「生贄に・・・・・・ルシア・・・・・・さまぁ?」
血が凍りついたような感覚に襲われ、強烈な鳥肌が立ったティオだったが、反応できたのはほとんど反射だったというべきか、それとも彼女の本能と感情が、怒りとなって動かしたのか。
それは、ハッキリしたことは彼女には分からなかった。
だが一つだけ言えることは、目の前にいる一見幼く見えるも、間違いなくイカれた女は止めなくてはならない敵。
「んふふ~~~。そうよ? あの地獄のような場所で、あなたもルシア様に助けられたでしょ? あなたも声をかけてもらったでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「あたし、ルシア様がいたから助かったって、確信もっていえるわ!」
「それは・・・・・・否定はしません」
「でしょ? ルシア様から教えられた歌、本当に歌うと力が湧いてきた。あの方は私たちを助けてくれたのよ!」
「・・・・・・・・・・・・」
「でもね、あたしは今、不幸せなの。辛いのよ。苦しいの」
だから会いたいの、と。
両手を重ねて祈るようなポーズをした。
(嘘くさくも見えるし・・・・・・本音を言っているようにも見える。でもこのセイラはいったいどうやって子供を攫ったというのですか)
かなり小柄な体格で、子供を攫う。その難度の高さに、ティオは不可能だと結論付ける。
そしてあの眼球はなんだと疑問が浮かぶ。
人体実験の時にこうされたのか。それとも薬品の影響で眼球が飛び出てしまったのか。
疑問は尽きることは無い。
だが事実攫われている現状がある限り、ティオに取れる手段は限られている。
ここで彼女をぶちのめしても、何も解決しない。子供たちの居場所が解らない。白状させるという手もあるかもしれないが・・・・・・この手のタイプにそれが通用するとも思えない。
ならば自分が取れる道はただ一つ。
そして、たとえもう“取り返しがつかない”事態になっていたとしても。
―――――あたしにそれができるだろうか。
そう思ってしまった。
「だから、どう? 貴方もルシア様に会いたくない? 会いたいなら手を貸してよ」
「・・・・・・いいでしょう」
「だよね~。受けると思ってた! 貴方も異能を身につけた筈だし、それによって私と同じ苦痛を味わったはずだもの。あ、知ってる? 他の生き残りの子たちも皆同じだって。まだ引き入れてないけど、とりあえず同じ病院に収容された貴方だけは知ってたからずっと探してたんだよ? 勿論他の子たちも捜索中」
「例え被害者とはいえ、遊撃士や軍部が他の生き残りを教える筈がないでしょう」
「そうなんだよ。でも貴方って容姿は際立ってたから覚えてたんだけど、ツァイス中央工房の特集記事で紹介されてたのを見つけた時はビックリした。運が良かったなぁ」
なるほどそういう流れですか、と。
ティオは心の中で自分をどうやって発見したのかに得心しながらセイラの案内でついて行った。
彼女の異常な瞳から影響される『異能』を探りながら。
「ところで、誘拐した人を使って、具体的には何をどうするのですか?」
「んふふふふ~~~~」
「・・・・・・その気持ち悪い笑い方はやめてください。イラっときます」
「しょうがないでしょ~? あたしの得た能力の代償で、少し頭がボーっとするんだから。話し方だってこうなっちゃうわよ」
「・・・・・・いや、絶対に貴方のソレは生来のものでしょう。そんなアホな事があってたまるものですか」
「んふふ~~。ま、いいわ。方法は私のアジトで教えてあげる!」
「それは楽しみですね」
楽しそうに、ティオは口にする。
拳を強く、強く握り締めて。
◇ ◆ ◇ ◆
一方その頃、帝都の遊撃士協会前では軍人と遊撃士、野次馬が入り乱れていた。
協会前には大きな獣の死骸が転がり、その傍に猟兵が集められ拘束されている。
化物ともいえる程の異形の獣は、腹部から地面へ氷が貫通しており、緑の血液が流れて異臭が漂っていて、人々は鼻をつまんで様子を伺っていた。
その死骸の正面にて。
軍人が遊撃士に事情を聞いている真っ最中だった。
「で、突然襲われた、と」
「そういうこと。いきなりだったわ」
「ふん、どうだか。実はこいつらを手引きしたのもお前らじゃないのか?」
「はぁ? なんでそんな事しなくちゃいけないわけ?」
「さぁ、知らんよ。だが貴様ら遊撃士は一般市民には人気はあるが、他には恨みを多数買ってそうだからな。お前達の方が自覚あるだろ?」
