テオは夢を見ました。
夢の中でテオは、とある家のとある一室に居ました。
家というにはあまりにも大きなそれは、家や屋敷と言うよりは城と言うに相応しい物でした。
その尊厳な外観同様に、その中の部屋のそれぞれも立派なものでした。
真っ白な漆喰でコーティングされた室内には、美しい装飾で彩られ、壁には美しい絵画がかざられています。
さり気なく置かれる家具の一つ一つには気品があり、その全てがとても高価であることが見て取れます。
そんな家の、ある一室。
其の部屋の窓際にあるふかふかのベット。
其のベットに夢の中のテオは、現実の世界と同じように横たわっていました。
ただ、現実の世界とは違ったのは。
その夢の中でのテオの体は燃えるように熱く、手足の感覚は無くなり、絶え間ない頭痛がテオを襲っていたことです。
夢の中のテオは熱病を患っていました。
熱病で朦朧とする意識の中、
部屋の外で自分の両親が医者である水のメイジと話している声が聞こえます。
「足は完全に壊死しておりますので切り落とすより仕方が無いかと、それ以外に後遺症も残るやもしれません」
水のメイジのその言葉に、しばらくの沈黙が続いた後に両親の声が聞こえました。
「そうか…」
「不幸中の幸いは、まだ社交界に出る前だったことですわね…」
「ああ、我がホーエンハムの家から出来損ないが出たとあってはいい笑いものだからな」
「それに、子供はあの子だけではありませんし…」
「まったく、期待をかけた結果がこれとは…」
「あまり落ち込んではいけませんわ、あの子の事は忘れてしまいましょう…」
そんな両親の声を聞きながら、テオは意識を失いました。
夢の舞台は、次のシーンに移ります。
と言っても、場所は相変わらずベットの上です。
ただ、扉の外から聞こえる声が違う人間の物になっていました。
それは両親の声ではなく、屋敷に務める使用人たちのものでした。
「まだ戦争か何かで足を失ったのならばよかったんだけどねえ」
「結局テオフラストス様はどうなるんかねえ」
「塔行きだってよ」
「塔かあ」
「まあ家を継ぐのは無理だろうし、埋められるよりはマシなんだろう」
「全くいずれこの家の後を継ぐから媚を売ったのに、売り損もいいところだねえ」
「まあ仕方ないさ…所で明日運ぶとよ」
「明日って…まだ熱にうなされてるじゃないか」
「下手げに他人に感染っても嫌だから、とっとと隔離するってことなんだろ?」
「はあ、まあ、俺達も一々面倒をみるのはやだから異論はないんだけどよ…いくら何でも割り切りすぎじゃねえか?」
「まあ、割り切らないと生きていけないってのも有るんだろうけどよ…」
またそこでテオの意識は途切れ、また次のシーンへと移ります。
やはりそこでもテオは同じベットの上に居ましたが、前とは大きく違っている点が一つありました。
テオの両足がなくなっていたのです。
しかし、テオは熱に浮かされ、その事実に驚く余裕も、悲しむ余裕もありませんでした。
そしてそのまま、
テオはおもむろに持ち上げられ、馬車に詰め込まれます。
それは一人の人間を運ぶと言うよりは割れやすい荷物を扱うような、慎重ながらゾンザイな扱いでした。
そしてそのまま、塔の最上階へとテオは入れられました。
体の熱が冷めぬまま。
テオは飾り気の無い部屋の、古びたベットに寝かされます。
それなりに豪華ながら、かなりの年月が経ち朽ちかけたそのベッドの上で、テオはその…
「おっはようございま~す!」
明るい声でテオは目を覚ましました
「ぬお…朝か」
横を見るとそこにはエルザの笑顔がありました。
「おはようございます御主人様」
更にその隣で恭しくエンチラーダがテオに朝の挨拶をしました。
そんな二人に向かってテオは笑顔で挨拶を返します。
「ふむ、おはよう二人とも、清々しい朝であるな」
「靄がかかってるよ?」
エルザの言うとおり、朝の空には靄が広がり、太陽はボヤけ薄暗い朝でした。
吸血鬼であるエルザにとっては清々しい朝かもしれませんが、人間であるテオにとってはそうでは無いはずです。
しかしテオは笑顔のまま首を振りました。
「いや、いい朝だとも。少なくとも此処には自由がある」
テオは笑顔でそう言いました。
エルザはテオがそんなことを言う理由がわからず首をひねりましたが、エンチラーダはテオが今朝に限ってそんなことを言い出した理由を理解しました。
「また昔の夢を見られたのですか?」
「…ああ。最近見なかったが、久しぶりにな」
「昔の夢?」
エルザがテオに問いました。
「ああ、塔に居た頃によく見た夢だ。あまり良い内容の夢では無いな」
「ココにこられてからは見なかったので安心しておりましたが…何でしたら今日の授業は休まれますか?」
そう言ってエンチラーダはテオに寄り添いました。
「いや、たかが夢ごときでそうもいかんだろう」
そう言うテオの顔は相変わらずの笑顔でしたが、その笑顔はいつものそれと比べると何処か弱々しさを含んで居ました。
「御主人様、どうか、どうか無理だけはなさらないでください」
「いや、無理はしていないさ、吾は授業が結構好なのだ」
「しかし…」
「言うな…なに大丈夫だ、此処はもう塔の外だ。何物も吾を束縛はしない」
そう語り合うテオとエンチラーダ。
