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No.34934の一覧
[0] ソードアート・オンライン 逆行の黒の剣士(SAO)[陰陽師](2012/11/26 22:54)
[1] 第一話[陰陽師](2012/09/16 19:22)
[2] 第二話[陰陽師](2012/09/16 19:26)
[3] 第三話[陰陽師](2012/09/23 19:06)
[4] 第四話[陰陽師](2012/10/07 19:11)
[5] 第五話[陰陽師](2012/10/15 16:58)
[6] 第六話[陰陽師](2012/10/15 17:03)
[7] 第七話[陰陽師](2012/10/28 23:08)
[8] 第八話[陰陽師](2012/11/13 21:34)
[9] 第九話[陰陽師](2012/12/10 22:21)
[10] 外伝1[陰陽師](2012/11/26 22:47)
[11] 外伝2[陰陽師](2012/10/28 23:01)
[12] 外伝3[陰陽師](2012/11/26 22:53)
[13] 外伝4(New)[陰陽師](2012/12/10 22:18)
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[34934] 第一話
Name: 陰陽師◆c99ced91 ID:e383b2ec 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/16 19:22

一万人近いプレイヤーがSAOに囚われてから、三カ月が経過した。
その間にも、さまざまな理由でこの世界、同時に現実世界から退場するプレイヤーが後を絶たなかった。死者の数は八百人を超えた。

モンスターに殺されるもの、自ら命を絶つもの、同じプレイヤーに殺されるもの。
しかし前回を知るキリトからすれば、この数は決して多いものではない。前回の記憶では、たった一ヶ月で二千人が死んだのだ。それを思えば半分以下に低下していた。

この頃には後の殺人ギルドとして名高い、ラフィン・コフィン(笑う棺桶)の暗躍もあった。
本来の歴史において、彼らの結成はゲーム開始から一年後であったが、それ以前からも彼らは暗躍を行っていた。第二層の頃から暗躍していたのだ。

そしてこの世界において、彼らの誕生はさらに早かった。キリトのもたらした情報が、彼らを逆に刺激したのだろうか。
ラフィン・コフィンの結成は早まった。開始二ヶ月目で、彼らは結成されたのだ。尤もその規模や装備はかつて程ではなく、ラフコフのリーダーに心酔する、十名近いメンバーが結成を宣言し、プレイヤー狩りを行っただけだが。

しかしその手口の大半は、前もってキリトが警告しておいた。
特に圏内においての殺人に対して、またはプレイヤーによる危険な行為に対して書かれたガイドブックにより、彼らの手口の大半は封じた。

それでもラフィン・コフィンのリーダーたるPoHはそれをも超えるやり口で、幾人ものプレイヤーを葬った。
三桁とは行かずとも、少なくとも十数人のプレイヤーが彼らに殺される事となる。

だがラフィン・コフィンの暗躍はリーダーを失うことで終息を迎えることになる。
約一週間前、リーダーとその腹心であった二人の人間が、黒鉄宮に安置されている、全プレイヤーの名前が書かれた石碑の中で、横線を引かれた。

PK(プレイヤーキル)。その噂はたちまち広がった。そして誰もが疑問を浮かべた。誰がその三人を殺したのか。
犯罪を犯したプレイヤーのカーソルはグリーンからオレンジ色になる。このゲームにおけるルール。犯罪者は圏内には立ち入れない。

しかし当然抜け道が存在する。カーソルをオレンジからグリーンに戻すクエストが存在するのだ。

その情報はラフィン・コフィンが壊滅した後に、情報屋によって流された。むろん、それがどんなクエストなのか、その詳細はまだ不明だがクエストが複数存在するというのは確定情報だった。

疑惑の目を向けられたのは、ビーターと呼ばれ、大勢のプレイヤーから嫌悪されている黒の剣士であるキリト。

ビーター・黒の剣士キリト。

それがプレイヤーの間で広がりを見せたのは、第一層攻略後からだった。
彼は第一層のボス攻略の折、自らをβテスターの中で最も上の階層まで進み、この世界の誰よりも多くの情報を知る者と名乗りを上げたのだ。ゆえにこのボスがドロップするアイテムも知っていたと。

