神隠し、というものがこの大陸にも伝わっている。
共和国のとある村に済んでいた農民の家系の末娘が、村の子供たちと遊んでいたが夕方近くに行方不明になり、その日の夜になんと数百キロ離れたリベール王国のとある街の遊撃士協会に迷子として保護された。
もちろん電車で一本でいける場所では無ければ乗り換えていけるところでもない。また仮に乗り物を使ったとしても所要時間が圧倒的に足りない。物理的に不可能な距離を一瞬で移動したのだ。
子供の証言などから検証してもまるで原因が掴めない謎の事件として処理された一件だが、似たような事件は過去に幾度かあった事だ。
それは世にも不思議な御伽噺として子供たちに伝わっている。
摩訶不思議な、御伽噺として。
そして、総じてそれらは有り得ない現象として扱われる。
そう―――『神秘』として。
「え・・・・・・ここ、は?」
「て、帝都?」
「う、うそ・・・・・・」
「ふぇ?」
「え、え、え、えええ?」
汚い小屋の鉄の牢の中から、突如光ったと思ったら帝都のど真ん中へ。
薄汚れた格好のまま突如、噴水広場前に現れた女性5人とティオに、衛兵を含めた市民たちはド肝を抜かれて呆気にとられる。
見覚えのある街に、そしてそこからどういう道筋で自宅へと帰れるかを知っている少女たちは、いきなりの展開に、でも徐々に理解して歓喜に満ち溢れる。
「申し訳ありませんが、私はここまでです」
そんな彼女たちに投げかけられる声。
その声を少女たちは今まで聞いていただけに、その声の主が誰か分かり、そしてこの奇跡を起こしたのが誰なのか、直感で悟った。
慌てて声をかけようとするが、ティオは塞ぐように声を重ねた。
「ここまで来れば、あとは城の兵士にでも頼ってください。私は、彼女と決着をつけてきますので」
「決着って・・・・・・」
「おねえちゃん・・・・・・」
「殺しちゃ、ダメだよ!? 例えどんな人でも、殺しちゃだめだからね!」
ティオの言葉の端から、嫌な予感を察知したのか。
どんなに恨みがあったとしても、それでも命を奪ったりしちゃダメだと言う少女に、ティオは目を丸くして、そして小さく笑った。
「彼女は殺したりしません・・・・・・あの子は私と同じなんです。だから・・・・・・いいえ、それでは皆さん、さようなら」
そう言って光に包まれる彼女に、誘拐されていた少女たちは思わず駆け寄る。
遠くから、兵士たちの足音と静止を求める声が聞こえてくるが、目の前の少女はそれを無視するように消えていった。
◇ ◆ ◇ ◆
ドンドンと、激しい銃声が辺りに響いた。
複数の銃弾を避け切ったメイド服の衣装の女性の両手から解き放たれた鋼の糸は、銃と剣を携えた女性に一部が襲いかかり、他は辺り一帯に突き刺さる。
まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた糸に対して、サラは体中から雷を帯電させて力まかせにぶった切る。
「・・・・・・ええい、ちょこまかちょこまかと!」
「フフフ。それはこちらのセリフですわ。いい加減当たってくださると助かるのですが」
トップスピードに乗ったサラが鋼糸を回ぐぐり胴体に振り下ろす。完全にもらったと確信したサラだが、メイド服の女性――執行者No.Ⅸ<<死線>>のクルーガーことシャロンは、体躯の前に分厚い30センチ幅の壁を糸で作り出し、見事に防いで見せた。
サラは銃を構えてシャロンに、シャロンはサラの顔面に鋼糸を突き出して刹那の交差。
お互いに背を向けながら着地を決めると、サラの頬から一筋の血が流れ、シャロンの薄い紫髪が散らばった。
(この女・・・・・・強いわ。あたしと互角、いえ、どこか余裕が感じられる事からすると、少なくてもあたしより上)
(強いですわ・・・・・・攻めきれません。無理に責めたらこのスピードに翻弄されてやられそうですし)
速度では圧倒的に上回るサラと、技術で上回るシャロン。実はどちらにもそこまで余裕はなかったが、お互いに決め手がない。
それこそがシャロンの狙いであり、それがベターであっても、戦闘者として勝てるかどうかは気になるところ。