恋人同士のようにピッタリとくっつくわけでもなく、かと言って他人行儀に側にいるだけとも違う。その絶妙な位置関係は、まるで壊れやすい砂糖細工を愛でる好事家のようでエルザはその光景をなんだか不思議な気持ちで眺めて居ました。
◇◆◇◆
魔法学院の教室は今日も喧騒に包まれていました。
貴族の生まれといえどもやはり騒ぎたいお年頃、授業が始まる前の教室は生徒たちのお喋りの声で溢れかえっています。
今まで、その喧騒にテオが参加する事はありませんでした。
教室において、誰一人としてテオに話しかける者は居ませんでした。クラスの誰もが、テオと関わろうとはしなかったのです。
その最大の理由はテオに足が無いことです。
本来であれば、面と向かってバカにされたでしょう。
しかし、テオが大きな実力を持っていることが、周りにそれをさせませんでした。
その気になれば、テオはその力で持って、この学院のあらゆる生徒をねじ伏せることが出来るのです。
皆は誰かに負ける事、それ自体はさして恐れてはいませんでしたが、テオに負けることだけは兎角恐れていました。
足が無いテオは、自分より遙かに低級な人間として他の生徒に認識されていました。
そんな相手に負けるということは、そんな下等な人間よりも自分が劣っているということを、学院中に証明するに等しいことです。
ですから、誰もがテオを馬鹿にし、同時に恐れ、結果、誰もがテオに関わろうとしなかったのです。
彼に対する悪口は、彼に聞こえないように語られ。誰もが彼を遠巻きにチラチラと見るばかりです。
テオはコソコソと、本人に聞こえないようにしか悪口の言えないクラスメイトたちを、度胸のない臆病者として馬鹿にして居ました。
結局のところ、テオは集団の中にいてさえも、孤独だったのです。
しかし、そんなテオですが、此処最近では…
「はあい、テオ、調子はどう?」
「………おはよう」
テオ達に赤と青の髪をした二人の女性が挨拶をしました。
「ああ、キュルケ、メガネおはよう。調子は…まあ、普通だな」
「おはようございます」
「おねーちゃん達オハヨー」
最近では。
キュルケとタバサがテオに話しかけるようになりました。
今までエンチラーダと二人っきりだったテオの周りは、エルザが加わり、キュルケとタバサが入り込み、とても賑やかになっておりました。
一同は他愛もない言葉を話し。
テオは教室の中の喧騒の一部となるのでした。
そんな中、教室の扉を開けてルイズが入って来ました。
襤褸切れを連れて。
「ルイズ、その襤褸切れは一体…」
モンモランシーという女子生徒がルイズに話しかけました。
金色の髪の毛を巻き毛にしている、いかにも貴族と言った出で立ちの生徒です。
「使い魔よ」
ルイズは答えます。
「たしかにそう見えなくも無いけれど…」
モンモランシーは改めてそのボロ布を見て見ました。
顔は大きく腫れ上がり、所々に赤い血の跡がこびりついています。
首と両手首には鎖が巻きつけられ、まるでゴミ袋のように引きずられて居ました。
「何かあったの?」
「私のベットに忍び込んだのよ!」
ルイズのその言葉に、モンモランシーだけではなく、クラス全体がざわめきました。
「はしたない!ベットに忍び込むですって?汚らわしいわ!不潔よ!不潔!」
「貴方が誘ったんでしょ?エロのルイズ」
キュルケがルイズに言いました。
「誰がエロよ!それはアンタでしょーが!」
ルイズが顔を真赤にしながら怒鳴ります。
話を聞いていた生徒たちは何やら各々騒ぎ出し、教室内の喧騒はピークに達しました。
貴族といえど、所詮は年頃の男女。
そういった下の話になれば、言葉に熱が入り、兎角騒がしくなるものなのです。
しかし、そんな喧騒を止める者が、教室に一人。
「ねーテオ、なんでベットに入ると不潔なの?」
エルザが一言そういいました。
「「「「「…」」」」」
時が止まりました。
沈黙が辺りを支配し、窓の外の風になびく木々の音だけが教室内に響きます。
それは言わば、『あかちゃんはどうやったらできるの?』という、大人が答えにくい子供の質問No1を聞かれているのに等しかったのです。
よもや幼女を前に、男女の夜の営みについてを説明することも出来ず、一同『ベットに忍び込む』の本当の意味を言えずに黙るしかなかったのです。
「ええっと、エルザ、ううんっと、そのだな…そういうことは…そうだ…キュルケに聞きなさい。詳しいから」
そう言ってテオはキュルケを指さしました。
エルザの視線がキュルケに向かいます。
キュルケは突然名前を出され目に見えて焦りました。
「ええ!?ちょっと待ってよ!なんで私なのよ!」
「お前そういうの得意だろ!」
「得意じゃないわよ…そ…そういうのはルイズに聞きなさいよ!」
そう言って今度はキュルケがルイズを指さします。
エルザの視線は今度はルイズに向かいました。
「な!…なんで私なのよ!どう考えたってアンタの仕事でしょ!」
「だって、ベットに忍び込まれた当事者は貴方じゃないの!」
「いや…それは…そうだ犬!アンタが説明しなさいよ!」
そう言ってルイズは床に倒れているサイトを蹴り起こします。
エルザの視線は今度はサイトに向きました。
「イデ!…な…なんで俺なんだよ」
「そもそもこの状況はアンタが原因なのよ!!」
「いや…まて、こういうことは…
