第27話 誠と真実
(ヨシュアの奴〜〜。ひとり浮かれて話なんかしちゃって。あ〜〜〜、なんだかなぁ〜〜)
街の女の子に目もくれず、母ばかりに構っていた弟のヨシュアが、積極的に相手に話しかけているのだからとても珍しい。
だが、そんな事態にも関わらず、エステルの心は重い。
突然知らされた、ルシアが起こした事件。
彼の所為で傷ついた人がいるという事実。
それは、信じられない、という割合が大きく、けれどどこか彼だと確信しているところがあって、動揺も隠せない。
見ればティオも同じような顔をしていた。
妹はまた自分とは別の、ルシアとの思い出があるようで、また違う何かがあるのだろう。
確かに彼は、よくよく思い出すと昔から薄情というところがあった。
それは人の機微が分かっていない、とも言える。
だが、頭で分かっていても、理屈で分かっていても実際に怪我人が出たという事実があると、心が重くなる。
それが今のエステルとティオの心を重くしている。
「大丈夫でしたか? 怪我は?」
「はい。大丈夫です。あ、あの……優しいんですね」
「いや、そんな。あ、もしかして学生の方ですか? その鞄は確か……」
「あ、はい。わたくしジェニス王立学園の生徒なんです」
とりあえず今は目の前の事に集中しようと気を入れ直し、エステルとティオは前方を見る。
前にはヨシュアとジョゼットがいて、なんだか二人だけの空間を作っているような……、とエステルにはそう見えた。
なんだかジョゼットも満更ではないような表情ではないだろうか。
「ねえ、ティオ。なんだか二人、いい感じじゃない?」
「はい。2人の世界、とでもいうような、そんな感じです」
「だよね!」
「というか、私たちが忘れられてる気がします」
なんだか無視されてるのは癪に触るが、弟の恋の為だ、と納得する。
「では夜も遅いですし送りますよ。宿泊場所は市内のフリーデンホテルですよね?」
「え、ええっと」
「僕たちもそこに泊まってるんです。一緒に戻りましょう」
「えっ」
何故かそこで言葉に詰まるジョゼット。
「い、いえ。わたくし市内のホテルには泊まってませんの」
「え? じゃあどちらに?」
「か、川蝉亭……でしたかしら。で、ではそろそろ戻りますので……」
「川蝉亭ってヴァレリア湖畔の宿じゃないですか。今からじゃ到着が夜明けになりますよ!」
「え、ええ。ですから早く帰りますわ」
「じゃあ僕たちもお供しますよ」
「いいえ、おかまいなく……」
そこまで気を使ってもらう訳には、とジョゼットが断ろうとするが、ヨシュアは引かない。
(おおぉ!? ヨシュアがこんなに積極的に! やっぱりジョゼットの事が気になってるのね! やっぱりここは姉として一肌脱がなくては!)
と、妙な決心をするエステルと、
(珍しく兄さんが積極的ですね。ここは妹として、兄の恋路を応援するべきでしょう)
とコクコクと頷き決意するティオがいた。
「ねえ、ジョゼットさん! 今夜はあたしたちと一緒に泊まらない!?」
「そうです、それがいいです。親睦を深めましょう」
「そんな、見ず知らずの方と……」
「大丈夫よ! あたしたち4人。絶対仲良くなれるよ思うわ。だから、ね!」
「長い付き合いになるかもです。姉さんの案に賛成です」
「だよね!」
「は、はぁ」
と、エステルとティオのゴリ押しに負けたジョゼットがいたという。
ヨシュアはそんな2人を見て、半目になって誤解してるみたいだな〜、と言いたげだったらしい。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
誰の視点でもない、これは第三者の目だ。
辺りは真っ白で、雲の中にいるのか、真っ白な室内にいるのか、濃霧の中にいるのか。
