森の入口に捨ててあったので玩具として飼おうと決めたと邪気の無い笑顔で母は事実を口にした。
あまりに邪気が無く、晴れやかな笑顔だったので俺は『そうなのね』と何だか呆れた物言いになってしまった、ぱぁー、俺の言葉に母の笑顔が増幅した、キラキラ。
こちらの世界に来て三ヶ月、生活の基本となる仕事・住処・交流が全て揃ってこれからって時にどうして俺は義母に実の両親の事など聞いたのだろう、少し反省。
義母は俺の『頭の上』でケラケラと楽しげに笑った、妖精の笑い声は小気味良く人の神経を逆なでする、悪戯好きで適当で善悪の区別は無い――そんな妖精の義母。
こちらの世界に来る時に無理やり付いて来たのだけど、人間の世界でも自由気ままに遊び呆けている彼女を見ていると少しだけ胸がざわめいた、怒っているのかも知れない。
「ぷぷぷ、人人(ひとひと)の両親は人人が邪魔だから森の入口に"ポイ捨て"したのによぉ、今更どうしてそんな事が気になるんだよ?」
「言い方――まるで俺がゴミのようじゃないか」
「ゴミじゃねぇかー、分類は生ゴミ、ぷぷぷ」
酷い言い様だ、幼い頃から慣れ親しんだそれを聞き流す、ちなみに人人とは俺の事だ……妖精の住む『古く黒い森』の入口に捨てられていた二人の赤子、姉が人(じん)で俺が人人(ひとひと)
――この名前は実の親が名付けたモノでは無い、妖精たちが玩具に名付けた適当な呼び名。
意味は説明もバカらしいぐらいに単純なもの、人間だから、人だから、だから姉は人(じん)で二人目の赤子の俺は人人、しかし姉は数年前に死んでしまった。
「なぁ、なぁ、人人、遊ぼうぜ、遊んでくれよー!」
無視を決め込み、カップヌードルを啜っている俺の頭の上で義母が暴れる、具体的には髪を引っ張って騒ぎまくる、それでも俺は無視をする。
どれだけ騒ごうが妖精の声は普通の人間には聞こえない、壁が尋常で無い程に薄く隣に暮らしている住民の生活音が垂れ流しのボロアパートでも安心だ。
一度甘やかすと義母――カズムは際限なく欲求を口にする、精神年齢的には随分前に追い抜いた義母の対処法は嫌という程に熟知している。
「うがー、うがー!」(ぶいいいいいいいん
威嚇音、その背中にある透明な羽を高速で震わせている、頭の上での出来事なので見えないけど間違いない、カズムは確かに純粋で純血な妖精だが――昆虫に近いなーと密かにバカにする。
我が家にはエアコンも扇風機も無いのでカズムの起こす風は心地よい、妖精の住む森は季節の概念が無かったので楽しみにしていたのだが『夏』はダメだ、危険すぎる。
次の給料日には扇風機(中古)を購入しよう、それまではカズムをおちょくって自然の風を楽しむ事にしよう、ちなみにカズムは風の精霊では無い、四元素に含まれない変わり種だ。
――だからこそ、人間を拾って育てる様な奇妙な行動をしたのだと……しかし、五月蝿い。
「カズム」
「ぉ!」
手探りで羽を掴んでカズムを目の前に持って来る、怠惰に垂れ下がった四肢に晴々とした笑顔――こちらの世界にまで付いて来た『逃げられない母』
それが目の前でぶら下がっている、ぶらぶらと、サイズといい容姿といいまるで人形のようだ、しかしその人形のような存在の玩具が俺なのだから笑えない。
「人人は相変らず"人間臭く"ないぜ、オレたちの匂いが染みついている、可哀相に可哀相に、"妖精臭い"ぞー!」