テオの周りは説明責任者の任を擦り付け合い、その周りもザワザワとざわめきます。
見物人たちも自分に説明を任されては大変だと、耳を傾けつつも視線を合わせぬように何処か遠くを見るようにしていました。
その状況を打開したのは扉を開ける音でした。
ガラっという音と共に、教師であるギトーが現れたのです。
生徒たちは安堵の気持ちと共に一斉に席につきました。
或いはそれは、この教師がクラスの生徒から歓迎された初めての瞬間だったのかもしれません。
というのもこのギトーというスクエアのメイジはあまり人気のある教師ではなかったのです。
長い黒髪に、真っ黒いマント。
いかにも不気味なその出で立ちと、冷たい雰囲気。
そして少々怒りっぽい性格も彼の人気を下げる要因となっています。
そのため、彼の担当する風の授業は、特に人気の無い授業の一つでした。
「では授業を始める。知ってのとおり、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ」
教室の中が、シンと静まりました。
「最強の系統とは何か。諸君らは知っているかね?…ミス・ツェルプストー」
「虚無では無いんですか?」
「伝説の話をしているのではなく、現実的な答えを聞いているんだ」
ギトーはいちいち引っかかる言い方をします。
キュルケは少し腹を立てました。
「火に決まっていますわ、ミスタ・ギトー」
「ほほう、どうしてそう思うね?」
「全てを燃やし尽くせるのは炎と情熱じゃございませんこと?」
「残念ながらそうではない」
そう言ってギトーは挑発的な笑みを見せました。
「試しに君の得意な火の魔法をぶつけてきたまえ」
「火傷じゃすみませんわよ?」
「かまわん、本気できたまえ。そのツェルプストー家の赤毛が飾りで無いと言うのであればね」
その言葉に、キュルケの顔から笑みが消えました。
キュルケは杖を抜くと、1メイルほどの炎の弾を作ります。
テオ達を除き生徒たちが慌てて机の下に隠れました。
キュルケはそのままその炎の弾を押し出しました。
それは唸り声をあげてギトーに向かいますが、ギトーは慌てること無く腰にさした杖をなぎ払います。
烈風が舞いました。
炎の弾はかき消され、キュルケは吹き飛ばされてしまいます。
ギトーが言いました。
「諸君!『風』が最強たる所以はコレだ。風は全てを薙ぎ払う。火も水も土も、風の前では立つことができない。『虚無』でさえも吹き飛ばせると私は信じている。それが『風』なのだ」
この風至上主義な所がギトーの最大の特徴でした。
あるいはこの、偏った思想が、彼の人気を一番に下げている要因なのかもしれません。
しかし、テオはこの大半の生徒が嫌うギトーという教師に対して、結構な好感を持っていました。
テオは本来教師とはあれくらい独善的な方が良いと思っていたのです。
一見傲慢に見えるギトーですが、それは努力と実力に裏付けされた確かな自信なのです。
彼はスクエアのメイジです。そしてスクエアとは伊達や酔狂でなれるものではありません。もともと才能のある人間が、血の滲むような努力をして初めてなれるものなのです。
そして教師としてモノを教える立場の人間が、自分の教えるべき分野に対して自信を持つ事は当然の事なのです。
なにせ彼は『風』の講師なのです。自分の教える魔法に絶対の自信を持たずして、どうして他人に物を教えられましょう。
そんなワケでテオはこのギトーの少々極端な授業を面白く聞く、数少ない生徒だったのです。
「目に見えぬ『風』は、見えずとも諸君らを守る盾となり、必要と有らば敵を吹き飛ばす。そしてもう一つ、『風』を最強とする所以がコレだ…」
そう言いながらギトーは杖を立てて呪文を唱えます。
「ユビキタス・デル………」
しかし、その呪文が全て唱えられる事はありませんでした。
「あややや、ミスタ・ギトー、失礼しますぞ!」
突然、コルベールが教室に入ってきたのです。
「授業中です」
ギトーはコルベールを睨もうとして…ついその頭上に視線が行ってしまいました。
なにせそこは、いつもの寂しい頭上ではなく、ロールした金髪がなびいていたのですから。あまりにも目立つそのカツラに、すべての生徒の視線も釘付けです。
「おっほん、今日の授業は中止です」
コルベールは重々しげに告げました。
よく見ると、頭だけではなく、彼の服装もいつもとは違い、立派な刺繍がされた礼装でした。
生徒たちは何事かと騒ぎ始めました。
「えー皆さんにお知らせです」
コルベールがもったいぶった調子でのけぞりました。
その拍子に、頭のカツラがとれて床にオチました。
タバサがその頭を指さして呟きました。
「滑りやすい」
途端、教室が爆笑の渦に巻き込まれます。
コルベールは顔を真赤にすると、大きな声で怒鳴りました。
「黙りなさい!ええい!黙りなさいこわっぱ共が!、下品に笑うとは全く貴族にあるまじき行い!貴族たれば、オカシイ時は下を向いてこっそり笑うものです!これでは王室に教育の成果が疑われる!」
そのコルベールの剣幕に、教室は静まり返りました。