彼が大勢のプレイヤーから嫌悪されるきっかけとなったのは、攻略の指揮を執っていたディアベルがボスに単独で攻撃を仕掛けようとした際、それを押しのけ横からボスに攻撃を加え、相手を倒したからだ。

大勢のプレイヤーはそれを見て、その後の彼の宣言で彼の言葉が真実だと思った。
それもある意味では事実である。
キリトはこれが二度目である。七十五層までの知識と経験がある。茅場晶彦についで、この世界を知るものと言えるだろう。

この戦闘において、死ぬはずだったディアベルを救うと同時に、彼が元βテスターであると言う柵から解放されるように、そしてほかのβテスター達が協力しやすいように、自分一人に憎悪や嫉妬などを集めるための発言を行った。

これ以降、彼はヒールの役割を背負うことになる。

周囲からは彼を非難する声が上がり、誰かが言い出したベータのチート、ビーターと言う言葉をキリト自身がいい名前だと肯定し、名乗り始める事でそれは加速する。

むろん、彼がなぜそんな発言をしたのか理解した者たちもいる。ディアベルもその一人である。
彼はボスの動きがβテスト時と違うことを、キリトに助けられることで気が付いた。彼もまた、ボスがドロップするアイテムを狙っていた。

それは私利私欲ではなく、リーダーとしてほかのプレイヤーを導くためには、どうしても強くなる必要があり、強力なアイテムが必要だったからだ。
しかしそれはキリトが先に入手した。ディアベルはならば彼をリーダーにと考えたが、キリトの発言が彼の思惑を打ち砕いた。

そしてディアベルはそのまま攻略を目指すプレイヤーの中心人物となり、以降、アインクラッド解放軍と呼ばれる、最大規模ギルドの攻略隊長として名を馳せることになる。

そんな前回と違う流れが起こる中、唯一、キリトだけが前以上に苦難の道を歩んでいた。
ラフィン・コフィンの壊滅に関しても、キリトが疑われるのは必然だった。

キリトが攻略の際にグリーンのカーソルで現れ、オレンジになっているのを一度も目撃されていなかったが、彼以外に考えられないと言うのは、大多数の認識だった。

そしてそれは間違ってはいなかった。
キリトは三人を殺したのだ。これ以上、殺戮が起こらないように。彼らにより、攻略が遅れないように。

キリトは後に攻略組とラフィン・コフィンの間に血みどろの闘争が起こることを知っていた。それにより、双方に多数の死者が出ることも。
ラフィン・コフィンのメンバーは自業自得だが、攻略組の人間が死ぬのは容認できない。そのせいで、どれだけ攻略に支障をきたした事か。

だからこそ、キリトは手を汚した。どうせすでに人を殺したことがあるのだ。以前のラフコフ討伐でも二人を殺した。アスナを守るために、クラディールを殺した。
今更、目的のために何を躊躇する必要がある。

信用できる情報屋――すでにこの頃から優秀な情報屋だった鼠のアルゴ――に情報をもらい、口止めを行い、決行した。彼らの居場所を突き止め、圏外で彼ら三人を殺したのだ。

アルゴは売れる情報はなんでも売ると言う元βテスターの女性だったが、彼女自身もラフィン・コフィンの危険性は理解していたのだろう。
キリトの事を思ってか、最初は渋っていたが、最後には協力してくれた。その後も、キリトが彼らを殺したと言う情報は誰にも売っていない。

ビーターとしての知識と培ったスキルで、難なく彼ら三人を打ち取ることができた。
もしもう少し実行を遅らせれば、これほどたやすくはいかなかっただろう。

特にリーダーのPoHの剣技は凄まじく、もし強力な武器を持たれていたら、キリトに二年のアドバンテージがなければ、彼自身もただでは済まなかっただろう。
しかし二年のアドバンテージと、キリト自身が彼らの力をある程度知っていたため、さほど労せず彼らを葬り去った。

彼らの散り際に、取り巻きの赤目のザザの人殺しと言う呟きと、同類を見るかのようなPoHの笑った素顔が印象に残った。

だがキリトには何の感慨も浮かばなかった。殺しの経験は、彼らと同じですでにある。それに自分はかつて一つのギルドを自らのミスで全滅させているのだ。
これから殺される人間の数を天秤にかければ、攻略組に多数の死者が出て、攻略の邪魔になるのであれば、連中を殺すことをどうして躊躇しようか。

