見終わると、手を前に組み彼は考え事を始める。

「英雄には悲劇がつきもの。悲劇があってこそ、物語が盛り上がり、英雄が輝く」

ポツリ、ポツリとヒースクリフは呟く。

「幸福な時間が長ければ長いほど、人々が二人の存在を認め、祝福すれば祝福するほど、その効果は大きくなる」

ヒースクリフはこのソードアート・オンラインと言う物語のシナリオを、大幅に書き換えようとは思っていない。
あくまで定められた既定路線のまま、この物語を進める。
第九十五層でヒースクリフがその正体を露見させ、プレイヤーの希望を一身に背負う存在から、最悪の魔王へとその存在を変貌する。
そう、正体を露見させる時に、物語をさらに盛り上がらせる趣向を凝らす。

本来なら、最強の騎士団の最強の騎士と言う称号が、それをさらに盛り上げるはずだったのだが、キリトとアスナにことごとく邪魔されてしまった。
しかし今のヒースクリフにはそんな称号が不要であるほどに、物語を盛り上げる、彩らせることができる舞台装置がいくつもあった。

「アスナ君。君には本当に期待しているよ。キリト君と同様、君もこの世界の物語には必要不可欠なプレイヤーだ」

これからが実に楽しみである。これからも攻略は続く。自分が裏切るまで残り四十五層。その間は彼らと肩を並べ、共に戦い続ける。
このゲームにいる大勢のプレイヤー達は、キリト、アスナ、ヒースクリフの三人に希望を見出し、ゲーム攻略を期待し、勇気を与えられるだろう。
それが九十五層で大きく覆る。
ああ、実に盛り上がる展開ではないか。

「本当に楽しみだよ。だがその前にもいくつか仕込みはさせてもらわなければならないな。それに……」

ヒースクリフは自身のデータをチェックしなおす。今の彼は自らの意思ひとつでほかのプレイヤーにはできない操作を行うことができる。

システムによるオーバーアシスト。プレイヤーに出せる限界速度を凌駕する動きを可能とする、GMのそれもヒースクリフと言うキャラクターにのみ与えられた能力。
もう一つは不死属性。破壊不能オブジェクトとして、ヒースクリフは設定されている。HPラインもイエローゾーンより下に落ちることは決してない。

公平さを信念とする茅場晶彦としては、本来ならこの二つを持たせたくはないのだが、グランドクエストの最終ボスであるヒースクリフと言うキャラクターが、万が一にでも途中で消滅してしまわないための、やむを得ない処置だった。

だが同時にこれは危うい設定でもある。
ヒースクリフのHPがイエローよりも下に落ちない。これは神聖剣と言うユニークスキルがあることや、彼自身のプレイヤー能力が高いことから、それほど疑われることはないと思っていた。

もしこれがHPがまったく減らないのであれば、それこそ疑ってくれと言っているようなものだが、今のところその兆しは見えない。

(いや……。彼ならばもしかすれば気付くかもしれない)

茅場晶彦はキリトの存在を認め、楽しむ傍ら、最大級の警戒をしていた。彼はこの世界にとって最大の不確定要素。何をしでかすかわからない存在である。
その彼ならば、あるいは自分の正体に九十五層以前で気が付くかもしれない。
なぜか、そんな予感が茅場晶彦の胸中に浮かぶ。

「何を馬鹿な、と普通ならば思うだろうが、彼の場合はその限りではない」

これまで幾度となく自分の予想をいい意味でも悪い意味でも裏切ってくれてきた。特にアスナを連れてきたことなど、予想すらもしていなかった。

「これはある程度、設定を変更しておかなければなるまいな」

不死属性の変更。これはしておいた方がいいだろう。今のところ、彼に疑われているとは思わないが、何らかの疑惑をもたれたら。そこにHPがイエローに入ったことがないと言う疑問と合わされば……。

「彼は勘も鋭そうだ。それに行動力もある。疑惑を持てば、隙を見てそれを検証しようとするかもしれない。私も最大限の注意を払うのが得策だろう」

不死属性の設定を変更する。どれだけ攻撃を受けてもHP1から減らないと言う設定にしようかとも考えたが、余計に疑惑が生まれそうだ。
不死身のヒースクリフ……。

「ありと言えばありなのだが……。これも万が一を考えて、やめた方が無難かな」

バグキャラのように何の装備もなく、身一つで強固な敵と戦い勝利する。ある意味、心動かされる。
しかしバクキャラなど必要ないどころか害悪でしかない。憧れは憧れとして、心のアルバムに仕舞っておくべきだろう。
ただでさえユニークスキルと言うゲームバランスを崩す能力を導入しているのだ。これ以上、ゲームバランス崩壊の危険は避けた方がいい。

後日、彼はユニークスキルを導入したのを、少しだけ後悔する。五十一層ボス戦で、キリト、アスナ、ヒースクリフがあっさりとボスを倒してしまったのだ。
周囲からもゲームバランス崩壊だろとささやかれた。まあ彼らとしては攻略が簡単に進み、このゲームからの脱出が早まるのだから、問題ないのだが。