「えーオホン。皆さん、本日はトリステイン魔法学院に取って、良き日であります。始祖ブリミルの降臨祭に並ぶ、めでたい日であります。恐れ多くもハルケギニアに咲く一輪の可憐な花、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアご訪問からのお帰りにこの魔法学院に行幸なされるのです」
その言葉に教室がざわめきました。
「したがって粗相があってはなりません。急なことですが、今から歓迎式典の準備を行います。授業は中止して、諸君は正装し、門に整列すること」
生徒たちは緊張した面持ちで頷きました。
その素直な様子にコルベールは頷くと、大きな声で言いました。
「諸君が立派な貴族に成長したことを姫殿下にお見せする絶好の機会です!御覚えがよろしくなるようにシッカリと杖を磨いておきなさい!」
コルベールがそう言うと、生徒たちはまるで蜘蛛の子を散らすように教室から飛び出て行ってしまいました。
一同、大急ぎで自だしなみを整えるつもりなのでしょう。
しかし、そんな中、テオだけは、行動を起こしませんでした。
生徒たちの心はもうそれはそれはバラ色だったでしょう。
トリステインの貴族の子息たち。
彼ら彼女らにしてみれば、姫という国のトップは最も尊敬すべき相手。そんな姫が今日自分たちの前に訪れる。と聞けば、その心中たるや穏やかでいられるはずがありません。
しかし、テオはそうは思いません。
ああ、いいところで。
それがテオの感想でした。
彼はそれなりに授業を楽しんでいたのです。それが中断されればあまりいい気持ちがするはずもなく。
少なくとも、彼にとって、王女が来るというイベントは、授業以上に魅力的なものではなかったのです。
テオはため息を一つつきました。
「少し腹が減ったな。早めに昼食を食べるか…今なら誰もおらんだろうから偶には食堂で食べるか…」
「では昼の用意をいたしましょう」
そのやり取りを聞いてエルザが驚きの声をあげました。
「…え?姫さまを迎えに正門の前に集合するんじゃないの?」
ある種不敬ともとれるその行為が許されるのか、エルザには疑問でした。
「そんなめんどくさいこと。吾がするわけ無いだろ?なに、吾は構わんのだ。足が無いからな。足が無い状態で姫に会うほうが不敬だとか何とか行っておけば問題ない…と言う訳で食事にしよう」
「かしこまりました」
「え?でもさ、でも、それじゃ姫さま見れないじゃないの?」
エルザが言いました。
「まあ見れないが…それがどうかしたか?」
「ええ?姫様見たい!」
「エルザよ、別に姫様を見たところで腹は膨らまんのだぞ?」
「みたいみたいみたいみたいみたい!」
エルザは駄々をこねました。
それは子供らしい擬態であると同時にエルザの本心でもありました。
この国で一番に偉い人間。
それがどのような人物で有るのか興味があったのです。
「仕方がない、エンチラーダ、何か簡単につまめるものを見繕ってこい、部屋で食すことにしよう、吾の部屋の窓からなら正門が見えるだろう」
「かしこまりました」
「やった!」
かくして、魔法学院の午前は慌ただしくすぎるのでした。
◇◆◇◆
魔法学院の正門から王女の一行が現れた時、整列した生徒たちが掲げる杖の音が鳴り響きました。
呼び出しの騎士が、緊張を含んだ声で王女の登場を告げます。
「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーりーーー!!」
すると馬車の中から枢機卿のマザリーニを先頭に、王女が現れました。
生徒たちから大きな歓声が上がりました。
その騒ぎようときたら、テオが学園に入学してから一等に凄いものでした。
とはいえ、テオはその喧騒に対して、全く興味を示しません。
エルザが興味深げに窓から身を乗り出して王女を見る傍らで、
そんな事よりおサンドイッチ食べたい。
と言った様子でエンチラーダの用意したサンドイッチに夢中でした。
「テオ、姫さま見ないの?」
サンドイッチに夢中のテオに向かってエルザは言いました。
「そんな事よりサンドイッチだ」
そう言ってテオはバスケットにみっしりと入ったサンドイッチをドンドンと食べていきます。
「これは卵、ふむ、ハム、野菜…この黒いのはなんだ?…うぇ、マーマイト!エンチラーダ…お前吾に何か恨みでも有るのか…」
黒いペーストが挟まれたサンドイッチを口に入れたテオは盛大にその顔を歪めました。
マーマイトと言うのはビールを作ったあとの澱を発酵させたものです。健康に良いとのことでパンなどに塗って食べられるのですがそのあまりにも独特の匂いから毛嫌いする者も多いたべものです。
「ご主人様、マーマイトは体に良いのですよ?」
「しかしなあ…どうもこの独特の臭いが…食べられないというほどではないのだが、あまり好きにはなれないと言うか…まあ、食べることは食べるのだが…」
眉にシワを寄せながら、テオはもそもそとそのサンドイッチを咀嚼します。
「もう」
テオの様子に呆れたエルザは彼を放っておいて、エルザは王女に集中することにしました。
「…で、どれがお姫様?」
「あの一番豪華な馬車から出てきた紫色の髪をした人ですよ」
そう言ってエンチラーダは集団の中心を指さします。
「ふーん、その右は?」
「護衛ですね」
「後ろは?」
「兵隊です」
「左は?」
「宰相です」
「ふーん。」
エルザは何処か釈然としない気持ちでそのパレードを見ていました。
