それは、この星の中で初めての、純粋な魔法戦だった。
「燃え上がれ、炎よ! ―――――――――バーンストライク!」
「そんな下級魔法で、このロウイス様を殺そうなんぞ片腹痛いんだよ!」
おかっぱの金髪が、あふれ出る魔力で後ろに靡き、ロウイスにとっては馬鹿にされてるに等しい魔法攻撃に怒りが高まる。
ティオの頭上に出現した炎の球体から、手を振り下ろすことによる合図と共に火炎放射のように炎の波となり襲い掛かる魔法、バーンストライク。
直撃したら黒焦げになる事は間違いない、初級魔法とはいえ確実に威力だからなら中級に匹敵する炎の魔法だが、ロウイスはそれを片腕を炎に翳すことで迎え撃つ。
魔女の腕から黒い炎が滲み出し、渦を描くように腕に纏わりつく。瞬間的に膨れ上がった黒炎は、円を描くように前方へと飛び出し、体積だけなら圧倒的に大きな炎の波に飛び込んだ。
飲み込まれたはずの炎は、なぜか飲み込まれずに周囲の炎を消し飛ばし、残ったものはくるくる回る黒炎のみ。
ティオはその現象に目をむき、反射的に跳躍して避ける。
しかしそれは悪手。飛び上がった先にはロウイスが既に先回りをしている。彼女の回し蹴りはティオを撃墜し、地面へと墜落する。
咄嗟に庇った為に痺れた腕に舌打ちしつつ、ティオは地面に手をついて着地。空から突撃してきたロウイスへ、己の真骨頂を発揮した。
それは1秒程度の時間。だが彼女はその間に2回転。腕の振りを7回という、恐るべき体捌きを見せた。
振られた腕から発射されるは氷の魔法と雷の魔法、炎の魔法と風の魔法という計4種。
少し驚いたのか目を見開いて急停止する。直撃すると、もう魔法を使う間はないと確信したティオだが、その瞬間さらに驚くべき光景を目にした。
ロウイスの腕の回りに絡みつくように吹き荒れていた黒炎が、意志を持ったように動き出し、ロウイスに迫った攻撃魔法を防ぐように吹き荒れたからだ。
それも、たった二撫でで7発を防がれた。
(4発の魔法と3発の魔法を相殺した・・・・・・威力が違いすぎる)
(こいつ・・・・・・あたしの魔法をたった4発で一発分を相殺しやがった。それにこの連射速度・・・・・・威力はさておき、連射速度はあのヴェーンの党首共を越えてやがる)
互いに実力を読み違えていた。
ティオは相手の想像以上の実力を感じて歯を食いしばり、ロウイスはただの雑魚から必ず殺すべき驚異対象として。
特にロウイスは、あの自分をかつて殺したヴェーンの党首である黒髪の美しい女性『ミア・オーサ』をダブらせた。ロウイスを殺したのは5人がかりではあったが、勝敗を別けたのはミア・オーサによる魔法戦が大きかった。
自分の魔法をミア・オーサが威力を削る、または相殺する事で隙をつくり前衛が攻撃する。
あの忌々しい女と少女は容姿が全く違うのに、まるで同じ人物であるようにしか思えなかった。
「てめぇは必ずぶっ殺す」
「セイラの仇・・・・・・貴方は必ず殺します!!」
同時に、魔法攻撃の衝突が起こる。
黒い雷がロウイスから、迎え撃つは黄色い雷4発が衝突。ぐぅっと唸り声を上げて、お互いが生まれた衝撃で吹き飛んだ。
「こいつっ!」
「っ!」
地面を転がって体勢を整えたティオは、決心する。
魔導杖から殺傷確実のウォーターカッター、通称『ブレイド』を展開し、ドンっと地面を打ち鳴らして立ち上がる。
何ていうことだろうか。
ティオは自分の心境の変化を、まるで第三者であるかのように冷静に見て、受け止めていた。
あれだけ『人の死』というものに敏感になり、嘆き、悲しんだのにも関わらず、敵だからといって殺す決意が出来てしまったことに。
その眼差しの鋭さが、ロウイスを更に挑発する事になる。
その瞬間だけ瞬間湯沸かし機のように一瞬で怒りが頂点に登った、いや登ってしまった。ロウイスは“今の状態では本来出ない”ようにしていたが“本来出せる全力”の脚力を出したのだ。
それはまさに一瞬の出来事。ティオはロウイスから目を逸しはしなかった。だが間違いなく姿を見失い、気付けば視界の右隅で脚を振り抜く姿を見ただけ。
回避できたのは間違いなく運であった。
しゃがんだ事で頭部の上を強烈な音と共に足が通過していく。風を裂く音が恐ろしい程はっきり聞こえてゾッとしてしまう。
本気になった、そうティオは感じた。
