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ブライト家。
一軒家の3LDKで、1つが夫婦の部屋。1つがエステルの部屋となり、最後の1つが物置部屋、もとい倉庫と化している。
埃まみれの部屋を急ピッチで綺麗にし、荷物を運んで片付け、簡易ながらもベッドを置いて布団を敷き、そこにとある少年を寝かせた。
晩ご飯の時間帯という事もあり、レナが食事作りを。
カシウスが少年———ルシアの手当てを。
エステルは、心配そうにルシアを見守り、彼女なりに精一杯の看病を行った。
簡易手当てを施したカシウスは信頼できる医者を呼び、彼を診断してもらった。
カシウス自身もお世話になっているかかりつけの医師で、腕も確かな人物だ。
その医師はルシアの傷を見ると顔色を変え、大慌てで治療を始めた。
カシウスやエステルは部屋の外へと追い出され、2人は仕方なく1階に降りてレナと共に食事を取る。
終わったのは、夕食の片付けも終わり、レナとエステルが風呂に入って出てきた直後だった。
全ての治療を終えて出てきた医師は、エステルにルシアを看ておくようにお願いし、レナとカシウスに居間で説明する。
「とりあえず、処置は終わらせました」
「先生、ありがとうございます」
「どうもありがとうございました」
「いえ。これで患者が目を覚ましたらもう安心と言いたいところですが、恐らく・・・・・・目覚めるのに時間がかかるかと」
「そうですか……」
レナは医師の言葉に表情を暗くする。
医師は自分の役割を果たすため、かなりの躊躇いと共にいくつかの紙を出した。
「彼の怪我は、肩と腕、首筋が大きな傷でした。どれもが鋭利な刃物で傷つけられたような跡で、特に肩と腕は完全に刺されています」
「そんなっ」
「全身も少なからず火傷を負っています。なにか……そう。爆発に巻き込まれたような、そんな火傷でした」
「…………」
「傷も縫合しましたし、大事な臓器や血管を損傷している訳でもなかったので、大事には至りませんでしたね」
「そうですか」
「それで、これが患者がずっと握りしめていた紙なんですが……」
「?」
カシウスはその紙を受け取り、目を通す。
血で染まった用紙に一瞬目を細め、内容を見る。
そこには、とんでもない事が書かれていた。
「これは————っ!」
「あなた、何が———————————!?」
旦那の様子に怪訝な表情を浮かべたレナが手元を覗き込みその紙を確認する。
その紙に書かれていた内容。
それは、
「…………正直、信じがたい事ではあります」
「…………」
「…………」
「同じ医師として、人間として、私は許せない」
非人道的、外道。そんな言葉でしか表わせないような実験を繰り返したという化学者たちと、犠牲になった子供たちの結末。
それが克明に記されていたのだ。
「その紙に付着している血液や、怪我、リストに載っていない事を考えると、患者はどうやらこの施設の中に入り、そして負傷したのでしょう」
「そう、でしょうね」
「うむ。これをどうするかは、遊撃士であるカシウス君に任せる。もちろん、私も他言しない事を誓おう」
「それが賢明です。私も慎重に行動しよう」
「では、容態が急変したりしたら、すぐに連絡を下さい」
「わかりました」
レナとカシウスは医師に礼を言うと、医師はゆっくりとした足取りで帰って行った。
「あなた……」
「ああ。レナ、お前はあの子の面倒を見てくれるか?」
「もちろん喜んで。あの子は私たちの命の恩人なんですから」
「そうだな。私は少しこの件に関して動いてみる」
カシウスは険しい顔をして紙を見詰めた。
「ねぇ? どうしてケガしたの? 転んだの?」
「……スゥ……スゥ」
「早く目覚まさないかな〜。いろいろとお話したり釣りとか一緒にしたいのに」
エステルはベッドで深い眠りについているルシアの頬をつつき、彼に語りかけていた。
すると、ルシアが持っていた持ち物の袋の中に、鎖のようなものが入っているのが見えた。
近づいてそれを手にする。
それは、鎖が通った輪状の、金色の卵型の塊がぶら下がったネックレスであった。
「わぁ〜〜〜〜、キレイ〜〜〜」
「あら、エステル。どうしたの?」
「おかあさん!」
エステルが関心した声を上げると、扉の向こうからレナがやってきた。
どうやら様子を見に来たらしい。
エステルが手に持っている物をみて尋ねた。
「この中に入ってたんだけど、これってなに?」
「これは……ネックレスね」
「ねっくれす?」
首を傾げるエステル。
「そう。首から提げるものでね、アクセサリーの一種なのよ?」
「へ〜〜〜」
「女性は綺麗に見せたりするのに使うことが多いわ。でもこの子のは……」
「おかあさん。この子女の子みたいだけど、男の子だよ?」
「そうね。だからきっとこれは、アクセサリーとかじゃなくて、思い出の品なのよ」
「へぇ〜」
「これは?」
エステルが袋の中から取り出したのは、1つの小さな箱のようなもの。
「これは…………開閉式の手鏡、ではないわね。中にクリスタルが入ってるわ」
「わ〜〜〜〜綺麗〜〜〜〜〜」
「でも大分古いわ。きっとこれも想い出の品なのよ」
「そっかぁ」
「さぁ、まだ寝ているのに、近くで騒いだりしたら問題ね。静かに寝かせてあげましょ? きっと明日には目を覚ますわ」
「うん!」