一方でサラは焦っている。視界の片隅に映るカシウスとフェイシアの戦いに、何が何でも早く駆けつけなかければという思いがサラを焦らせる。
さらに本来の目的である帝都支部襲撃犯を早く抑えなければ、という思いが一層の拍車をかけさせる。
何よりも、お互いの相性の悪さが一番の問題だった。
糸で捕まえ用にもサラは雷で極限状態の反射神経を誇り、高速で動き回る。一方で鋼糸で鉄壁の守りで隙をみせず、チャンスがあれば即座に攻撃してくるシャロンにサラは迂闊な攻撃ができない。
「ちぃ・・・・・・さっさとやられなさいって!」
「それはごめんなさいですわ!」
銃声と鋼糸の衝突音は、しばらく止みそうになかった。
一方でトヴァルとカンパネルラも、戦況は膠着していた。
高速詠唱と連射による、アーツの波状攻撃をしかけるトヴァルに、カンパネルラは姿を消しながら回避する。
一方でカンパネルラも、得意のアーツと幻術攻撃をしかけように、トヴァルのアーツがあまりにも隙間がない状態で連続発動するものだから、うかつに近づけない。
「こそこそ隠れてないで、さっさと姿を現したらどうだ!」
「それは御免被るよ。僕はこのままキミのクオーツがエネルギー切れするのを待つとするさ」
「それは残念だったな。俺のは特別製だ!」
無尽蔵、という訳ではない。
トヴァルは絶えずクオーツを回復するアイテムを使っており、アイテムが尽きる限りは止まることはない。
さらにいえば、そのアイテムはまだまだ充分にある。
「この辺りでいい加減仕留めさせてもらうぜ! ―――――――――ダイヤモンドダスト!!」
「氷系の上位アーツ!」
ドシンと、凄まじい衝撃と共に地面を揺らし、周囲一帯を巻き込む形で氷の固まりを落とした。
溜める事なく落ちた氷系の導力魔法の中でも上位に入る広範囲と威力は、姿を隠していようが関係ないと言わんばかりに一帯をなぎ払った。
「手応えありだ! もらったあああああああああ!」
トヴァルは確かな感触に勝利を確信する。避けようがないその攻撃であるが故に、直撃は確実だったからだ。
「――――――残念だったね」
「・・・・・・・・・・・・おいおい、マジかよ」
「危なかったけど、このとおり何ともないさ」
カンパネルラはダイヤモンドダスト―――1番大きな氷の固まりの上に無傷で立っていた。優雅に笑っているところからすると、本当にかすりもしなかったのだろう。
トヴァルは歯噛みしつつ心の中で謝った。
(すまねぇカシウスの旦那。これは全身全霊をかけてやらねぇと、とてもじゃないが勝てねぇ。そっちの参戦は厳しくなりそうだぜ)
(フェイシアの氷魔法になれていたお陰かな。だいぶ助かったや。とはいえ気を抜いたらやられる、と)
時間稼ぎ、という目的において、カンパネルラが一歩リードである。
氷の欠片が、宙を舞う。
砕かれた氷はキラキラとスターダスト現象のように宙を舞い、足場が不安定な中でもカシウス・ブライトは一直線にフェイシアへと迫った。
氷の槍がいくつも生成され、それが時速100キロを超える速度でカシウスを迎え撃つ。それをカシウスは八葉一刀流の技―――疾風という歩法を混ぜた斬撃を応用して回避し、フェイシアへと獲物を振り下ろした。
ガキィン、と衝突音が響く。
「!!」
「・・・・・・」
素手で、受け止められていた。
普通なら驚愕ものの光景も、カシウスは「ハァァァア!」と気合を叫び、フェイシアの懐に飛び込み服の襟を掴んで背負投げをした。
フェイシアは即座に掴んでいたカシウスの得物の棒を離し、壁へと激突の瞬間に身体を捻り蜘蛛のような体勢で岩壁に着地する。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
お互いの視線が絡み合う。視界をスターダストが覆った瞬間、フェイシアの姿は消えていた。
ドン、ドン、という二つの足音が凍った地面を叩き、カシウスの顔面を掴んで地面に引きずり倒していた。驚くことに、カシウスの顔を片手で掴んだフェイシアはそのまま身体を持ち上げて振り回し、近場の岩に叩きつけて再度地面に振り下ろす。
二の腕の関節部を殴った事で脱出をしたカシウスはクルクルと回りながら後方へと跳躍した。
しかしその瞬間をフェイシアは見逃さない。
