「さあ、トリステインへ進軍しろ!我が下僕ども!」
頭垂れて命令を待つ兵士たちに俺はそう告げてやった。
連中は次々に雄叫びを上げ、気合いを入れていく。
ククク、いい気分だ。
歴史ある大国が俺のたった一声で亡きものとなる。
至極の喜びという奴に俺は身震いした。
トリステインよ、圧倒的な力の差に怯え、そして絶望するがいい!
俺の名は阿久魔太郎。
生前には犯罪の限りを尽くしてきた自他共に認める極悪人だ。
何たって、捕まってから死刑までの最短記録を叩き出しちまったからな。
加害者にお優しいお国も見捨てる俺カッコイイ!
なんて言う間もなく絞首刑であっという間におっ死んじまった。
あーあ、まだまだ遊び足りなかったのにな。
そもそも俺が捕まったのはたまたま気まぐれで一緒につるんだ女が原因だ。
あいつがへましたおかげで俺は呆気なく捕まっちまったんだ。
死ぬ前にチラッと聞いた話だと女は情状酌量の余地ありとやらで数年豚箱にぶち込まれるだけで済みそうなんだとさ。
ファック!俺をサツのお世話にした罪はそんな軽くねえぞ、クソッタレ!
死んだら化けて出て呪い殺してやる!
そう思っていたけど、実際に死んだら思っていたものとは違ってた。
何かビルのオフィスみたいなところにポツンと立たされていたんだよなあ。
多分、あまりのことに俺はアホみたいな顔してたんじゃない?
このどっかのジョーみたいなイケメンフェイスがさ!
「阿久魔太郎だな」
と、そんな俺に声掛けてきたのは、これまた普通のサラリーマンみたいな奴。
七三メガネにクールビズの男だった。
「お、おう」
我ながら情け無い返事だ。
思春期に好きな女の子から声を掛けてもらったってわけでもないのにどもっちまった。
でも仕方ないだろ?
こんな訳の分からないシチュエーションに陥ったらさあ。
「来い」
男は簡潔にそう言ってさっさと歩き出しやがった。
仕方無く俺は後を追う。
いくら俺でも、こんなワケワカメな所じゃ、田舎に連れて来られた都会のガキんちょと同じで何も出来んわ。
男に案内され、やって来たのはリアルな会社だったら課長のポジショニングに当たるようなデスクだった。
そこに座っていたのは、バーコードハゲのオッサン。
オッサンは俺を見るなり、フンと鼻を鳴らした。
「来たか」
面倒臭そうにそう言った後、オッサンは束になった資料を手に取って眺めている。
何見てんだ、ありゃ?
「阿久魔太郎…これは酷いな。罪という罪は大方重ねているじゃないか。情状酌量の余地無しだな」
吐き捨てるようにオッサンは言った。
ムカついたが、そんなことより、俺は自分の身に起きたことをオッサンに問い質した。
何も分かんねえままじゃ気持ちが悪いからな。
「おい、オッサン。ここは何処だ?俺は死んだんじゃねえのか?ここは天国って奴か?」
「ははは、面白いこと言うな、貴様。仮に天国があったところで貴様が行けるわけ無いだろ。こんだけ罪犯して」
オッサンは資料の束を俺に見せるかのように振り回す。
本当にムカつくオッサンだ。
これには心の広い俺様も流石にキレた。
「カッチーン。ぶっ殺す!」
俺は近くにあったハサミを手に持つと、その刃の方をオッサンの顔面に叩きつけてやった。
筈だった。
「なっ!?」
俺の手とハサミはオッサンの顔の中へずぶずぶと入ると、そのまま埋まってしまった。
オッサンは至って平然と資料を眺めている。
俺はワケワカメが頂点になって頭の中がパーンとなっちまいそうだった。
よくよく考えればここは死後の世界なわけで。
俺の常識が通用しなくてもおかしくは無いんだな。
ただ、この時の俺はそんな風に冷静に考えることは出来ず、ただ情けない叫び声を上げていた。
「う、うわあああああああああ!!」
「静かにしなさいな。大の大人がみっともない」
オッサンは俺の手が埋まったままの顔で俺にそう言ってのける。
慌てて俺はオッサンから手を引き抜いた。
もしかしたらあのまま顔面から抜けないんじゃないかと一瞬だけ心配したが、そんなことはなかった。
オッサンから引き抜いた手を見て、変わりないことにホッとした後、俺は言った。
「な、な、何なんだてめえ!人間か??」
「人間はあなたでしょ?」
「じゃ、じゃあてめえは…てめえらは一体…」
「やれやれ、この説明をするのも何兆回目ですかね…」
オッサンはそう言うと、コホンと咳払いした。
「我々は案内人。あなたみたいに現世で死んだ人間を次の生へ案内するのが仕事です」
「つまりあれか?天国か地獄か決める奴か?」
「違います。というか、話聞いてましたか?」
オッサンは馬鹿を見るような目で俺を見た。
くそ、本気で腹が立つ。
「ひらたく言えば生まれ変わりを案内するのが仕事です。で、あなたは…」
オッサンは眉を八の字にしながらこめかみを指で押し始める。
「現世であまりに酷いことやりすぎたんで、人間は勿論、虫や草花すら無理ですな」
「んだと、コラ!」
「なので、あんたは漫画のキャラに生まれ変わります」
「は?」
漫画のキャラだあ?
生まれ変わりすら意味不明なのに、更に素っ頓狂なことを言ってくれやがる。
「あんたは…ええと、『ゼロの使い魔』って漫画のジョゼフって奴に生まれ変わるみたいね」
「課長、『ゼロの使い魔』はラノベであって漫画じゃないですよ」
「んなもん、一緒一緒。変わりはしないって」
俺を無視してオッサンらはそんな会話をして笑ってやがる。
おいおい、何じゃこりゃ。
マジふざけんなって!
「おいっ!!」
「じゃ、とっとと生まれ変わって頂戴」
オッサンが何かの紙に判子を押した途端。
俺の意識は途切れた。