「そんな事、それこそ知らないわよ。むしろあんた達帝国軍人がこいつらけしかけてきたんじゃないの? あんた達は私たちと違って人気ないし」
「・・・・・・なんだとぉ?」
サラが帝国軍人と不穏な、というか明らかに喧嘩腰で対応していたのだが、他の遊撃士たちも概ね同じ感じだ。
普段ならそんな事には絶対にならないが、本部が強襲というとんでもない事態と、その深刻さ故にイライラが募っていた。
そこに毎度の帝国軍による嫌味を連発されれば、堪忍袋の緒が切れてもおかしくない状況だった。
「いい度胸だ。この事はきっちり報告して、貴様らを罰してもらうからな!」
「あんたバカ? 処罰するのはこいつら猟兵でしょう? 罪の在り処も分からない程に帝国軍人も耄碌したのねぇ」
完全に売り言葉に買い言葉の状態。
前述にプラスして戦闘での火薬と血の匂いで若干の興奮状態が抜けきらず、サラも少し興奮状態だ。
かなり不穏な空気が流れ始め、別で言い合いになっていたトヴァルと帝国兵士も、自分たち以上に不穏な空気を醸し出すサラたちに歩み寄り、より激しさを増したように現場は重苦しくなる。
しかしそんな一団に声を挟んだ勇者がいた。
「双方、そこまでだ」
「はぁ!? 誰よって・・・・・・あなたは」
「ぬっ!? 貴様は!」
その声の主の前にいた兵士も、遊撃士も、一般市民も、皆が自然とさっと道を開いた。
誰もがその声に問答無用で従わざるを得ない、圧倒的な存在感。
落ち着いた雰囲気を醸し出す衣装は当然だが、綺麗な茶髪と口元の髭は、本人の魅力を何倍にもする。
一歩一歩地面を踏みしめながら歩いてくる男に、思わず帝国兵たちは一歩ずつ下がりたい衝動に駆られた。
「カシウス・・・・・・ブライト!!」
「カシウスさん」
他国の人間ですら知っている、リベール王国最強の男がそこにいた。
帝国兵としては、数年前に辛酸を舐めさせられた相手なのだから、知っていた当たり前という話でもあるのだが。
サラが何故か頬を赤くしているのだが、そこはトヴァルは軽くスルーした。
「帝国兵の諸君、私の方から遊撃士たちには言って聞かせよう。だから君たちも本来の職務を忠実に全うしたらどうだろうか」
「!!」
「この場は一般市民の目が多くある。新聞記者たちも集まってきているようだ。彼等の前であえて情報提供するのはそちらとしても不本意だろう」
「くっ・・・・・・いいだろう。おいお前たち! 猟兵たちを連行しろ! そこのお前たちは死骸の撤去だ!」
歯噛みしながら連行していく帝国兵。
それを尻目に、カシウスはサラとトヴァル、そしてその場にいた遊撃士たち全員に目線を配り、指先で壊れた協会内を指差す。
サラとトヴァルを除いた全員が、どこかしらの傷を負っていた。
それだけ、猟兵たちは強敵だったのだ。
戦闘痕が残る協会内に入ると、カシウスを中心に一同が整列する。
同じA級というポジションであるにも関わらず、そして遊撃士としての経歴ならばサラやトヴァルの方が長いにも関わらず、自然とそうなってしまう。
それが、カシウス・ブライトという人間への周囲の評価である。
「諸君、この旅の帝国内の遊撃士協会への連続襲撃事件だが、やつら猟兵たちの正体を掴んだ」
「おおっ」
カシウスの言葉に一同がザワつく。
帝国兵たちが連行していったが、猟兵たちが自白するとは到底思えない。仮に自白させても帝国からも情報が降りてくるとは思えない。
それが共通の認識だった彼等にとって、カシウスの言葉は正に朗報だった。
「静粛に・・・・・・彼等は『ジェスター猟兵団』のメンバーだ」
「ジェスター猟兵団・・・・・・」
「確か、帝国周辺の自治州とかで活動している連中だった筈だが」
「ねぇ、こんなに凄腕だったの? あいつらって」
「『赤い星座』や『西風の旅団』の上連中と戦うのは厳しいだろうけど、それでも団員とタメ張れるだろ、あの強さ」
「確かに」
そう。確かにここを襲撃してきた彼等は強かったのだ。
それこそ、名もそこそこ程度の猟兵たちとは思えない程の強さ。B級の彼等が負傷する程なのだから、意外にも程があった。
だが、そんな彼等の動揺は、カシウスの本題によって吹き飛ばされてしまう。
「まだ話は終わってない」
「え?」
「彼等ジェスター猟兵団は、とある集団に操られていたに過ぎない」
「・・・・・・つまりカシウスさんは、奴らの背後に黒幕がいると?」