(やりすぎた。と言うよりもキリト君がバグキャラすぎる。いや、ユニークスキルがか)

攻撃の要と防御の要。ユニークスキルのうち、この二つが早い段階で発現したのは、茅場晶彦にとっての誤算だろう。しかもアスナとの連携がそれをより強力にした。
と言うよりも二度目のキリトとアスナのせいであろう。一度目なら、二刀流を持ったキリトでもここまでバグキャラにはならなかっただろうに。

(いや、これもネットワークRPGの醍醐味として諦めよう……)

と、彼がキリトの予想通り、どよーんと沈んだのは彼だけの秘密である。

「ふむ。残念だが不死身のヒースクリフはやめておこう」

小さく呟きながら、設定をいじる。

「やはり設定はレッドゾーンから下がらずにするのが一番マシか。あとは【Immortal Object】の表示の不可視化を……」

破壊不能オプションと表示が出ないように設定を修正する。
だが茅場晶彦はそれを卑怯と考える。ゆえに何があろうとも、非表示の状態であろうとも、破壊不能オプションの表示を発動させないように注意することを心に誓う。

ほかにプレイヤーがHPが無くなれば死と言うリスクを背負うように、自分自身もリスクを背負おう。
たとえGMであろうとも、グランドクエスト用のキャラクターであろうとも、茅場晶彦と言う人間が操る存在が万が一、ほかのプレイヤー同様、死と言う状況にまで直面すれば……。

「キリト君、私自身も覚悟を決めさてもらおう。それが君やほかのプレイヤーに対する礼儀であろう」

それは茅場晶彦と言う人間のかすかな変化の始まりだった。





「いやー、まさか噂の二人がこんなところに住んでるとは思わなかったヨ」

ずずずとアスナに差し出された飲み物をすするアルゴ。アスナとキリトは彼女の座る椅子の前に隣り合わせで座る。

「よく言う。それを簡単に見つけ出したくせに。いや、もう少し前から調べがついていたのか?」
「さあ、どうだろうネ。その情報は五百コルで売るヨ」

何でも商売にする鼠にキリトは辟易しながらも、どうしたものかと考える。

「しかしキー坊。ほんとにキー坊カ? 変わりすぎだヨ!」

オイラびっくりだ! とアルゴはバンバンとテーブルを叩いた。

「それ、昨日の攻略戦の後でも言われたな」
「いや、話には聞いていたけど、ほんと、何があったんダ? この二ヶ月で劇的ビフォーアフターだヨ」

アルゴもキリトのこの変化に驚きを隠せない。実際に会うまで、まさかとこの情報が信じられなかったのだ。
アルゴの場合、キリトが前線を離れた後は、彼が負担していた前線の情報収集を積極的に行っていた。

二十五層までは共同で行ってきたのだが、ハブられた後は彼女への負担が一気に増えた。前線出入り禁止と告げられたかのようなキリトを、無理やり連れて行くわけにもいかない。
ならば自分が動くしかない。アルゴは攻略組に情報を売りまくった。

キリトとアルゴとの仲は、この世界でも一層のころから続いた。と言うよりも、キリトが早々にアルゴに接触した。
犠牲者の数を減らすため、また攻略をスムーズに進めるために。いくらキリトでも情報がすべて前と同じと言う自信が持てなかった。
だからこそ、アルゴの情報と自分の持つ情報を合わせ、整合性を持たせようとした。
アルゴも元βテスターとしての負い目もあったし、キリトの事を多少なりとも知っていたので、お互いに協力した。

(しかしあのキー坊が、まさか結婚とはネ……)

アルゴは思い返す。最初にキリトに出会ってから、二十五層までの彼を。
日に日に彼は病んでいくかのようだった。それに比例し、彼は強くなっていったが、アルゴから見てもそれは危うい強さに思えた。
自分が教えようとしない、広めようとしなかった体術スキルの存在すら知っていて、それをあっさりと習得した。

さらにアルゴでさえ知りえない情報さえ、彼は数多く知っていた。
同じβテスターのはずなのに、この差、この違いはなんだ。アルゴはキリトに興味を抱いた。それからずっと、アルゴとキリトの関係は続いた。

しかしそれは半ば一方通行でしかなかった。普通なら、飄々な態度で相手を煙に巻くアルゴでさえ、キリトは常に表情を変えず、先手を打たれ続けた。彼には知らないことなどないのではないか、そう思えてしまった。

攻略から外されても、彼は大勢のプレイヤーに数多の情報を流し続けた。情報屋からすれば、そのお株を奪われるかのようだったが、彼はそれで商売をしようともしなかった。

ただあくまでも攻略だけを望み、それ以外を、自分自身さえもどうでもいいかのように扱った。
そのくせ、人にはぶっきらぼうな割には優しく、助けを求めている相手は助け続けた。ラフィン・コフィンの件もアルゴはキリト一人に背負わせすぎたと後悔していた。
だからなのか、情が沸いたのは。何とかしてやりたいと思ったのは……。

(けど、これはおねーさん、なんだかやりきれないヨ)