「なんだぁ? あたしを殺るんだろう? 今更力の差を実感したのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「そのえげつない刃であたしを殺すんだろ? いいぜ、当てれるものなら当ててみろ。だが、知らないようだから教えてやるよ」
「・・・・・・・・・何を」
「あたしは確かに魔族の中でも1・2位を争う実力を持ってるが・・・・・・体術はむしろ不得意。あたしは魔法専門。つまりは」
「まさか・・・・・・」
「お前に勝ち目は一つもないんだよ」
それと同時だった。ティオの頬に強烈な衝撃が走ったのは。
転がったティオに追撃するように風の刃が襲いかかる。咄嗟に魔力を感じ取ったティオは周囲に魔力の壁、フォースフィールドを貼るが容易く破られ、全身に激痛が走る。見ると腕とか足とか腿が引き裂かれていた。多少防いだお陰で切断は免れたようだが、それでも決して浅くはない傷だった。
頬と切り裂かれた痛みに呻きながら地面を転がり、ハッと顔を上げるとそこには誰もいない。だが、何かに覆いかぶされたかのように、ここだけ暗い。
「くっ・・・・・・!」
奴は、頭上にいた。
ロウイスが振りかぶるような体勢で、彼女の腕から黒炎が吹き荒れ、凶悪の笑みを浮かべてそこにいた。
――――避けられない!
瞬間、ティオの視界が黒炎に染まった。
「ふん・・・・・・直撃か」
呆気ないものだ、とロウイスは鼻を鳴らす。
今のタイミングは絶対に必殺の間だった。避けられるものでもなければ、即死は免れない威力のもの。人間ならば間違いなく―――死ぬ。
『今の状態』での全力を放ったのだからそれは当然、そうロウイスは確信していた。
実際に前方の視界は凄いことになっている。黒炎が地面を貫通して大地を揺らし、逆噴射して上空へと吹き上がっている。
何もない場所が炎で燃え、100度を超える熱量が漂う所為で景色が歪んで見える。
終わった―――と、そして、チッと舌打ちをした。
「―――ゴキブリ並みにしぶとい奴だねぇ」
「・・・・・・よ・・・・・・余裕、ですよ。あ、貴方程度の、攻撃なんか」
ティオは生きていた。
その身の回りに、白い翼が包み込むように、ドーム状に形成されたバリアーの中で。
白い翼。
――――それは『白竜の守り』と呼ばれる、最強の防御魔法。アルテナという創造神が生み出した星を守護する4匹の竜の内の1匹の力。
どんな攻撃であろうと防いでくれる無敵の魔法。
導力魔法にも似たようなものはあるが、連撃を喰らった場合はすぐに消えてしまうので、あまり実戦向きではない。しかしこの魔法は術者が魔力を注ぎ続ける限りは発動し続ける。
それは魔法の力ではあるが、白竜に認められた者が持つ証を媒介にして発動するもので、アイテムの力といっても過言ではない。
だがそれが、ドラゴンマスターの力の証でもある。
神々の使いである聖なる竜の力を、たかが人間が使用するのだ。それ故に使用者は選定され、使い手は圧倒的な力を手にする。
だが、もちろん欠点もある。
それは、莫大な魔力を必要とする、という事。
事実、ティオはギリギリで防ぎ、一瞬でその場から交代してすぐに魔法を解除していた。
しかしティオの息は大いに荒れて脂汗をかいている事から、魔法力を一瞬にして限界まで使ってしまった事は明らかだった。
「その力・・・・・・白竜の力か。ったく、忌々しい事この上ないんだが、その様子だと限界みたいだねぇ」
「・・・・・・さあ、どうでしょうか」
それは本当にただの強がりだった。
魔法力は自分が尽きかけているのに、相手は余裕で微塵も疲れた様子は無い。
ティオとて力の差は分かっていた。
ナル達の話で、魔族の中でも頂点に位置するものは、あのアルテナの守護者である四竜を殺害できる程の力量を持っているとのこと。
普通なら害する事もできないはずなのに、それが可能というだけで人間との埋めようのない差が分かる。努力や才能で埋める事すらできない種族の違いという明確な壁が。
「まあ、この一撃で終わらせてやるよ」
頭上に、黒炎の固まりが現れる。サイズはどんどん大きくなっていく。サイズは1メートル程度のものだったのが更に大きくなり、ついに5メートル程まで膨れ上がった。
ニタニタ笑いながら、でも殺意を漲らせながら更に魔力を込めて威力を増大させるロウイスに、ティオは小さく溜息を吐いて、覚悟を決める。
例えどんなに力量の差があろうとも。
――――この戦いは負けられない!
