白い光。
淡く、眩しい光が照射されている。
何処かに寝かされている?
解らない。
自分の今の大勢? 解らない。
自分とは何だ?
自分?
解らない。
今はどこに。
何がどうなっているのか。
解らない。
身体が熱い。
浮遊しているような、地面に刺しつけられているいるような。
ここはどこ?
永遠と続く自問。
苦痛と空白の中で、意識が朦朧としつつもどこかでそれを考えていた。
(……わからない)
まどろみの中で、彼は諦めるように目を閉じた。
◆ ◆ ◆
「凄まじい! 凄いぞ! 何だこのデータは!!」
「これほどとは……」
「もっと薬品を投入しましょう。これまでの遅れを取り戻せます」
「おいおい、殺すなよ。ギリギリの所ではしっかり生かしておけ。まだ使うんだからな」
狂喜乱舞。まさにその言葉が相応しい。
ある者震えあがり、ある者は狂ったように笑い、ある者は嬉々として次のデータを取るために走り回る。
これまでの被験者が塵に思える程の数値。
実験用マウスではデータが取れない、だが人間に投与すればどうなるか予測がつかない薬品を次々と投与していく。
そして投与した結果を見て、更なる改良を加えて投与。
薬品の進化。
医療の進化。
目の前の『実験体』には、何の遠慮もいらない。
とにかく投与し、データを摂れ。
通常ならどんな人間でも廃人になる筈の薬品を投与しても、痙攣や呼吸不全を起こすだけで死には至らない。
まさに。
まさに最高のテストボディ。
「どうだい、件の少年は?」
「最高の素体です。どの実験に対してもこれまでのデータを大幅に覆す結果を叩きだしているようで、化学者たちは大喜びです」
白い部屋だった。
その白い部屋にいる、白衣を着た男。そして付き添いの男たち。
白衣を着た男は口元に笑みを浮かべ、その言葉に心底満足そうに肯いた。
「それは素晴らしい事だ。それでこそこれまで幾度となく刺客を差し向けた甲斐があったというものだ」
「全くですな。これで例の計画も順調に進める事ができる」
「分かっているな、———・————」
「もちろん。ああ、そういえば例のグループはどうなってます?」
「ああ、あそこか。あそこは独自に進めているようだ。だが一度くらいはこのモルモットを貸してやった方がいいだろう。あそこにいる連中もこのモルモットを欲しがっているそうだ」
「ふむ……勝手に暴走しているのに勝手な。まあ、だがいいだろう。それはそれで面白い」
ニヤニヤと白衣の男は笑う。
いろいろなコミュニティが、あの実験体の少年を欲しがっている。
最高の素体を。
自分たちはついに手に入れたのだ。
人間の中から誕生した突然変異種を。
「そういえば、外の対応はどうなっている?」
「はっ。あの実験体がどうやって逃がしたかはまだ分かっておりませんが、どうやら遊撃士協会が保護したようで」
「ふむ。それなら手出しは無用だね。しかしどうやって……」
「そんな事よりここの居場所が知られたらどうする!?」
周囲の男たちの怒声に、白衣の男は冷静に答えた。
「それは大丈夫でしょう。全てのコミュニティは結界によって守られている。そしてコミュニティの存在箇所は洩れようがない」
「何故そのような事が!」
男の妙に落ち着いた言葉に、1人の男が苛立った。
男の言っている言葉には何の根拠もない。そもそも結界の事もある日突然に彼が施したもので、詳しくは知らないのだ。
説明を求めた男だが、白衣の男は卑下た笑みを浮かべて全員に云い放った。
「唯一、唯一突破口を開けた鍵が、我々の手に落ちた。それで十分なんでね。ククク」
「くっ……」
「誰もコミュニティを探る事はできない。そして時期尚早に捕まった彼にも、何も出来やしないさ。ククククク」
その笑い声は、邪気に充ち溢れていた。
不気味なほど響き、周囲の部下や同等の地位にいる者ですら、彼の気配に鳥肌が立ち怖気立った。
(全ての鍵がこんなにも早く僕の元に来るなんて……ああ、やはり世界は僕を後押ししているということか!)