なぜならエルザの目に映るその王女様は、
ただの小娘にしか見えなかったのです
「姫様って強いの?」
「いいえ?まあ、魔法の腕は悪く無いようですが、多分貴方でも一瞬で殺せるでしょうね?」
エンチラーダはそう答えました。
「え?じゃあ、誰よりも頭がイイとか?」
「いいえ?賢いという話は聞きませんね、馬鹿というほどではないようですが」
エンチラーダはそう答えました。
「人一倍仕事をするの?」
「いいえ、現在国政のほとんどはあの隣にいる枢機卿が行っている状態ですね」
「じゃあ何で姫様は偉いの?」
エルザのその疑問に。
「それはあの女性が誰よりも愚かだからですよ」
エンチラーダはそう答えました。
「????」
エルザはエンチラーダの言葉に混乱してしまいました。
強くもない、頭が良いわけでもない、それどころか愚かである。
なぜそんな人間がこの国で一番に偉い立場に要られるのか、エルザには全く理解できませんでした。
「ムハハ、それはたしかに至言だな」
テオがワインボトルのコルクと格闘しながらそう言いました。
「愚者でなければ…あの立場は務まらんよ」
「何で?」
「なまじ頭が良ければ臣下が困る。なまじ力が強くても臣下が困る。そうなれば潰されて消える」
「???」
「国というのはな、一人の人間が動かしているわけではないのだ。王の下に沢山の臣下がいて、実際の所はその臣下が国を動かす。中途半端に頭が良い王など邪魔以外の何者でも無いのだ、だから王として生まれると、そいつは臣下によって唯唯諾諾の愚者に育てられるのだよ」
「…ふーん、じゃあ王様って皆力が弱くて馬鹿なのね?」
「いや、そうでもない」
「?」
「唯唯諾諾の愚者に育てられるのはあくまでもこの国での話だ。他の国では王が臣下を率いているよ。王に威厳が無いと他国に食われるからな」
「え?じゃあこの国は他の国に食べられちゃうんじゃないの?」
「もう食われているんだよ。結果が今だ。嘗て広大にあった領地は、今では半分以下になっておる。ハッキリ言ってこの国は何時腸を食い破られてもおかしく無いのだよ、それなのに未だ臣下は王を暗愚に育て、王はそれに甘んじている」
顔を歪めコルク抜きに力を込めながらテオはそう言います。
「テオってばこの国の貴族なのに、結構トリステインの事を悪く言うのね」
自らを貴族と自負するテオが、自分の国を批判する様は、少し変な気がしたので、エルザはそう言いました。
「そうだな、まあ、この国に住む貴族なればこそ苦言も言おうと言うものだ。それにだ、吾は生き方こそ貴族として生きているが、別にこの国に仕えたつもりは無い」
「御主人様を従える事ができるのは、この世で唯一無二、御主人様自身なのですよ」
そう言いながらエンチラーダがテオの腕からそっとワインの瓶を取り、
キュポン!っとそのコルクを抜き取りました。
◇◆◇◆
その日の夜。
魔法学院女子学生寮の一室。
ルイズの部屋でちょっとした事件がありました。
ある人が、その部屋を訪ねたのです。
その人とは。
「姫殿下!」
ルイズは慌てて膝をつきました。
美しい姫君が、ルイズの部屋にやってきたのです。
アンリエッタ王女とルイズは、幼少からの顔見知りであり、魔法学院に訪れたアンリエッタはこうして、お忍びでルイズの部屋にやってきたのです。
「ああルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ」
アンリエッタとルイズは、嘗ての思い出を語りあい、その友好を深めるのでした。
幼い頃宮廷を駆けまわった思い出、一緒に遊んだ思い出、お菓子を取り合った思い出、
アンリエッタは嘗ての懐かしい思い出を語り。
そして一つ。
ため息をつきました。
「姫さま、どうなさったんですか?」
その如何にも何か有りげなため息に、ルイズはアンリエッタに尋ねます。
「いえ、なんでもないわ、ゴメンナサイ…貴方に話せるようなことじゃないのに」
「おっしゃってください、あんなに明るかった姫さまが、そんな風にため息をつくなんて、何か大きなお悩みがあるのでしょう?」
ルイズのその言葉に、アンリエッタは語ります。
自身がゲルマニアに嫁ぐこと。
それは同盟を組むために仕方のないことだということ。
内戦中のアルビオンが反乱軍の勝利に終われば、いずれトリステインに攻めてくるだろうこと。
そして、
「私の婚姻を妨げる材料…以前したためた一通の手紙があるのです」
「手紙?」
「そうです、アレがアルビオンの…いえ、この結婚で不利益を被る者であれば誰であっても…それを手にした時、彼らは直ぐにゲルマニアの皇室に届けるでしょう」
アンリエッタは芝居がかった物言いでそう言いました。
「一体その手紙はどこにあるのですか?」
ルイズのその質問に、アンリエッタは大げさに首を振りました。
「それは…アルビオンにあるのです」
「アルビオンですって!それでは…その手紙は…」
「いえ、その手紙はアルビオンの反乱勢の手にはまだわたっておりません。それは…王家のウェールズ皇太子が…」
「あの凛々しい王子様が!?」
アンリエッタはのけぞるとベットに体を横たえます。
「ああ、破滅です。アルビオン現政府は風前の灯。このままでは同盟ならずしてアルビオンの対峙せねばならなくなります!」
