「何? 失敗?」
「はい。どうやら一組失敗したそうです」
「それは驚きました。護衛でもいたのですか?」
「いえ。どうやらかなりの力をもったアーツを使う少年のようで」
「ほぅ…………」
机の前に座る1人の男と、その前に立つ1人の男。
手元の資料を読み、男たちは口元を歪めて密談を重ねていた。
「気になりますね、この少年」
「実力が、ですか?」
「分かっているのでしょう? この子は一体どれほどの…………ふふふふ」
「分かりました。では重点的にこの少年を狙いましょう」
————————アァァァァァァ!
男たちの部屋に聞こえてくるのは、悲鳴。
幼い声の断末魔。
「今日も不作のようですね」
「……申し訳ありません」
「良いのですよ。見つかるまで、連れてくればいい」
男が手元にあったボタンを押し、開いた窓から『ソレ』を見下ろした。
そこに広がっていたのは、幾多の子供たちの、分解された遺体の山であった。
…………
…………
『いいかい、ルシア。君は—————だけど、それに—————必要はないんだ』
『その通りです。そして貴方は知るでしょう。———————の大切さを』
『うん。分かったよ————! ————!』
…………
…………
「ん…………」
揺れる身体に反応してゆっくりと目を覚ました。
揺れる列車、その中の牛や馬や荷物などを乗せていた車両の一部に積まれていた藁の中、その中にルシアはいた。
藁から這い出て紅い外套に付いた藁を叩き、それを消す。
列車の速度が落ちてきた事に気づくと、脱いでいたクリーム色の服を上から来て赤い短パンを履き、ルシアは列車の上の扉を開け、空を飛ぶ。
「ここが……クロスベル自治州」
上空500メートルの高さまで飛んだルシアは、その高みから見下ろす。
リベールなどに比べると、圧倒的に技術が進んだ街並み。
あちこちで工事が行われていたり、中途半端に完成したビルの姿が見えることなど、未だにこの街は未完成なのだと窺い知ることができる。
ルシアはコクンと頷くと、クロスベルの南東の一角へと飛んだ。
◆ ◇ ◆ ◇
「オラァ!」
「死ねぇ!」
物騒な言葉が飛び交い、激しい殴打の音と共に囃したてる声や悲鳴も上がる。
そこは、クロスベル自治州の中でも旧市街と呼ばれるエリア。
完全に無法地帯と化しており、警察もこのエリアには積極的に関わろうとはしない。
故に喧嘩は日常茶飯事であり、犯罪も多発。他に類を見ないほど治安が悪いエリアであった。
そして今日も、肩が当たったからという些細な諍いから始まった喧嘩だったが、今日はいつもとは少し違っていた。
「おら、お前ら! また喧嘩か!」
「げっ。変わり者のセルゲイだ」
「やべぇ、ズラかれ!」
そこにやってきたのは20代後半の男性。スーツにコートを着用し煙草を吹かしている男性。
セルゲイ・ロゥと呼ばれる彼は、このクロスベル自治州の警察官だ。
凄腕の優秀な捜査官だが、アクが強すぎるので上司や上層部から煙たがれており、いつも貧乏クジを弾かされている男性だ。
そして彼は腕っ節も強い。
様々な理由から見放されている旧市街にも、彼はたまに顔をだし、こうして目を光らせていた。
野次馬だった連中はセルゲイの姿を見ると逃げ出すように散っていく。
だが当事者たちは腕自慢でもあり、興奮状態でもあるが故にセルゲイの介入は苛立たせただけだった。
彼らは隠してあったナイフや鉄パイプ、ナックルなどを取り出し、セルゲイに相対する。
「ぶっ殺すぞ、セルゲイ!」
「あ〜〜〜、やめようぜお前ら。その気力をもっと違う事に使ってくれりゃ、俺も楽なんだが」
「うるせぇ!」
セルゲイのやる気のないというか、馬鹿にした態度にさらに腹を立てた男たちは一斉に飛びかかろうとした。
セルゲイも一瞬で目を細め、彼らの動きに警戒する。
その瞬間だった。
—————————ドンっ!!
