第23話 廻り始める歯車
ロレント市内北部。
ロレント航に到着する1つの飛空艇。
物々しい雰囲気の飛空艇とは別に、搭乗口から出てくるのは、一人の少女。
小柄で華奢、薄水色の髪がふわふわと風に靡き、少女から漂う花の香りは近くにいる者をハッとさせる。
大きな鞄をキャスターでひっぱりながら歩くと、ロレント内の街をゆっくりと歩くと復旧された時計塔が見えてくる。
(確かここが、お母さんとエステル姉さんが襲われたところ…………そして『あの』ルシアとお母さんたちの出会いの場所)
何度か聞かされた話だが、よくよく考えるととんでもない内容だと分かる。
その出会い方、その顛末、時計塔跡地近辺の惨状。
昔は深く考えることができなかったが、成長した今となってはその事件の異常性がよく分かる。
数年前、ティオ・プラトーはブライト家に預けられ、養子になった。
彼女に取って人生で一番の忌まわしい出来事となるであろうあの事件が解決した後の事だ。
彼女は親戚の家へと帰れた。だが結局、自分は一家に馴染むことはできなかった。その家の人たちが腫れもののように扱ってきたというのも理由のひとつ。彼女に備わってしまった、あの事件の副作用となった『とある力』の事も理由のひとつ。
とにかく、ティオ・プラトーはその家から飛び出した。
結果、救出された時に自分を助けてくれたガイ・バニングスという人にお願いをし、自分達みんなを支えてくれたルシアの助言の通り、クロスベルのカシウス邸に行きたいと提案した。
ガイはすぐさま連絡を取り、ルシアからカシウスを頼れと言われたと伝えた所、カシウスは笑みを浮かべて自分を受け入れたくれたのだ。
結果的に、自分は—————ティオ・プラトーは家族を手に入れた。
カシウスお父さんも、レナお母さんもとても大好きだ。温かくて、すぐに好きになった。
初めての妹もできた。姉や兄もできた。
誰もがとても良い人達で、自分はこの人達と家族になれて本当に幸せだと思った。
——————————彼がこの場にいれば。
唯一、彼だけがいなかった。
あの事件の折に死んでしまったのではないか。そう思ったが、手に入れた力のおかげで入手した情報では、『ルシア』と呼ばれた少年は生存しているものの行方不明だと知った。
思えば、そこから彼女の心には彼のその一件がずっとしこりとして残っていたのだろう。
それからは、ティオはツァイスで研究をしながらルシアの情報を集め続けた。
そして毎年、事件の解決日に犠牲者となった子供たち全てへ花を手向けている。
結果は、何も分からなかった。
お父さんやお母さんにこの事を相談すると、お父さんは「いずれ姿を現すだろう。そう本人も言っていた……いつかは分からないが」と教えてくれた。
レナはティオと一緒でルシアに恩義を感じている。そしてそれ故にルシアが1人ぼっちでいる事に心を痛めているらしく、最善が『家族として迎え入れる』、最悪でも『彼が明るく人生を送る』ことを願っているらしい。
ティオは実にお母さんらしいと思った。
優しくて陽だまりのように温かく、自分のような者でも、そして何かがあった妹のレンに対しても、その心の傷を癒してくれた。
そんなレナの才能というべき気質を惜しみなく受け継いでいるのが、姉であるエステルだろう。
ティオはそんな事を考えながらロレントの街から出る。
(ガイさんが亡くなって……もう2年、ですか)
あの時は衝撃を受けたものだ。
ガイはルシアとは別の意味で自分に大きく影響を与えた人だ。
奔放で明るく、短い間ながら様々なことを教えてもらった気がする。
いつかはクロスベルにあるお墓へ、挨拶にいかなければと思っている。
森の中を抜けていくと、我が家が見えてくる。
良い香りが漂ってくることから、どうやら食事の準備をしているようだ。
今日はなんだろうか、そんな事を考えて口元が緩みつつ、ティオは足早に家の扉を開けた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
夕飯の支度をしていたレナが帰宅したティオにかけた言葉は、
「ご飯の前にお風呂に入ってらっしゃい」
であった。とりあえず荷物を片付けたティオはお風呂に入ると、そこに乱入者が。
「えへへ……私も入るね〜」
「あ、姉さん。どうぞ」
「こうして一緒に入るのも久しぶりよね」
「そうですね」
