浪漫。
それは悲しい衝動です。
コレに取り憑かれれば、人はがむしゃらに前に進もうとします。
時に人は浪漫のために命をかけ、そして時に人は浪漫のために命を落とすのです。
傍から見れば馬鹿らしい事かもしれません。
しかし、馬鹿だと思っていても突き進む。
それが浪漫なのです。
◇◆◇◆
ある日のことでした。
エンチラーダが学院の皿を全て磨き終わって、テオの部屋に戻ろうと歩いていると、庭でテオが何やらゴソゴソと車椅子の下に潜り込んでいるのがみえました。
エンチラーダはとうとうテオの頭がオカシクなったのだと思いましたが、それを直接テオに言えば彼が傷つくと思ったので、あえてそうは言わず、ただやんわりと彼の行動の意味を問うことにしました。
「ご主人様何をなさっておられるのですか?椅子の下には何もありませんよ?」
「む?エンチラーダか、ちょうどいいところに来た、今作業が終わったところなのだ」
そいういうとテオは椅子の下からはい出て、その椅子に座ると先まで自分のいた車椅子の下を指さしてこういいました。
「この椅子コレをつけてみたのだ!」
そう言ってテオが指さす車椅子の下部分には何やら筒のような物が取り付けられていました。
「??」
エンチラーダにはそれがなんなのか、見ただけではさっぱりわかりませんでした。
「実は今日、コルベール師のところに新しい火の魔法に関する件で少しばかり話をしにいったのだが、そこでたまたま壁に立てかけられている之を見つけたのだ」
「何なんですか?これは」
「空高く舞い上がるへびくん、試作4号だそうだ」
「???」
名前を聞かされてもエンチラーダにはやはりそれがなんなのかわかりませんでした。
「名前はアレだが、要は火薬の推進力で飛ぶ筒、即ち火箭だな」
「はあ、火箭ですか」
火箭と言うのは即ち火矢です。
しかし、その筒は普通の火矢にしては形状が微妙に違います。
強いて言うなら攻城やフネでの戦闘でしばしば使われる特殊な火箭ににています。
それは私達の世界で言う所のロケットでした。
「この火箭、仕組みは単純だが、実は結構面倒でな。まっすぐ飛ばしたり、途中で爆発しないように飛ばすのはかなり作るのが骨なのだ。吾も何度かつくろうと思いつつ、めんどくさそうなので今日まで作ってこなかった。しかし、まさか完成品に出会えるとは思わなんだ」
「試作品4号なのに完成品なのですか?」
試作品というからには完成品を作る為にテスト用として作られたもののはずですので、その名前の矛盾をエンチラーダは疑問に思いました。
「コルベール師曰く、もっと小型化し、空中を自由に動かせるようになって初めて成功なんだそうだ。これはまっすぐ真上にしか進まないからな、そういう意味で試作品らしいんだが、吾に言わせればこちらのほうがむしろ完成品だと思うのだ」
「はあ…それはわかりました、でも、それを椅子に取り付けてどうするんですか?」
エンチラーダはそれが火箭で、まっすぐに飛ぶものであることは理解できましたが、それを椅子に付ける意味がわかりませんでした。
「これを付けることで途轍もない速さで異動が可能になるのだ」
「途轍もない速さでございますか?」
「コルベール師曰くコイツの速度はフライどころか飛龍のそれを遙かに上回るそうだ」
「そんなに早いのですか?」
飛龍と言えば、ハルケギニアにおいて早いものの代名詞です。
それを超える速さというのは中々に想像しがたい物でした。
「しかし早く飛べばそれだけ体に負担がかかると聞きましたが、その速さは大丈夫なのですか?」
テオの安全を一番に考えるエンチラーダですから、その装置に、テオに対する危険性が無いかを心配します。
「そこだ!従来の魔法では空気抵抗の問題があり、速度を上げることが出来なかった、何せ魔法というのは2つ以上同時に操るのは実に面倒だからな
「はあ」
「吾も、フライの際に空気抵抗をウインドシールドでもって軽減していたが、やはりその分フライの魔法がおざなりになり、最高速度を出すことが出来ずにいたわけだ」
「アレでですか?」
エンチラーダの知る限り、テオのフライは飛龍ほどとは言わないまでも人間離れした速さでした。アレで本来の最高速度では無いのならば、彼が求める最高速度とは如何ほどなのでしょう。
「そこでこれだ、このロケットで速度を出すならば、吾は目の前に空気抵抗のことだけを考えれば良い。之ならば吾の求める最高速度が出せるだろう」
「しかし、姿勢の制御などは大丈夫なのでしょうか、フライと違って火薬で進むのでしたら、飛ぶ方向が決まらないのでは無いですか?」
「ふむ、実は吾もそこらへんは心配だったのだがコルベール師曰く、問題は無いらしい。姿勢制御の工夫がなされているらしく、常にまっすぐ真上に上がるそうだ」
「しかし、良く、コルベール様がそれを譲渡してくれましたね」
エンチラーダはそう言いました。
教師のコルベールは発明狂であり、常に新しいものを発明しては実験をしています。
確かに発明品が欲しいと言えば嬉々として彼はそれを譲渡してくれるでしょう。勿論その発明に関する長ったらしい説明を聞くという労務と交換にですが。
しかし、それは安全な物に限ります。
生徒思いで、慎重派という一面もあるコルベールは危険性のある発明品はまず生徒に貸出したりはしません。
高速で飛翔するための火箭など、成績優秀者であるテオとはいえ、そう簡単に貸してもらえるとはエンチラーダには思えなかったのです。