「…………失礼」
空から降ってきた「何か」に男たちが轢かれ弾き飛ばされ、砂塵を巻き起こす。
そして抑揚のない声で小さく発せられた、幼い声。
「は?」
セルゲイは訳の解らない事態にタバコをポロリと落として呆気にとられてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇
「そうか。リベールから」
「…………最後にいたのはエレボニアですが」
あれから30分後、彼らはクロスベル自治州の中にある喫茶店にいた。
ルシアに弾き飛ばされた不良の一団は目を回して気絶してしまい、結局セルゲイは苦労せずに鎮圧できてしまったのだ。
肩すかしを喰らったセルゲイは、とりあえず近隣の住人の安否を気遣って周り、結果的にルシアに助けてもらった事などを踏まえてお礼のご馳走をしていたのだ。
まあ、早朝という事もあり、自分の朝食も兼用していたのだが。
「そいつは大変だな坊主。いろんな遺跡を見る為にそんな歳から」
「…………」
事情を聴きだすのに数十分、単語を理解するのに数分という無駄に時間がかかるこの対話に、普通なら頭痛がするような所だが、セルゲイは飄々としていた。
ルシアが何故空から降ってきたのか、そもそもどうやって空から降ってきてのか、どうして怪我ひとつしていないのか、など疑問があるはずなのだが彼は一切聞いてこない。
「それでどうするんだ? これから」
「…………クロスベル近辺の遺跡を回ります」
「泊るところはあるのか?」
「…………外で眠ります。この1年で慣れましたので」
「おいおい」
あっさりというルシアに、流石のセルゲイも突っ込んだ。
「一応、施設もあるんだぞ。行く当てがないんなら『七耀協会』でもいいし、孤児院もある」
「必要性を感じません」
そう言って席を立つルシアに、セルゲイは溜息を吐いた。
加えていた煙草の灰を灰皿に落とし、そして言った。
「もし宿に困るようなことがあれば、ここに来い。俺の家を宿代わりに使え。野宿よりずっと安全だ」
「…………」
そう言って、名刺をルシアのポケットに無理やり突っ込む。
ルシアはそれを手に取りジッと見詰め、セルゲイに振り返った。
「なぜ?」
「あ〜〜、まあ、そういう奴もいるってことだ」
「…………」
ルシアはもう一度名刺を見て、そして何も言わずに喫茶店を後にした。
出て行ったルシアを見て、セルゲイは一言呟く。
「とんでもない子供だな……」
ポツリと呟いたセルゲイ。
今までグッと握りしめていた手には、脂汗が滲み出ていた。
後に、セルゲイはこの時の自分の思いつきの判断は間違っていなかったと、そう言った。
◆ ◇ ◆ ◇
「ここが、七耀協会……」
その日の晩、七耀協会をルシアは訪れていた。
外が雨という理由もあり、屋根があるところを探していたのだが、ちょうどセルゲイの言葉を思い出し、まだ行った事がない事もあり、訪れてみる事にしたのだ。
「…………」
街はずれの階段を上がると、荘厳とでもいうべき協会が見える。
思わず青き星にいた時の自分の住み家を思い出すが、あっちの方がもうちょっと無機質であった。
ここは、人が住む匂いがする。
ルシアは扉の前に立ち、ドアをノックした。
「はいはい、こんな遅くにどなた?」
「…………一泊させて欲しいのですが」
「あらあら、まぁ」
扉を開けた先にいたのは、高齢のシスターであった。
夜も暮れた遅くに協会を訪れたのが、あまりにも幼い子供であったのでシスターも驚いたのか、目を丸くしていた。
「どうぞ中にお入りなさい。雨はこれから強くなりそうですから」
「…………」
中に入り、シスターの個室らしき場所へ通されると、変わりの着替えを渡された。
ルシアはそれに着替えて居間に戻ると、自分の服が暖炉の傍で乾かされ、机の上にはホットミルクが置かれていた。シスターはそれをニコニコと微笑みながら勧めてくる。
「どうぞ、これを飲んで温まってね」
「…………」
受け取り、一口飲む。
温かい、そう呟いた。
「そうそう。今日はそこのベッドを使いなさいな。私はこちらの布団を使いますから」
「…………」
コクンと頷くと、シスターは笑みを深くし、ルシアの頭を撫でた。
「明日はどうするのかしら?」
「…………近辺の遺跡を周ります」
「まぁ……! 魔獣も出て危ないでしょうに」
「問題ありません」
シスターは止めるように勧めてくるが、ルシアもそこは譲らない。
一方でシスターは、このルシアのあまりにも常識が備わっていない素振りに不安を感じていた。
(この子は普通の子とは違う……この小さな身体から発せられる気。明らかに普通ではないわ。恐らくそれが原因でこの子はたった独りなのね)
いつもなら迂闊な想像や邪推もしないシスターだが、ルシアの振る舞いにどうしても嫌な想像しかできなかった。
「そう…………なら、遺跡の調査が終わったなら、またここに戻ってくるのですよ」
「…………一か所に留まる必要はありませんが」
「何事も心にゆとりを持たねばなりません。急いた心は余裕を無くし、視野を狭めます」
「…………」
「そして私と貴方の出会いは、きっと女神エイドスのお導きでしょう。何かしらの意味があるはずです」
「女神エイドス…………それは女神アルテナではないのですね?」
その言葉に、空気が凍った。
「な、何を言っているのです。我らの女神は女神エイドスですよ。それは貴方も教わったはずです」
「…………」
「いいですね? 2度と女神エイドスの名を間違えたりしてはいけません。それが協会の耳に入れば、貴方は最悪、異端審問をかけられ、その身を追われるかもしれませんよ!」
「…………」
「分かりましたか!?」
「…………分かりました」
シスターの剣幕に押され、ルシアは思わず肯く。
額の汗を拭く仕草をしたシスターは安心したように頷き、飲み干したコップを片付けた。
(名前を間違えたくらいで異端審問……つまり粛清ですか。どうやらこの世界の女神は余程、器が狭いようです)
人間の暴走という線も否定できないが、それを放置しているのならば女神も同罪だ。
ルナの人々は女神アルテナに対して尊敬し崇拝していたが、同時に否定する人間に対しても公正だった。
まあ、アルテナを否定する人間などそうはいなかったのだが、それでもアルテナはそれも人間の一部だとそう考えていたようだ。
(って、待ちなさい。なぜ私が『アルテナの考え』を知っているのです。まだ遭っていないというのに)
ズキン、と強烈な痛みが走った。
こちらの世界に来てから、一番の痛み。
その痛みは激しさを増していく。
「…………っ」
「? どうしました? ………って、大丈夫ですか!?」
シスターが慌ててこちらに駆けてくるが、対応できないほどの痛みが頭を襲っていた。
「…………」
自分は、何かを忘れている。
それを確信した瞬間、ルシアの意識は反転し、闇へと落ちて行った。
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セルゲイとの邂逅イベント。
そして協会でのイベント。
この出会いが、ルシアに大きな影響を与えます。
そろそろガイやアリオスも登場するかも。