ふと、声が聞こえてきた。
その瞬間、辺りの景色は一変する。
『ゾファー、貴方の復活はこの青き星の〇〇〇が許しません。このアルテナの力をもって封印する、おまえを!』
『フフフフ……青き星の〇〇〇、人間とは愚かなものだ。懲りずに幾度となく我を復活させるのだから』
天より現れた巨大な物体。
その物体に相対する青い髪の小さな子供。
その物体から生える触手のようなものから、巨大なエネルギーの塊、レーザーのような攻撃が放たれ、山を砕き、着弾地点は大地を砕き溶岩が天へと吹き荒れる。
青い髪の子供は手を振るっただけでその攻撃を青い球体で己を包むことで防ぎ回避する。
スッと手を翳し、瞬間、一縷の光が天へと昇り大地へと数十キロの広範囲に降り注いだ。その破壊光線は大地を削り、物体の表皮を削り、だが、有効なダメージには程遠い。
その二つの戦いは、まさに神々の戦いと呼ぶに相応しかった。
見るもの全てを圧倒し、周囲を破壊し、緑あふれる大地は物体により荒廃し、命無き不毛の大地へと化した。
だが戦いは決着がつかず、けれど物体は『数』で勝るように次々と従え生み出していく。
青い髪の子供はその長い髪を風で靡かせ、真っ赤な外套を翻し、能面のような表情で『ソレ』を見つめた。
青い髪の子供の周囲は、無数の生ける屍となった『何か』が取り囲み、正に四面楚歌。
誰一人、味方はいなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一人の少年と一人の少女。
最初に目に飛び込んできたのは、見知らぬ2人の男女だった。
その2人はいずも湖の畔で歌を歌っていた。
女の子は歌を、男の子はオカリナで演奏していた。
2人はいつも、いつもそこにいた。
———歌が、聞こえてくる。
知ってる歌だ、すぐにそれが分かった。
祈りを捧げる時、勇気が欲しい時、寂しい時、嬉しかった時、常にこの歌を歌ってきたのだから。
でも自分の歌とはどこか違う、それもすぐに感じた。
決定的に何かが足りない、決定的に欠けている。
女の子が歌う『ソレ』は、自分の『ソレ』とは全く違った。
それだけの事が羨ましくて、憧れで。
どうしたら『そのようになれるのか』を、どうしても聞きたかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「…………あれ?」
「…………んん」
朝日がカーテンから差し込み、外からスズメの鳴き声が聞こえてきた頃、エステルもティオが同時に目を覚ました。
見事に同じタイミングで体を起こし、同じタイミングで寝ぼけた声を上げた。
2人はボーっとした様子でしばらく停止し、顔を見合わせ、ジトーっと無言の視線を合わせた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……夢を見たわ」
「……私もです」
言葉を交わさなくても、お互いに何を思っているか、何を考えているか、自然とわかる。
それくらいの時間は一緒に過ごしてきた。
「……すっごい夢だった気がするけど……どんな内容だったか忘れた」
「…………はい」
朝から締まらない2人であった。
朝食を食べ終わったエステルたち3名とジョゼットは、大変仲良くなったまま別れた。
夜遅くまで話し込めば、女3人仲良くなるのも時間の問題だった。
手を振り続けて別れを告げながら、エステルは隣のヨシュアに話しかけた。
「いい娘だったねジョゼット。もっと時間があればよかったのに」
「そうだね……」
「彼女追いかけなくていいのですか?」
「そうしたいのは山々だけど……」
「「!!」」
「……あのさ2人とも……なんか勘違いしてない?」
ほほぅ、と目を輝かせてにやにやする姉と妹の2人に、ヨシュアは口元を引き攣らせながら釘を刺す。
