第31話 竜使いとしての道
リベールを騒がせた飛行艇失踪事件が解決したことにより、人々の心は何の心配ごともなくなることで、心はすっきり爽やかに。
その心を映すかのように、リベール王国の空は真っ青な快晴であった。
鳥は気持ちよさそうに天空を舞い、雲ひとつ無い空、そよ風は木々を優しく鳴らし、過ごしやすい気候は正に極楽といっても良い。
そんな空の下、とある一人の美少女は舗装された道路を歩いていたのだが……。
「……ナルさんの姿が見えませんが、どこへ?」
「ナルなら情報収集のために、別行動〜」
「…………気持ちイイ天気ですね」
「全くよね〜。本当にお昼寝したい気分よ」
「………………飛行艇の旅は気持ちよかったですね」
「そうねぇ。まあ空を飛ぶのは慣れてるんだけど、ああいうのも偶には良いわね〜」
「…………」
水色の髪をそよ風でふわふわと靡かせる美少女、ティオ・P・ブライトは爽やかな天気とは裏腹にとても胡乱な眼をしていた。
だが、それも仕方ないのかもしれない。
「……つっ込んでもいいですか?」
「ん〜〜?」
「何で」
「うん」
立ち止まって、大きく息を吸い込み、
「なんで縮んでるんですか!? っていうかネコですか!? なんですか!? 正体がさっぱりわかからないので耳元で話さないでください!」
自分の肩に乗っかった、ピンク色の未知の生物———ルビィへ、全力で突っ込みを入れた。
◆ ◇ ◆ ◇
勘違いしないで欲しい。
自分を助けてくれたのは普通の人間の女の子と男の子だった。それは間違いない。
だが、姉や兄と分かれてから、いきなり光ったと思ったら女の子はネコになっていたのだ。
(・・・・・・うん。何を言ってるか分からないと思うけど、私もさっぱり分からないから安心して下さい)
だが、ツッコミ所はまだたくさんある。
外見だけは猫、と言ってもいい。だが決定的に違うのはその背には羽が生えていること。
羽を持つ虫たちは、その羽を1秒間に数千回と羽を揺らして飛ぶことを可能とする。故にその生態は鳥類に近く、ゆっくりとした羽ばたきにも関わらず宙に浮かんでいるではないか。
ティオには、他人よりも頭脳は高いという自負がある。それはこの年齢でツァイス中央工房に所属することが証明しているし、その中でもコンピューターを使ったプログラムやハッキング技術に関して、そうそう自分に勝る者はいないという確信もある。
しかし、その自信も今となっては激しく揺らいでいた。
見たこともない珍動物は、検索をかけても全くヒットせず、動植物研究関連の施設のメインコンピューターにハッキングをかけて検索しても全く見つからない。『だから見つからないって言ってるのに〜』と、ケタケタ笑うルビィにイラっとして、やや不機嫌になりながらツァイス中央工房に到着した。
街の大半が研究施設や関連倉庫などで占め、街は実験施設から生じる独特の臭いと機械音で包まれており、学術都市と言われるだけはあり、初めてツァイスに訪れた人はその独特さに圧倒される。
その中、ツァイス中央工房に通うようになって数年、立派に一人の研究員となったティオは、平然と街中を歩いて目的の場所へと向かう。
「お、ティオちゃんじゃないか! 戻ってきたのかい?」
「あとで寄っていきな! 良いフルーツがはいったからサービスで食わしてやる!」
「あら、ティオちゃん。帰省はどうだった?」
などなど、住人たちから親しく声をかけられるティオ。彼女ほどの幼い年齢での研究員は、このツァイス中央工房といえども片手で数えるほどしかいない。
そのうちの一人が家族のひとりにして妹の『レン』である。そしてもう一人。
そのもう一人の自宅にして研究所、また普段からお世話になっている家の前にたどり着いて扉を開いた。
「ただいま戻りました」
そう言って中へと入る。勝手に入ってる理由はただ一つ。
ティオがツァイス中央工房に入る際に、娘を心配したカシウスが知人であるラッセル博士とその娘であり研究者のエリカ博士に、ティオの居候をお願いしたからだ。
旧友であるカシウスのお願いは受け入れられ、ティオはツァイスにいる間はラッセル家に住むことになり、彼女自身の人柄のおかげで好意的に受け入れられた結果、ラッセル博士を含めた家族たちと仲良く暮らせている。
ちなみに、もう一人の妹であるレンも、ここにお世話になっているし、同様に仲良くしている。
「おお、ティオじゃないか。おかえり」
「ティオお姉ちゃん! おかえりなさい!」
玄関をあけたティオに飛び込んで来たのは、ひとりの女の子。若干12歳の子だが、天才導力学者ラッセル博士の孫娘にして、機械に関しては天才的な頭脳を誇る少女。