既にキーパーソンを入手している今、もはや何も怖いものはない。
彼も気を失い続けていて、既に半壊状態だ。
理性があったならまた別だが……今となっては薬漬けの為、それの心配もない。
(フフフ……全てが計算通りだ……)
白衣の眼鏡をかけた男性は、眼下で眠り続ける少年を見下ろし、不気味に笑い続けた。
◆ ◆ ◆
「それで、保護した子供たちの容態は?」
「皆、心身共に安定しております。実験に入る前だったのが幸いだったようです」
「そうですか……それは良かった」
「もちろん精神的にショックを受けている子はいますが、両親に再会したら驚くほど安定しているようですし、今後とも精神科などのケアも行っていく予定です」
リベール王国、王宮・女王の間。
女王の私室にて、カシウス・ブライト、リベール王国軍トップのモルガン将軍、そしてクロスベル代表としてセルゲイ・ロウ、エレボニア帝国中将ゼクス・ヴァンダール、カルバート共和国大使エルザの5名が集まっていた。
女王を上座に全員が円形に座り、誰もが難しい顔で資料を読んでいる。
ここに集っているのは、各国の重鎮。信頼が厚い代表者だ。
そして今回の事件『D・G教団事件』における窓口、各国の代表者でもある。
それぞれの勢力が一同に介し、恨みや怒りや思惑をぐっと堪えて今回の事件を収束させる為に極秘裏に集まった。
リベール王国女王アリシアの問いに、子供たちが保護された際に真っ先に駆けつけたセルゲイが答えた。
女王はその答えに安堵し、そしてすぐに表情を暗くする。
ゼクスが眉間に皺を寄せたまま、セルゲイに問うた。
「それで、保護された子供たちから何も新しい情報は得られなかったのか?」
「ええ。誰もが気を失っていたようで、目を覚ませばどこかの部屋に閉じ込められていたそうです。場所を特定しようにも窓も何もなかったそうです」
「それで特定しろというのは難しいですね」
エルザがセルゲイの言葉に同意し、小さく溜息を吐いた。
捕まった子供が無事に奪還できたのは嬉しいが、それでも事件事態に進展はないのだから。
すると、今まで黙っていたカシウスが口を開いた。
「セルゲイ殿。1つ聞きたい」
「何でしょう」
「子供たちを取り返したのは……やはり?」
「…………捕らわれた子供たちを追いかけた少年だそうです。子供たちが皆証言しています」
「…………」
その言葉に、カシウスは机に肘をつき両手を握りしめで項垂れた。
その様子に驚いたのはモルガン将軍であった。
元々、モルガン将軍はカシウスを手塩にかけて面倒みていた。自分の後継者にと思っていた程で、カシウスが軍人時代にはとても仲が良かった。
だがカシウスが遊撃士になった為に彼に裏切られたと思い、彼と遊撃士という存在に激しく怒っていたのだ。
しかしそれもこの場ではグッと堪えていた。彼の過去にとある出来事があってから『子供たちが犠牲になる』というこの事件に対して並々ならぬ意気込みがあったからだ。
そして今、カシウスのその様子に驚いている。今の彼は妻が戦争で重傷を負ったと聞かされた時に匹敵していると思ったから。
「どうしたカシウス。その少年の事を知っているのか?」
「ええ……」
「ふむ。しかし大した少年だな。深追いした事は褒められたものではないが、未知の転送技術はさておき全員を助け出した手腕。軍に欲しいくらいだ」
「そういう問題では無いでしょうモルガン将軍。その結果、彼の命は危うくなった。1人と25人。比べるまでもない数字計算ですが、共和国としてはそれを敢えて同じ重さとして捉えているのです。故に少年の事は共和国としても救出には力を貸すつもりです」
「ふんっ! そんな事は分かっておるわ!」
「ならいいのですが……その発言は不謹慎というものです」
「双方落ちつけい。ここで言い争っても仕様があるまい。それより帝国としてはその子供たちを『送った』という方法を聞きたいのだが」
「それは……誰にも分かっておりません」
セルゲイの言葉に「む〜」と唸るゼクス。
転送系のアーツなど存在しない今、どうなったか気になるというのがゼクスの意見であった。
それに反応したのは、近年まで戦争していた共和国であった。
「あら。そんな事を調べてどうしようというのかしら帝国は」
「なに?」
エルザは髪を弄りながら侮蔑の視線でゼクスを見た。
「転送手段を調べて実用化し、今度はそれを使って戦争でもするつもりかしら?」
「なんだと!?」
「貴方たちは本当に好戦的ですからね。本当に、油断ならない野蛮なハイエナだこと」
「きさま!」
「やめんか2人とも!」
「お、おいおい。そんな言い合いしている場合じゃないだろ」
犬猿の仲である帝国と共和国の代表の2人が喧嘩を始めた事で、慌てて仲介に入るモルガンとセルゲイ。
しかし2人の罵倒は止まらない。
女王も困ったように眉を顰め、どうやって諌めようか考えた時であった。
ドン、と机を叩く音がした。
「…………」
視線が集まった先にいたのは、拳を振りおろした大勢でいたカシウス・ブライトであった。
彼は鋭い眼光でゼクスやエルザを見詰めていて、静まり返った室内でゆっくりと席から立ち上がる。
「……図体でかいだけの大人が」
ポツリとポツリと呟くカシウス。
その声が、不自然なほど室内に響く。
その場にいる全員が、カシウスの言葉ひとつで鳥肌が立ち、毛穴から汗を噴き出した。
これだと、モルガンは思う。
これが自分が見出した、カシウス・ブライトのカリスマ性だと。
「この場で醜く言い争う」