「姫さま…その手紙、私が…」
「ああ、無理よルイズ、私ったら、混乱しているんだわ、こんなことをルイズに話して…」
「何をおっしゃいます!たとえ地獄の釜の中だろうが、竜のアギトの中だろうが、姫さまの御為とあれば、何処なりとも向かいますわ、その一見、ぜひともお任せ下さい」
そう言ってルイズは恭しく礼をしました。
「私の力になってくれるというの?ルイズ・フランソワーズ!」
「姫さま!このルイズ、いつまでも姫さまのおともだちであり、理解者でございます。永久に誓った忠誠をわすれることなどありましょうか!」
「ああ忠誠、コレこそ真の友情と忠誠です!」
その如何にも芝居がかったやり取りをみて、サイトはため息をつきました。
戦争中のアルビオンが如何なる状態なのか、サイトには今ひとつよくわかりませんでしたが、非常に危険であるということはわかりました。
そんなところに、行く事に、不安を感じずには居られなかったのです。
「頼もしい使い魔さん」
「へ?おれ?」
突然声をかけられてサイトは振り向きました。
「私の大事なおともだちを、コレからもよろしくお願いしますね」
そう言ってアンリエッタはサイトに左手を差し出します。
「いけません!使い魔にお手を許すなんて!」
「良いのですよ」
ルイズとアンリエッタが何やら言い合っていますが、サイトには一体なんのことやらわかりません。
「お手を許す?」
「平民は…なんにも知らないんだから。お手を許すって事は、キスをしてもいいってことよ」
サイトは驚きました。
さすが異世界はキスの概念も違うのだなと感心しました。
そして、サイトは言われたとおり、キスをします。
ただし、差し出された左手ではなく。
アンリエッタの唇に。
アンリエッタは気絶し、ルイズは絶叫しました。
「あんた何してんのよおおお!!!」
そう言ってルイズの蹴りが見事にサイトの顔に当たりました。
「あいだ!」
「お手を許すってのは手の甲によ!手の甲にキスすんのよ!なんで唇にしてんのよ!!」
「し…しらねーよそんな決まり」
ルイズは怒りに体を震わせました。
その時、倒れているアンリエッタが頭を振りながらベットから起き上がりました。
ルイズはサイトの頭を掴み、床に押し付けながら謝ります。
「もも、もうしわけありません!!」
「い、いいのです。忠義には報いるところがなければなりませんから」
平静を装いつつアンリエッタは頷きます。
その時。
大きな音を立てて部屋のドアが開きました。
「貴様!姫殿下に何をするだー!」
そう言いながら、有る男が部屋に飛び込んできました。
男の名はギーシュ。
サイトと決闘を繰り広げた、あの土のメイジです。
「なんだおまえ」
「ギーシュ、今の話立ち聞きしてたの!?」
ルイズのその問いに、ギーシュはまくし立てるように言いました。
「バラのように美しい姫さまの後をつけてみれば、この部屋に…それでドアの鍵穴から様子を伺ってみれば、この平民の馬鹿がキスを……決闘だ!このバカチンがあああ!」
その言葉にサイトはギーシュの顔に拳を叩きこみました。
「あがあ!」
「決闘だ!?ボケ!テメエが俺の腕折ったの忘れてねえぞ!こちとら!」
そのままサイトは倒れたギーシュに馬乗りになって首を締め上げました。
「卑怯だぞ!こら!うごごご!」
「知るか……で?どうします、コイツ姫さまの話を立ち聞きしてやがりましたけど、とりあえず縛り首にしますか?」
サイトはアンリエッタの方を向きながらそう言いました。
しかし。
そのサイトの言葉に返事を返したのはアンリエッタではありませんでした。
「ほう、聞いてしまうと縛り首か、コレは大変な事になってしまったな」
そんな声が、扉の辺りから聞こえたのです。
サイト達は驚いて、扉の方に視線を向けるとそこには。
「「テオ!?」」
テオがおりました。
「いやな、先刻までキュルケの部屋で遊んでいてな。ついつい時間を忘れて夜遅くになってしまった。で、帰ろうと部屋を出てふと横を見ればこの金髪が扉にへばりついているではないか。何事かと思って、様子を伺っていたのだが…」
そう言いながらテオは部屋の中に入ると、アンリエッタの前でその車椅子を止めると、彼女をジロジロと見ながら言いました。
「ふうむ、コレがこの国の姫とやらか」
「アンタ自分の国の姫様の顔も知らないの!?」
国民で、それもトリスタニアに住む人間が王女の顔を知らない。
それも貴族でありながらです。それは異常なことでした。
「悪いが幼少の頃から塔に幽閉されていたからな?王族の顔なんぞ見る機会はなかったな」
「今日見たでしょうが!」
「今日?ああ、そういえば……まあ、サンドイッチ以上には魅力的ではなかったということだ」
そう言ってテオはハハハと笑いました。
「そういえばコイツの姿なかったなあ」
サイトは姫を出迎えた時の光景を思い出しながら言いました。
「そ…それよりも!自分の国の姫さまに向かってコレだなんて不敬にも程があるでしょ!」
ルイズは怒り心頭でそう言いました、ギーシュも怒りを含んだ視線でテオを睨み付けます。
が、テオは相変わらず笑顔でした。
「知るか、敬うべきは敬う。少なくとも現時点においてその女に敬うべきところが見えんのだ。君、君たらざれば、すなわち臣、臣たらずだ」
