トリステインにタルブと言う村があります。
それなりに良質のワインと独特の食文化が特徴の、それなりに豊かな村でした。
ワインと食事以外に特に目立った名物と言えるような物はありませんでしたが、強いていうならば村の近くに奇妙な物が存在していました。
『竜の羽衣』と呼ばれるそれは、奇妙な出で立ちをした大きな物でした。
空を自由自在に飛べるようになる秘宝…とのことでしたが、誰もそれが空を飛んだところを見たことはありません。
トリステイン各地にある、『名ばかりの秘宝』の一つに過ぎなかったのです。
しかし、その立派な出で立ちに人はそれに対して手を合わせ祈りを捧げるのでした。
人は未知の者や、人知を超えたものに対しては、恐怖と同時に好奇心や畏怖を感じるのです。
それを初めて見たテオ達一行の反応も概ねその例を外れる事はありませんでした。
キュルケとギーシュは呆然とそれを見ていました。その異様な出で立ちに圧倒されているのでしょう。
テオ、タバサ、エルザは、好奇心を刺激されたようで、色々な角度からそれを観察しています。
そしてサイトは。
「なんでこれがこんな所に…」
まるで魂が抜けてしまったかのような様子でそれを見ていました。
その様子にシエスタが心配そうにサイトに声を掛けます。
「サイトさん、どうしてしまったんですか?私、何かマズイもの見せてしまったんじゃ…」
サイトは答えませんでした。
ただ、その『竜の羽衣』を無言で見続けています。
そんな2人を他所に他のメンバーは『竜の羽衣』の正体について論議をはじめました。
「こんなものが飛ぶわけ無いじゃない」
「これはカヌーか何かじゃないのかい?転覆しないように横に浮き替わりの羽をつけているんだよ」
「うわー、硬いんだ」
「ほう…コレは軽銀で出来てるのか。いや、軽銀というには少しばかり不純物が多いな…合金か?場所によって純度が違うな。強度を使い分けているのか?」
「…中々赴きある形状……」
「あの、サイトさん?本当に大丈夫?」
シエスタが心配そうにサイトの顔を覗き込むと、サイトは彼女の肩を掴んで言いました。
「シエスタ!」
「は…はい!」
「これは…これは竜の羽衣なんて名前じゃないよ」
「はい?」
「これは…ゼロ戦だ」
そう、いまサイトの目の前にあるそれは、
片持低翼単葉型零式艦上戦闘機。
通称ゼロ戦だったのです。
嘗て日本の空を自由に飛び回ったその戦闘機が、何の因果かそこに鎮座していたのです。
「シエスタ!他に、他にひいおじいちゃんが残したものは無いのか?」
サイトはそう言うと、
「ええ…あとは、お墓と、遺品が少し…」
「見せてくれ」
そう言ってサイトはシエスタと共にその場を後にするのでした。
二人は皆をその場に置いて二人で姿を消しましたが、取り残された一同は皆その竜の羽衣の正体についての議論を熱くしていて、それに気づくものはおりませんでした。
「ボートだとすればけっこう斬新なデザインじゃないか?」
「スタイリッシュ」
「斬新すぎるでしょ、意味不明の領域よ?」
「ローラーが下についてるから運ぶのも簡単そうだし」
「ローラーがついてるならば馬車なんじゃないの?だとしたら中々『アリ』なデザインじゃなくて?」
「ビュリホー」
「それこそオカシイよ、こんな形の馬車なんてナンセンスの極みだね」
「タバサはどう思う?やっぱり馬車よね?」
「いや、ボートだと思うよね?」
二人がタバサの方を見て、ドチラの意見が現実的かを問いますが、タバサの口から出た言葉はドチラの案でもありませんでした。
「…小型バンガロー」
「「…斬新な発想」」
「でも…だとすれば結構悪くないデザインかしら?この硬い殻ならば、雨やその他の色々なものから体を守ってくれそうね」
「羽の存在意義が微妙だけど…あ、これはひょっとして水陸両用バンガローと言うことなのかな?」
「テオはどう思うの?」
ふと、先刻からブツブツ言っているテオにキュルケが尋ねました。
テオは竜の羽衣の表面を手でなぞりながら言いました。
「そんなことより、こんな感じの上半身のゴーレム作ったら強そうだと思わんか?」
ウキウキとした表情のテオに対して。他のメンバーは慈愛に満ちた表情で答えます。