「どうしてそんな言い方をするんだろうな、"カズム"は――嫌な奴」
「ヘーシ○ドスのようなネーミングセンスしている人人には言われたくないぜ」
くけけと笑う姿は妖精なのか悪魔なのかわからない、俺にとってカズムはカズムでしかなくて、下らないとその考えを否定する。
ボロアパートの一室、六畳の空間は狭くも無く広くも無く(俺にとって)生活品の類は最低限のモノしかない、ちなみに風呂とトイレは共同である――その空間でファンシー全開のカズムの存在はかなり違和感があった。
俺はあの森を出るまでは妖精の中で生活していたわけで、妖精と自分(人間)の違いは大きさや特有の力のみだと思っていたが、それは間違いだったようだ……人は容姿に関して多種多様で大きな幅がある。
しかし妖精はその幅が極端に狭い――ただ整っていて、愛嬌があって、造形美に溢れている、幼い容姿に溶け込むように圧倒的な美が含まれているのだ。
カズムはその中でも突出している、本人の残念さを差し引いても十分な程に優れた容姿をしている――例えば肌、その白磁の肌は新雪よりもきめ細やかで透明感に溢れている。
大きな瞳は紫水晶に生命を宿したかのように色鮮やかで深みがある、小さな鼻と口は繊細さを極めたかのように完璧に配置されている……長い睫毛や整った眉も当たり前。
しかし、その桃色の唇から紡がれる言葉は毒と棘に溢れているのだ、お団子にしているシニヨンヘアーはそんなカズムの活発的なイメージにぴったりだ。
そして金と銀の混ざった独特の髪色は多くの妖精の中でも個性的だったのを覚えている。
「金と銀とはカズムは派手ですな」
少し皮肉を言ってみた。
「パ○リーネも大満足だぜ」
「妖精の癖になにその返し、もっとバカらしい回答をしろよ」
稀に知的な回答をする母親妖精(造語)に俺はため息を吐いた、何処で知識を仕入れているのか謎だ……。
俺は友達の妖精が外界から拾って来る娯楽品の数々で色々と学んだわけだけど。
手足をジタバタとさせて暴れるカズム、古代ギリシャのクラニディオンを彷彿とさせる簡易で動きやすそうな服装でジタバタ、そういえばカズムは何処の国の妖精なのだろう。
あの森も何処にあったのか――問い掛けた事があったが『妖精だからいい加減だぜ』と流された――ここは日本で、俺は日本人(らしい)のに、不思議だ。
「しかし、しかしよ人人、人の世界はおもしれぇな、どいつもこいつもつまらなそうに生きてやがる、娯楽品は沢山あるのにな!」
「まあ、妖精と違って遊んでいるだけで満足!な精神構造をしていないからな」
「にあーにあー」
突然頬を寄せてじゃれてきた、流石は妖精、気紛れを通り越して不条理である、猫のように目を細めて愛嬌を武器にじゃれてくる。
細く小さな腕が頬に優しく触れるのがわかる、キスをされているのもわかる、これが愛情では無く気紛れの延長にある行為なのも理解している。
いつもの事と自然と流し、寝転がる、布団は購入した当初から一度も干していないが柔らかさも清潔さも変わらない、カズムのお陰だ――カズム、妖精は汚れを浄化する。
この部屋は掃除をしなくても埃が溜まる事もないし、換気をしなくても空気が澱む事も無い、そう考えたらカズムがこちらの世界まで付き添ってくれたのはありがたい事なのかな?