「いいのよ照れなくても!」
「そうです。ヨシュア兄さんくらいの年齢では女性が気になっても当然なのですから」
「寝ぼけたこと言ってないで、飛行船の手掛かりを探しに行くよ、って……」
ふと目を向けると、ボースマーケット周辺に人集りが出来ていて、なんだか雰囲気もおかしい。
困惑というか殺気立ってるというか、とにかく物々しい雰囲気が漂っていた。
エステルたちは何があったのかと駆け寄ると、近くに昨日出会ったナイアルとドロシーを発見した。
「ナイアル! ドロシー! 何かあったの?」
「よう、昨日ぶりだな。あれを見てみろ。昨晩出たらしいぜ、例の食料窃盗団が」
「……本当ですね、見事にもってかれてます」
「ああ。マーケットの警備が強化されたばかりだったんだがな。ほら、昨日はメイベル市長も視察に来てただろ? あれは警備強化についてだったんだ」
「へ〜〜、それなのにどうして……」
「それがどうも深夜に街外れで騒ぎがあって警備員が持ち場を離れたらしい。そのスキに、な。見事な手口だぜ」
「「「!!」」」
ハッとなった3人は顔を合わせて目を見開いた。
頭の中で昨夜起こった出来事が次々と過ぎり、それが一本線に繋がる。
「もしかして昨日の!」
「ああ、間違いない!」
「そうです。タイミングが良過ぎますから」
「追いかけよう、エステル! ティオ!」
「え!?」
「まだ間に合うかもしれない!!」
そう言って慌てて駆け出す3人。いや、エステルは少し戸惑いながら付いてくる事から、エステルは微妙に分かっていないようだ。
その3人に物凄いスピードで追いついてくる男性が一人。
ナイアルだ。
「ど、どういうことだ!? 話を聞かせてくれ!」
「ナイアル先輩〜〜〜〜目が回る〜〜〜〜〜」
ドロシーの首根っこを掴んでズルズルと引き摺って並走してくるナイアル。まるでドロシーは猫か何かのようだ。
「昨日マーケットに気になる少女がいたんです。ジェニス王立学園の生徒なんですが」
「ん? その時点で変だぜ。長期休暇中でもないのに全寮制のジェニスの生徒がボースにいるわけねぇからな」
「ええ。彼女を最初に見かけたのは今回被害にあった在庫付近でした。窃盗を助けるように起きた昨晩の騒ぎも発端は彼女のあげた悲鳴なんです。もっと決定的な確証を得るために今朝方まで引き止めてはみたんですが」
「えぇ!? そういう事だったの!?」
「……ヨシュア兄さんのマザコン癖が直るきっかけになるかと思ったのですが残念です」
「だから僕はマザコンじゃないって」
「……お母さんに昨日も手紙を送ってましたよね?」
「……そりゃまぁ」
まさかヨシュアがジョゼットを気にしていた理由がそんな理由だったとは、と衝撃を受けるエステル。そしてサラっと突っ込むティオ。
すると少し熟考していたナイアルが口を開いた。
「……なるほど、その子が黒なら後を付ければ窃盗団の犯人を拝めるかもしれないってことだな!」
「ええ、その通りです。それに上手くいけば———」
「もっと大きな事件の犯人に会えるかも、ってことか!? きたきたきたぜ〜〜〜〜!」
うお〜〜〜! と燃え上がったナイアルは、ドロシーを引き摺りながらボース郊外へと飛び出していった。
そうしてボース郊外に飛び出した後、地面に刻まれていた車輪の後を発見した。
車輪は盗んだ大量の食料を積んだ荷台のものだと推理、気高い丘を駆け上がり、獣道を進んでいく。
途中で体力の底が尽きたナイアル・ドロシーのペアを置き去りにし、急いで駆け付けた。
しばらく先へ進むと、通行禁止の札とロープで道が塞がれていて、その前にはリベール王国軍2名の軍人が立っている。
