魔法学院にはタバサという少女が居ました。
キュルケの友人でしたが、その性格はまるで正反対。
明るく活発なキュルケとは対照的に、寡黙で常に孤独に行動する少女でした。
キュルケ以外の人間とは話すことすら稀で、というのも彼女は基本的に一部の人間以外の他者に対して、さしたる興味を持たないのです。
そんなタバサですが、テオに対してはそれなりの興味を持っていました。
良くも悪くもテオは目立つのです。
その身体的特徴によって目立つというのも有るのですが、タバサが興味を示したのはテオの魔法の才能と座学の知識でした。
タバサは優秀な生徒です。
学院でも数少ないトライアングルメイジで、座学の成績も悪いわけではありません。
しかしタバサは現状に全く満足をしていません。
彼女にはもっと実力が、知識が、能力が必要でした。
何故ならばタバサには目的がありました。
それは毒で心を狂う病気にされ、軟禁された母親を助けること。
そう、とある事情からタバサの母親はオルレアン家の屋敷に閉じ込められているのです。
しかもその状況を強いているのは自分の叔父でもあるジョゼフ1世。
ガリア国王その人なのです。
いかなる理由で彼がそのような行動をしたのか、タバサはその全貌を知っているわけではありません。政治的な理由も有るのでしょうがそれだけではなさそうです。
兎にも角にも。タバサの敵は強大でした。
そんな敵から母を救い出すためには知識と力が必要です。
母親の毒を消し、病の呪縛から救い出す知識。
そして囚われの身から解放する力。
それも、未知の毒を解毒するほどの知識と、国王の追手を全てをねじ伏せる程の強大な力が。
トライアングルメイジの天才的な才能を持ったタバサでしたが、それが出来る位置には未だ至っていませんでした。
そんな理由で彼女は今以上の知識と戦闘能力を欲っしていましたが、なかなか思うようにはいきません。
まず、知識。
これは四六時中読書でもって、あらゆる知識を詰め込んでは居るのですが、いまだ母親の毒の正体すらつかめていません。
そして力。
トライアングルメイジになってから、どうにも実力が上がりにくくなってしまったのです。少しずつ技術の向上はみられるのですが、こんなペエスではいつまで経ってもスクエアのメイジにはなれそうにありません。
本来ならば誰かに師事して教えを乞うのでしょうが、あいにくとタバサにはそれが出来ません。
表立って誰かに弟子入りすれば、それは母を軟禁する相手に自分が実力を上げて何やらしようとしていると公言しているに等しいことなのです。
ですから、タバサは学院の授業以上のことは自力でもって知り得なくてはいけないのですが、その授業に対して彼女は不満を持っていました。
魔法学院の教師ときたら、役にも立たない平和的で温い魔法やら、知りたくもない国の歴史など、どうでも良いことばかりしか教えてくれないのです。
生徒たちもドットの生徒たちが殆どで稀にラインがいる程度。
このようなレベルの学院の授業の中で彼女が得られるものはさして多くはありませんでした。
しかし、
そんな中にテオが居ました。
テオはさして自分と違わない年齢で有るのにすでにスクウェアのメイジでした。さらには知識も豊富で。全てにおいてタバサの一歩先に居る人間だったのです。
如何にしてスクウェアになれたのか。
如何にしてそれだけの知識を手に入れたのか。
タバサはテオに対して結構な興味を持っていたのでした。
タバサは出来ることならば彼女はテオと接触をしたいと思っていましたが、なかなかその機会はありませんでした。
なにせテオはタバサの目から見ても傲慢で偉そうでワガママで気難しそうでした。
そしてタバサは自分の性格が外交的ではないことを自覚していました。
そんな自分が、彼に面と向かって話をすれば相手を怒らせ、その縁を自ら潰してしまうような気がしたのです。
ですので、タバサはどのようにしたらテオと友好的に接触できるのかその機会を伺っていました。
そしてある日。