「バイトも、生活も、何より『人間らしさ』を学んで、少しは人間っぽくなったかなァ」
「人人は人間なのに人間になりたいんだな、オレに育てられてオレ達の世界で育った癖に根底は覆せないのかもな、オモシロ動物だぜ」
「あんたの息子だよ」
「オォ、我が子ォ!」
「えーさーうー、いてぇ」
噛みつかれた、イタイ――行動と言動が見事に食い違っているのもいつもの事だ、ずるずる、しかし人間の文明って凄い、即席の食べ物がこんなに美味いだなんて。
ちなみに妖精は人間の食べ物を嫌う、コレは俺の住んでいた森の妖精だけの特徴なのかは定かではないが……少なくともカズムや『友達』は嫌っている、娯楽品は大好きなのにな。
「しかし、こっちの世界は妖精も、妖怪も、魔物も、悪魔も、天使も、神も、殆どいないんだな、淘汰されちまってるよ」
ソレの何が面白いのだろうか、カズムの言動は滅びゆく神話や幻想の生命を嘲笑っているかのようだ……事実、ニヤニヤと歪みに歪んだ笑みを浮かべている(妖精です)
チロチロとピンクの舌が俺の皮膚の上で踊る、カズムの匂いと魂を植え付けているのだ――俺は人間として生まれて、妖精に支配されて育てられて、自分の不安定さを自覚している。
砂で出来た城のように、波の一つも耐えられないあやふやな存在、見た目がちゃんと(人間)しているだけに酷いモノ、カズムの背中で透明な羽が踊る――俺にはないもの。
ないから、人間の世界で生きようと決めたのに……お前が付いて来たら自分を変えられないじゃないか。
「人人、でもよ、どーすんの、どーすんのよ、しょっぱい」
「汗かいてるからな、で、何がだよ」
「魔女の誘いさ」
ケケッ、これだけ邪悪で醜悪な笑みをする妖精を俺は他に知らない――例外的に、人間で同じ笑みをする存在を知っている、今日……知ってしまった。
それは『魔女』と呼ぶに相応しい悪魔的な生き物だったし、久しぶりの休日を見事に破壊してくれた元凶でもあった。
□
マヨネーズの容器を検品するバイトを始めてから既に数日が経過した、変な意味で過保護なカズムが人間を"勝手"に洗脳して用意してくれた身分と住処はそのまま使わせて貰っている。
最初は怒ったのだが、考えてみたら自身の力ではどうしようもない問題だし、親心(と思われる)を無下にするのもどうなのだろうと自分を改めた。
「人間は動物より操りやすいぜ、自分が頭が良いって思ってる生き物ほど頭の中を支配したら抵抗も反抗も出来ずに壊されちまう、よえー、人間よえー」
人間で言う所の幼女の姿である我が母は毒と棘を含んだ言葉を吐きだして嬉しそうに笑った……ちなみにここの大家さんの『但馬さん』は既にカズムの操り人形である。
自我も自意識も無くカズムの思うように行動する、人間的に見ればカズムの行いは邪悪でしかないが、善悪の括りから最も遠い位置にいる自然の権化である妖精なのだから仕方が無い。
『あうあうあー』と命令が無い時は白目を剥いて涎をダラダラとテーブルに広げるのが今の但馬さんなのだ。
頭の中身を除いたカズム曰く過去にレイプや殺人をした過去がある真っ黒人間なので大丈夫らしい、今はピュアで白痴な但馬さんなのであった。
「ふんふん~♪ドSト・エフエフ(歓喜)ちゅきー」
久しぶりの休日、人間の世界を探索して遊び呆けるのはつい先月に終了している、俺は怠惰を貪る為に布団の中で眠気を噛み殺していた――眠たく無いのに寝ようとする、好き。
そんな俺の視線の先にはカズムが"力"でモノを浮遊させながら何かを組み立てている、カズムの力は一般の妖精達と違って多種多様だ、洗脳と念力はこちらの世界でも良く使っている。