どうしてこんなところに軍が、と思いエステルが話しかけてみるが、ここから先は通行止めであり、許可があるものしか通れない、と言って通してくれない。
公道なのに通れないとはどういうことだ、とティオが抗議するが、完全に梨の礫である。
「ダメだ! ここから先は上層部の命令により通行禁止となってるって言っているだろう!」
「あたしたち急いでるの! こうしてる間にも、って!」
と言い合いをしていると、急に突風が襲ってきた。
だがただの突風ではない。その風はずっと吹き続け、突風と共に断続的なプロペラ音が聞こえてくる。
ペラ音と微かに共に聞こえるのは、特徴的な重低音と擦れる音。導力機の駆動音。
「な、なに!?」
「姉さん、あれを!!」
エステルの疑問にティオが指を差しつつ大声で答えた。
その先にいたのは飛行船。ただし、行方不明になった飛行船ではない。それよりもずっと小さく、速度重視のフォルムを取る『飛行艇』だ。
「あれって、父さんが乗ってた飛行船!?」
「いえ、あれは飛行艇と呼ばれるものです。行方不明になったリンデ号よりずっと小さいです」
「うん。そうだね」
エステルの疑問にティオが答え、ヨシュアが同意する。
道を封鎖していた軍人の2人も何事かと慌てていることから、軍関連の飛行艇では無いことは明らかであった。
皆がソレを睨みつけている中、飛行艇のデッキから人が現れた。
「た、大変だ。昨日の遊撃士が来てる!」
「あああ! 昨日の誘拐犯!」
彼はエステルがぶちのめした男であり、エステルは思わず指さして叫んでしまった。
「やっぱりあんた達が窃盗事件の犯人だったのね! おりてきなさいっ!」
「んなこと言われて降りてくる馬鹿がどこにいるっていうのさ」
その言葉と共に彼らがサッと道を開けて、中央から歩み出てきた一人の女性。
それは、昨日のジョゼットであった。
「ジョゼット!? ど、どうしてジョゼットが……ってまさか!? 捕まったの!?」
「あ、あの……実はあたし……あ、あ、あ」
その表情は俯いていて、前髪が邪魔して伺えない。ジョゼットは賊に囲まれながら微かに震えている。
焦るエステルを尻目に、ティオとヨシュアは険しい表情を崩さず睨みつけている。
すると、ジョゼットは急に顔を上げて笑い始めた。
「あ〜〜〜ははははっ! もうダメ、これ以上は無理!」
げらげらと笑い始めたジョゼットにエステルはぎょっとする中、彼女は纏っていた服をばっと脱ぎ捨てた。中から出てきたのは、周囲を固めていた賊達と同じ色合いの服装。
「ボクの招待はジョゼット・カプア! 大空を駆ける無敵の空賊団『カプア一家』の紅一点なのさ!」
ジョゼットの宣言と共に、周囲の男たちは花びらを撒いて盛り上げる。
ファンファーレすら幻聴するような盛り上がりっぷりに、エステルはポカーンとしながらジョゼットを見つめた。
「あのねエステルさん。ボク嬉しかったんだ。昨日とても仲良くしてくれて。だって……」
「ジョゼット……」
「だって、ボクたちの敵がこんなおバカで能天気な奴だって分かったからさ!」
「なっ!?」
「……否定はできないですね」
「ほーんと遊撃士って頭悪いよね!!」
「あ、あ、あんですって〜〜〜〜〜〜!!」
「……姉さんと一緒にされると無性に否定したくなります」
「うん……さすがにエステルと同じにされるのは……」
「こらそこの2人! 好き放題言ってんじゃないわよ!」
ガオーっと激しく猛るエステル。さすがにショックが重なりすぎたのか、友達ができたと思っていたのに裏切られたので怒りがこみ上げてきたのか、エステルは興奮状態だ。
「あんただって相当なもんじゃない! 聞いてもないのに自分から空賊だなんてバラしちゃって!」
「は!?」
「しっかり覚えたわよ! 空賊団カプア一家!」
「るっさい! るっさい! こ、この能天気女!]