「まあコルベール師は、単に花火替わりに発射して遊ぶと思っていたようだが、まさかこのような画期的方法で持って使うとは夢にも思うまい」
そう言いながらテオは笑います。
どうやら、どのように使うかに関してはコルベールに詳しく伝えなかったのでしょう。
確かに危険そうな火箭もただ飛ばして遊ぶだけならば然程の危険は無いでしょう。
まさかコルベールもこのような使い方をするとは、全く予想していなかったにちがいありません。
「どれくらいの速さが出るかも未知数であるからな、まあ椅子には固定化がかけてあるので多少のショックでは壊れないだろうし、方向は体重移動でもって定めれば良いだろう。兎に角コイツがまっすぐに飛ぶというのなら向きを変えるだけで行きたい方向にいけるはずだ」
「しかしご主人様、もう少し安全を確認してからのほうが…」
流石にいくら原理的に大丈夫でも、いきなりぶっつけ本番で飛行に望むのはやはり危険だと思ったエンチラーダは、取り敢えず安全性の再確認を促しますが、テオはその言葉に耳を傾けませんでした。
「くどいぞエンチラーダ。男にはな、浪漫というものがある」
「浪漫…でございますか?」
「そうだ。誰よりも早く!誰よりも高く!誰も到達していない地点に誰よりも先に到達する。それこそが浪漫であり、そしてその浪漫を達成してこその男である」
「しかし・・・」
「エンチラーダ、吾はな、せめて男でありたいのだ。安全を確認しながら、ビクビクと空を飛ぶなんてそんなみっともないことはしたくない。吾はこのとおり、人より足りない部分が有る。人間として見られないことすら有る。しかしだ、それでも男であることを止めた覚えはない。一人の立派な男であると、男テオフラストゥスであると、自分自身に対して胸を貼りたい。そうすれば吾こそがお前にふさわしい主であると、吾は胸を張って言えるだろ?」
真面目な表情でテオにそう言われてはエンチラーダは何も言い返せません。
というか、「お前にふさわしい主」なんぞとテオの口から言われてしまったら、エンチラーダは今直ぐにでもテオに抱きつきたい気持ちで、それを必死に我慢するのに必死でした。
「わかってくれるか?エンチラーダ」
「ハイ」
「ではエンチラーダよ少し避けてくれ、吾は行く、吾の勇姿をその目に焼き付けるが良い」
「はい!」
エンチラーダは少しテオから離れ、テオはロケットの発射作業に入ります。
「では点火!」
テオがそういいいながら杖の先から火を出すと、それはロケットの導火線に着火し、
次の瞬間、ものすごい勢いでテオは飛び立ちました。
轟音、
土煙、
火薬の匂い。
それらが混ざり合う中、テオは途轍もない勢いで飛びました。
それはエンチラーダが見たことのある如何なる生物より早く。
まっすぐに。
真上に向かって。
ドンドンと空高く舞い上がって行きました。
錐揉みしながら。
「ご主人様~~!!」
「ウボアーアアァァァァァァァァ・・・・・・」
高速回転する椅子はまっすぐに真上に飛び、テオの姿は回転のために竜巻のような様相で飛んでいきます。
どこまでも。
どこまでも。
◇◆◇◆
ロケットの姿勢制御に関しては古来から色々な方法が取られてきました
近年でこそジャイロ制御やコンピュータ制御が導入されていますが、そのような物がない時代。人々はいろいろな工夫でもって物をまっすぐに飛ばします。
特に昔から使われる姿勢制御。
物をまっすぐ飛ばす一番簡単な制御方法。
弓矢や銃弾などにも利用される、原始的ながら確実な方法。
試作品のロケットにおいてコルベールが採用した方法。
それは回転することだったのです。
◆◆◆用語解説
・火箭
日本では基本的に火矢のことだが、中国語ではそのままロケットという意味になる。微妙にニュアンスが違うようだが、ロケットは本来兵器として開発され、現在も割合では兵器としてのロケットのほうがずっと多い。超高性能な火矢と言えるので、広義的には間違っていない。
・フネでの戦闘でしばしば使われる特殊な火箭
火箭はいろいろな状況で使われるが、木製であった船での戦闘で使われる事が多かったらしい。火龍出水は漢の浪漫。
・火龍出水
赤水晶のロッドの固有技の火龍出水は、全員のHPを回復し、同時に狂戦士状態にする技…ではない。
火箭の一種で大筒に小さな火矢を括りつけた二段式火箭。他にも一窩峰・飛槍出水・群豹横奔箭など、火箭には男のロマン兵器が多い。
・椅子 ロケット
AngelBeats見てて面白かったので。
実際は重心の問題もあるので、つけ方を相当工夫しないと、したたかに頭を地面に打ち付ける結果になると思われる。当然のことだが、良い子は決して真似してはいけない。
現実の世界でも15世紀の頃には王冨(万戸)さんが椅子ロケットにトライしている。
ちなみに彼はソレはソレは空高くまで舞い上がった。
具体的に言うと天国に。
・まっすぐに飛ばす。
簡単なようで実に難しい。
発射角度や重心と推力の関係や横風の影響などで簡単に向きが変わってしまう。
・火薬式
固形燃料タイプのロケットは初速が速い…というか、基本的には速度調節ができないので、いきなりフルスロットルで飛ぶ。
・浪漫
ロケット、それは男のロマン。異論は認める。
・錐揉みしながら
超級覇王電影弾みたいなかんじ。
・回転。
スピン安定式と呼ばれる安定方法。
第2次大戦中のロケットなどによく使われていた。
現宇宙空間での姿勢制御でも良く使われている。