「カズム、なにそれ」
「おぉ、人人、見てくれ!これを!」
「但馬さん、但馬さんじゃないか」
具体的に述べると一口サイズに寸断された但馬さんが空中を浮遊していた、ピンク色の肉の動きがやけに滑らかで淫らに見える、ちなみに但馬さんだとわかったのは特徴的な扇形の鼻である。
「人間を弄るのは久しぶりだからよ、つい細部にまで凝ってしまうぜ、改造つーより、新生だな」
「グロいな」
「今の状態のあだ名はグログログロッピーだぜ」
ぶよぶよの脂肪片を"炎"で燃やしながらカズムは快活に笑った、楽しそうで嬉しそうだ――マザコンでは無いが、カズムが喜ぶと胸の内にあたたかいモノが灯るのだ。
しかし但馬さんは新生するのか……劇場版なのか……、神経丸出しの眼球が俺を恨みがましそうに見つめる、カズムは猪や鹿を改造して良く遊んでいた、人間も動物だ。
だから改造して遊ぶのも自然の流れなのだろう。
「カズム、後で外に行こうか」
「オォ、デートか!」
ぱたぱた、空中で浮遊する但馬さんを後にしてカズムがこちらに近づいてくる、真っ白い頬は少しだけピンク色で"乙女"である事を俺に突き付けて来る、卑怯だ。
しかし親子の関係を破綻させるつもりは無いし、それが『そうなる』としても、確実にカズムを養えるように、相変わらず……俺は邪悪な妖精であるカズムを愛していた。
だから逃げようと思ったのに(人間の世界に来て100回は同じ事を思った)
「ちげーます」
「えー、人人はアレだな、アレだ………悲しい程にアレ」
どんよりとした空気を纏わせてカズムが俺の額の上に座り込む、寝転んでいた俺にはやや厳しい体勢、カズムは残念なお子様体型なので肌が触れ合っても喜ぶ要素が無い。
「オレは人人と結婚したいんだぜ、一番の問題である性交渉に関してはお互いに努力しようぜ」
「見ろカズム、但馬さんのパオーンが但馬さんの×ポイントにドッキングしようとしている」
「見事にキモイぜ」
空中でぶつかり合いそうになっていたソレを指摘してこの話題を回避する、もう少しで究極の自家発電が誕生する所だった。
カズムはパオーンをブヨブヨの脳みそに容赦なく突き刺してアーステ○アの大地を生み出した、何とも言えない奇妙でエグイ光景に軽く嘔吐した。
「げろげろげろ」
「成程、グログログロッピーだと思ったがゲロゲロゲロッピーだったのか、流石はオレの息子、物事の本質を瞬時に見極めやがるぜ」
ゲロを吐いたら母に褒められました、妖精の思考回路って本当にどうなってるんだろう………アメジストの瞳が無駄にキラキラと輝いていたので何も言わない。
「そりゃどうも、単にカズムが暇そうだし、但馬さんに付きっきりでいられるのも嫉妬しちゃうから」
「可愛い事を言うじゃんか、捨てられ子だから捨てられない為の方法を熟知してやがる」
「カズムが捨てたいなら捨てれば」
「やだね、ここまで人間でも妖精でも無い"一つだけの個体"に育てたんだ、オレの苦労と努力と時間を思えば人人は捨てれないぜ」
「そうか」
「捨てれないし――逃がさないぜ」
透明な触手がカズムの小さく幼い体から大量に溢れるイメージが浮かぶ、ソレは心を覗く為の器官なのだと勝手に俺は思っている。
それが俺の体に幾つも無残に突き刺さり、心を蹂躙する、覗かれる、俺の心は幼い頃からカズムの玩具だ――覗かれて、観察されて、カズムの好みに修正される。
何も恐れない無知で無垢な妖精たちもカズムにだけは恐怖の感情を持っていた、妖精でも分解して改造するもんなカズム、同族なんて関係ないよなカズム、異端のカズム。