自身の数少ない友人。というか、学院において唯一の友人であるキュルケが、そのテオと仲よさ気だという事実を知るのでした。
◇◆◇◆
「はあい!テオ、貴方に会いたいという娘を連れてきたわよ~」
そう言いながらキュルケはテオの部屋にタバサと共にズカズカと上がりこんできました。
突然の訪問。それも部屋の主に許可も取らずに入室。
淑女に有るまじき行動ではありますが、キュルケはマイペースに行動しますし、テオもその奔放な行動に対して嫌悪感は見せませんでした。
エンチラーダもテオが不愉快そうでないのを感じ取ってその二人に特に文句は言いませんでした。
テオとエンチラーダはただ当たり前のようにに二人を迎え入れ、そしてキュルケの隣にいる背の小さいタバサを見て、テオは開口一番こう言いました。
「君の子供か?」
「…ごめん、その言葉に悪気はないのはわかるけれど、さすがに殴るわよ?」
どうしてキュルケが一児の母に見えましょう。
あまりに失礼な言葉にキュルケの手はワナワナと震えますが、テオは不思議そうな顔をするばかりです。
「エンチラーダよ?なぜキュルケは怒っているんだ?」
「ご主人様、彼女は自分が子持ちであると思われたくない様です」
エンチラーダがそう言うと、テオは納得したという様子で数回うなずきました。
「なるほど隠し子か?」
「友達よ!タバサって言うの!」
タバサは目の前のやり取りに少し驚いていました。
目の前でキュルケと話すテオは、何やら親しみやすい雰囲気を出していたのです。
これは自分の彼に対する認識が間違っていたのか、それとも彼をそんな雰囲気に変えるキュルケが凄いのか、兎に角この雰囲気はタバサにとっても良いことでした
「タバサが、貴方に興味があるんだって、珍しいのよ?この子が何かに興味を持つなんて」
「ほう、まあ珍しがられることには定評のある吾である、好きなだけ見ていくが良い」
そう言ってテオはペシペシと自分の膝をたたきました。
どうやらテオはタバサが自分の足の部分に興味があると勘違いしたようでした。
タバサは別にテオの足にはさして興味はありませんでしたが、せっかく好きなだけ見れば良いと言ってくれたのですから、遠慮なくテオを見ることにしました。
果たしてどうしてこの男が自分以上の実力を手に入れられたのか、その秘密を探ろうと、彼の体を隅々迄観察します。
そんなタバサとは対照的に、キュルケはマイペースに部屋中を観察し、面白そうな物を見つけると即口を開きました。
「ねえテーブルの上のこれ何?なんか小さい紙に文字を書き込んでるけれど」
そう言ってキュルケはテーブルの上を指差します。
そこには小さい紙がいくつも散らばっていて、テオはそれらに何やら書き込んでいたのです。
実はタバサも、テオのその行動が気になっていました。
もしかして、コレが彼の有能さの秘密なのかと、その紙面を読もうとした時、テオの口から予想外の言葉が聞こえたのです。
「占いだ」
「占い?貴方そんな事するの?」
キュルケが驚いた声を上げます。
確かにテオのイメージと占いはあまり結びつきません。
「まあちょっとした暇つぶしにな」
「ご主人様の占いは百発百中なのですよ」
そう言って、なぜがエンチラーダが誇らしげに胸を張りました。
「へえ、じゃあちょっと占ってもらおうかしら」
テオの占いにキュルケは興味津々です。
大抵の女の子は占いに対して興味を持ち、そしてキュルケもその例外ではありませんでした。
「吾の占いは特殊でな。現在・未来のことを予め紙に書いてそれぞれの箱の中に入れて有る。後は箱に手を入れてそれを取り出せば、それが占いの結果なのだ」
そう言いながらテオが腕を上げると、まるでその動きを予想していたかのようにエンチラーダが何処からとも無く2つの箱を出してきました。
「へえ、なかなか面白そうじゃない、じゃあまずは現在を占おうかしら、この箱でいいの?」
「うむ、的当に取ってみるが良い、怖いくらいに当たるぞ?」
「はい、じゃあタバサから」