カッと頬を赤くしたのは、ゼクス。
「そんな間抜けな大人たちより、ずっと身体も小さい、幼い、非力な子供がずっと役に立ち、そして今もなお苦しめられているだろう」
エルザはその言葉に目を伏せた。
カシウスの言葉に痛い所をつつかれ、己を恥じた。
セルゲイも悔しそうに顔を歪め、勢いよく椅子に座る。
「我々に出来ることは、ただ一つ」
女王アリシアが、カシウスと視線を交わしてコクンと頷く。
「今こそ、1つに集う時。協力を、お願いしたい」
頭を下げるカシウス。
そして席を立ったのは、セルゲイだった。
「クロスベル警察特別捜査2課、セルゲイ・ロウ以下2名。喜んで傘下に加わらせて頂きたい」
「———ありがとう」
「もちろん、リベール王国軍も参加する。宜しいですね、陛下」
「勿論です」
「———ありがとう」
エレボニア帝国大使・エルザがゆっくりと立ち上がった。
「我々も、力なき子供たちが犠牲になるのは容認できません。絶対にその卑劣な行為は許してはならない」
「……」
「だから我々共和国も、参加させてください」
そして最後となった、エレボニア帝国。
「我々がこれまでやってきた事は、如何なる理由があろうが釈明できない。好戦的国家と言われても、蛮国と揶揄されても否定できない」
それだけの事を、エレボニア帝国はやって来た。
戦争を。破壊工作を。
「だが、それでも子供を持つ親としてこの事態は容認できない」
席を立つ。
「この同盟、カシウス・ブライトが陣頭指揮を執りたまえ。そうすれば、安心して我々も同盟に参加できる」
「私が?」
その言葉に驚いたのはカシウスだった。
だが驚いたのもカシウスだけ。
見ればセルゲイも、エルザも、モルガンも、そしてアリシア女王までもが肯いていた。
「……分かりました。その大役、拝命します」
全員の手が差し出される。
5つの勢力が、1つに重なった。
◆ ◆ ◆
これは夢だ。
それが分かった。
だって目の前に、自分がいるのだから。
(あれは……私……私って何故分かる? でも、でも分かる……あれは私だと)
満面の笑みを浮かべていた。
笑顔で走り回っていた。
走った先にいたのは、2人の人物。
青い髪の女性。茶髪の男性。
2人が振り返る。
その姿に、心臓が激しく脈打った。
(あの人たちは…………)
走って行った私が、2人の元へ飛び込む。
青い髪の女性にぎゅーっと抱きしめられ、嬉しそうにする私。
『ねえ、————! 私ね、ついに使えたの!』
私が使ったのは、攻撃魔法。
アルテナの力の加護を受けた、強力無比の力。
その力を見たとき、2人の人物の顔が強張った。
そして2人は肯き合い、私の元へとやってくる。
『いいかい、ルシア。君は—————だけど、それに—————必要はないんだ』
『その通りです。そして貴方は知るでしょう。———————の大切さを』
何を言っているのか、よく聞こえない。
『でも、私は色濃く受けついでるんでしょ? なら自分の使命を果たします!』
その言葉に、2人は本当に困った顔をしていた。
悲しそうな、辛そうな顔。
そんな顔は見たくなかった。
なんで見たくないの?
激しく脈打つ鼓動を押さえつけ、何度も問う。
そして。
そして分かった。
過去の私が、振り返ってこう言ったのだ。
『大丈夫。心配しないで。
————ヒイロ父様。
————ルーシア母様。
青き星を司る者として、使命を果たすから』
夢が、弾けた。
「…………」
重たい目を開けた。
身体は動かない。
でもそれは今となっては些細な問題だ。
「…………」
水分を長い間取ってなかったからだろうか。
声が出にくい。
本来の自分なら、こんな事になることもないのだ。
たかが人間のもので、こんな風に身体が動かなくなる事もない。
でも今のこの身は人間。
だから動かない。
されどそれも今となっては些細な問題だ。
なんて大事な事を忘れていたのだろうか。
とはいえ、それも仕方ないことだ。幼い身でありながら休眠状態になりクリスタルの中で千年ほど眠り続けていた。そして眠っている間は文字通り『時間を停止』させていた。しかし脳は動いている状態。
おかげで、『いろいろと間違った思い込み』がいくつもあった。
もちろんまだ思い出せない事が多数あるけれど。
だが、まだ取り返しが着く。
邪魔なものは全て破壊しよう。
障害物は全て排除しよう。
この瞬間、この時のみ、ルシアは己の使命以外の事を完全に忘れていた。
それは幸いな事なのか。
それとも不幸なのか。
「私は、青き星のルシア。
女神アルテナの半身として生まれた、青き星のルーシアの息子にして、アルテナに限りなく近い存在」
さて、力を取り戻そう。
力が入らない手を、必死に支えながら頭上へと振り上げる。
集え。
「アルテナの光————」
この世界の魔力が、全ての魔力がルシアの元へと—————————。
「……だれ?」
小さな声が、それを止めた。
近隣の牢屋に、同じように捕まった子供がいるのだろうと、ルシアは即座に察する。
「誰かいるの・・・・・・?」
「ええ、居ますよ。貴方は?」
“はきはきと喋る”ルシアの言葉に、その声の主は反応する。
その声は、何の抑揚もなかった。
何の感情も宿っていなかった。
「……わたし……ティオ」
これが、後に長い付き合いとなる1人。
「ティオ……プラトー…………」
ティオ・プラトーとの出会いであった。
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