(カズムは、面白いなぁ)
単純にそう思った、人間だろうが、妖精だろうが、息子だろうが同一に見るカズムは俺にとっては最高の母であった、カズム好みの生物に育ててくれてありがとう。
「相変わらず、人人は面白いぜ」
ふふん、小鼻をピクピクと満足そうに動かしてカズムが呟く――その動作が愛らしくて、俺は不覚にも少し吹き出してしまった。
そんな俺達親子の触れ合いを但馬さん(の眼球)は見つめていた――そして脳みそにパオーンが突き刺さっていた、人間に必要な理性と生物に必要な性欲が見事に一体化していた。
あれ、これでもう他の部分いらないかも、しかしグロい。
「なにこの物体X、原作だとチャーノークが同化されちゃう、犬好きの俺には耐えられない、わんわん……グロ、グロイザ―X!」
「人人ったら同族になんて酷い事を……しかし、なぁる、ブヨブヨのソレに突き刺さったのはゾウさんでは無くてマンモスだったのか、スタジオマンモスだったのかー、驚きだぜ」
「……カズムは妖精の癖にオタクだなぁ」
「ちなみに原作者の名前の煩わしさはぴか一!!最終的に平仮名で『ごさく』になる、ほのぼのするわ」
「核兵器でビグマン子爵をぶっ殺しておいてほのぼの求めるなよ、マサイ族とピグミー族に訴えられたら敗訴は確実」
俺の鼻をペチペチと叩きながらカズムは爆笑、ここまで世俗に染まった妖精って史上初だと思う――流石は俺の母親、眩暈がするよ。
ケラケラと腹を抱えてデコの上で笑い続けるのでデコが痛い、そして五月蝿い。
まさに蠅。
「ケラケラ」
「妖精なのに笑い方が妖怪みたいだぞ」
「この国にいるじゃん、倩兮女(けらけらおんな)っての、あれをリスペクトしてるんだぜー、郷に入っては郷に従え!」
「売春婦ノ霊ッテ事デスカ?」
「ひでぇー!」
しかし、バイトの無い時間はあの森にいた頃と変わらず常にカズムといるな俺、マザコンではありませんよ。
自分自身を戒めながら思う、そう言えば、俺が仕事に行っている間は何をしているのだろう………俺が帰宅する時間には家にいるけど。
聞いてみた。
「え、やっぱり幻想の世界に生きていたオレは定期的にそっちの空気を吸わないとダメなんだぜ」
「答えになってねぇ、具体的には?」
「今はファザ○ドゥをプレイ中だぜ」
「ザナ○ゥ的にコレジャナイ感が半端無かったじゃん、フィールド背景が地獄絵図じゃねーか!お袋の作った佃煮×煮物×ノリの弁当色じゃねーか!」
「人人よぉ、ほら、ザナ○ゥは理想郷とか桃源郷って意味合いもあるじゃん?ファザ○ドゥはきっと地獄とか魔界とかそんな意味じゃねーのかな」
「なにそれ、酷い」
圧倒的な絶望感とトラウマが蘇って布団の中でガタガタと震える俺だった……最初にパスワードで再開した時に……。
しかし、人が外で働いている間、遊び呆けているとは、妖精らしいと言えば妖精らしい。
映画、小説、芸術、漫画、アニメ、ドラマ、娯楽に餓えすぎだろうに――妖精は人間の生み出す文化を好む、常に遊ぶ事ばかりを考えている生き物なので仕方が無い。
貪欲にそれらを吸収する姿は可愛らしくておぞましい、人間を娯楽生産マシーンだと思っているのだろう。
「オォー、思い出した、外に出掛けるなら秋葉原に行きたい!」
カズムが百パーセント純度の笑顔でそう言う、長い付き合いでしかも親子なのでわかる――何かを強請るつもりだ、息子に何かを買わすつもりだ。
カズムに対する嫌な予感は大体当たる。
「高い物は買わないぞ」
「いやいやいや、青○要塞○撃命令のDVDが欲しいだけだぜ」