「思わない」
「思わない」
「思わない」
「思わない」
「…お前ら皆、ゴーレムに潰されちゃえばいいのに」
美的センスが微妙に人とずれているテオですが、
それを真っ向から否定されれば人並みに傷ついてしまうのでした。
◇◆◇◆
その日、一行はシエスタの実家に泊まることになりました。
学生とは言え、テオたちは貴族ですから、村長までが挨拶にくる大騒ぎになりました。
シエスタの家族は大家族でした。或いはそれはトリステインでは普通の家庭なのかもしれませんが、少なくともサイトの基準では大家族です。
父母に兄弟姉妹たち、全員で10人以上も居るのです。
みな突然現れた貴族に畏まった様子ではありましたが、田舎の家族特有な牧歌的な騒がしさがその家には溢れていました。
久しぶりに家族に囲まれたのか、シエスタは幸せそうで、楽しそうで、その様子を見て、サイトは羨ましくなりました。
シエスタは勿論のこと、キュルケもタバサもギーシュもルイズだって、家族はいるのです。そして時に里帰りをしてはこうやって家族に囲まれる時も有るでしょう。
しかし、自分はそれができません。
自分の家族に会うにはどうしたらいいのかさえもわからないのです。
そこまで考えた時。不意にサイトの後ろから大きな声が聞こえました。
「おじちゃんすごーい」
「わ~~~」
「やんややんや!」
「はははは、何、吾にかかればこれくらい朝飯前のコンコンチキである。あと、吾はおじちゃんでは無いからな、次おじちゃんと言った奴は泣くまで殴るからな」
サイトが後ろを振り返ると、そこではテオがシエスタの兄弟達に人形を錬金していました。
メイジと接する機会の少なかったシエスタの弟や妹たちは、テオの作る人形に心奪われた様子で、テオを囲んで大はしゃぎです。
「ねねねねね!もっと、もっと作って、!!」
「私も私も」
「僕も僕も」
「これこれ、そう押すでない。っていうか、ひっつくでない、いや、まだひっつくのは許すとしても、吾にベッタリとくっつくな、吾の服が汚れ…って、吾のマントで鼻をかむなあ!!」
口では文句を言っていましたが、子供に囲まれてテオもまんざらでは無いようでその顔はどことなく楽しそうでした。
シエスタの親等は子供たちが貴族に対してあまりに失礼に接するので顔を青くしていましたが、テオがそれに怒りを覚えた様子もなく次々と人形を錬金する姿をみて、別の意味で驚いて居ました。
「まったく、魔法はそんなにホイホイと使うものじゃあ無いよ。僕達メイジは崇高なる貴族であって、決して道化では無いのだから」
小馬鹿にしたようにギーシュがそう言いました。
その言葉にテオは怒ること無く言い返しました。
「才能豊かなものはそれを出し惜しみしないのだよ、金持ちが金をケチらないのと同じだ。魔法を使いたがらない輩は大抵に置いて、人に見さられるような才能が無いのだ。…おおっと失礼。子供たちの前で恥をかかせてしまったな。此処は吾が大人になって君の意見を受け入れるべきだったか…」
そう言ってテオはニヨニヨと笑いました。
その挑発的な笑顔にギーシュは顔を真赤にしました。
「ば!ぼ!ぼ!僕は!無能なんかじゃないぞ!みみみ見ていたまえ!僕のゴーレムを…」
そう言ってギーシュも人形を錬金し始めました。
結局テオはギーシュも巻き込んで子供たちと大いに騒ぎます。
そこには一切、暗いものはなくとてもとても楽しそうに見えました。
サイトはその光景を見て、自分の先ほどまで感じていた暗い感情が少し恥ずかしくなりました。
テオ。
彼は他のメンバーとは家庭環境が大きく違います。
だって、彼は家族に捨てられて居るのです。
そういう意味ではまだサイトのほうが幸せと言えるでしょう。
どうすれば家族のもとに帰ることがわからないとはいえ、帰る方法が絶対に無いと決まったわけではありません。
しかし、テオは違います。テオには家族そのものが無いのです。
どうしても、どうやったって家族に囲まれるなんてことはありはしないのです。
でも、テオは悲しそうな顔を見せることはありません。
ただ、今目の前にある状況を大いに楽しんでます。
