頭を下げたまま姿勢を変えようとしない、シュルトの父にしてウォーフェット一家 組長・アレキス。
既に十分気持ちは受け取った、と何とか元に戻して、一堂ソファにかけた後。
――納得してもらえるかは分からないが、騒動の経緯だけは説明させて欲しい。
そんな若頭の言葉から、今回の背景は語られ始めた。
「そもそも、何故シュルト坊ちゃんに念を秘匿していたか。その理由が全ての原因なんですが」
「マフィアンコミュニティーの取り決めでな、念能力者は組のトップになれねぇ」
言葉を引き取ったアレキス組長が、苦々しく先を続ける。
「過去の話だが、操作系能力を持つ組長がいてな。ソイツに十老頭の内の一人が操られるという事件があった」
十老頭――6大陸10地区をナワバリにしている、マフィアの長達の通称である。
彼らクラスになると基本表には出て来ないのだが、自派閥下部組織のトップを集めた会合などはある。
そして、そこを狙われたらしい。
「初耳だな」
「そりゃ、事件後にその組まとめて死んでるからな。十老頭以外で知ってるのって、最古参直系組の幹部以上じゃないか? 」
あの、ソレってかなり少ないんじゃないですかね。
シュルトとジルフはやっちまったって空気出してるし、コレ本当に聞いて大丈夫な奴なの?
「まぁ時効だろ。俺も爺さんからのまた聞きだし」
「だったら良かった」
「とはいえ広まったら、世の中の筋モン全部敵に回すことになるから気をつけてくれ! 」
がっつりヤバい奴じゃねーか! ガハハじゃないって、なに教えてくれてんだテメー!
大口開けて笑う能天気の後ろで、手を合わせて謝る2人。
薄々察してはいたが、なるほどそういう感じの人なのね。
「武器なら取り上げりゃいいが、念を取り上げるなんて不可能だろ? だから念能力者は組のトップになれなくなった、という訳だな」
「なる、ほど。で、シュルトにはそのことを教えてなかった」
「成年前だし、流石にな。念を遠ざけとけば、その内諦めると思ったんだが……」
「その程度で止まる情熱ではなかった、と」
「そうだな。息子は想像以上に強く、夢に一途だった」
理解出来なかった俺のミスだ。
そう言って項垂れるアレキスに、シュルトは全力で飛びついた。
「止めてよパーパ! 悪いのは僕だよ」
「シュルト……」
「それにボスになれなくたって、僕はファミリーだ。念能力者としてウォーフェット一家を、弟を支える。昨日、そう決めたんだ」
「おお、息子よ! 」
「パーパ! 」
立ち上がってひしっと隙間なく抱きしめ合う親子。
なんかいい話になってる所悪いが、本人が言う通り悪いのは完全にシュルトである。
「寝てる間に同意書押させるのはなぁ……」
「イナギさん、なんか言いましたか」
「いやなんも」
ジトっとした目で見てくる様子を見るに、今回のショックからは大分立ち直ってそうである。
今まで後継として育てられてきたのに、その目標が急に消えたんだ。当たり散らしてもおかしくないのに、やはり大物である。
「そうだ。2つほど質問いいか? 」
「はい。答えられるものならいくらでも」
イチャつく親子を尻目に、若頭へと話しかける。
相変わらずの細目に笑顔。コイツはコイツで、先ほどの戦いを引きずったりはしていないようだ。
組長も見るからに闊達だし、もしかしてウォーフェット一家がそういう気風なのかもな。
「戦り合ってる時にアンタが言ってた、"疑わしい背景"についてなんだが」
「ああ、それは」
「嘘つきクソメガネですよ、イナギさん」
「……ウイングのことか? 師範代の」
横から会話に飛び入ってくるシュルトの言葉に、思い浮かぶのは1人だけである。
ウイング。プロハンターにして、ビスケを師に持つ心源流拳法師範代。
一緒にビスケの修行地獄の三日間を潜り抜けたことから、年上ながら戦友という間柄ではあるが……しかし何でウイング?