「溢れ出す灼熱の紋章―――不遜なる劫火の器―――血を汲み・否定し・大地の波高・瞬き・爬行する紅の裁き」
「――――なっ!?」
その詠唱を聞いて、ロウイスは思わず絶句して詠唱を止めてしまった。
だがそれも仕方がない。目の前の幼い少女が唱えている魔法は、これまでの彼女が使っていた低級魔法とは訳が違う、上級の更に上、超級魔法なのだから。
だがティオにも影響はあった。
万全の状態でも魔力が足りなかったのに、今の枯渇した状態では詠唱を始めた途端に視界がブラックアウトしそうになった。
それをただ、気合と想いだけで必死に紡ぎ出す。
一人の少女の骸が、視界に入った。
――――セイラの仇を取ると、心が叫んでいるのだから!
心臓に激痛が走り、身体中の細胞が沸騰したように熱を帯びて、脳内の何かがブチブチと千切れる音がする。
視界がグルグルと回って、鼻から血がボタボタと垂れる。
――――お願い、ルシア・・・・・・私に力を!
その瞬間、心臓がバタンと開く音をハッキリと聞いた。
魔力が――――溢れ出す。
「祖は原子の力――結合せよ、破砕せよ、業火に満ち汝の敵を討ち滅ぼせ!!」
「―――ッチィ! こしゃくなぁあああああああああああああああああああああ!!」
ロウイスの黒炎の固まりが20メートル級にまで膨れ上がり、周囲が赤黒く染まる中、それに相対するように、真っ赤な灼熱の炎が燃え上がった。
その炎の固まりはとても小さい、拳台のサイズで。
だが、詠唱終了と同時に地面に突き刺さり、地中深くへと潜り込んでいく。
その次の瞬間、大きな破裂する音と共に地面が割れて、ソレが吹き出す。
「インフェルノ―――――!!!」
「ジャッジメントセイバー!!!」
地面から吹き荒れ、彼女に操作されて襲いかかる溶岩流を纏った炎の波が、振り下ろされた特大の黒炎に衝突した。
衝突の衝撃は、これまでの比ではない。
耳をつんざく衝突音と、圧倒的な熱量と、生み出された爆発により2人の体は地上から空中へと投げ出され、その高さは50メートル程の高さにまで打ち上げられてしまった。
普通なら大慌てになる所でも、ティオの目はロウイスを睨みつけて離さない。
明らかに格下相手と見ていたロウイスの瞳の奥に、もはやティオを軽んじる色はない。
吹き荒れた炎を真下に、自然落下を始める2人だが、既に彼女は魔法を展開している。身体中から緑色の魔法陣が回転し、それが2重にも3重にも纏わり始めた。
「トルネード!!」
溶岩流と炎が吹き荒れる下から、巨大な竜巻が吹き荒れてソレを押し上げる。
彼女の身体だけ押し出され、風の抵抗力で失速し綺麗に地面に着地。顔をむけると、風属性の上位魔法により炎と溶岩竜の竜巻と化した攻撃魔法により、ロウイスを炎の中に引きずり込んでいた。
殺った! そう一瞬だけ思ってすぐに否定する。そうでなければこんなに殺意と憎悪の固まりが身体に纏わりつくはずがない。
その瞬間、身体中の骨と神経に激痛が走った。
「い、いたっ!!! ―――あ、あぁぁぁああああ!!」
ミシミシと音を立てて、気絶する程の痛みが襲ってくる。いや、気絶しても痛みでたたき起こされている感じであった。
すると今度は身体中の皮膚が引っ張られるような痛みが。もう訳が分からなくて堪らず蹲る。
あまりの激痛に口から嘔吐し、その中に血が混ざっている事に目を見開く。
「てめぇ・・・・・・・・・・・・もう勘弁ならないんだよ! 私が手加減してたら調子に乗りやがってぇええええええええええええええ!!」
ドン、という音と共に炎を蹴散らして地面に降り立ったロウイス。
最初の人を小馬鹿にするような、どこか小物の香りすらした口調も目も、そこには無い。
ただ身体中に激しい火傷を負った、だがとても深刻なダメージを受けた様子がないロウイスに、ティオは思わず絶句してしまう。
「もう泣いて喚いても許さない。この紅蓮の魔女ロウイスの真の力で――――――キサマを殺す!!」
「――――っ!!」
足を踏み鳴らし、腕を顔の前で交差するロウイス。
ボキボキという音が一帯に響き渡る。
(これは、骨折の音ではない・・・・・・骨格が変わる音。まさかこれがルビィたちが言っていた魔族の力の開放――――!?)