だが普段の振る舞いなどは至って普通の子であるのだから、なんとも庇護欲を唆る子でもあった。
「久しぶりですね、ティータ」
「うん!」
仲良さそうに笑いながら部屋へと入り、向かい合わせにテーブルに着く。
ホットミルクが出され、それを飲んで一息吐き、向いに座ったラッセル博士はそこでようやく彼女が家に入ってからずっと気になってたことについて、尋ねてみた。
「さて・・・・・・ずっと気になっとったんじゃが、ソレは何じゃ?」
「ネコ・・・じゃないよね。えっと・・・・・・・?」
ラッセル博士とティータは、ティオの肩に乗ってる謎の生物をジッと凝視する。
ネコなのに全身がピンクで羽が生えてる生物は、博識な彼らでもさっぱり分からないらしい。
前足であご下をポリポリとかく姿はなんとも愛らしいのだが。
「えっと・・・・・・・この子は、その、拾いました」
「拾ったって・・・・・・」
「ペ、ペットです」
我ながら苦しすぎる、と思いつつも、一番無理のない理由がこれなのだから仕方がない。
ティオとしてもルビィがなにか分からないのだから説明のしようがないのだが。
仕切り直すように「と、とりあえず」と続けるティオ。
「ラッセル博士、ティータ。以前よりお願いしていた例のもの、完成してますか?」
「! あれか。できておるぞ。プログラムはお前さんが組んでいたからのぉ。あとはワシとティータの2人と各工房の連中から協力してもらって数日前に完成したわい」
「自信作ができたよ! 仕様も完璧っ!」
胸を張って自信満々に笑顔を浮かべるティータに、ティオも微笑んで頭を撫でた。
「でもお姉ちゃん。あれってどうやって使うの?」
「どうって、私が使うのだけど」
「そうじゃなくて、あれって例えるならブースト、外部デバイスのようなものでしょ。そもそもあれを使うのに本体となる———」
「ティオならできるのじゃよ、ティータ」
部屋に戻ってきたラッセル博士が持っていたのは、奇妙な形をした機械。
それを受け取ったティオは、ルビィを机の上に降ろしてその機械を自分の首下まで持ってくると、予め用意していた肩のプロテクターに繋げて装着し、揺れ動かないように首下に固定する。まるでマフラーを巻いているかのように見えるが、正面に核となる機械が装着されているために、部分的な甲冑にも見える。
「ティータ、これは私専用の補助システム端末『エイオンシステム』です。ちなみに命名も私です」
「ティオお姉ちゃん専用・・・・・・」
「じゃがティオや。どうして急にこんなものを?」
一週間ほど前にもらったティオからの手紙により、最後のメンテナンスを急ピッチに行うことになったのだが、それにしても急すぎる。
ラッセル博士は困惑しながらティオに問うと、ティオは机の上でおとなしくしていたルビィを抱きかかえてこう言った。
「・・・・・・ずっと探していた人を助けるには力が必要で、私は力を欲しているから、ただそれだけです」
◇ ◆ ◇ ◆
「さて。では教えてください」
寝室に戻ったティオは、洋服とエイオンを大切にハンガーにかけ、パジャマに着替えてルビィの前に座った。ベッドの上でちょこんと座るルビィはその言葉に苦笑し、コクンと頷く。
「分かってる。だからそんなに固くならないでったら。今からそれだと疲れるわよ?」
「・・・・・・そうですね」
最もな指摘に我知らず力が入っていたからだの力を抜く。
だがこれで、彼の謎が分かるのだ。
もう、分かっている。
彼がただの子供でないことも。
何か大きな事柄が絡んでいることも。
だって当たり前だ。あの事件に巻き込まれた彼は、あの中でも特別な扱いを受けていた。
そして情報の一つすら、出てこないこの現状。
行き着いて当然の答えが見えてくる。
ルビィはボンっと音と煙を上げて人間形態に戻ると、胸ポケットに入っていた一つのペンダントを取り出した。
そのペンダントは2重底になっているようで『一番下』を開けて、ソレを見せた。
見せつけるルビィの瞳は——————怖いほどに真剣な光を宿していた。
「私たちは、青き星という、この世界と鏡を挟んで背中合わせに向き合っている似て非なる世界から来たの」
その言葉で、ティオの平常心は崩れ落ちた。
その話は—————まさに神話の話。
神々の創世の頃のこと。この世の始まりにして原点。
一部だけでも発表すれば学会は大騒ぎになる内容が、ルビィから語られた。
まずティオたちが住むこのゼムリア大陸があるこの星は、次元という鏡を挟んで背中合わせになっている星があるという。それは人間に例えるなら完全同位体、とでも言語で表せる。