気が付けば、カシウスを全方位で取り囲む、無数の氷の刃たちが。
「!!」
「終わりです――――――千殺氷牢」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 裂甲断!!」
カッと目を見開いて殺気だったカシウスの身体から、赤い蒸気のようなものが吹き上がる。
これこそカシウスが持ちうる剣気であり、体内にエネルギーとして存在する気の力だった。下段の構えから地面と擦り合わせ、一気にエネルギーを爆発させるこの技。
振り上げると圧倒的な爆発と破壊力が生まれ、範囲は狭いがされど範囲内にあるものを打ち払う。
カシウスは目の前の女性を素直に賞賛していた。
この女性は若い身であるにも関わらず、振るう力に荒々しさがない。
体捌きは柔軟で自然体。
若い身であるにも関わらず、ここまでの者は正直なかなかお目にかかれる機会はなかった。
「その力・・・・・・いや、異能というべきか。素直に驚嘆した」
「ありがとうございます。貴方こそ、予想以上にお強いです」
「ふふ、余力を大幅に残している君に言われて虚しいだけだ」
「それはあなたもでしょう? 『元』剣聖カシウス・ブライト」
確かにカシウス自身、だいぶ余力を残している。
だが目の前のフェイシアは、その余分にプラスして大幅に『何か』隠している。
「ひとつ聞いてもいいだろうか」
「はい、なんでしょう?」
「君は何者だ」
「私は執行者―――」
「そっちじゃない」
カシウスの確信した声に、フェイシアは思わず苦笑してしまう。
この人はやはり、と。
「流石ですね・・・・・・本当に貴方でないのが悔やまれます」
「・・・・・・・・・・・・」
「あっちの2人も戦闘に気を取られてこちらの会話は聞こえませんね。それならお答えしましょう。私はゼノビアの『妹』です」
「!! ・・・・・・やはり、か」
「どこでお気づきに?」
「人間には有り得ないその膂力の高さだ。君の身体能力は流石にありえない」
「なるほど・・・・・・あなたにひとつ、いい事を教えてあげましょう」
「ふむ。なにかな?」
「私は―――――――」
フェイシアは一息吐いて言った言葉に、カシウスは目を見開いた。
思わず歯噛みし、そしてそれ以上に戦意を携え、力を高める。
「悪いがここで決めさせてもらう!」
「どうぞ・・・・・・」
うすく笑うフェイシアの底がしれず、手加減抜きの全力でいくことに決めたカシウス。
身体中から発せられた気は、周囲を振動させ、地面にはりついていた氷を、大気に散らばっていた氷を吹き飛ばす。
これがカシウス・ブライトの最大最強の技。
ユラリと揺れ動き、あまりの速さ故に残像が見えかけはじめた、その瞬間だった。
ドーンと。
激しい爆発音が遠くから響き渡った。
思わず中断してそこへ目をむけると、遥か上空にまで炎が燃え上がり、黒炎が吹き荒れているではないか。
ただならぬ事態に戦闘を中断してそこを見詰める6人の視界に、人影がチラリと見えた。
片方は大人のシルエット。
そしてもう片方は・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・ティ、オ?」
信じられないことだが。だがそれは見間違いでもなければ錯覚でもない。長年一緒に親子をやってきたのだから遠くからでも分かる、その雰囲気。
カシウスの義理の娘の姿が空中にあった。
◇ ◆ ◇ ◆
消えた場所に戻ってきたティオは、呆然としながらこちらを見詰めるセイラを見据えた。
捕まえた生贄である女性たちは消えていなくなり、消え去った少女が再びそこに現れた。
細かい理屈は分からないが、それでもセイラは「発達した頭脳があるが故に」誰が何をしたのかが分かってしまった。
「ああああああああああああ!」
その行動はセイラの本能に任せた反射的行動であった。
戻ってきた少女へ襲いかかり利き腕を振り上げ、力の限りぶん殴る。
一方で、ティオもセイラのいきなりの行動に虚をつかれ、行動が遅れる。
咄嗟にガードした鉄甲で拳の間に滑り込ませたのだが、信じられないことにゴキっと鈍い音がして、たったの一撃で腕の骨が折られたのだから。