黒鉄宮に送るなどと言う生易しいことはしない。キリトの実力なら、殺さずに黒鉄宮に送ることも、不可能ではなかっただろう。しかしそれは不可能ではないと言うレベルであっても、決してたやすいことではなかった。

キリトはあの三人の、特にPoHの恐ろしさを身をもって知っている。ゆえにもし生かしておけば、仮に幽閉されていても、何らかの手段を使い、再び殺戮を繰り返すのではないかと考えたのだ。

だから殺した。躊躇なく。冷酷に、冷徹に……。

(………そうだな。俺もお前らと同類だよ)

人を殺すこともだが、大切な人の命を犠牲にし、生き永らえた。そういう意味では、彼らよりもさらに性質が悪いだろう。
砕けたポリゴンを見ながら、あのクラディールを殺した時のことを思い出す。

しかし、深い感慨は浮かばない。人を殺したんだと言う実感も……沸かなくなっていた。

(ああ、そうか。こんなんだから、あいつらは何の躊躇もなく、人を殺せるのか)

少しだけ、理解してしまった。ラフィン・コフィンやその考えに同調する人間が人を殺す理由が。
この世界は、この世界に囚われている人間にとって、今の自分自身は現実であり、生きているのであろうが、赤の他人、それも自分に関係ない者など、本当にゲームのキャラクターの延長戦でしかないのだ。

相手を刺しても血が流れない。自分も相手も殴っても衝撃こそあるが痛みを一切感じない。現実に近いリアルでありながらも、現実のリアルではないゆえに、人間の倫理観や理性が麻痺してしまうのだ。

この世界での死はポリゴンが砕け、アバターが消滅するもの。死体は残らない。血も流れない。死に際にプレイヤーが負の感情をその表情に浮かべても、一瞬でそれは消え去る。返り血を浴びることもない。

ゆえにゲーム。ゲーム感覚で人を殺す。それに本当にアバターが砕ければ、死ぬかどうかも分からない。
極限状況の中、これだけの現実とかけ離れた状況が出来上がれば、人はたやすく道を踏み外す。

壊れてしまうのだ。人が持つはずの、持たなければならない、理性、常識、良心などが…。
いつ出れるかもしれない先の見えない監獄の中、自らの欲望を爆発させる。理性のタガが外れれば、人はたやすく獣になる。いや、獣よりも遥かに劣る畜生へと堕ちる。

キリトもかつてこの世界で人殺しを経験した。人は慣れてしまうのだ。非日常も時間がたてば日常になる。ちょうどこの世界に閉じ込められた大半の人間が、二年でこの世界を受け入れたように。

キリト自身も慣れてしまったのかもしれない。人を殺すことに……。
自分が壊れていく……。
不意に、キリトはそんなことを考えてしまう。

いつからだろう。笑えなくなったのは。
いつからだろう。一人が当たり前に思えてしまうようになったのは。
いつからだろう。他人が怖くなったのは。

(・・・・・・・関係ない。俺にはもう、アスナの隣にいる資格はないんだ。誰かを求めちゃ、いけないんだ)

月夜の黒猫団にアスナ。自分が守りたいと思った人達は彼の前からみんないなくなった。守れなかった。自分のせいで、彼らは死んだ。
だからもう、自分が仲間を、大切な人を求めるのはダメなのだ。

今の自分に許されるのはただあの男を倒すこと。このゲームを一日でも早く攻略し、アスナを開放する。それだけが今の自分に許された贖罪。
立ち止まれない。もう、あの頃には戻れない・・・・・・・。

だって、キリトが愛したアスナは、もうどこにもいないのだから・・・・・。
そう考えながら、キリトは攻略へと戻る。次の攻略はある意味で転機となる攻略だから。



キリトは次の攻略会議が行われる場所へと向かう最中、すれ違うプレイヤー達からは白い目を向けられた。

曰く、どのプレイヤーよりも多くの情報を持つ卑怯なチーター。自分さえよければそれでいい、自分勝手なソロプレイヤー。貴重なアイテムを独占する身勝手な剣士。

悪い噂はどんどんと人の口を介して、大きくなり伝わっていく。
さらに悪名高いラフィン・コフィンとは言え、ほかのプレイヤーを殺したかもしれない人間と共闘するなど、大多数のプレイヤーには難しかった。