まずい、そうティオは戦況の絶望さを悟るが既に遅く、ロウイスの身体から何かが突き破ろうとして――――。
「お待ちなさい、ロウイス」
ロウイスの背後に突如現れ、ロウイスの首に巨大な氷の鎌を突きつけた、あまりにも美しい女性と。
「そこまでだ。ここからは娘の代わりに――――私が相手になろう」
厳しい表情で敵を睨みつける、養父がそこにいた。
そこで気が緩んだのか、あらゆるものが限界だったのか。
ティオの記憶は、そこで唐突に途切れた。
◇ ◆ ◇ ◆
「どういうつもりだ、姉さん」
「私は手を引きなさいと言いましたよロウイス。姉の言う事が聞けないのですか」
ギロリと睨みつけるロウイス。姉妹だという会話を聞くカシウスだが、彼には油断の欠片もない。
後ろで気絶した―――“ブライト家の長女くらいまで背が大きくなっていた”義娘を庇っている事もあるし、ただでさえも自分と同格かそれ以上の相手が目の前に2人もいるのだから、カシウスは密かにいざという事態の為の覚悟を決める。
だがそんなカシウスを他所に魔族の姉妹の会話が激しくなっていた。
「はあ!? なんであたしが姉さんの命令を聞かなくちゃいけない!?」
「別に私の命令を聞かなくても構いませんが・・・・・・これがゾファー様の命令でも、ですか?」
「!」
「あの方の命令で、彼女は生かせと命令が下っています。無視すると我々の悲願が達成できないのでは?」
「~~~~~~~っ」
「落ち着きなさい。その怒りをぶつける機会が必ず来ます。その時にゼノビア姉さんと共に――――彼女たちを殺しなさい」
「分かったよ!!」
よっぽど怒りが収まらないのか、地面をぶん殴ったり岩場に蹴りを入れて砕いている。
物に八つ当たりをしている彼女に苦笑し、フェイシアはカシウスへと振り返った。すると彼女の背後には執行者のカンパネルラとシャロンが現れ、カシウスの所へサラとトヴァルも駆けつけた。
サラは敵を牽制しつつティオを介抱し、トヴァルはカシウスの隣で油断なく構える。
両者共に大きな怪我がないところから、完全に時間を稼がれたようで、結果だけを見ると仕留めきれなかった遊撃士側の敗北といって良かった。
「ここらで・・・・・・私たちは手を引きます。もう目的も達成しましたし、そちらも彼女の手当をしたいでしょうし」
「・・・・・・君たちの目的は時間稼ぎだな? 帝国側の依頼、という訳でもなさそうだ。『鉄血』の狙いに上手く乗った、というところか?」
「フフフ・・・・・・」
「さっすがカシウス・ブライト! 鋭いねぇ」
「チッ、そういう事か」
「なるほど。まんまと一杯食わされたってところかしら」
思わず悪態をつくトヴァルとサラだった。
結果的に遊撃士協会帝国支部はイイ様に翻弄された事になる。
フェイシアを中心に、4人を囲むように魔法陣が発動し、彼女たちを取り囲む。どうやら撤退するようだ。
それを油断なく見ていたカシウス達だが、ふとフェイシアがサラに介抱されているティオへ目を向け、何かを考えるように視線を逸らし、そしてカシウスへ告げる。
「そちらのお嬢さんに、伝言があります」
サラが剣をサッと構えてティオを隠す。
「大丈夫、何もしませんよ。ただ彼女の為になる助言を一つ」
「なんだろうか?」
「どうやら相当無理をしたようで、身体中にダメージがあります。しかしソレは無理やり己の枷『リミッター』を外しただけで、彼女が本来持っていた力を引き出した反動によるダメージです」
「なるほど・・・・・・」