「なによボクっ子!!」
「ボクっ子言うな!」
この時、ヨシュアとティオの心はひとつになったという。
((五十歩百歩……))
「能天気女、ティオ! あんた達とはいずれ決着をつけてやるからな! じゃあな! あ、それからヨ、ヨシュア! あんたも覚えとけよ!」
「…………なんで僕を名指し?」
「……自分で考えてください」
ヨシュアがクエッションマークを浮かべながら、ほんのり頬を赤くしたジョゼットを見つめる。
飛行艇が飛び去っていく中、ティオは溜息を吐きながら突っ込んでいたという。
カプア空賊団が飛び去っていったのを見届けたエステルは飛行艇を追うとしたが、ヨシュアとティオにより止められた。さすがに足で追いかけるとかはないだろう。
すると飛行艇の風圧により道が封鎖してあったロープが飛ばされて無くなっており、軍人の2人が空賊団で混乱している隙に、先へ侵入することに成功した。
後ろから事態を嗅ぎつけ、息を荒くしながら走ってきたナイアル・ドロシーコンビを再び放置し、3人は先へ急ぐ。
飛行艇は間違いなくこの周辺に着陸させていたのだ。どこにあったのか、確認する必要がある、そう思ったのだ。そしてヨシュアとティオはもう一つの可能性を考えていた。
エステルが気づいていないようだから言わないが……窃盗から繋がるもう一つの案件へと繋がり。
そんな事を考えつつ森の中を進んでいくと、山へと突き当たる。
その麓には鉄格子があり、洞窟を塞いでいた。
鉄格子は壊されており、洞窟の中へ入っていくと、クモの巣などは掛かっていない事から比較的最近に誰かが通った事が伺える。
真っ暗の洞窟内ははぐれると危険なので、エステルとティオは手を繋いで歩いていた。
「でも空賊艇を降ろせるような場所がこんなところにあるのかなぁ」
「さすがに廃坑に飛行艇は無理かもしれない……」
「そうですね。どちらかといえば、この洞窟はあの空賊団のアジト、というとしっくりきますが」
「確かにそうね……っと、風ふいてない?」
急に前方から風が吹いてきた事に気づくエステル。そして前方を注意してみると僅かに光が溢れている。
洞窟内で風が吹き込んでくるということは、外と繋がっているという事である。
そこに何があるのか、と慌てて駆け出す。
光が差し込んでいた先へ行くと、そこには大きな更地へと繋がっていた。
上を見ると、そこは洞窟の天井ではなく、真っ青な空が広がっていた。
「まぶしい……空がみえるわ」
「こんな大きな縦穴があるなんて……」
「姉さん、兄さん。あそこに荷車が」
「そっか……ここで空賊艇に乗り換えたのね」
「さすがに驚きです。でもまさか廃坑に飛行艇を隠してたとは」
放置されていた荷車を前に、やや呆れたようにつぶやくティオ。
さすがに常識という名の穴を付く発送に、ティオも脱帽の思いであった。
するとヨシュアが反応ない事に気付き、彼の方へ振り返る。
そこにはヨシュアが呆然として『あるモノ』を見つめているではないか。
だがそれも仕方がない事だった。
何故ならそこにあったのは、
「リベール王国定期飛行船リンデ号……父さんが乗っていた船だ」
目の前に鎮座する巨大な飛行船。
ある程度は外観も観光用として考えられたデザインとなっており、外にも出れるようにデッキがある。
速度よりも収納力に視点を置いた船が、この洞窟内に停っていた。
その存在を確認した瞬間、エステルとティオは我武者羅に駆け出し、飛行船へと駆け出し、荷物出し入れ専用の出入口から飛び込む。
「父さん! 父さんっ!」
「お父さん! どこにいるのですか!?」
必死で船内を搜索するが、父親どころか乗客の姿もない。
薄暗い船内に埃すら積もっている様子をみるに、人がいるとは思えなかった。
では、どこにいったのだろう。そうエステルは不安に思い、ティオは不安そうな姉に寄り添い手を握る。そうすることで自分の不安も扶植できれば、そう思っての行動だった。
すると船内を冷静に搜索していたヨシュアがポツリと呟きつつ推理する。
「うん……墜落事故の類じゃなさそうだ。外傷はないのに積み荷やエンジンがごっそりなくなってる。やっぱり何者かに襲われた可能性が高いな……」
「父さんや飛行船に乗ってた人たちはどうなったの!?」