キリトが攻略会議に姿を見せれば、ビーターと言うこともあり、誰もが彼を避ける。しかし攻略組の中では最強の剣士が参加しないとなれば、それだけで攻略は遅れる。

事実、彼の力と情報があったからこそ、三カ月で二十四層まで攻略できたのだ。
三カ月で約四分の一。このペースならば、一年で攻略が可能となる。さらに攻略における犠牲者も今のところ少なく、攻略のノウハウも構築されてきている。これもキリトがいたからこそだ。

だからこそ、ほとんどの人間は彼を煙たがりながらも、攻略の場に立ち会ってもらわなければならないと認識していた。

「みんな、揃ったみたいだな。じゃあ今回の攻略会議を始めよう」

進行役に努めるのは、同じ制服を身にまとった集団の中でも、少し多めの目立つ装飾を施された服を着込む男。アインクラッド解放軍と名前を変えた組織の攻略部隊隊長にして元βテスターであるディアベル。その横では、この世界でもβテスターのことを毛嫌いしていたキバオウの姿がある。

余談だが、キバオウはディアベルが生きていることの影響が大きいのか、元βテスターに対しての偏見が薄れている。むしろ、リーダーたるディアベルに心酔し、彼のために、また多くのプレイヤーのために攻略を目指すと言う志を抱いていた。
むろん、キリトに対してはその限りではない。前以上に、キリトを毛嫌いしている。

そんな視線を受けつつも、端の方でキリトは攻略会議の会話に耳を傾けながら、目線だけを動かし、周囲を眺める。
攻略会議はそれなりの人数が集まれる広場で行われている。攻略による犠牲者の数は皆無と言うわけではなかったが、両手で数える程だ。だからこそ、ここまで大勢のプレイヤーが前線に残っている。

付け加えると、キリトのもたらした情報によるレべリングとギルド内、ギルド間での結束が前回以上に大きいこともあるだろう。大小いくつものギルドがこの場に集まっている。あのクラインの率いる風林火山の姿も見受けられる。

その中でも最強のギルドの名を争っているのは三つのギルド。
アインクラッド軍、聖竜連合、そして憎むべきあの男が率いる血盟騎士団である。

顔をうつむかせ、ぎりっと歯をこすり合わせる。
血盟騎士団団長・ヒースクリフ。憎むべき相手がこの場にいる。第三層であの男を見た時、思わず斬りかかりそうになった。

だが何とか自制することができた。今はその時ではない。抑えろと。必死に言い聞かせる。攻略会議があるたびに、あの男が傍にいるたびに、抑え切れない大きな感情がキリトの中に生まれる。しかし彼は必死に抑える。もうこれで何度目だろうか。

ここであの男を不振がらせるのは得策ではない。興味は持たれても、こちらの考えを、感情を読まれるわけにはいかない。
だから距離を置いた。血盟騎士団だけではない。不自然にならないように、ほかのギルドからも。

最もビーターと言う悪名のせいで、彼をパーティーやギルドに誘おうとする酔狂な人間はほとんどいない。
確かにキリトの力や彼の持つ知識やアイテムは貴重であろうが、彼を招き入れた結果、仲間内にいらぬ亀裂を入れたり、他のプレイヤーやギルドから白い目で見られることを恐れたのだ。

しかしそんなキリトに話しかけてくる物好きもいたりする。

「よう。またこんな端っこか」
「……あんまり俺に話しかけると、あんたまで白い目で見られるぜ、エギル」

キリトの隣に立つ大柄のスキンヘッドの男。かつてと同じで第一層から付き合いが続く、かつてキリトが信頼していた人の一人である。

「なに。俺もあぶれ組みだからな。それよりもお前もいい加減に一人に拘るな。顔がどんどん悪くなってるぞ」
「・・・・・・・・元々こんな顔だよ」

そう言ってそっぽを向く。キリトはこの世界でもエギルとは以前ほどではないにしろ。それなりの交流を持っていた。
それは彼が信頼できる人物でもあったのと、彼が商人であった事も大きい。彼に手に入れた多くのアイテムを安く売り払い、それをエギルが他のプレイヤーに売る。