だが普段はその鏡を破られることもなく、またお互いに干渉は不可能。
その星は『青き星』という。
その青き星の近くには、ルナという緑あふれる星があり、青き星はルナを見守っているらしい。
その星達を作ったのは『女神アルテナ』という、創造神。
ルナの人々は女神アルテナによって見守られ、時には導かれて平穏に今も暮らしているらしい。
そんな中、青き星はあるひとりの人物が見守り続けていた。
その役目を担っているのが、ルシアというひとりの男の子だった。
だがある時、青き星は敵が攻めてきたという。
その際、戦いによって生じた巨大なエネルギーは、彼————ルシアを次元の壁すら破壊してまでこちらの世界へ飛ばしてしまったという。
そしてそれに気づいた人がいて、彼を探すために2人の人物をこちらに送り込んだのだと。
その説明は、たっぷり2時間に及んだ。
「・・・・・・つまり、ルビィさん達はルナにいる『女神アルテナ』様の命令でこちらに来て、戦いに巻き込まれて飛ばされてきたルシアを助けに来た、ということで宜しいですか?」
「・・・・・・・・・・・・ええ。その通りよ」
ルビィはゆっくりと頷く。
「・・・・・・女神アルテナ様に恨みを持ってるのが、過去に悪行を犯した為に辺境という地へと追いやられた魔族達で、その後、アルテナ様を守護するドラゴンマスターによって、魔族を纏めていた長を討たれて散りじり、実際には滅んだようなものという事ですか?」
「そうそう」
「・・・・・・女神アルテナ様の使いとでもいうべき使徒が4匹の竜、白竜・青竜・赤竜・黒竜で、その四竜の試練を乗り越えた者が、アルテナ様を直接守護する英雄・ドラゴンマスターって事、と」
「うん、そうそう。とは言っても、もう前回のドラゴンマスターは二千年くらい前の話で、それ以降は誰一人現れてないんだけど」
頭を抑えて激しい頭痛を堪えるかのようなポーズを取っているティオに、ルビィは桃色の髪をかきあげて、一部紅く染まっている部分をいじくり回す。
「何? 信じられない?」
軽い調子で聞いてくるルビィに思わずティオも軽く返そうとしてしまうのだが。
ルビィの心は、実際にはかなり真剣だった。
この説明で信じられないという子では—————。
(ま、半信半疑に程度でもきっと『最後まで』気持ちを持ち続けることはできないだろうし。その時は悪いけど、この子には素質は無かったということで)
酷い事を考えてるのは分かってる。だが自分は何を犠牲にしても優先しなければならない事柄でもあるし、人間の力を知ってる自分としては、なるべく『彼』に近い素質を持つ人にしたい。
何故なら、あの子はきっと———————。
「いえ、信じます」
「・・・・・・・・・・・・」
「ただ、一つだけ分からない事が」
「・・・・・・何?」
「ルシアは・・・・・・一体、何者です?」
「だから———」
「さっきの説明で誤魔化されません。私は彼を知っています・・・・・・あの不思議な雰囲気を発し、とても容姿が綺麗で、そして何より・・・・・・あの『女神様のような歌声』を聴いてるんです」
ジロっと睨みつけてくるティオに、ルビィは思わず笑ってしまう。
それは何も怒った顔に笑った訳じゃない。
ああ、やっぱりそうなんだ、という笑い。
「・・・・・・分かった・・・・・・・・・・・・降参」
この時、ティオは思った。
ルビィの声色は、どこか嬉しそうだと。
「あの子は———————————————————」
————————————青き星を管理し司る、女神の資格を持つ代理人よ。
◆ ◇ ◆ ◇
(ルシアが・・・・・・女神の代理人・・・・・・)
翌日になっても、ティオのショックは拭えなかった。
呆然としながら部屋の窓から外を眺めているのだが、目の焦点は全く合っていない。
『これからも、魔族たちはルシアを狙い続けるの。アルテナへの恨みがあるからね』
幼い頃から当たり前のように聞いてきた存在、女神エイドス。
いわば、彼はエイドスと同じ存在、同じ地位にいるものといえる。
あの崇拝してきた、当たり前のように『神』として崇めてきたエイドスとほぼ同列の存在。
『どうする? それでもあの子を、ルシアを助けたいって云うのなら、貴方に私たちの魔法を教えてあげる』
そう。
憧れていた・・・・・・絶望の淵に立たされても自分たちを支え続けた強さを持つ彼に。
心から敬愛していた・・・・・・力を与えてくれる不思議な歌を教えてくれた彼とアルテナという言葉に。