いつもは二つに別けてツインテールにしてある髪を降ろしているエステルは本当にレナに似ている。
健康的な肢体に長い髪は、同性の自分でも魅力的で綺麗だなぁと思ってしまう。
(私は………………)
「—————ハァ」
自分の『絶壁』を見て大きな溜息を吐いてしまう。
「ん? どうかした?」
「いえ……なんでも」
「?」
この姉は、シェラザード姉さんなどに色気がないとか言われて、よく憤慨しているが、もっと自分の事を知るべきだとティオは思う。
「……姉さんは、本当にスタイルいいですよね」
「へ? そうかなぁ。私なんか遊撃士の訓練で筋肉ばかり付いてるから、嫌なんだけどなぁ」
「…………」
なるほど、個人特有の悩みなんだなぁと思う。個人的にはその肉体は豹のようにしなやかで色気あると思うのだが……これも見解の違いか、と納得する。
「ティオは女の子らしい身体してるから、羨ましいけど」
そこに嫌味はなく、純粋にそう思っているらしい。
(…………将来に期待ですね)
少なくても、今のこの身体では姉に負けてはいるが……自分の気持ちを理解しているだけ、まだリードしているだろう、とティオは判断する。
(私は……そう、やはりルシアの事が……)
好きなのだ、そう確信していた。
きっと絶望した状況の中で支えてくれた、希望を教えてくれた人だから、そういった吊り橋効果もあるのだろう、そうティオは冷静に分析する。
けれど、数年経っても消えないこの気持ちは、きっと嘘なんかじゃない。
そして…………自分の気持ちに気付いていない強敵に、敢えて教えることもない。
(卑怯なのでしょうけど……体型の事を考えると、これくらいのハンデは貰っておきます)
ティオはコクコクと肯き、湯船から出て身体を洗う。
真っ白な肌は少し不健康かもしれない、そう思いつつ、スポンジでゴシゴシと洗う。
(?)
エステルはティオの身体を磨く時間がいつもより長いことに首をかしげつつ、まいっかと身体を洗い流して湯船に入った。
我が妹ながら本当に可愛いなぁと、髪の毛を洗うティオを見て思った。自分とは大違いだと溜息を吐きたくなる。
そう、例えるならレンと一緒で『お人形』みたいなのだ。
「ま、それが自慢でもあるんだけど」
「え? 何です?」
「ううん、なんでもな〜〜い」
エステルの呟きに、ティオは目にシャンプーが入らないように、ぎゅーっと目を瞑りながら首だけエステルへと向けたが、エステルははぐらかした。
やってる事は実に似たもの姉妹であった。
「?」
「どうかした?」
「誰か来た……いえ、アイナさんが来たようです」
「え? アイナさんが?」
いつもの事ながら気配に敏感なティオに感心しつつ、エステルは遊撃士の自分達に用があるのかな、と思い、急いで風呂から出る。
またアイナの気配やレナの気配の乱れ具合から、嫌な予感がいてティオも一緒に出る。
服を着て風呂場から出て、居間へと行くと、そこには取り乱したアイナと、顔を真っ青にするレナ、そしてそんなレナに抱きついているレン、目を大きく見開き動揺しているヨシュアの姿があった。
その様子に、ただ事ではない事態を感じ取ったエステルは叫んだ。
「アイナさん! 何があったの!?」
「エステル! 大変なの!!」
アイナの動揺は酷い。
取り乱しようは、エステルも初めてみる姿だった。
だが、そんなエステルも、アイナの言葉で凍りついてしまったのだった。
「ボース地方で定期飛行船が消息を絶ったの! 乗客の安否も不明だしまだ何も分からない。ただその乗客の中に、カシウスさんが乗っていたらしいのよ!!」
ついに、リベールを揺るがす事件は幕を開ける。
この時、エステルやヨシュア、レン、ティオ、レナは想像もしなかった。
この事がきっかけに、自分たち家族の絆が試されることを。
そして、絶望のどん底まで叩き落とされる事を、エステルとティオは知らなかった。
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あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします(*´∀`*)
今回はかなり短め。
サービスシーンにならないサービスシーンを2連投。
ギリギリ15禁に到達しないと信じる!www
ひとつは以前もうpしてなかった内容になります。
とはいえ短くてすいません。