「借りればいいよ」
と言いながら俺も欲しかったりする、何て絶妙なチョイスをしてくるんだ……我が母親ながら恐るべし、少し尊敬。
「やだやだやだー!人人と一緒に見たいー!見た後にレンガと五寸釘と出刃包丁で新型兵器ごっこするのー!買ってくれー!」
「ええい、ドイツ軍に謝れ!」
色々と揉めた挙句、取り合えず秋葉原に行く事になった……ついでにレンガと出刃包丁と五寸釘も買う事になった……やっぱり押し負けた。
ファルマン複葉機役は自分でするらしい――妖精はバカだなぁと素直に感心できる俺もかなり毒されているのだろう、仕方が無い、これが育ての親だもの。
仕方ねぇ。
□
太陽の熱を吸収した灰色の街は暑さを主張していた、遠くでミーン、ミーンと蝉が歓喜の声を上げている。
俺はいつもの青いジャージ姿、オシャレも何もあったもんじゃねー、実用性重視なのです………カズムに物を買い与えるのはお金がかかるのだ。
「甘いなぁ、俺」
「そんなに悲しそうな顔するんじゃねーよ、ロシア人なのにクロアチア人な民兵ヤロー!」
「あんな髪型してねーよ、SIG・SSG3000持ってこい」
「勝ち組ライフルは人間もどきの人人には勿体ねーなー!」
「………」
悔しいけど反論出来ないので無視を決め込み足を進める……ちなみにカズムによる『他者から認知されない魔法』が発動中なので普通に話せる。
これを使用しないと独り言をブツブツと呟く変質者である、しかしカズムは万能だな、本当に妖精なのか怪しいもんだ。
「いつも思うけど、カズムって万能だよな」
「そりゃな」
何が『そりゃな』なのか、カズムは頬に指を当てて自慢げに答える――これだけやりたい放題に万事を支配する、アメシストの瞳がツーっと細められる。
俺の言葉に何か思う所があるのだろうが、透明な羽は太陽の光を反射して幻想さを強調している、オタク塗れの汚濁塗れの生き物なのに綺麗だ。
甘やかしてしまうのも仕方が無い。
「具体的には王様のアイデア研究所ぐらいオレは万能」
「ダメじゃん」
「いやいやいや、間違ったぜ、ミサイル万能論ぐらい万能」
「……何時の話だよ、てか万能じゃねぇ」
「じゃあ、万能要塞ミ○ロスぐらい万能だぜ!」
「ごさく版でビュー○ス○にやられたじゃねーか!」
「じゃあじゃあ、轟○号ぐらい万能だぜ!」
「戦艦?犬?」
「犬だぜ!」
なんつー妖精だと呆れ果ててしまう、金糸と銀糸の入り混じった頭を掻きながらカズムは"御機嫌"で俺の周りを浮遊する――実に気紛れでいい加減。
駅までの距離は徒歩で10分ほど、行きかう人々の間をすり抜けながら足早に歩を進める、さっさと物を買い与えて黙らせたい(ダメな思考)
「なぁ、なぁ、人人、仕事やめてさー、こーやって毎日一緒に遊び呆けようぜ」
「それじゃあ、あの森にいた頃と何も進歩が無いじゃないか、カズム、俺はね、人間らしい生活をしたいんだよ」
「ふーん、無理だぜ、人人は人モドキだからな、少し人っぽいだけだぜ、うん、バケモノ」
「…………」
「弱点はGGH9、実は寒天、うめぇー!」
「………噛むな、罵るなら最後までネタに走るなよ」
「寒天の海にゴボゴボ沈みたいぜっ!寒天買うか!」
「レンガと五寸釘と出刃包丁は買ってやると言ったが寒天はダメ、寒天の海はもっとダメ」
「嫌だぜ、そして寒天の海の底にはイカを沈めるぜ、イカ!――あと、マッコウクジラは害のある動物なのでコロス」
「ナニソレ残酷」
「サメに襲われてる黒人はスクウ」
「ナニソノ聖人」
「そのサメの背中には白兎が――黒人も助けて白兎も助ける、黒と白、一人と一羽、つまりはBW2!」