いえ、テオだけではありません。
シエスタの曽祖父もまた、故郷に帰る事無く此処で生涯を終えました。
彼は何度も帰りたいと思ったに違いありません。
しかし、きっと嘆くばかりではなかったのでしょう。
少し前の自分のように、何もせず理不尽な仕打ちを悲しむだけの、そんな人間ではなかったはずです。
前向きに精一杯この世界を生き抜いたに違いないのです。
なぜって。
今目の前で幸せそうに笑うシエスタを見れば解ります。
それを囲むシエスタの家族の笑顔を見れば解ります
シエスタとその家族たちの笑顔は、間違いなくシエスタの曽祖父が作り上げたものなのです。
こんな幸せな家族を作り上げた人間が、不幸であったはずがありません。
シエスタの曽祖父も家族に囲まれて、この世界を幸せに生き抜いたのでしょう。
サイトはそう思うと。
その顔を笑顔にかえて、シエスタに微笑みを向けるのでした。
◇◆◇◆
夕方。
食事の前のゆっくりとした時間。
皆は思い思いに行動していました。
ギーシュが使い魔の毛づくろいをしていました。
キュルケは爪の手入れ、
タバサは読書。
サイトは散策に、おそらく竜の羽衣のある場所に再度向かったのでしょう。
そしてテオとエルザはサイトが向かった方向とは反対の方向に。
すなわち村の近くの森の中に居ました。
夕日に照らされて黄昏色に染まった森の中、テオはただ風景を見ていました。
「いい村だな」
テオが言いました。
「そうね」
その隣に立っていたエルザが答えます。
「静かだし、景色も良いし」
「ええ」
「そして何より食事。ワインは結構有名だし、シエスタの賄いを見るに味には期待できそうだ」
「まあ、美味しそうな人間は多かったわね」
そう言ってエルザはケラケラと笑いました。
その不謹慎極まりない言葉に、テオは嫌な顔一つせずに笑顔のままエルザの頭をなでました。
そして、それはエルザに大きな幸福感をもたらします。
「でもちょっと意外」
「何がだ?」
「なんだかテオって、もう少し騒がしい状況のほうが好きだと思ってた。こういう田舎よりも都会のほうが好きなのかなって…」
「まあ、たしかに吾は都会も好きではある。しかしなどうしても静かな状況に落ち着きを感じてしまうのだ。特に…この辺りな昔の住処に似ていてな」
「昔の住処?」
「塔だ」
テオのその言葉に、エルザは何と返して良いかわからなくなってしまいました。
テオが嘗て塔に軟禁されていたことはエルザも知っていましたが、それはテオにとって嫌な記憶で有ることは間違いがなく、それについて触れることがためらわれたのです。
「吾が住んでいた塔はな丁度こんなような森の側に立っていてな、窓から見える景色は中々美しかった。はっきり言って塔の中での生活は嫌な記憶だ。しかしな、それでもそこでの生活は吾の性根に染み付いているのだろうな。懐かしいと思う気持ちはどうしたって出てしまう」
黄昏色に照らされながらテオはそういいました。
その顔が、どことなく悲しそうに見えて、エルザの心は締め付けられる思いでした。
まるでテオの気持ちこそが、自分の気持ちで有るかのように。
テオの悲しみが、何倍にもふくれあがって自分の心に流れ込んでいるようでした。
そしてエルザは自覚するのでした。
自分がもう完全にテオという男に溺れきっていることに。
もうエルザはテオを好きになることに歯止めが効かなくなっています。
少し前であれば、厄介ごとを極力避けていた自分が、今ではテオのために進んで厄介に突き進もうとしています。
でもエルザはそれを悪いことだとは思いませんでした。
自分の中に芽生えたこの過剰な愛は、必ずしも心地の悪いものではなく。
むしろとても気持ちの良いものでした。
エルザの中は今まで以上に生きているという実感で溢れていました。
つまり。
エルザは今幸せだったのです。
エルザの目的は「ただ自分の身を守る」から、「今ある幸せを守る」へと変化しているのです。
そして、いまエルザの前にある大きな問題。
自分の幸せを壊しかねないその課題に向きあう為、彼女はテオに質問をすることにしました。
「テオ、一つ聞いていいかしら」
「なんだね?」
「…エンチラーダのこと」