腕を弾かれたティオは小屋の壁に激突したが、その真横を勢いで振り抜かれたセイラの拳が壁を打ち付け――――。
――――壁が全て吹き飛んだ。
は?というティオの心の声を無視して、彼女は外へとはじかれ転がり続ける。
軽く20メートルは転がってしまったティオ。
彼女は激痛が走る利き腕を抑え、蹲りながら歩いて近寄ってくるセイラを見遣る。
「何を、したのかしら? ティオ」
「・・・・・・分かっているのでしょう? 人質を逃がしただけです」
両者のあいだに、すでに協力者の空気はない。
否―――元からティオは協力するつもりはなかった。だがそれでもセイラにはその気があり、そうなったと思っていたのだ。
だがそれも裏切られた。
それも―――自分の痛みを知っている筈の仲間から。
「そう・・・・・・貴方もわたしを裏切るんだ?」
「ええ、まあ」
ティオは折られた腕に回復魔法――ヒール――をかけながらセイラを分析していた。
壁を一撃で砕いた腕力。だが彼女は年齢相応の華奢な身体でしかない。それにも関わらず腕をへし折り壁を砕く怪力を持つ。
「・・・・・・残念ね」
「・・・・・・それはこっちのセリフです。あなたは何も分かっていない」
言いたいことがあった――――その為だけに戻ってきた。
ティオは、治ったとはいえ鈍痛が走る腕を叱咤しつつ、魔導杖を構えた。
「・・・・・・ルシア様の役にたたない奴は死んで?」
「寝言は寝てほざけ、です」
それが皮切りだった。
圧倒的な破壊力を誇るセイラは、その腕力で力任せに殴ってくる。
一方でティオはウォーターカッターブレードは使えない―――彼女を殺したい訳ではないのだから。
ティオは炎の壁を作り出し、セイラの進路を塞いで後方へ跳躍する。
そこで声をかけようと思っていたティオだが、視界にセイラが映らない。
嫌な予感がした彼女は直感でしゃがみ、前方へと全力で飛ぶ。
「あれ? はずれちゃった。“たしかに読んだ”はずだったんだけどなぁ」
「・・・・・・・・・・・・」
そう言って、セイラは前髪をかきあげる。
そこにあった目は、ぎょろっと飛び出していて・・・・・・黒い瞳が紫色に変色していた。
ティオが過去の事件によって、感応力と呼ばれる異能と頭脳を手に入れたなら、セイラが手に入れたのは『怪力』と『予測能力』だ。
その目が見えているのは、未来ではない。
生物であるなら、筋肉の動きが見えてしまい、見えるからどこに移動するか、どういった行動をするのかも見えてしまう。
もちろん、それは完璧ではない。
彼女にティオ並の頭脳があれば完璧だっただろうが、彼女の知能は年齢相応であり、子供の洞察力でしかなかった。
だがそれでも、人を誘拐するのに完全犯罪を行えるだけの能力があった。
一方でティオは、魔法攻撃ができない。
否。
攻撃など、できるはずがなかった。
「ひとつだけ言わせてください」
「なに? ああ、私も聞きたいことがあったんだ。私からきくね?」
「何でしょう」
足元に転がっていた石を広って投擲。石を全力で回避したティオの背後で、家が跡形もなく吹き飛んだ。
石ひとつでそこまでの威力を引き出すセイラの腕力は、それだけ桁違いだった。
「あなた、ルシア様に助けて欲しくないわけ?」
「・・・・・・はい?」
「実の両親から疎まれた貴方、苦しいでしょ? 今の環境、辛いでしょ? ルシア様なら助けてくれるに決まってるじゃない」
「・・・・・・・・・・・・」
「それをわざわざ捨てる真似をして。貴方バカなの?」
おお振りで振り下ろしてきた拳を避けてさらに後方へと跳躍。
セイラの拳は地面にぶつかり―――地面が割れた。
粉塵が舞い上がり、視界が悪くなる。
「いえ、正常だと思いますよ。では逆に貴方に聞きましょうか」
「なによ?」
ティオから出た言葉。
それはずっと彼女が言いた方言葉で、そしてそれはセイラの心に特大の動揺を与えた。
「あなたはルシアに、助けて欲しい、幸せにして欲しい、と言いましたが・・・・・・」
あの誰にでも優しい気持ちを向け、誰にでも救いを与え、なんでもこなしてしまうルシア。
彼だからこそ、ティオはこう思った。
「くれくれ、やれやれと。なぜ――――――――ルシアの幸せを願わないのですか」