そう言って、袋にネックレスとクリスタルを片付け、レナと一緒に部屋を出た。
後にエステルは、このネックレスとクリスタルの意味と重要性を知る事になる。
だがそれは予想できるものではなかった。ただ今は、おもちゃの1つとしてしか捉えてなかったという。
レナの予想に反してルシアは3日間、目を覚ます事は無かった。
ひたすら昏睡状態が続き、傍から見たら死んだように眠っていた。
「今帰ったぞ〜〜〜」
夕方の時間、レナが夕飯の支度をし、エステルが絵を描いて遊んでいると、カシウスが遊撃士としての仕事から帰って来た。
「おかえりなさい、あなた」
「おとうさん、おかえり〜!」
「ああ、ただいま」
娘の頭を撫でてレナに微笑み、カシウスは疲れた体を休めるように椅子に座った。
ふぅ、と珍しく溜息を吐いたカシウスに、レナは紅茶を煎れて目の前に座った。
エステルは再びお絵描きタイムに戻っている。
「どうかしたのですか?」
「ああ。例の件でな」
「……どうなりました?」
「被害者の身元が割れていたから、全ギルドに情報を回して裏付けをとってもらった。内容が内容だけに迂闊に情報を漏らす訳にもいかないからな。信頼できるA級からB級遊撃士のみに限定した。すると……」
「あのリストにあった被害者の子供はやはり?」
「ああ。行方不明になっていた子供たちの一部だった」
シーンと静まり返り、エステルの鼻歌とぐつぐつと煮込む鍋の音だけが、不釣り合いなくらいに響いた。
レナは表情を暗くして呟く。
「そう……家族はとても悲しんだでしょうね」
「ああ。正直、今回の件に絡んだ遊撃士たちは皆、遣る瀬無い気持ちでいっぱいだろう」
「辛いですね……」
カシウスもそれに肯き、リストを取り出してそれを見ながら云う。
「これは俺の勘だが……まだきっと、他にも似たような施設はあるはずだ」
「そんなっ! まだ犠牲になってる子がいると?」
「ああ。このリストには書かれてないが、その予感しかしない」
「…………」
「クロスベルのギルドに、ここの調査にすぐさま向かってもらったが、遺跡内部は崩壊していたらしい」
「崩壊、ですか?」
「ああ。大人の遺体から子供の遺体まであちこちに転がっていて、中心部では激しい爆発跡があったようでな。主だった書類などは全て灰になっていたようだ」
「何があったのかしら……」
「さて……それはあの子に聞けば全て分かりそうだ。あの子は?」
「まだ目を覚ましません。お医者様もいつ目を覚ましてもおかしくないと言っていたんですが」
「そうか。精神的なものかもしれんな」
「そうですね……」
レナはカシウスから聞かされた内容から想像し、まだ6歳程度の子供には辛すぎると思い。
カシウスは現状を知っているからこそ、あの気が狂いそうな空間にいたなら、子供は発狂・壊れてもおかしくないと判断する。
「今回の事から、遊撃士協会は秘密裏にこの事件を追う事になった。まだ各国上層部も動かせていないが、いずれ証拠を集めて確証も得られれば、3国と自治州共同でこの事件を追うつもりだ」
「そこまで規模が大きいのですか?」
カシウスの言葉にレナは目を丸くして驚く。
現在は百日戦争が終わったとはいえ、リベールと帝国の仲は悪いし、帝国と共和国は言うまでもない。
そんな3国と、クロスベル自治州が協力するかもしれないと言われれば驚くのも当然だった。
「ああ。恐らく敵は巨大で強大だ。数もきっと多いだろう。それには各国が結束して挑まねばならない」
カシウスは鋭い眼光を発してレナを見やり、大きく肯く。
既に彼の中ではこの事件対する意気込み、解決する為の決意があり、意地でも敵を壊滅させるつもりだった。
「頑張ってくださいね、あなた」
「ああ。任せろ」
全力で応援します、とレナが言った直後だった。
階段の方で、カタンと音がしたのは。
その音はレナもエステルも気付いたようで、顔をそちらへ向けていた。
ゆっくりとした感覚で足音が聞こえる。
コツン、コツンと階段を下りる音がする。
そして階段の暗闇から現れたのは、レナが着換えさせた寝巻ではなく、いつも来ていたこちらで購入した服でもなく『青き星のルシア』としての服装。
黒いエナメル質の上下を着こみ、黒のブーツと黒の手袋を着用。
青い髪がさらさらと腰まで伸びて、今まで寝ていたはずなのに痛んですらいない真っすぐな毛先。
赤いマントで全身を覆い隠し、赤い烏帽子を被った姿。
首周りに包帯を巻いていて痛々しいが、その姿にはやはり神聖さと寒気を感じさせる。
その姿に、レナとエステルは出会ったときの事を思い出した。
その姿に、カシウスは思わず目を見張った。
ひとりひとりに視線を向け、そしてようやくルシアは口を開いた。
「…………手当て、感謝します」
小さくお辞儀する、そんな彼の目は。
「…………まだ挨拶をしていませんでしたね」
子供の純粋な輝くような瞳ではなく。
「私は、青き星のルシアと申します」
澄んだ深緑の瞳ではない、暗く濁った瞳だった。
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友人に言われました。ギャグが無くね? と。
私は無理にギャグは入れません。それをすると話が崩れると思います。
エロも入れません。青春っぽいエロとか、自然な流れの裸描写は入れるかもしれませんが。
次回はエステルとのふれ合いになります。