「うるせぇ!カオスすぎるわっ!」
キラキラと謎の怪光を放ちながらさらに高速で俺の周りを飛び回るカズム、本当にお金のかかる妖精――どれだけモノを購入する気だ。
「最初の旅立ちで三つのボールよりもその上にあるベルベルの二つの魅惑的なボールが欲しかったぜ、マジ連打、マジモンのラブラブボール」
「やめたげてよお!!」
「新型のモンスターボールが発表、その名も石破ラブラブ天驚ボール、当たった対象はハート形の穴が開いて死ぬ、でも大円団、強制エンド、様々なポ○モ○が宇宙にびっしり」
「キメェ」
発売日にきっちり購入しやがって………飛行する事に疲れたのか俺の肩に腰を下ろす、しかし念力でゲームをする光景は中々にシュールだと思う。
ヒッキー妖精だが自然の化身とも言える存在なので夏の暑さの中でも実に涼しげな顔をして口を動かしている、俺が知らない能力で何かをしているのかも。
わからぬ。
「はぁはぁ、下らない会話をしていると疲れるよ」
「ははははは、人人、息切れなんかしてどーした?息切れフェチのオレからしたら単なるご褒美だぜ」
白く細い足をブラブラさせながらカズムは他人事のように嘲笑う、ベンハーっぽいサンダルが妙にマッチしている――どうしてこんな服装しているんだろう。
「カズムって昔から変なサンダル履いているよな」
「ん、オォ!ちなみにこのサンダルはベンハーではないぜ、オレ専用サンダル・ユ○・ベン・ハー、メッ○ラ許さねぇ、メッ○ーラは許す、主は色んな事情を考慮して顔だしNGな!」
「何が何だが……もうね、お前は妖精でも何でもないよ」
「メッ○ラって言えばさ、ギ○ン5984型ダッチワイフがあったら欲しくね?」
「お前最低だな、本当に最低、妖精じゃなくて悪魔だよ、ひでぇもんだ、美少女の姿をしているだけにホントに悪魔に思えるよ、欲しいよ」
「うわ、最低だぜ」
………秋葉原に連れてくのやめようかな、素直にそう思った。
□
正直に言えば、自分が人間なのか妖精であるか、そんな事はどうでも良い……カズムが不安定な"モドキ"のままでと言うのなら大人しく従うまでだ。
どっちみち妖精にはなれない、しかし邪悪な妖精に育てられて心身が歪んでしまったのも事実だ、その要素を切り捨てたら俺が俺では無くなってしまう。
素直に従うまでだ、カズムが埋め込んだ精神の楔は永遠のものなのだ――最後の気力を振り絞ってそこから逃げようとしても、やはり無駄なのだ。
誰よりも良く知っている、俺は妖精に育てられたのだから、俺は人間を知らずに育ったのだから、俺はカズムのモノなのだから――だから勝手には死ねない。
現状を把握、俺は死にかけている、正しく言えば殺されかけている、カズムがいない隙に、カズムがいなくなった瞬間に、俺は襲われた――それはカズムに似ていた。
人間の匂いと人間の形を持っているのに腹黒妖精に似ているとはどうしてか?
疑問、疑問、疑問、ギモン、み○むーの声が一瞬聞こえた、大丈夫、親の歪んだ調教がここにあり。
吐血しながら、嘔吐しながら、砂利の混じったソレをダラダラと地面に垂れ流しながら、睨みつける、相手はニヤニヤとしながら俺を見下ろしていた。
「妖精に育てられたモドキちゃん、さぁ、ボクの後継者になりなさい、なって、変わって、終わりなさいな」
最悪の魔女との出会いは血とゲロと砂利の味がした。
あとがき
元ネタは電車で話してたオタクの女の子が可愛かったからです。
後三話ぐらいで終わりますー、他のSSもカキカキ中です……。
ゲーム作成中です、シナリオです、うぅ。