「・・・・・・・・・え?」
「彼を自分の手で幸せにしてあげたいって、思わないのですか」
その瞬間、セイラの顔色が変わったのをティオは見ていた。
顔色が変わったから―――ティオはセイラが好きになった。我ながら単純だ、そう思いながら。
「なに言ってる、のよ。ルシア、さまに、そんなこと」
「少なくても、私は彼からもらったこの『温かいもの』を、彼にもあげたいと思います。たとえ彼が、どんな存在だとしても」
「・・・・・・・・・・・・だって、ルシア様は」
「ルシア様だろうがなんだろうが、彼だって生きているひとりの命です」
「そんなこと言ったって! もう私はこんなになっちゃったんだもん! こんなに醜くて、犯罪をおかした私がっ!」
セイラの瞳から、涙がこぼれ落ちる。
セイラだって分かっていたのだ。そしてそんな自分から目を背けていた。
「それでも、きっとルシアは貴方を許してくれます。貴方の中に彼への想いがあるのなら、彼を幸せにしてあげたいって気持ちがあるのなら、その時きっと自分も救われていると、私は思います」
「・・・・・・理想論よ、そんなこと」
「そう・・・・・・ですね」
「でも・・・・・・・・・・・・それが一番ステキな未来、だよね」
彼女はまだ11歳。
間違いを認めるのが早ければ、素直に受け入れるのもまた早い。
セイラは攻撃体勢を解き、ティオへ歩み寄る。
ティオもまたセイラへと近づき。
「心変わりはアウト~~~。という訳でバイバイ!」
「ガッぁ・・・・・・っああ・・・・・・」
セイラの胸が突き出ているのは、一本の腕。
肺を貫き、心臓付近を掠っていると思われ、指先には血肉が付着して流れ出る血液が滴り続けていた。
「残念でした~~~~。貴方の人生もこれで終わり~~~~~キャハハハ!」
「セイラ!!」
ズブっと、例えようのない肉を引きちぎる音がして、セイラは血を口から吹き出し崩れ落ちた。
分かり合えたと思った瞬間に訪れた、最悪の不幸にティオは血相を変えてセイラに駆け寄った。ロウイスは一旦距離を取り、ニヤニヤと口元を歪めてその2人を眺める。
ギリギリ間に合ったティオは、崩れ落ちたセイラをその腕に抱えた。
必死で呼びかけるが、セイラから帰ってくるのは返事ではなく、吐血という血しぶきだけだった。
消えそうな声で、彼女から声が漏れる。
「パパ・・・・・・ママ・・・・・・」
「しっかりして! いま回復魔法を―――!」
右腕で身体を支え、左手で回復魔法をかけるが、出血は止まらない。
傷口は貫通しているために塞がらず、一気に塞ぐだけの力が、今のティオにはない。
右腕に伝わる感触が、彼女の死を、感じさせる。
「パパ・・・・・・ママ・・・・・・助けて・・・・・・」
「セイラ! しっかりしてください!」
「会いたい・・・・・・会いたいよぉ」
「セイラ!」
ゴフっと血を吐き出し、ティオの顔に吹き掛かった。
セイラの傷口を抑えていた為に付着した血まみれの左腕が、ゆっくりと天へと挙がった。 小刻みに震える腕は、今にも折れる寸前で。
「どうして・・・・・・いけなかったのか、な・・・・・・あたし・・・・・・がんばったのに・・・・・・ふつう、なのに」
「ええ! あなたは普通です! きっと、ママもパパもセイラの事が大好きなはずです!」
「さあ、どうかしら? 化物だから大ッ嫌いでしょ」
「うるさい!」
ニヤニヤと笑いながら自分たちを観察するロウイスが、耐えられないくらいに苛つく。
「そう・・・・・・だよ・・・・・・ね・・・・・・だから、パパも、ママも・・・・・・」
「そんな事はない! きっと、貴方のことを!」
「ルシアさま・・・・・・幸せを・・・・・・いのらなかったから・・・・・・罰が、あたったんだよ、ね」
「ちがいます! そんなはずはない! だから、だから!」
言葉がつまり、上手く言葉にできない。
もっと伝えなくちゃいけない言葉があるはずなのに、上手く口にできなくて、ティオは必死に呼びかける。
「もっと強力な魔法が使えたらっ!」
「無駄だね。致命傷ってやつさ。可哀想にね~~~~」
彼女にとってここまで怒りを感じたのは何時以来だろうか。