そして彼はその利益の大半を最前線よりも下の中間層のプレイヤーの育成に当てていた。
これにより、プレイヤー全体の育成が進み、モンスターなどの戦いで命を落とすものが減ったり、また彼らが力をつけて最前線の攻略組みに参加できるプレイヤーが増大した。

無論、キリトはエギルが必要以上のやっかみを受けないように、彼以外にも不要なアイテムを売る相手は複数存在する。しかし出来る限りエギルにはその時手に入る最高のものを流すようにしていた。

「お前のおかげで俺は大もうけだからな」
「・・・・・・・・そうか」
「ったく。もう少し愛想よくすれば誰もお前のことをビーターなんて蔑んで呼ばないぞ。お前の情報や資金、それに剣士としての腕でここまでみんなを引っ張ってきたんだからな」

エギルは言う。ここまで彼らが結束しているのは、キリトのおかげだと。キリトがビーターと名乗った後も、情報を独占せずに多くの情報をプレイヤーに提供した。
装備やアイテムでも、必要外の最低限もの以外は、どんなレアアイテムでも手元には残さずに放出し、様々なプレイヤーに安く行き渡るようにした。

他にも彼が攻略を一人進める姿に、あいつ一人に負けてなるものかと、多くのギルドが結束を固め、または協力し、攻略を加速度的に進める結果となった。
またビーターと言う悪名の影響か、キリトの流す情報は間違っていなくても、何か裏があるのではないか、何らかの偽情報ではないと確定させるために、他のプレイヤー達は普通以上に情報収集に力を要れ、不必要な犠牲が発生するリスクを下げていた。

「余計なお世話だよ」

エギルはキリトを気遣うが、当の本人はまったくそれを受けようとはしない。そんなキリトの姿にエギルは深くため息をつく。

「・・・・・・・・何がお前をそんな風に追い詰めるのか知らないが、もう少し肩の力を抜け。じゃないといつか取り返しのつかない事になるぞ」

その言葉にキリトは心の中で、もう遅いと呟く。
後悔なら山ほどした。守れなかったと何度も涙を流した。結局、どれだけ粋がっていても、どれだけ強くなろうとしても、大切な人一人さえ守れなかった。

「エギル。俺に構うな。俺は一生ソロでいいし、このゲームをクリアすることだけが、今の俺の目的だ」
「だからそう一人で抱え込むなって。ほかにもこのゲームの攻略を目指してるやつは大勢いる。ここにいるメンツはそうだ。それに……」
「おう! 俺もいるぞ、キリト!」
「……クライン」

いつの間にか、キリトとエギルのそばにクラインがやってきていた。

「ったく。相変わらず暗い顔してるな。前はもう少し可愛い顔してたのに」
「……うるさい」

本人としては男に可愛い顔と言われてうれしい筈はない。

「お前も俺なんかに構うなよ。余計なやっかみが来るぞ。アルゴから聞いたぞ、俺が渡した情報のせいで、前にほかのプレイヤーと揉めたって」
「揉めたって言っても、あれは向こうが一方的に絡んでいちゃもんつけただけだからな」

キリトがクラインに頼んで広めてもらった情報。あれにより大勢のプレイヤーが救われた。ただ一部のプレイヤーからは、キリトの情報で重要なものをクラインが独占しているのではないかと勘ぐられたのだ。

ネットゲーマーは嫉妬深い。このゲームの中に閉じ込められても、その本質は変わらず、むしろ一部のプレイヤーは疑心暗鬼に囚われ、他者を信じられずに街に閉じこもっているらしい。

「それにお前のくれた情報のおかげで、大勢のプレイヤーが死なずに済んだんだぜ。お前の事、すげぇ感謝してるやつだっているぞ。俺もその一人だし」
「やめてくれ。俺は誰かに感謝される資格なんてないんだ」

吐き捨てるようにキリトは言う。感謝なんてされるためにしたわけじゃない。誰かに認めてもらいたくて、褒めてもらいたくてしたわけじゃない。
ただ気に食わなかったから。あの男の思い通りになるのが。ただ悔しかったから。前と同じ状況になるのが。
同じ状況なら、自分は決してあの男に勝つことができないのではないかと思ってしまうから。

それに少しでも多くのプレイヤーが生き残れば、それだけで攻略も優位になる。確かにMMORPGはプレイヤー間のリソースの奪い合い。システムが供給する限られた金、アイテム、経験値をより多く取得したプレイヤーだけが強くなれる。