そう言ってキュルケはその箱をタバサの前に差し出します。
正直タバサは占いというものに対してさしたる興味を持ってはいませんでした。
しかしワザワザ勧められたものを断る程に嫌いというわけでもありませんでしたから、素直にキュルケの言葉に従います。
タバサは箱に開けられた穴からその中に手を入れると、一枚の折りたたまれた紙片を取り出します。
そしてタバサはその紙を広げ、中に書かれた文章を読み上げました。
( 今日も元気だご飯が旨い。 ○6点 )
「・・・あ、当ってる」
その内容の通り、今日も美味しくご飯を食べたタバサは、慄きました。
まさか占いがこんなにもピタリと当たるとは思いもしていなかったのです。
しかしキュルケの反応は違いました
「ごめんなさい、私は動揺を隠しきれていないわ。それ占いなの?あと何?6点って?」
「なんだ。キュルケは文句があるのか?ならば貴様も占ってみろ、怖いくらいにあたってるぞ」
そう言われたので、キュルケも一枚、箱の中から紙を取り出します。
そしてその紙にはこう書かれていました。
( 靴がくさい ●1点)
「…って!くさくないわあ!」
あまりに酷い内容に、思わずキュルケは声を荒げます。
「ははは解っておる解っておる…衝撃的な事実は自分でも認めたく無い物だ」
「何一つ解ってない!違うからね!くさく無いから!タバサ!なぜ汚いものを見る目を私に!?だ、騙されちゃダメよ。そもそも、今日の運勢なんて当たり障りの無いことを書いておけば大抵当たるじゃない。顔を洗ったとか、食事をしたとか、そんな日常的なことを書けば当たるのは当然でしょう?それと、私の足は断固くさくないからね!こんな占い全くのデタラメよ!」
そう言ってキュルケは占いのかかれた紙をビリビリと破りました。
「全くうたぐりぶかいなあ、キュルケ君は。そうまで言うのならば未来の箱の紙を引いてみろ。まだ起きていないことなので之はごまかしようがない。いかに吾が優れた占い師であるかをとくと味わえ」
そう言ってテオは先程とは別の箱をズズズイっとキュルケの前に差し出しました。
キュルケはその中の一枚をおもむろに取り出すと、それに書かれた文章を読み上げます。
( ハゲで人生が変わる ●2点 )
「……これ、私が将来的にハゲるってこと?ねえ、そういうこと?」
「未来というのは常に予想外の事態に陥るものなのだ」
「予想外すぎでしょこんなこと!どうして私がハゲなきゃいけないのよ!」
「髪の毛の栄枯盛衰はままならないものです、あと靴の臭い取りには銅貨が良いそうですよ?」
そう言ってエンチラーダが一枚の銅貨をキュルケに差し出します。
「だからハゲないし!足もくさくない!それとタバサ!何で私の頭部を見つめるのよ!こんな占い全くのデタラメよ!」
キュルケは大声で占いがデタラメだと主張しました。
しかしタバサはそう思いませんでした。
なぜならタバサは知っていたのです。
キュルケの部屋の下駄箱の中から、どす黒い臭いがすることを。
確かに当たり障りの無いことが書かれているだけかもしれません。
しかし。少なくともタバサが朝美味しくご飯を食べたのも、キュルケの靴が臭かったのも事実です。
そして、更に言うのであれば、タバサにはキュルケが将来ハゲることに対する心当たりがありました。
キュルケは毎日異常なまでに髪の毛を手入れするのです。
何度も櫛を入れ、洗い、更には水の秘薬を髪に使うことすらありました。
アレだけ過剰に髪を弄れば、将来的にハゲるというのも十分にうなずける話です。
「ほれ、そこの青い髪の毛のチミっ子も引いてみろ」
喚くキュルケを無視しながらテオはタバサの目の前に箱を差し出します。
タバサはその箱の中から一枚の紙を引きます。
その紙を開く瞬間、タバサはゴクリとつばを飲み込みました。
表情には現れませんでしたが、タバサはとても緊張していました。
たかが占いです。
キュルケの言うとおり、デタラメである可能性も十分に有ります。
しかし。