ゼノビアにとって目の前の虫たちは愉快なことこの上なかった。扱いやすく動かしやすい。
「ねえ・・・・・・ティオ・・・・・・」
「はいっ! 私はここにいます!」
「ルシアさま・・・・・・の、こと・・・・・・よろしくね・・・・・・」
「! はい、もちろんです。だからセイラもっ」
「・・・・・・ママ・・・・・・パパ・・・・・・・・・・・・もういちど・・・・・・会いたかった・・・・・・・・・・・・な」
雲ひとつない、真っ青な天空と。
そこに浮かぶ太陽を必死に掴むように伸ばしていた手が、崩れ落ちた。
力を失った手が地面へと落ち、目から涙がこぼれ落ちたまま、目が見開いたまま、ピクリとも動かない。
「・・・・・・・・・・・・」
ティオの手が、力を失ったセイラの手をぎゅっと握り締めた。力いっぱい、それこそ自分の力がセイラに渡ってほしいと言わんばかりに。
確かに、セイラは悪事を働いた。
誘拐を働き、監禁行為を行い、殺害を仄めかす発言もしていた。被害者の女性達には決して浅くない傷を与えてしまっただろう。
だが彼女がここまで歪んでしまんだのも、それは過去の事件の所為でもあり、傷ついた彼女に更に追い討ちをかけた両親であり、彼女に救いの手を差し伸べなかった周囲でもある。
だから彼女は考えた。何故自分だけが、何故自分ばかりこんな目に会うのか、幸せになりたい、と。
ティオと彼女の決定的な違いは、事件後に出会った人の差だけ。
「セイラ・・・・・・もう、あなたのことを虐める人も、苦しめる事も、ない。だから」
彼女の思いも、憤りも、願いも、痛みも。
「だから・・・・・・安らかに」
全てを解るとは言えないが、それでもティオにとっては自分の事のようにしか感じれなかった。
きっと彼女にだって将来の夢があったはずだ。これから享受するはずの青春も、思い出も、恋も。
だがそれはもう、叶わない。
「やれやれ、やっと死んだのね。下手に筋力が発達している所為でしぶといったらありゃしない」
「・・・・・・なんですって」
「このロウイス様が直々に使ってやったんだから、まあこの化物も幸せよね。光栄に思ってほしいくらいだわ」
「・・・・・・あなたは」
「何よ、その目は。気に入らないわね」
ティオの声が震える。
この目の前の女の言葉で分かってしまった。きっとセイラを唆したか、操ったか、意識誘導をしたのだ、この女が。
故に怒りに満ちあふれた視線、それは殺気だった。
ロウイスはそれが気に入らない。
悲しみと怒りと絶望に染まる姿が見たかった。怨嗟の声を上げてそれを刈り取るのがロウイスの人間に対する復讐だ。
だが目の前の少女はどうだろうか。悲しんではいるし怒ってはいる。しかし決定的に違うのは、彼女の瞳だ。
悲しみも絶望も入り混じり、だが瞳に浮かぶのは死んだ少女の未来を憂いて嘆く、ある意味で未来を見据えた目だ。
そして何より、人間の分際で魔族の自分たちを殺してやると、殺せると信じて疑わない目が気に入らない。
「その目は覚えがあるよ・・・・・・あのアレス坊やたちと同じ目だ。あの憎き小僧たちの目だよお!」
「あなたって人はああああ!!」
勿論ロウイスは気づいていたが・・・・・・ティオが纏う外套は、あの憎きドラゴンマスター縁の、アルテナの装備。
という事は、この少女は自分に辛酸を舐めさせ、ついに自分を殺しきった連中の後継者という事。
摘み取らなければならない。確実に。
「ロウイス~~~~~~!!!!!」
「アハハハハハハハハ! 殺してやるよ! 絶対にね!」
ティオの利き手に装着された赤竜の鉄甲が炎で燃え上がり、ロウイスの利き手が黒炎で燃え上がり、2人の拳が激突した。
この日。
初めてティオは明確に殺意を漲らせて攻撃した。
そんなティオを、涙とともに倒れふした少女の死に顔が、彼女の方を向いて見ていた。
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あけましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いします。
空の軌跡FC Evolution楽しみです。
感想返しは明日行います。