「そうだトヴァル。この連続した襲撃事件も全て奴らの企みだ」
「組織名は分かるんですか?」
「・・・・・・ウロボロス<<身喰らう蛇>>と呼ばれている」
「身喰らう蛇・・・・・・」
サラは言葉を反芻するように呟く。
カシウスは一同を見渡し、小さく頷いてこう言った。
「まだまだ全貌は見えてこないが、恐ろしい程の実力者たちが集結していると予想ができる。故に、サラ君とトヴァルの両名は私に付いてきてくれ。私が現在追っている身喰らう蛇の関係者と思しき男の追跡を手伝ってもらいたい」
「はい!」
「おう!」
「他の者はここの片付けと、ガードを固めてもらう。まだ次の攻撃が無いとも限らない」
「了解!!」
その言葉が皮切りに、皆がそれぞれの役割を果たすためにいくつかのグループに別れて話し合いを始める。
依頼を果たす組と、内部処理組。カシウスが指示を出さなくても、彼等は自発的にソレができる。
何故なら、彼等は一流の専門家なのだから。
彼等の頼もしい姿に頷いたカシウスは、よし行くぞと、飛び出していく。
そのあとに続いてサラやトヴァルも駆けた。
街中を人並み外れた速度で走る3名のA級遊撃士たち。
先頭をカシウスが走り、サラとトヴァルが並走しながら報告した。
「カシウスさん! 先ほど娘さんがお見えになられましたよ」
「・・・・・・まさか、次女のティオじゃないだろうな」
「当たりですけど・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
全力で走りながら天を仰ぐカシウス。
その姿は「なんてこった」と言いたげな様子である。
トヴァルもサラもその態度に訝しむ。まるで来て欲しくなかった、とでも言いたげだからだ。
「何か問題が?」
「あなたが行方不明で、家族が心配してるそうです。ティオちゃんも捜索していたのでは?」
「・・・・・・まあ、理由はそれもあるだろうけど、他にも懸念材料はあってな」
「?」
「・・・・・・さっきはジェスター猟兵団の背後に<<身喰らう蛇ウロボロス>>がいると言ったが、実はもう一つの勢力がさらにその影にいるように思えてならないんだ。これはわたしの直感だが」
「もう一つ?」
「あの場で言わなかったのは、君たちA級でないと相手するのは厳しいと踏んでいるからだ」
「・・・・・・詳しく教えてもらっても?」
「わたしもまだ一度しか会ったことがない。それは女性だったが、魔族と呼ばれる種族と言われている。強さも恐らくは私を凌ぐ。強大な相手だ・・・・・・だから2人の力も貸してくれ」
「・・・・・・もちろんです!」
「当然!」
事情を端的にしか教えていないにも関わらず、2人はニっと笑って応えてくれた。
カシウスはそんな2人に心から感謝していた。
故に、そんな3人の背後に、数人の人影が現れている事に、カシウスたちか気付かない。
「さぁ、我々の任務を遂行しましょうか。『死線』、そして『道化師』」
「ええ参りましょう」
「僕は荒事向きじゃないんだけど。でも僕の手駒、少し戦力削られちゃったしね。ここであの3人が本拠地を叩いちゃうと面倒だし・・・・・・仕方ないか。ねぇ?『氷の魔女』」
「そういう事です。では―――――参ります」
その言葉で、目の前の3人に襲い掛かった。
この戦いは、紫電にとっても長い付き合いになる人物との邂逅の瞬間であり。
魔族と呼ばれる種族の力を思い知ることになる戦いにもなった。
◇ ◆ ◇ ◆
「ねぇ? これってどういう事?」
「・・・・・・見て、わかりませんか?」
「裏切るの?」
ある場所の建物内で、セイラと呼ばれる少女は異形の目を前方にいる少女に向けた。
壁に叩きつけた為に頭部から流血している、全身傷だらけの少女を。
「何したの? 私の生贄たちはどこ? どうやって運んだの?」
「・・・・・・さあ?」
唇の端から垂れる血を拭い、ティオはセイラを睨みつける。
折れた右腕を支え、『砕け散った』導力杖を踏みつけて、ティオは睨み続ける。
拳で殴っただけで、壁を粉々に消し飛ばした、目の前の10歳以下にしかみえない、だけど確かにティオと同年齢という、異常な女を。
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仕事が忙しすぎて書いてる余裕がないです。
少ないけど投稿します。感想返しはまた明日以降で。
・・・・ほんとにスイマセン。