そのためにプレイヤーの数が少なければ少ないほど、その得られる恩恵は多い。つまり早期に二千名ものプレイヤーが前回に比べて、今回はそのリソースの独占できる割合が少なくなっている。

それでもキリトはきっちり前回以上に力をつけているし、ほかの前線メンバーもかなりのレベルにはなっている。
これはアインクラッド事体がかなり広大であるのと、生き残ったプレイヤーでも本気で攻略を目指したり、上の階層に進もうとする人間が極端に増えていないためであろう。

さらに付け加えると、戦うこと、つまり命のやり取りを忌避する者たちは、職人クラスや商人クラスを選択した。それが前回よりも多かったのだ。
前はせいぜい数百人クラスだったが、今では千人以上にも達している。

これは物資や金が定期的に送られてくるのと、軍におけるシンカーやディアベルの提案で、補給線を確保しようと言う話が持ち上がっためである。

商人クラスは商品や素材を入手するためにも前線に出なければならなく、その専門スキルゆえに戦闘では苦労を強いられるために、あまりなり手がいなかったが、軍がきちんと機能し、さらにシンカーの運営能力もあり、軍に所属さえしていれば、優先的に商品や素材を回してもらえると言うことで、戦闘に出ないで済むと言うメリットが生まれた。

さらには欲しい素材も軍に頼み、いくつかの条件や契約を結び、報酬を提示すれば彼らが直接、あるいは護衛をつけると言うこれまた一種の商売にしてしまった。
このため、今でははじまりの街や、攻略された街に数多くの職人、商人が存在し、その地位を確固たるものにしている。

また数の少ない女性プレイヤーなどは、積極的に料理スキルを取得し、はじまりの街でレストラン経営を営んでいるものが多い。
基本的にこの世界のNPCキャラの運営するレストランはあまりおいしくない。さらに付け加えれば、この世界の娯楽と言えば料理くらいしかない。

釣りや狩りなども娯楽と言えるかもしれないが、モンスターと戦うのが当たり前の世界で狩りと言うのは趣味とは言えない。
つまり戦うことができない、または苦手な人間ははじまりの街で手に職をつけて、その日その日を生きている。

そしてスキルが上がったり、上の階層が攻略されるたびに、有志や希望者を軍が上の階につれて、新しい店を作らせる。
前線攻略組にしても、こうした料理や武器、装備、アイテムが気軽に手に入ったり、ほかのNPCプレイヤーよりも良いものがあれば、そちらに飛びつくだろう。

もっとも商売の場合は足元を見られたりもするが、中々にいいアイテムが流通するために、こちらも前線に出るプレイヤーには重宝されている。
キリトが図らずともした行動がこのアインクラッドでいい方向に向かい流れている。

しかしそれでもキリトの心は晴れない。
そしてキリトは孤独であった。孤独であろうとした。
壁を作り、他者を自分の内側に入り込ませようとしない。

こうやって心配してくれているエギルやクラインにも、前以上に壁を作り極力会話をしないようにしている。
そうでなければ、自分はきっとこの二人に頼ってしまうから。そうしなければ自分はアスナを守れなかった弱い自分よりも強くなれないから。



だから………

(俺は一人で戦う)

第二十五層・クォーターポイント。

他のエリアとは隔絶した難易度を誇る。抜きんでた巨体と戦闘力を保持し、キリトの一度目の記憶ではこの二十五層では軍の精鋭がほぼ全滅させられ、弱体化を余儀なくされた。

このエリアのボスは人の何倍もの大きさを誇る双頭巨人型モンスターであり、その巨体から繰り出される圧倒的攻撃力と、巨体ゆえの防御力と膨大なHPを誇る。

盾装備の、重武装のプレイヤーですら、直撃を受ければ一撃でHPのほとんど削られ、当たり所が悪ければ一撃死すらあり得る凶悪な敵だった。

だがキリトからすれば、まだ可愛いものだ。強敵ではあるが、まだ二十五層であるため、スピードがそこまで早くない。さらに攻撃自他も大振りであり、俊敏性の高いプレイヤーなら避けるのも難しくはない。

