閉ざされた世界で同じことを繰り返していた。その世界での僕は道化だった。
誰も救えない、その無力さが滑稽な道化だった。
けど僕は、いつも最期になるまでそのことに気付かなかった。
過ぎ去ってから後悔する。なのに終局(フィナーレ)はいつになっても訪れない。
僕は本当に滑稽だった。そんな僕に彼らは笑って励ましてくれた。
僕は心に誓った。背負ってるものがどんなに重くても、決して倒れない、と。
夢を見ていた。みんなの夢を。あの事故から幾分か経って、
もう事故を覚えているのは当事者を除いてもう少ないだろう。
「リトルバスターズは…不滅だ!」
親友の一人が言った言葉は現実になった。
そして、ケガが最も重くて、復帰が一番遅くなった親友は言ったんだ。
「俺達だけで、もう一度修学旅行に行くぞ!」
そうだった。いつも恭介は誰も予想しないことをやってのけるんだ。
「恭介、やっぱりすごいよ。」
「?…なんだ寝言か。」
「え?…あ、寝ちゃってたんだね…。ごめん恭介」
「いや、長距離になったからな無理もないだろう。後ろの連中もだからな。」
僕は後ろを振り返る。どうやら皆も疲れてしまっているようだ。
クドと小毬さんと鈴は寝てるし、葉留佳さんも静かにしてるし、西園さんも本から目を離して黙想している。
来々谷さんはまるで獲物を見つけたような獣の顔をしてるけど、そのことにはあえて突っ込まない。
「ま、俺の運転にはあのボブだって唸りを上げたんだからな。すごいと思うのは無理もない。」
「ボブって誰なのさ。確かに免許をとってくるだなんて予想もしてなかったけどさ。」
なお、外で未だ走っている二人には僕は突っ込まないことにした。
「恭介。そろそろ暗くなってきたけど、どこに行くの?」
「あぁ。そのことなんだけどな・・・まぁそろそろ皆にも言った方良い頃か。」
車を減速させて、やがて止まった。随分遠くに来たみたいだ。自身の記憶からして知っている場所ではない。
「悪いが、理樹はみんなを起こしてくれないか?俺はあの二人にタオルとか持っていく。」
恭介が指差した向こうにはヘトヘトになって大の字に突っ伏したバカとベクトルが違うバカがいた。
「わかったよ。恭介。気を付けてね。」
ドアが勢いよく開閉された後、まず来々谷さんに声をかけた。
「来々谷さん。恭介から話があるみたいだからみんなを起こしてくれる?」
「……ハァハァ」
どうやら人選を誤ったらしい。
「ごめん、葉留佳さん。悪いけど来々谷さんを止めてくれる…?」
「おけおけー。姉御こうなったら周りの声カットしちゃうからなー」
来々谷さんと一番長い付き合いだからというのもあるだろうけど、
葉留佳さんは二つ返事で引き受けてくれた。この場は任せても良さそうだ。
「…もう着きましたか?」
本を閉じて、呟くように問う西園さん。
「わかんないけど恭介から話があるってさ。みんなも起きてー」
「なんだ?もう着いたのか」
寝起きなのだろう、不機嫌そうな鈴。
「わふ…?あ、リキおはようございますです。」
こちらは少し寝惚けているようだね…。
「んぅ…ここは…知らないトコってことは…まだ夢の中…」
「そうなのか。小毬ちゃんが言うなら・・・あたしも寝よう……」
夢から覚めて二人とも!!
「いや、そろそろ起きてくれるか?さもないと私までどうかなってしまいそうだ。」
違う意味で来々谷さんも起こさないとまずい。
鈴と小毬さんをなんとか引っ張り出して恭介のもとに集まった。
「うーん!絶景ですネ」
「空気がおいしいですね。幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく…」
「なんとか…呼んできたよ・・・。」
葉留佳さんと西園さんのような余裕は今の僕には無かった。
「なんでそんな疲れた顔をしているかは、あえて聞かないがサンキュー理樹!」
ははは・・・。
「うむ。では早速、話を聞かせてもらおうか恭介氏」
切り出す来々谷さん。
「あぁ、今回の目的場所だが。」
やや間を置く。
「それを言う前に落ち着いて聞いてほしい。」
若干表情を曇らせたのは気のせいではない気がする。
「どうした?お前にしては珍しい言い方だな。」
こちらはスポーツドリンクを片手に持った謙吾だ。
「俺にも分かりやすいように10文字以内に簡単に言えよ?」
「真人!?それは無茶ぶりだよ!!」
「いいだろう」
いいの!?