「たぶん、どこかに連れ去られたんだと思う」
「兄さん。それは船内に戦闘などの争った形跡がないからですね?」
「うん。おそらく無抵抗で犯人に従ったんだ」
最強の遊撃士に送られる称号の『A級』。そして『剣聖』として名高い父親が無抵抗で、という事態にヨシュアとティオには不安が広がる。
ありえないソレは、父が不意をつかれて暗殺、その可能性しか出てこない。
「あの父さんが何の手も出せないなんて……まさか、父さんは……」
「そんな……まさか……」
父の死、最悪の未来が過ぎった2人は絶望に襲われる、その瞬間だった。
「……ああ、よかった!」
エステルの、場に不釣合いな嬉しそうな声。
その声色は、父の訃報を喜ぶものではない。
驚いた2人へ、エステルは安堵の笑顔で言った。
「だってそうでしょ? 父さんが手を出さなかったのなら、そうする必要がなかったって事だもの。戦った跡がないってことは、誰もケガしてないって証拠よ」
太陽だ、そう思わずにはいられない。
闇を消す光。暗雲を吹き飛ばす清涼な風。
確かにその瞬間、彼女からソレが感じられた。
「だから大丈夫! きっとみんな無事でいるわ!」
なんの証拠もない筈なのに、それが真実だと確信してしまう。
エステルの言葉にヨシュアも満面の笑みで頷く。その顔は、少し羨望の色が混じっていた。
ティオもその思いに思わず同意した。だが、それと同時に複雑な思いが胸に込み上げる。
(やっぱり……こういう所は敵わないです。私はルシアの噂を聞いてから何を聞いてもマイナスなイメージしか浮かばないのに……どうして姉さんは……)
それはコンプレックスというもの。しかしティオはそれを自覚しつつも認めたくはなかった。
「そうすると、あとわかんないのは飛行船を襲った犯人の正体か……って、ねぇ? もしかしてこの飛行船事件の犯人って、ボースマーケット食料窃盗団と同一人物なんじゃないかな?」
それは、ティオとヨシュアが既に確信していた事。
大量の食料を強奪し、大量の人質を輸送し管理するとはある程度の実行犯が必要になる。
そして今回起こった窃盗事件。それを踏まえると……。
「カプア一家ならあの空賊艇でたくさんの人間や積み荷を運べるわ。ボースマーケットで窃盗事件を起こしたのは、拐った飛行船のみんなの為に食べ物が必要だったのよ!」
「うん。すごいよエステル。いい推理だね」
「でしょ! そーよね!!」
「では、そうと分かれば追いかけましょうか」
「ええ!」
気を取り直したティオがそう言い、3人が飛行船の外へ出ようとした時だった。
「そこまでだ!! この飛行船はリベール王国軍が包囲した!! 武器を捨てて投降しろ空賊共!!」
飛行船を出た先に見えたのは、この飛行船を囲む大勢のリベール王国軍人たちの姿が。
銃剣を手にエステルたちを包囲していた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「だから違うって言ってるでしょ! あたしの話を聞いてってば!」
「ふん。申し開きは将軍に直接するんだな」
囲まれた軍人たちに逮捕されたエステル・ティオ・ヨシュアの3名が連れてこられたのは、リベール王国内で最重要な砦のひとつにして、エレボニア帝国との国境で唯一の玄関口である『ハーケン門』であった。
リベール王国といえば、軍事面でいえばハーケン門。
昔から有名で他国に響きわたっている人物たちは3名。リベール王国女王、剣聖カシウス、そして、
「その者たちか? 飛行船にいた怪しい者たちというのは」
「は! その通りです、モルガン将軍!」
そう。猛将と称えられている、モルガンである。
熊のようにガッシリとした体格に、顔には白ひげが覆い、高齢にも関わらず鋭い眼光は歴戦の実力を感じさせる。
威圧感に押されながら、エステルは挨拶をしようとしたが……
「モ、モルガン将軍。初めまして。あたしは——————」
「ふんっ。空賊の名乗りなぞ聞きたくもない」
と。
切って捨てるように吐くモルガンに、エステルは一瞬で沸点に達する。
「ムカッ! ちゃんと聞きなさいよ! あたしはエステル・ブライト! 遊撃士よ!」
「遊撃士……だと」
ババーンと遊撃士証明書を掲げて見せつけるエステル。