エルザのその口調は穏やかでしたが、そこには確固たる力強い意思がありました。
「エンチラーダがどうかしたのか?」
「どうもこうも。なぜ、なぜテオはエンチラーダを放って置くの?」
「放って置く?そりゃあ、エンチラーダは子供じゃないんだ、アイツのやることに口を挟むのも変な話だろう?」
それが当然であるかのような口ぶりでテオは答えました。
「だ・か・ら!エンチラーダはテオを裏切っているのよ!テオ!テオは良いの?エンチラーダをこのままにしておいて」
「別に構わんよ?」
その言葉にエルザは我が耳を疑いました。
なぜテオはそんな平然とエンチラーダの裏切りを見過ごせるのでしょう。
「エンチラーダがどんな恐ろしいことを考えてるのかわからないのよ!エンチラーダがこれから何をしようとしているのか、テオは少しも怖いとは思わないの?」
「思わないよ」
あっさりとテオはそう言いました。
「なぜ!?」
エルザのその問いに、テオは少し考える素振りを見せると、ふと、遠くを見ながら言いました。
「そうだな、きっと吾は知りたいんだ」
「知りたい?」
「ああ。アイツが本当に裏切るのか」
テオの其の言葉はエルザにも良く解ります。
エンチラーダがフーケと密会を目にするまでエルザも彼女の裏切りを信じられませんでしたし、目にした後の今でさえ、何かの間違いではないかと思っている自分が居るのです。
しかし、エルザには確証がありました。
「裏切るわ。エンチラーダは、テオに秘密でガラの悪い連中と通じているわよ」
「そうか。まあ、エルザがそういうのならばそうなんだろうな」
そういうテオの様子はとても穏やかでした。
エルザはそこが理解出来ません。
「エンチラーダが何やら吾に隠れてゴソゴソとしているのは事実。だが、なぜ、どうして、どんな裏切りをするのか。そこが知りたい」
「ソレは…たしかに気になるところだけど。でもだからって流暢に構えていたらテオの身が危ないのよ」
「たしかにそうだ。吾は裏切りで命を落とすかもしれない」
「だったら何で!?」
声を荒げてエルザがたずねます。
そんな彼女に、テオは全く静かな口調で答えました。
「その価値があるからだ」
「価値?」
「アイツの嘘には価値がある」
「価値って…だってテオ、嘘が…」
「そうとも。吾は嘘が嫌いだ。この世で一番にな。足をなくした時に気がついた。この世界は嘘ばかりだ。世界の嘘を知った時から吾は嘘が大嫌いだ」
「…」
その言葉を聞いて、エルザは何も言えなくなりました。
嘘。
人を騙し、人に擬態する吸血鬼エルザ。彼女は存在そのものはまさに嘘なのです。
テオの言葉はエルザの存在否定のように思えてエルザはとても辛い気持ちになりました。
そんなエルザの気持ちを察したのでしょう。
テオはエルザの頭を優しく撫で。穏やかな声で言いました。
「別にエルザのことを言っているわけじゃあない。いや、寧ろエルザは吾に対して正直だ。なにせ自身が吸血鬼であることを吾に自ら語ったのだからね。中々できることじゃあない」
「でも、私、最後までテオにそれを隠そうと…」
「いや、それが普通なのだ。吾は嘘が嫌いなその反面で、それはしかたのないことだとも思っている。この世に生きる生き物は須らく嘘をつく。擬態、疑似餌、保護色。劣った生き物でさえ嘘を付くんだ。ソレは当然として自然なことなんだろう。実際。吾でさえ、嘘を付くことは有る」
「…」
「結局好き嫌い関係なく。嘘とは有るべくしてあるものなのだ。ところがだ。この世に唯一絶対にして、吾に嘘をつかなかった人間が居た」
「それは…」
「そう、それこそがエンチラーダだ。アイツは、アレだけは吾に一切の嘘をつかなかった。絶対にだ。吾でさえ嘘をつくというのに、あいつは一度たりとも嘘をつかないのだ」
そのテオの口調からはエンチラーダに対する絶対の信頼のような物が感じられました。
だからこそエルザには理解出来ませんでした。
ふつう、その絶対の信頼を裏切られたのならば烈火の如く怒るのが普通です。
だというのに、テオは、まるでソレがとても素晴らしいことであるかのような言い草です。
「だから。だからこそ…」
なぜか?