恭介はコホン、と、わざとらしい咳をした後、一呼吸おいてから吐き出した。
その、たった一言が起爆剤となった。
「道に迷ったのさ!」
叫んだ。それはもう、堂々としたとびっきりの笑顔で。
「「「「えぇぇぇぇぇぇ!!!」」」」
呼応するように叫んだ。というか、叫ばざるを得ないと思った。
「恭介氏?どういうことかはっきり言ってもらおうか。」
「いたいいたい!真人が簡単に言えつったんだ!」
「来々谷さん、刃が当たってます。聞き出す前に斬ってしまってはダメですよ。」
「それもそうだな。」
手にした銃刀法にあからさまに引っかかりそうな日本刀を鞘に納めた。
西園さんの言い方には毒が含まれてるけど、とりあえずは一安心・・・なのかな。
「本当は海に行く予定だったんだ!そこで知り合いの旅館で2部屋予約できたから男子組と女子組に分かれようと思ってだな!」
「俺は回りくどいのが嫌いでな、単刀直入に聞こう。今日はどこで寝るはめになるんだ?」
謙吾の一言で場には静寂が訪れる。その静寂は悲しいシーンが流れる映画に似ていて
当の恭介は蛇ににらまれたカエルのようであった。
「野宿です…」
「そうか…」
聞くまでもなかったか、と言う風に謙吾が立ち上がってみんなの輪から離れていく。
「どこにいくんだ?」
真人が聞く。
「そうなっては仕方ないからな。完全に日の落ちていない、今のうちに薪や食料を確保しに行くんだ。」
「とかいって一人で筋肉増強する気だな!俺が見過ごすわけねぇ!」
二人は夕焼けの空に消えていった…。
「謙吾…なんだか嬉しそうな顔だったんだけど」
「あいつもバカだからな。それにしてもこんなとこで寝なければならんのか!?」
鈴・・・幼馴染に容赦なさすぎるよ…。
「えまーじぇんしーですっ!」
飛び跳ねるクド。
「でもちょっとわくわくするね!」
「ふっふっふ。はるちんもなのですヨ!こまりんを暗闇から驚かせれると思うと…」
「ほええええええ!?」
「うっ…まさか第二回目の納涼大会をするために来たのか…?」
「安心したまえ鈴君、小毬君。お姉さんが守ってあげよう。」
「来々谷さん。涎を拭いた方がいいですよ。・・・車の荷物の中に何かあるか見てきますね。」
こっそり避難する西園さんは流石だと思った。
葉留佳さんが小毬さんを追いかけ、鈴はいつぞやの悪夢を思い出して少し震えていて、そんな姿に来々谷さんが…悶えている?
「なぁ理樹なぜ誰も俺を責めないんだ?」
さっきまでとの様子が違う。
恭介はあの事件で皆を利用していたということに自己嫌悪し、苦しんでいたらしい。
でもみんなは、それは仕方ないことであって恭介が鈴を大切に思っていることは皆も同じだということで落着していた。
そのことを感謝しながらも、どこか心に残ってしまっている後悔の念から今の言葉が出たんだと思う。
「僕が知ってる恭介なら、迷子になったことすら計算に入れて盛り上げてくれたと思うよ。」
「・・・・・・。」
少し離れたところから小毬さんの声が聞こえる。
どうやら理不尽な追いかけっこは終わったみたいだ。
「でも意外だなねぇ?恭介さんが道を分からなくなるなんて。」
お金がないからという理由で徒歩で就活していることを考えると確かにと頷ける。
「どうせバカ兄貴のことだ。遊ぶことしか頭にないから忘れたんだろう」
「こまりん、やっとつっかまーえた!」
「変わり身だよ!」
「わふーーー!?なんで私が捕まってるんですか??」
「わぷっクド公暴れるなって!」
「ゆ…ゆーあぴっちひったー…なのです!」
「おまえら、人の話を聞けー!ってうわぁぁぁぁ!」
傍目から眼を逸らし苦笑しながら恭介に言う。
「確かに鈴の言うとおり、らしくないね。」
「地図は頭の中に入れておいたはずだったんだがな。図書室から借りた奴だからデータが古かった。」
この間、図書委員から未返却本を催促する放送で、数年前の地図が返されていないって言っていた気がする…
「企画したのはいいが、このザマだからな・・・。笑ってくれよ。むしろ笑え!あーはっはっは!」ユッサユッサ
それでもって僕の肩を激しく揺さぶってくるから堪ったもんじゃない。
でも、その笑い声、どっかで聞いたことがあるような気がする。
「うわっ恭介落ち着いて!それに、早く地図は返した方がいいよ!?」
眼が充血していてすごくこわいっ!
シリアスな雰囲気から一変して、いつもより崩壊しつつある恭介。
「あ…すまん理樹、大丈夫か…?」
落ち着いた後はお互いに黙った。なんとか回復した僕は何を言おうか考えた。
言いたいことは感謝とかいろいろあったけど、そんなことは言わなくても意思を通わせることができるから
今は「言葉」にして伝えたいこと、皆の気持ちを代弁して言おう。
「恭介。まだ僕たちの為に後悔してくれてるなら、それよりもずっと楽しい思い出を贈ってよ。」
一人が辛いから二つの手を繋いで、そうしてできた絆の輪も、いつかは離れていくだろうから…。
正直、そんなことは考えたくないけど、それ以上に忘れてしまうことの方がもっと怖いから
忘れられないような思い出が欲しい。みんなの気持ちの代弁って言ったけど、僕自身の願いという方が大きかった、と言ってから気づいた。
「だからさ、暗い恭介は…僕、好きじゃないから…明るい恭介の方が好きだから、元気出してよ!」
僕は手を出した。
「ったく…まるでプロポーズみたいな言い方だな」
言いながら、やっぱり恭介は、しっかりと手を握って笑顔で答えてくれた。
「あぁ!」
その頃テントを見つけて報告に戻ろうとした西園さんはと言うと
「……私の睨んだ通り、もう一息ですか。あとは時間の問題ですね」
すぐ後ろの木の影で、何やら呟いていたという。