そんな彼女に、ヨシュアは慌てて止めさせようとし、ティオは思わず天を仰いでいる。
「遊撃士がわしに何のようだ!!」
「ひゃっ!?」
「エ、エステル! 将軍は遊撃士が嫌いだったルグラン爺さんが言ってたじゃないか」
「さすがに迂闊です、姉さん」
「そっ、そっ、そんなの関係ないわ! 無理やり連れてきたのはそっちじゃないの!」
皆が慌てて窘めようとしているが、エステルは少し怯みながらもモルガンに文句を言う。
連れてきた軍人が、モルガンに罵声を浴びせる少女に顔を青褪めて止めようとしていた。
これはエステルは知らない事だが、これはエステルだけだった。
あの『猛将モルガン』に、直接面と向かって文句を言える人物は。
今のリベール王国において、モルガンへ直接文句や罵声を浴びせることができる人はいなかった。
敢えてできるとしたら、リベール王国女王だけである。
つまり……エステルは実はとんでもない事をしている、ということだった。
「だいたいどうしてあたし達の邪魔ばっかりするのよ!! 情報規制したり道を封鎖したり!! いくら遊撃士が嫌いだからってやってる事はまるで子供じゃない!!」
「こっ、こっ、この小娘が!!」
お互いにヒートアップしてきた状況に、皆が慌てる中、ティオは徐ろにつぶやいた。
別に私は遊撃士ではないのですが、と。
なんだか一緒くたに纏められている気がするとティオは思ったので、思わず呟いてしまったのだ。
本当に独り言として呟いたかすかな声だったが、モルガンにはその声が聞こえた。
そして怒りがこみ上げてる最中に視線をエステルの肩越しに彼女に目を向けて、
「…………」
思わずモルガンは固まり、目を大きく見開いてティオを見つめた。
ティオは、いや周囲の者は皆がモルガンの突然の変化に驚き、2人の様子を伺おうとしたその時であった。
———ぽろろん
「フッ。悲しいことだね……争いはただ不毛な荒野を生み出すのみさ」
———ぽろろろろん
楽器をもった金髪の男が、資材の上に腰掛て楽器を奏でながらこちらを見下ろしているではないか。
男はまるで戸惑う場の空気を読まずに楽器を奏でながら口を開いた。
「そんな君たちに、歌を贈るよ」
誰? というエステルの言葉は、まさに皆が心の中で思ったことだった。
「オリビエ・レンハイム。漂泊の詩人で演奏家さ。さあ聴いてくれ———『琥珀の愛』」
誰も聴いてもいないしリクエストもしていないのに曲を引き続ける男。
皆がタラーっと汗を流す中、オリビエという男は自分に酔ったように歌い続けた。
———流れゆく、星の軌跡は、道しるべ、君へ続く
———焦がれれば想い、胸を裂き、苦しさを月が笑う
「え、えーっと」
ヒートアップした熱が一気に冷めた反動からか、ポカーンと惚けるエステル。白目を向けるヨシュアと兵士たちにティオ。
そしてそんな場の空気を読まずに歌い続けるオリビエ。
———叶うことなど〜〜〜ない〜〜〜〜
「ハッ!? っと、ンンン! お、お主らはどうやって飛行船を発見したのだ!」
どうやら気を取り直す事にしたらしいモルガンがティオから一旦は視線を戻し、エステルに問う。
「あ、あたし達、空賊の足跡を追ってきたのよ」
「なに!?」
———せめ〜て、ひと〜つ、きず〜〜を〜〜〜のこそう〜〜〜〜
「この事件の犯人はカプア一家という盗賊なんです。まさかモルガン将軍はご存知ないのですか?」
「わしが知らぬわけなかろう! 恐れ多くも女王陛下に犯行声明を送りつけてきたのは、その空賊どもなのだからな!!」
———はじめてのくち〜〜〜づけ〜〜〜〜 さよならのくち〜〜〜づけ〜〜〜
「しかし事件の情報は外部には伏せていたはず……」
———きみの〜〜な〜〜みだ こはくに〜〜〜して〜〜〜
「おぬしら……どうやって」
———えいえんの〜〜〜あい〜〜〜 とじこめて〜〜〜
「やかましいわ!!」
ついにブチっとキレたモルガン。
まあ、会話に歌をこれだけ被せてきたら、それは五月蝿いと怒鳴りたくもなるだろう。
ヨシュアもエステルも思わず苦笑する中、中断させられたオリビエは「やれやれ」と溜息を吐いて荷物から飛び降り、モルガン達の前に着地する。
「嘆かわしいね。見たまえ。感動に震える黒髪の君を」