キリトが幸せそうで、それでいてかつてのように病んでいない。それはアルゴとしてもうれしい限りなのだが、なぜだろう。どこか心が痛む。

「……いろいろあった。ただそれだけだ」

その言葉に、どれだけの意味が込められていたのだろうか。アルゴはキリトを見る。どこか、少年だった彼が大人びて見える。

「アルゴ、悪いけどそのあたりの情報は売れない。売るつもりもない。ついでにお前にここの情報を売られるわけにもいかない」
「ほう。ならどうするネ? 口止め料でも払うカ? それとも、オイラも殺すカ?」

本気ではない、アルゴの言葉。しかしキリトは首を横に振る。

「アルゴを殺す、なんてことはしない。ラフィン・コフィンだけで十分だよ、もう人を殺すのは」
「キー坊!」

アルゴはキリトの言葉に声を張り上げる。それは誰にも知られてはならない話。アルゴもこの情報だけは、何があっても、どれだけコルを積まれようが、情報屋としてのプライドや自らの信念を曲げようとも、誰にも売ろうとはしなかった。

キリトが殺したのではと言うのは専らの噂ではあったが、所詮は噂でしかない。本人が肯定しなければ、また情報屋としてアルゴが売らなければそれは噂の域から出ない。

しかしそれをキリトは語った。第三者、アスナが居る前で。アルゴとしてはあり得ないと思った。それを彼が他人の前で肯定するなど、してはならないはずだ。
これを聞けばどんなプレイヤーでも嫌悪感を抱くはずだ。アスナが噂は所詮噂として受け止めていたとしても、真相を知ればキリトを拒絶する可能性もあった。

「大丈夫ですよ、アルゴさん。全部知ってますから。キリト君が今までしてきたことも、背負っているものも。全部知ったうえで、キリト君と一緒にいます。キリト君が背負っているものを、少しでも背負いたい。そう思って、彼と一緒にいるんです」

だがアスナの反応は違った。彼女は全部知っていた。キリトが話したのか? 知ったうえで、その上でキリトと一緒にいようとした……。
しかも……。

(にゃはは。こりゃ、オイラじゃ勝てないヨ……。背負うとか、そんなセリフ真顔で言うやつになんテ……)

アルゴはアスナを甘く見ていたことに気が付かされた。はじめはどんな奴だと思った。キリトの情報を独占しようとする寄生プレイヤー。美人であることを武器に、キリトに取り入ったのかと勘ぐった。
そうであるならば、全力で排除しようとも考えていた。
けど違う。彼女は違う……。

(嘘ついてるわけでもなイ。本気で心の底から、言ってるんだろうナ……)

情報屋を続け、多くの人間と接してきた。だからだろうか、この年でそれなりに人の嘘を見抜けるようになったのは。
そもそも相手の思惑を読み取れないようでは、この商売などやってられない。
だからわかってしまう。アスナの言葉に、嘘偽りがないと言うことが。本気でキリトの事を想い、一緒にいて支え、そして一緒に背負って行くと言っている。

あまりにも重い言葉にアルゴは思えた。少なくとも自分なら、軽々しくそんな言葉は言えない。特にここは、ゲームであっても命のかかったデスゲームの世界。さらにキリトはその中でも多くの物をたった一人で背負い続ける人間なのだから。
それを一緒に背負う……。ああ、本当に自分には無理だ。
本当にキリトとは違う意味で可笑しなプレイヤーだ。そもそもそんな相手じゃなければ、キリトも決して自分の隣にいさせようとはしなかっただろう。

(まったく。キー坊のくせに、良い相手見つけるじゃないカ。おねーさん、本当に妬いちゃうヨ)

だがこれで諦めもついた。気持ちの整理には時間がかかりそうだが、これでいいとアルゴは自分自身を納得させる。

「そう言う事なら、もうオイラは何も言わなイ。まあキー坊にはここの情報の口止め料を定期的に貰わないとダメになったけどネ」
「………やっぱりかよ。ったく、足元見るよな、本当に」
「にひひ。それがオイラだ。まあキー坊だから安くしとくヨ。これからも攻略の上での重要な情報とか、色々なイベントの情報とか貰わないといかないからネ。昔からのよしみとオイラからのご祝儀ダ」
「だったらタダにしろよ」
「それは無理な相談だヨ。と言うか、今のキー坊と話してると、かなりの違和感があるんだよネ。いや、ほんと、変わりすギ」
「慣れろ、以上」

バッサリと切り捨てるキリトに、アルゴは意地悪な笑みを浮かべながらアスナの方を向く。

「ひどい旦那だネ、奥さん」
「いえ、慣れてますので」

その前のキリトの発言に対しての皮肉であろうか。アスナの言葉にキリトは顔をしかめる。

「お前らなぁ……」

キリトの言葉に「あははは」「にひひひ」とアスナとアルゴは笑う。
アルゴは思う。これでいいと。少なくとも、この思いは実らなくとも、前以上に良い関係が築けると。
だから願う。彼らがいつまでもこうあって欲しいと。
アルゴは心の底から思うのだった。



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