だが、それを同一視した事は、無かった。
『普通の人なら、魔法を習得するのに何十年もかかる。習得したとしても初歩程度。才能のある人でも数年かかるわ。だから普通の人ではとても無理』
知らなかった。
彼にそんな秘密があっただなんて。
『でも・・・・・・あなたは普通じゃない』
故郷から飛ばされ、親とは会えなくなり、たった一人で幼い頃からこの世界を彷徨い続け、敵に狙われ、捕まって人体実験を受け、ついに行方不明になってしまった。
『だからこそ、そこに活路がある』
ジワっと涙が溢れてくるのを感じた。
あれから数年。
何をしていたのだと、昔の自分を殴りたくなった。
ただ探していただけ。ただ自分の悲運さに悲しんだだけ。
『あなたに教えるのは、ルナの魔法都市ヴェーンの最高魔導学術。歴代ドラゴンマスターたち、ひいては英雄たちに力を貸し、多大な貢献をしその力を認められた、オーサ一族の魔導を、教えてあげる』
こぼれ落ちる涙は止まらず、朝起こしに来たティータは、ギョッとした表情を浮かべたあと、オロオロと困り果ててしまった。
彼はこれから、あの魔族たちと戦っていくのだ。
おそらく、アルテナ様の代理人である彼は、魔族たちと代わりに戦うのだろう。
「泣いてる暇なんか・・・・・・ないんです」
「お姉ちゃん・・・・・・?」
「ティータ、私は・・・・・・」
「?」
恩返しがしたいとか、感謝の為にお礼がしたいとか、そんな感情よりも。
――――ただ、ただ私は。
足が自然と外へ向く。
部屋の扉を開け、下へと降りていく。
玄関ホールへ降りてくると、そこにいたのは博士とルビィ。
博士はおはようと笑いかけてくるが、ルビィはどこか探るような目。
さぁどうするのかと目が問いかけてくる。
(どうするのか? そんなの決まってる)
ティオの眼差しがルビィの眼差しと交差する。
「行きましょう」
行かなければならない場所がある。
「ええ、行きましょう。私は喜んで力を貸すわ」
ルビィはそう答え、ラッセル博士とティータは喋ったルビィに仰天した。
ティオとルビィはラッセル家の扉を開け、飛び出したのだった。
「ルビィ、私は戦います。彼を助ける為に」
「期待してるわよティオ」
「ええ」
この日。
この瞬間から始まったのだ。
およそ2000年以上の時を越えて現れる。
歴代のドラゴンマスターたちはそれぞれ得意な戦い方から二つ名があり、こう謳われていた。
攻撃速度は歴代随一と謳われ、そのあまりの速さは人の目では追えない――――『疾風ゼオン』
その拳は山を砕き、海を裂き、空を斬る、全てを打ち砕いた体術のエキスパート―――『鉄拳ロカ』
アルテナと友誼を結び、歴代唯一の双子の姉妹でマスター就任。
扇と踊りを武器に最強のコンビネーションで戦う―――『金と銀の双璧アリシアとリィナ姉妹』
その蹴りは鉄を砕き、振るえば竜巻を巻き起こし、魔族の反乱者からアルテナを守り抜いた―――『蹴撃ジアン』
剣術と音を合わせた独特の戦い方をし、紡がれる音でアルテナを楽しませた―――『吟遊剣士サザーンナット』
異星の神【黒き星の五王子】の力を得たアイフェルンの反乱を阻止し。
アルテナの心を守り抜いた―――『剣聖ダイン』
アルテナの力を取り込み自ら神となった【魔法皇帝ガレオン】と戦い世界の救済に成功。
アルテナであった少女を愛し、守った『風の剣聖アレス』
彼らの戦闘スタイルは二つ名から分かるとおりバラバラであり、その装備も人によって大きく変わったという。
竜たちから授けられる武具もまた千差万別で、より最適な武具へと変わったという。
そして。
今回のドラゴンマスターがどうなるのかは、まだ誰にも分からない。
だが。この時ティオは己の目指す方向はわかっていた。
————————————魔道師だと。
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アレスとジアンの二つ名は捏造です。公式ではありません(笑)
いや、だって無かったから(泣)
でも戦闘スタイルはさておき、名前と二つ名はゲーム中、ヴェーンの本棚で記されています。
ちなみにティオは全てを知らされてません。というか一部誤解してます。
それを分かっててルビィも訂正してません。
次回はティオの修練とエステルたちの話を。
チラシの裏から、メインへ移行しようと思います。
とはいえ、自分がもってるリストを見ていて、次の話が「あれ、これ投稿してなかったっけ?」と
微妙なのもあるんですよね。
ちょっと分からないので、次回移行はメイン掲示板にさせて頂きます。