と言っても、そんなプレイヤーの防御力は盾装備や重武装型に比べればひどく脆い。当たれば即死なんて当たり前だ。
一度でも死ねば終わりのデスゲームで、そんな攻略をしたくはない。大半のプレイヤーの思いは一緒だった。

ただ一人、キリトを除いては。

「おぉぉぉぉっ!」

二十五層攻略戦。キリトは一人、遊撃剣士となり、ボスに接近戦を挑む。キリトの防御力では一撃でも直撃を食らえば死ぬ。たとえHPが万全であっても。
それでも彼は斬りかかる、まるで命など要らないとばかりに。

「無茶だ! やめろ、キリト!」
「そうだ! みんなでスイッチを繰り返して、攻撃をするんだ!」

クラインやディアベルなどはキリトの行動を見かねて下がるように言う。しかしキリトはそんな声を無視する。
攻撃など当たらなければいい。

キリトは極限まで意識を集中する。相手をその『眼』で隅々まで観察する。反応速度を上げ、攻撃速度を上げ、相手の弱点を見つけ出す。

キリトが巨人の意識を引き付ける。その間に周囲は攻撃を繰り返す。キリト以外に意識が向きそうになれば、即座にキリトが攻撃を仕掛けて敵の照準をこちらに向ける。

側面からの攻撃で少しずつ、少しずつ敵のHPは削られていく。
敵の意識がキリトに集中しているからこそ、ほかのプレイヤーはほとんど攻撃を受けることなく、ボスを攻撃できる。

だがそれを一人でさばくキリトの疲労は尋常ではない。攻撃をかわし、あるいは受け流す。一瞬でも集中力を切らせれば、一度でもミスをすれば、それだけで死につながる。

キリトに余裕などない。キリトの今のレベルでも、キリトの今の力量でも、クォーターポイントのボスを余裕を持って相手をするなどできない。
だが……。

(それでも、あの男に勝つためには、これぐらいできないと、話にならない!)

神聖剣。攻防一体にして、圧倒的な防御力とこちらの攻撃を受け流す剛・柔兼ね備えた戦いを行えるバランスのとれた、シンプルでいながら、それでいて完成された剣技。

あれに勝つためにも、自分はこんなところでつまずいてなどいられない。
激闘は一時間を超え、そしてようやく終わりを告げる。

「うおりゃぁぁぁぁ!!!!」

キバオウが雄叫びとともにボスに向かい大型の剣を振りぬく。その一撃が決め手だった。
ボスモンスターの赤く表示されたHPラインがゼロになり、その巨体を四散させる。

「うおぉぉぉっ! ワイが倒したでぇぇぇっ!!!!」

雄叫びを上げながら勝利宣言をするキバオウ。その後ろではアインクラッド解放軍の面々が同じように歓声を上げる。

ほかのギルドの面々はそれを若干恨めしそうに見るが、この階層のボス戦も犠牲者なしにクリアできたことに安どしているようだ。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

そんな歓声の中、キリトは一人、部屋の壁に背中を預け荒い息を繰り返す。開始からずっと一人ボスの注意を引いていた。その集中力は凄まじかったが、その分消耗も激しい。

HPこそレッドにはなっているが、まだ多少余裕がある。と言ってもその比較はあの七十四層のボスとの戦いと比べればであるが。
意識を飛ばさないだけでも大したものだ。

違う。あの時には二刀流で、軍がボスをのHPを削っていた状態とはいえ、半ば一人で倒した。
このボス相手にこの人数で、この時間がかかった。
自分の力が足りないからだ。足りない。これでは足りない。もっと早く、もっと鋭く、もっと強く……。

「キリト、おめぇ……」

何か言いたそうなクラインを横目に、キリトは笑みを浮かべる。

「これが俺の戦い方だ」
「キリト。お前、死ぬのが怖くないのか?」

エギルも今回の戦いは今まで以上にキリトが無理をしていた感じたのか、いつも以上に怖い顔をしている。

「怖いさ。このゲームを攻略できずに死ぬのはさ」
「攻略って、お前! 死んだらそれで終わりなんだぞ! あんな戦い方して、もし一撃でも食らってたら!」
「結局食らわなかった。俺はビーターだ。だから大丈夫だ」