「え? 僕?」
「その潤んだアンバーの瞳を。君にはボクの歌が届いたんだね。これぞまさしく『琥珀の愛』」
ヨシュアに言い寄るオリビエの姿に、ティオの目にはなんだか薔薇が咲いた気がして目をコシコシと擦った。
もちろん薔薇などないのだが。
「なんなんだ貴様は!?」
「……ふう。比べて軍人はどこの国でもこうだ。美しい者だけが美しいものを理解できるというが」
チラっと横目で見て、髪をサラリと靡かせる仕草はまさにナルシスト。
「……貴殿には望めそうもないようだね」
はぁやれやれ、と溜息を吐くオリビエに、モルガンの怒りはついに頂点へと達した。
「無礼者め! 構わん、こやつらを纏めて牢にぶちこんどけ!!」
「ちょっ、あたし達は関係ないでしょ!?」
「おぬしらもまだ空賊の容疑が晴れた訳ではないぞ! 軍の力を以ってしても発見できなかった飛行船。ただの民間人に見つけられる筈がないのだ! 連れていけ!」
「うそ〜〜〜!?」
やれやれとまだ溜息をつくオリビエに、エステルも「え〜!」と悲鳴を上げる。
モルガンはそう怒鳴った後、思い出したように話を続けた。
「ああ、だが待て」
「?」
「そこの水色の髪のお嬢さん。彼女には少し話がある。わしに付いてきてもらおう」
「ちょ、ちょっと! あたしの妹に何する気!?」
モルガンの言葉にただならぬ予感を感じたのか、エステルはティオを抱き込み、ガルルルと睨みつける。
「何もせんわ! そこの少女の身元についてはハッキリしておる。わしはこの子に話があるだけだ」
「話〜〜〜?」
ジトーっと訝しむエステルに、ティオは心当たりが無く困惑する。
ヨシュアも表情を険しくする中、埒が空かないと判断したモルガンは、ティオの前に屈み、こう言ったのだった。
「…………君とは『昔』に、会ったことがあるのでな」
「!?」
大きく目を開くティオ。
びくっと体を震わせたその身に周囲より、ティオ自身よりもエステルが驚いてしまった。
(な、なに今の! 今の、心臓の鼓動よね。そ、そんな訳ないよね。それより一気にティオの体温が下がったような……)
まるで感電したかのように震え上がり、表情を青褪めた大切な妹に、なにかとんでもない事が起こるのでは、そう思ったエステルはヨシュアを見て、彼もそう思ったらしく共に頷き、彼女を庇う為に前へ出ようとする。
が、そんな姉と兄の気持ちを止めたのも、またティオであった。
「…………話を、伺います」
「「ティオ!?」」
「大丈夫です……姉さんと兄さんに、手荒な事はしないでください」
「もちろんだ。普通の留置所に入れるだけ。約束しよう……バニングスの戦友の名にかけて」
「!!」
一瞬だけ浮かぶ、強烈な悲しみの顔。
その顔にエステルとヨシュアは驚愕し、思わず『知らない人』を見てしまったように下がってしまう。
「では、行こうか」
こうして、エステル・ヨシュアと興味深そうに見ていたオリビエは牢にぶち込まれ。
ティオはモルガン将軍と共にハーケン門の正門から建物内に入っていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ふ〜ん……確かにあいつら、あの憎き『アイツ』の関係者みたいだねぇ」
「ええ。ですが○○○○。本当にあの子たちが障害になると?」
「そうあの方が仰ったんだ。ならば私たちはそれに従うまでさ。『姉さん』も、今度は裏切るんじゃないよ」
「……ええ。分かってます」
「あっちからあの白チビと赤チビも来てるらしいし……計画も急ぐとしようかねぇ」
「そうですね」
その様子を見ていた2人のフードを被った人物2人は、ハーケン門の内部に目的の人物たちが連れ込まれた光景を見届ける。
濃いグレーのフードから金髪を靡かせ、手には水晶を持ったその人物は霧のように姿が消えた。
残された人物、フードから溢れる白い髪がさらさらと揺れる中、その人物はしばらくハーケン門を見下ろし、そしてその身を影が被ったかと思えば、そこに誰もいなかった。
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次回はついに色々と物語が動き出します。そしてあのキャラやらあのキャラ等がたくさん登場。