なぜテオはエンチラーダの嘘を望むのか。
エンチラーダの嘘を喜ぶのか?
エルザはテオを前に考え。
「…この世で唯一ただ一人。吾が嘘を望む相手。ソレこそがエンチラーダなのだよ」
そして理解しました。
テオの口調から彼の心の中にある、一つの感情を。
その感情。
ソレはエルザも知る感情。
ごく最近になって知った、ごく最近に生まれた感情。
それは。
嫉妬。
そう、テオは嫉妬している。
嘘が嫌いで嫌いで、堪らなく嫌いなテオ。
ソレでいながら。彼自身も嘘を受け入れ、そして嘘を付く事が有るのです。
そんな彼の前に一人。絶対に嘘をつかない存在が。
テオは、自分ですら至ることのないその存在に嫉妬しているだ。
エルザはそう思いました。
「きっと、吾は期待しているんだ。あのエンチラーダが嘘を付くことを。吾を裏切り。吾の予想を崩すことを。心の何処かで堪らなく求めているんだ。アイツがとうとう嘘を付く。こんな面白いことは無いと思わないか?少なくとも命をかけるに値するショウだと吾は思うね」
軽い調子でテオはそう言いました。
そんな嫉妬のために、自らの命を危険に晒す。
そのテオの異常な考え方をエルザには理解出来ませんでした。
そのテオの心内。
彼がなぜそんな考を出来るのか。
ただ、彼が理解できず。ソレが辛くて。それが苦しくて。
エルザはただ、
テオに強く抱きつくことしかできませんでした。
テオは、そんなエルザを、優しくなでました。
◇◆◇◆
翌朝、サイトたちはゼロ戦を巨大な網に乗せました。
元々シエスタの曽祖父の持ち物であるそれは、もし曽祖父の墓の文字を読めるものが現れたらその人間に譲渡するという遺言が残されていたらしく。
見事墓の文字を読んだサイトにその所有権が譲渡されたのです。
とはいえ、一人でそれを運べるような力持ちではないサイトは、ギーシュの父のコネで竜騎士隊とドラゴンを借りて、それで学院までゼロ戦を運ぶことになったのです。
ギーシュたちは「どうしてこんなものを運ぶんだろう」と怪訝な顔をしていました。
唯一テオが、妙に困ったような顔をしていました。
「ふむ、コレを運ぶのか…」
珍しく困った顔をしているテオの様子に、サイトが声をかけました。
「ん?どうかしたのか?」
「いや、まあ、これを運んでしまって良いものかと思ってな」
そう言ってテオは顎に手を当てて再度何やら考え始めます。
「反対なのか?」
「いや…反対と言うわけではない…無いのだが…確かシエスターが言ってたが、コレに手を合わせる人間が居るようじゃあないか」
「ああ…たしかにそんなようなことを言っていたな」
サイトはシエスタの言っていた言葉を思い出しました。
特に何のご利益も無い、ダダの飛行機ですが。その異様な出で立ちから、村のお年寄りなどが稀に手を合わせていくとのことでした。
「つまり、コレは一部の人間の信仰を集めているということだ」
「…まあ、そうなる…のかな?」
「それをムザムザと持って行って良いものかと思ってな」
「でもコレはシエスタの一家の私物なんでしょ?」
「持ち主が持って行っても良いと言っているのだからいいんじゃないかい?」
キュルケとギーシュがそう言いました。
その言葉にテオも頷きます。
「ああ。この所有権はシエスタにあるのだから、それをどうするもシエスタの勝手であるのも事実だ。だから別に反対はしないさ。
しかしな、信仰は尊いものだ。決してそれをないがしろにしてはいけない。
自分の心の中にある信仰もそうだが、他者の中にある信仰もまた尊く、犯すべきでは無いと…吾は思うのだが…」
「うぐ」
サイトはその言葉に少したじろぎました。