さも当然のようにいう彼の姿に、ルイズは怒りのためにワナワナと震えだします。
「ル…ルイズ良いのです。その方の言うとおり、私は所詮一人の娘にしか過ぎないのですから」
アンリエッタはそう言ってルイズの肩に手を置きました。
「ほう、まあ自覚が有るだけまあ、見所は有るな、せいぜい精進することだ」
「だ・か・ら!何でアンタはそんなに偉そうなのよ!」
「偉いからだ!」
フン!っと鼻息を出しながらテオはそう言いました。
その言葉に、流石にルイズも口閉しました。
もはや怒りすらも通り越し、もう達観のような感情を抱くのでした。
之くらい尊大になれれば、幸せだろうなあ、とサイトはぼんやりとそう思いました。
「しかしまあちょいとそこで聞いてみれば、不用意に書いた文を無かったことにしたいから、戦地に行って其れを回収する、という兵士でも不可能な無理難題を課せられているとは。遠回りの死刑宣告だ…おまえなんかやったのか?」
そう言ってテオはルイズの方を見ました。
「し…してないわよ!」
「そうか?正直かつて吾が塔に幽閉されるよりもひどい仕打ちを受けているぞ?不可能なミッションすぎるだろ、特攻部隊もビックリだ。お前が実は相当にその姫に嫌われてるとしか思えん?本当に何もしてないのか?」
「そんなことな……もしかして、あのドレスを奪い合った件かしら…それとも宮廷ごっこの時の…いや……」
思い当たるフシがあるのかルイズはブツブツと過去のできごとを回想しはじめてしまいました。
その様子にアンリエッタは青い顔をして嘆き始めました。
「ああ、私はなんて酷い事を。やはり、こんなことをお願いしてはいけないのだわ、大切な友人を戦地に向かわせようだなんて」
「本来、都合のいい時だけ利用するものを友達とは言わんのだがな。まあ王族における友達と、一般的な人間における友達では意味合いが変わるのでなんとも言えないのだが」
アンリエッタのその言葉にテオがすかさず苦言をかぶせます。
「それは流石に酷過ぎるんじゃないか!?」
サイトがテオに言いました。
「胸を張ってできんことなぞやるからこうなる、やるからには胸をはってやり、最後まで胸を貼り続けろ。王族ならなおさらだ。引くな、媚びるな、省みるな」
「…」
テオの言葉にアンリエッタは黙るしかありませんでした。
その言葉は別に間違ったことではなく、彼の言うとおりこのトリステインに取って不利な状況はアンリエッタが蒔いた種にほかならないのです。
すべての責任は胸を張れないこと、すなわち、王族としてふさわしくないことをしたアンリエッタにあるのです。
罵倒されても文句は言えません。
「さっきから聞いていれば貴様!姫さまに何と無礼なことを、ええい、そこになおれ!僕が成敗してくれる!」
そう言ってギーシュが杖を振り上げますが…
「顔を近づけるな道化、お前は面白すぎるのだ」
「べぎょむ!」
あっさりとテオの放ったレビテーションに足をとられ盛大に転んでしまいました。
「まったく、正直今でも油断すると大爆笑してしまいそうだというのに…まあ良い、そこな娘!」
「はい!」
「姫さまよ!」
テオの言葉にアンリエッタは思わず返事をしてしまいました。
ルイズがいらただしげにテオの言葉を訂正します。
「そのアルビオンに行く件だが…吾に任せろ」
「「「「はあ!?」」」」
自分を指さし、アルビオンに行かせろというテオの言葉にその場の全員が声をあげました。
「つまりだ、その完全に不可能であるミッションを吾が達成してやろう言うのだ」
「ちょっと待ちなさいよ、あんた散々色々言っておいて、自分で行くですって!?」
「ああそうだとも。正直な話では、恋文だとか、王家だとか、そんなものは全くもって興味がない…のだが…面白そうじゃないか。滅び行く王国から手紙を獲得する大冒険。男子たるもの冒険には憧れるものだ」
「ダメよ!アンタは却下よ!」
ルイズはそう怒りましたが、サイトがそこに耳打ちしました。
「でもさテオの実力は凄いし、ある意味一番適任かも…」
「嫌よ!テオフラストゥスなんかと一緒に旅に出るの!」
サイトのその言葉にルイズは叫びながら嫌がります。
「お前も他人のこと言えないくらい失礼な奴だな」
苦笑しながらテオが言いました。
ルイズのテオフラストゥスという言葉を聞いて、アンリエッタは何か思い出したように話しました。
「テオフラストゥス?その貴方はテオフラストゥスと言うお名前なのですか?」
アンリエッタがテオに向かって言いました。
「…ふむ。吾としたことが、名乗り忘れたな。では今名乗ろう。吾はテオフラストゥス・フィリップス・アウレオールス・ボンバへッ…。まあ、家名はいいか。吾は吾自身に仕えるただ一人の貴族である」
「あのひょっとして、あの『万能』のテオフラストゥスという二つ名では…」
「なんだ、吾を知っておるのか」
「え…ええ。あの、本当に、いってくださるのですか?アルビオンに?」
万能のテオ。
数々の作品を世に流す彼の名は王宮にまで届いていました。勿論、いい意味だけではなく彼に足が無いと言う蔑むべき事実と共にですが。
嘗てその名を知った時、アンリエッタは錬金という一芸に秀でた一人のメイジに過ぎないと思っていました。