クラインの怒りの言葉をキリトは嘲笑うかのような笑みを浮かべながら言う。

「ビーターってのは、そこまでのものか? キリト、お前、何をそんなに焦ってる?」
「別に焦ってなんかいない。それに攻略は一日でも早い方がいいだろう。ここに閉じ込められている九千人以上のプレイヤーはそれを望んでいる」

エギルの指摘にそう答えると、息を整え、剣を背中の鞘に納めると、キリトは立ち上がりそのまま転移結晶を手に取る。

「悪いが俺はもう行く。アクティベートは軍がやるだろう」

ちらりと見るとキバオウがうれしそうにはしゃいでいる。どうやらレアアイテムでもゲットしたようだ。周囲に見せびらかし、ディアベルはそんなキバオウを苦笑しながら眺めているが、悪い気はしていないようだ。それにキバオウもディアベルはん、見てくださいとそれなりにいい関係を築いているようだ。

軍がここで壊滅せずに済んだのは幸いだ。今のところ、軍はきちんとその本来の理念を見失わずに、大勢のプレイヤーにとって必要なギルドとなっている。
ほかのギルドもそれに対抗しようと努力している。軍が暴走さえしなければ、ほかのギルドも暴走はしないだろう。

ラフィン・コフィンはすでになく、キバオウもあの調子なら、ディアベルやシンカーを押しのけてTOPになろうと考えないだろう。

前回とは違う。この世界は確実によくなっている……。

(でもここには俺の居場所はない……)

もし隣にアスナがいてくれれば。
不意にそんなことを考えてしまう。その考えを浮かべた自分自身をキリトは激しく嫌悪し、即座にそれを捨て去る。未練は捨てる。そんな考えを浮かべること自体、彼女への裏切りだ。

キリトはそのまま、転移結晶でこの場を後にした。





第二十二層。

その大部分は常緑樹の森林と無数に点在する湖で占められた、アインクラッドでも有数の自然があふれる場所であろう。主街区も小さな村と言ったところだ。

そこに一人の少女がいた。白い服に、腰には細剣を携えた栗色の髪の少女―――アスナ。

彼女は軍にその身を置いていた。女性と言うこともあり、最初は料理スキルを主体にした、後方支援として、活躍を望まれた。

しかしそれに反して、彼女は剣を持ち、戦うことを選択した。むろん、料理スキルも取得した。なぜだろう。これから必要になるような気がして。

アスナの成長は凄まじかった。レベルこそ、そこまで高くないが、その剣技や身のこなしは、これが初めてMMORPGを、それもフルドライブのゲームをする初心者のものではなかった。

まるで何年も戦っていたかのような、そんな歴戦の剣士を彷彿とさせた。もう少しレベルがあがり、各種のスキルの熟練度も上がれば、間違いなく軍の最前線の攻略組の中でもTOPクラスの、いや、全攻略組のプレイヤーの中でも十本の指に入るのではないかと噂されている。

そんな彼女だったが、ずっと悶々とした気持ちを抱いていた。
自分でも不思議なくらい、細剣が手になじんだ。戦い方もすぐに自分のものにした。体が思うように動かない違和感があったが、レベルが上がるにつれ、それも徐々に少なくなってきた。

今は攻略されたこの階層に一人で来ていた。途中、同じく軍に入り友達となったリズベットやシリカが一緒に行こうかと聞いてくれたが、一人がいいと断った。
どうしても、ここに来なければいけないと思った。
そしてそれは決して間違いではなかった。

「ここ、覚えがある」

はじめてきた場所のはずなのに、どこか懐かしい気がする。まるで以前にここで暮らしていたかのような、そんな気がする……。
森の中を歩く。そこには多少距離が離れているが、いくつものログハスが点在した。

「あっ……」

アスナの中で、何かがよみがえる。
ここで、誰かと一緒に暮らした。ここで誰かと一緒に笑った。
うっすらと、ぼんやりと霧の中に浮かぶ光景のようだが、アスナの脳裏にその姿が浮かび上がっていく。

その時、彼女の手に持っていたクリスタルが光り輝いた。

「えっ……」

そして彼女の前に、白いワンピースを着た一人の少女が姿を見せるのだった。



あとがき
ここのキリトさんは悪い意味で前に進んでいます。と言うより暴走してますね。
ディアベルとキバオウはここでは基本的にメインに近いサブキャラですね




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