確かに、今自分がしようとしていることは、小さな村のご神体を勝手に持ち去ろうとする行為なのです。
正当な理由があるとは言え、なんだか自分が悪いことをしているような気分になってしまったのです。
「まあ…それでだ、偉大で偉大で偉大なる吾が、その解決を考えたのだが」
「解決?」
「つまりコレに変わる信仰の拠り所があれば良い」
「変わる?」
「雄大なる翼と、鋼のように硬い体、そしてまるで草原のような色をした、雄大なるドラゴンを代わりにここに置いていけば良い!」
「…そういう問題か?」
それは不動明王像を持って行くなら代わりに弥勒菩薩像を置いていけば良いと言っているような妙な理屈に思えました。
「このさい姿形はさしたる問題では無いのだ?大切なのは竜を信仰することであって、竜の像を信仰することではない」
「そう…なのかな?」
サイトにはよく理解できませんでしたが、しかし、たしかにテオの言うとおりに、ただ『竜の羽衣』を持って行ってしまうよりは、代わりに何か置いておいたほうがいいような気もしました。
「まあ見ていろ」
そう言ってテオは杖を片手に何やら長ったらしい呪文を唱えました。
すると、ゼロ戦のあった場所の地面が見る見ると盛り上がり、形を作っていきます。
そして一同はそれを見て息を飲みました。
「「「「「うわあ」」」」」」
テオが創りだしたのは大きな竜の彫刻でした。
その竜は驚くほどに精巧に出来ていて、そして巨大で、強そうで、そして何より、
おどろおどろしい外観をしていました。
「怖!」
「なにこれ?」
「邪神像だよこれじゃ」
「ショッキング!」
「これは…」
「うわあ」
まるでこの世のすべてを呪い殺しそうなその出で立ちに、テオ以外の全員が顔を青くします。
力強くも奇妙な紋様がびっしりと書かれた皮膚。
睨みつけるような赤い目は視線だけで人を殺せそうです。
妙に人間っぽい手足が竜らしからぬ恐ろしさを演出し。
口元などはまるでタコの足のようにわかれています。
「本来『像』と言うものには魔除けとしての側面もあるのだ。であれば多少恐ろしい外観をしていたほうが効果がありそうだろ?」
そう言ってテオがその像をペシペシと叩きました。
「そりゃあ、たしかに、悪魔も裸足で逃げそうだけど…っていうか、まず俺が今この場から逃げたいもん」
「同感」
「もう、なんて言うか悪魔そのものより怖い」
「ショッキング」
「ある意味すごいですけど…」
「ないわあ…」
否定的な意見を言う皆に対して、テオは残念そうに顔をしかめながら言いました。
「全く、オマイラは皆芸術を理解せん。…芸術を理解せんなオマイラは」
「…二回言った!?」
「吾が竜の羽衣に足を付けると言えば否定するし、こんな立派な像を作れば怯えるし。全く、本当に芸術を理解せん奴らはこれだから。まあ見ていろ。この新しいご神体に、此処を訪れる奴らは今まで以上に真剣に手を合わせること間違いなしだ」
テオはそう言って大いに笑いますが、皆はそんなことがあるはずがないと思いました。
「と…とにかく、外にある竜の羽衣を運んじまおうぜ」
「そ…そうね、竜の羽衣を運びましょう」
そしてそう言って皆そそくさとテオと邪神像から離れていくのでした。
一人その場に取り残されたテオは、皆の方に向かって叫びます。
「…見てろよ、この像は絶対多くの信者を手に入れる!前以上に沢山の人間がこの像にむかって手を合わせる。絶対。絶対にだ!」
「あ~はいはい」
「すごいすごい」
皆、テオの言葉を右から左にウケ流しました。
◇◆◇◆
さて、
荒唐無稽で絶対に有り得ないと思われたテオの発言ですが。
後日。本当になりました。