しかし、目の前の彼はどうでしょう。
この自信溢れる態度。王族を前にして全く畏まる様子のない度胸。
そして、ギーシュと言う青年を簡単に転ばせるその手腕。
ただ錬金が上手いだけの青年ではなく、確かな戦闘力を有しているのは明白です。
ルイズは嫌っているようですが、その反応は信用ならない人間に対するそれではなく、気心が知れた悪友にするようなそれであると、アンリエッタは感じました。
もし、彼がアルビオンに行くのであれば、それはルイズ達の大きな助けとなるでしょう。
「貴族たる吾に『後悔』の二文字は無い。一度行くと言ったからには絶対に行くさ、貴様が嫌だと言っても吾はその仕事、勝手にこなすぞ」
「では、お願いいたします。どうかこの不幸な姫をお助け下さい」
「姫さま…」
ルイズは絶望的な表情を浮かべました。相当にテオと一緒に旅をするのが嫌だったのでしょう。
ギーシュも、嫌そうな表情を浮かべます。
しかし、その隣でサイトは、むしろ良かったと思いました。
なにせテオの実力は本物です。
少なくとも、いま自分の隣で頭をさすりながらテオを睨む金髪野郎よりは、頼りになることは間違い有りません。
「はは、吾はアルビオンには行ったことがないし、かの国がどのような国なのか実際に見てみたいと思っていたしな。このままアノ国が滅びれば今後一生行く機会も無くなってしまうしな、実に良い機会だ。ふふふ、アルビオン名物をぜひとも食さねば」
「呆れた!貴方アルビオンに観光気分で行くつもりなの?」
「なに、シッカリと仕事はするさ、その上でついでに多少なりとも楽しんだところで、別に誰かが損をするわけでもあるまいて」
そう言ってテオはカラカラと笑いました。
「…さて…アルビオンの名物と言えば何があったかな?」
そう言ってテオはチラリと一同の方を見ました。
「俺が知るわけ無いだろ?」
サイトはそう言って視線を外します。
ルイズはそもそも視線を合わせる気も無く。
アンリエッタはアルビオンの名物などという俗世的な事は知りません。
結局テオと視線が合ってしまったギーシュがその問いに答えます。
「名物…食べ物のかい?ええっと…アルビオン名物といえば…」
ギーシュは律儀にもテオのいう、アルビオンの名物を脳内で検索します。
程なくして、該当するものが一つ、彼の頭の中にひらめきました。
「そうだ!マーマイトがたしかアルビオンの名物だったはずだ!」
ギーシュのその言葉に、テオの口いっぱいにあの塩辛い味が広がりました。
「…アレを食べるハメになるのか?…アルビオンに行くと?…吾、早まったことしたかも…」
少し沈んだ顔で、テオ先ほどの自分の言葉を『後悔』するのでした。
◆◆◆用語解説
・自分の教える魔法に絶対の自信
教師たるもの自分の教える科目には自信を持って欲しい。
例えば、ギトーが『風』に全く自信がなかったら…。
「ああどうも、ギトーです。風の講師です。ええっと、風の魔法ですが…実はたいしたことないんです。正直ほかの系統のほうが凄いです。
だから、別に風の講義なんて…聞かなくていいですよ。ほんと、覚えるだけ無駄ですから。ええ、ですから私は、無駄な教師です。
居るだけ無駄なんです。…死のう」
となる。こんなギトーの講義は…ある意味、聞きたい気もするが…。
・そんな事よりおサンドイッチ食べたい
歓迎?姫さま?そんなことよりおサンドイッチ食べたい
・マーマイト
悪名高いイギリス発の黒いペースト状の食べ物。
マーマイトという名前は近年製品化されて付けられたものだが、その原型はビールの生産とほぼ同時期に始まり中世には現在のそれに近いものが既にあったらしい。
この話に出てくるマーマイトは現存するそれでは無く、嘗て食べられていたその原型のものを便宜上マーマイトと呼んでいる。
原料はビールの酵母、つまりペースト状のエビオス錠と言え無くもない。
世界中に類似製品は有るものの他に類を見ない味と香りのため、理解されないことも多く、イギリス圏内でも毛嫌いする人間は多い。
日本で言う納豆的なポジションだろうか。
・唯唯諾諾
何事にもYESと返事する人。
・何をするだー!
誤植ではない。
怒りのために口調がオカシクなったのだ。
・君、君たらざれば、すなわち臣、臣たらず
管子の言葉。君主が君主として行動するのでなければ、臣下も臣下として行動はしないですよという意味。
・不用意に書いた文を無かったことにしたい
良く筆者が思っていること。
・特攻部隊
俺たち特攻部隊Tチーム!
不可能を可能にし、どんなミッションも完遂だ!
「あたしは、エルザ。ある意味ハンニバル。人間を騙す名人。私のような幼女でなければ百戦錬磨のつわものどものマスコットは務まらないわ」
「待ちどう様にございます。私エンチラーダ。通称万能メイドに御座います。メイドとしての腕は天下一品!異常?ヤンデレ?だから何でございましょう?」
「テオフラストゥス。通称テオ。魔法の天才だ。気に入らなければ王女様でもブン殴ってみせらぁ。でも馬車だけはかんべんな」
・ハンニバル
1。ローマに戦争を仕掛けた戦の天才、死した後もローマ史上最大の敵として後世まで語り伝えられていた。
2。精神科医にして連続猟奇殺人犯。殺害した人間の肉を食べる異常な行為から「人食い」と呼ばれる。