「あとはそうですね・・・・・・表側の魔力を使い切り、そして裏まで無理やり開けたという表現が解り易いでしょうか? けれど本来ソレは未熟な彼女に開けられるものではない筈です。そう―――由緒ある血筋の一族ではない限り」
「・・・・・・故にこんな姿になったと?」
「ええ。開けた反動の副作用で肉体に影響を及ぼしたという所です。まあ数日の間は肉体へのダメージがあるので安静にする事です」
「ティオの命に別状は?」
「ありません。しかし今後同じように限界まで使い切った時、今度は全ての魔力を使ったという事で死亡するでしょう。彼女には気をつけるように言っておいて下さい」
「――――ありがとう、と礼を言っておこうか」
「いえ結構ですよ。近いうちに――――再び貴方の近しい人が襲われるでしょうから」
不穏な言葉を残し、フェイシア達は消えてしまった。
残された3人の遊撃士たちは、完全に負けた事に唇を噛み締め、倒れたティオを抱き上げるサラと、倒れていた少女の遺体をトヴァルが抱えて荒れ果て炎で燃え盛る地を後にした。
そして、この数日後。
遊撃士協会帝国支部は、帝国宰相ギリアス・オズボーンと議会による裁決により、一部の支部を除き廃止が決定された。
理由は、帝都市民に無用な混乱を招いた事と、主犯の犯人たちを取り逃がした事による罰であった。
だがそれは一般向けの理由であり、ギリアス・オズボーンの狙いの上で遊撃士たちが邪魔であった事から排除した事は明らかで。
遊撃士達にとっても一連の敗走は、痛恨の極みともいえる結果となった。
◇ ◆ ◇ ◆
一人の死亡者と、一人の重傷者。
連続誘拐事件解決の発表がなされた1週間後。
帝国の田舎街にある、とある邸宅の前で、ある4人の姿があった。
その4人の中で先頭に立つ少女が、白い布で包まれた箱を抱えて家主の男性と女性を訪ねていた。
年輩の夫婦は、少女とその背後にいる3人の大人に向けて罵詈雑言を投げかけている。
「・・・・・・では、火葬に立ち会わなかっただけでなく、遺骨も受け取らないと?」
「だから要らないって何度も言ってるでしょ、気持ち悪い!! 大体あんな気持ち悪い子は家の子じゃないのよ!」
「そうだそうだ! もういい加減帰ってくれ!!」
「・・・・・・・・・・・・」
少女は震えていた。
怒っていた。
いや、悲しんでいるのかもしれない。
ただ、その背後にいる大人の3人の般若のような怒りの表情を見て、夫婦は逃げるように慌てて自宅の扉を閉めてしまった。
「大丈夫ですよ・・・・・・貴方のお墓は、ちゃんと建てますから・・・・・・セイラ」
そう言って、ティオ・P・ブライトは大人たちへと振り返った。
怒りで奥歯を割りそうになる程怒っているサラも。
眉間に皺を寄せて拳を握りしめていたトヴァルも。
怒りとティオを心配する気持ちでごちゃごちゃの表情をしているカシウスも。
目尻から大粒の涙を零しているティオを見て、何も言えなくなった。
140cm台しかなかった背がすっかり160cm台にまで成長し、装着する各装備品の為に大人の色気すら発揮し始めた彼女であった為に、余計にその傷ついた心が全面に出てしまう。
ただカシウスは、その遺骨をブライト家の敷地へ埋めようと提案し、それならばセイラは寂しくないですねと、ポツリと返した。
真っ白な骨になり果てた彼女が泣いているのか、ずっしりと重さが増したように感じた。
だが事態は彼女たちを待っていてはくれない。
翌日、旅支度するカシウスとティオ、そして支部を移動するトヴァルとサラの元へある情報が飛び込んできた。
――――――リベールでクーデター勃発と。
物語は加速する。
それは邂逅と再会、そして破滅への序章である事に、誰も気づいていなかった。