テオの置いたその像を見た村人たちはそのおどろおどろしさに驚き、そして恐怖しました。
これはきっと邪神の類に違いないと思いました。
直ぐに打ち壊すべきだという意見も出ましたが、下手に触れば呪われてしまいそうで、だれもそれを実行に移せません。
いえ、それどころか、壊そうと考えただけで何か大きな祟りが起きるような気さえしたのです。
村人たちは、その邪神像に失礼があってはいけないと。
ささやかなお供え物を置いて。
そして、手を合わせ祈るのでした。
どうか、呪わないでくださいと。
◆◆◆用語解説
・転覆しないように横にウキ
飛行機とは形が異なるが、実際そういう船は存在する。
アウトリガーカヌーと言われるもの。その片面あるいは両面に転覆防止用のウキが貼り出した形状をしている。
東南アジア、メラネシア、ミクロネシア、ポリネシア他、広い地域で使われている。
・片持低翼単葉型
片持→翼を支線や支柱を使わないで翼自体の構造で支えるもの。
低翼→機体の低い位置に翼があるということ。
単葉型→主翼が一枚であるということ。現在の飛行機のほとんどはこのタイプ。
・軽銀
アルミニウムのこと。
ゼロ戦に使われているジュラルミン、超ジュラルミン、超々ジュラルミンの主原料。
アルミニウムが発見されたの比較的近年では?って言われると思うので、一応補足。
酸化アルミニウムであるアルミナの発見は1700年代。それ以外にも酸化アルミニウムを主原料とする物質は世界中に溢れている。
例えばコランダム、エメリー、サファイヤ、ルビー。アルミニウムは発見される以前から我々の生活の近くにあった。
土メイジがいるこの世界では簡単に発見されていたことだろう。
・こんな感じの上半身のゴーレム
「ガウォークってカッコイイよね!」とか言うと、
「ありえない」「形が意味不明」「中間形態とかテライラネス」「非現実的」とか言われる。
皆ガウォークに踏みつぶされればいいのに。
・孤独
孤独な状況が長時間続くと、人間は精神に異常をきたしやすくなる。人間の精神は孤独な状況にあまり耐性がないようだ。
1954年にアメリカでこんな実験があった。
被験者を防音の小部屋に入れ、半透明の保護メガネで視覚刺激を少なくし、布やゴムで感覚刺激を減らす。食事と排泄以外はベットから出来るだけ動かないよう命じた。
この孤独な実験に3日以上耐えられた者はほとんどいなかった。最初の8時間ぐらいまでは何とかもちこたえられるのだが、それ以後になると口笛を吹いたり、独り言をいったりしてイライラしはじめる。
さらに4日目になると、手が震えたり、まっすぐ歩けなくなったり、応答が遅くなったり、痛みに敏感になったりする。更には実験終了後も後遺症をもたらす例もあった。
ちなみにこの話、結構有名だが、果たしてアメリカの何処で、誰が、どれくらいの規模で実験をしたのか…の情報が無い。
都市伝説ではないかと筆者は睨んでいる。
・他者の中にある信仰
人は時に自分の中の信仰に固執するあまり、他者の信仰を否定することがある。
・不動明王
仏教の信仰対象
激しく燃えさかる炎を背後にし、眼光鋭く、右手には降魔の剣、左手には綱をもっている。
悪いことしてなくても「ゴメンナサイ」と言いたくなる迫力。
・弥勒菩薩
仏教の信仰対象
冠をかぶり、手に宝塔を持っている姿が一般的。
慈愛に満ちた表情。
何もしてもらってなくても「ありがとうございます」と言いたくなる優しい雰囲気。
・口元などはまるでタコの足のようにわかれています
イア!イア!
・ショッキング!
言ったのはタバサ。
間違ってもジョンソンが現れたわけではない。