そこに書かれる未来が悪いものであれば。
いえ、悪いもの程度であれば構いません。
もし、もしもそこに絶望的な未来が書かれていたら。
自分は立ち直れないんじゃないか。
そんな気持ちだったのです。
その心中に不安を抱えながらタバサが紙を開くと、そこにはこう書かれていました。
( 病気が治ってみんな幸せ ◎100点 )
「ホラ見なさい!タバサそもそも病気じゃないし!その占いいい加減にも程が 「信じる!」 …タバサ?」
突然大きな声で叫ぶタバサにキュルケは驚きます。
「この占い、信じる!」
そう言って彼女はその占いの紙をぎゅっと握りしめました。
「当たり前だ、百発百中のテオ占いであるぞ」
そう言ってテオは笑います。
それは占いが絶対に当たると信じて疑わない、自信の笑でした。
「ちょっと待ってよ、二人して盛り上がってるけど、私は信じないわよ、将来禿げるなんて!!」
「まあ、そういうな、吾は足が無いが何とか生きておる。毛がなくったって死ぬわけじゃあない」
「最近では質の良いカツラも出まわっておりますので、あまり気になさらないほうが」
「だから何でこの占いが当たってる方向で話が進むのよ!私の足はくさくないし、今後禿げることもあり得ないんだから!」
「そうは言うがこの部屋には今四人いて、その内の三人が吾の占いを信じておる。75%の信頼性であるぞ?なあ」
そう言ってテオはタバサの方を見ます。
タバサはすかさず答えます。
「信じる」
「キュルケの足は?」
「臭い」
「キュルケは将来?」
「ハゲる!」
そのやりとりが、止めでした。
キュルケの怒りは頂点に達し。
「オマエラ!」
その日。
テオの部屋から火柱が上がるのが、校庭から観測されたそうです。
◆◆◆◆用語解説
・点取り占い
伝説の占い。そもそもこれ占いじゃないだろ!という内容の文章と脱力系のイラストが描かれている御籤のような占い。
そのあまりにも的はずれな内容に中毒者は多い。
・ 靴がくさい ●1点
点取り占いの基準として、点数の前に書いてある丸が黒丸か白丸かでその内容の善し悪しがわかる。
基本的に良い内容ほど高得点で白丸が多い。逆に悪い内容ほど点数が低く黒丸が多い。ちなみに丸の種類は他にもあるが、テキスト的に表現できたのはこの二つの丸だけだった。
それと。
キュルケたんの足はくさくなんかないやい!
という人は以下の文章を読んでいただきたい。
・靴が臭い
ポイントは足では無く、靴が臭いということ。
この世界の革鞣しがどのような技術によってなされていたかは不明だが、原始的なオイル鞣しやタンニン鞣しであることが予想される。
そうなると、オイル鞣しの場合は現代社会よりも精製技術が荒いであろう油の独特の匂いがつくし、タンニン鞣しならば、タンニンの原料である木の実、オガクズなどが発酵した匂いがつくことが予想される。
即ち、この世界の革靴にはすべからく独特の匂いが付いていて臭いのである。
さらはしっかりと加工された靴ほどオイルや薬品が多く使われている。言うなれば高い靴程に臭い。
お洒落さんのキュルケの靴箱はさぞどす黒い臭いがすることだろう。
・銅貨
昔から靴の消臭には10円玉が効果的と言われている。
銅には殺菌効果があるのだ。ちなみに銀貨や金貨でも良い。
銀や金にも銅のように殺菌効果がある。単にコスト的な問題で銅が使いやすいというだけのこと。
ちなみに、あくまで殺菌効果であり、油や薬品の匂いが消えるわけでは無いので注意しよう。
・ハゲ
この時のキュルケは最終的にコルベールとあんなことになるとは思いもしなかったのです。
この占いは将来禿げるという意味ではなくハゲ(コルベール)によって人生が変わるということを暗示している。
・手入れのしすぎ
ヤバイらしいよ、薬の使いすぎとか、手入れのし過ぎとか。
適度なケアを心がけましょう。
・病気が治る ◎100点
治るといいねお母さん。
ちなみに本物の点取り占いは10点が最高点。100点なんて点数はない。