天空闘技場で会ったっきりだし、それ以上の関わりはないぞ。
「ほら、僕が燃える方の"燃"で騙された事あったじゃないですか。あの時に、パーパ達が念を教えないように頼んでたらしいんですよね」
「もちろん、洗脳の件は伏せてですけどね。代々のしきたりで、念能力者は一家を継げないから、と」
「そうか。その事実を知ってる輩と同門の人間が、シュルトに念を教えてた。しかも直前に接触してからペルレモに来てる」
重く頷く若頭に、思わず両目に手を当て天を仰ぐ。
客観的に見て、めちゃくちゃ怪しいわこれ。
「坊ちゃんが念を覚えたタイミングで、その名前が出てきたら流石に、全てが謀なのではないか、と」
「全くそんなことはないんだが、、偶然って怖いな」
「しかしどんな理由であれ、坊ちゃんの命の恩人に、私は……ッ!」
「だから、もう頭は下げなくていいから。そこまで揃ってたら俺だって疑うから」
謝罪ループを入り口でケアして、何とか落ち着かせた後。
後悔の涙を拭ったハンカチを仕舞ってから、気まずげにポリポリと頬をかきつつ若頭は尋ねてくる。
「……すいません、醜態を。質問は2つでしたよね。もう一つは」
「あー、もう一つ。そう、これは質問というか、お願いというかですね」
しかしイナギは、言葉を濁してはっきりと答えない。
喉に引っかかった小骨を取るかの如く、難しい顔して生唾を飲みこむ。
今回問題となった、『シュルトを助けたこと』と『シュルトに念を教えたこと』。
現状、これらが偶然の産物であり、善意によるものである理解は既に得られている。
だがしかし。この偶然を奇貨として、彼らを利用しようとしている疑いは依然残ったままであり。
そして今回ペルレモに来る決め手となったのは、『儲かる仕事が紹介出来る』というシュルトの一言なんだよなぁ、って。
「この流れで言い出すのは、非常に言いづらいんだけど」
「はい、なんでしょう」
「あの。今、自分本当に金がなくてですね。私めの力が役立てられる事態があれば、どうか割りのいい仕事を割り振ってもらえないかと」
そう言って、勢いよく頭を下げる。
あ、見えないけどすごくよく分かる。俺、今すんごい冷たい目を向けられてる。
そのまま数秒だか、数十秒高が過ぎ。
「――分かりました。ボスに聞いてみないといけませんが、それはまた今度ですね」
嘆息と共に漏れ出たその回答に、頭を上げると。
シュルトに力強くキスしようとして、物凄く抵抗されているアレキス組長が目に飛び込んできたのだった。
かささぎの梯
第十九話『ウォーフェット一家⑤』
その後改めて持たれた話し合いにより、イナギは食客となる事が決まった。
ペルレモにいる間は、衣食住全てがウォーフェット一家持ち。
さらにシュルトの指導料まで提案されたが、金銭ありきで取った場合を除き、弟子の指導に金をもらう程落ちぶれてはいない。
当初の予定通り、儲かる仕事の紹介をお願いすることととした。
――そんな形で、はや2ヶ月。
自身とシュルトの修行を本位としつつ、合間々々に念が使えるマフィア数名へ稽古をつける日々。
割の良い依頼はまだ来ないが、組員からは指導料を取っている為、財布がどんどん厚くなっている。
有り体に言えば、考え得る限り最良の環境。
その上で、今イナギが欲するものといえば。
「やっぱり、優秀で信頼できる情報屋とのツテだよなぁ」
そして、その紹介をウォーフェット一家に頼むか否か。
その判断をする為には、見極める必要がある。彼らと流星街の関係性を。
流星街――この世の何を捨てても許される場所。
政治的空白地帯で無人とされるその地域だが、実際の人口は数百万に及ぶ。
そしてビスケから聞いた話だが、幻影旅団とマフィアンコミュニティーはそれぞれ流星街と関わりがあるらしい。
前者は、その出身母体であり。後者は、国際人民データ機構に登録がない存在しない人間の供給元と斡旋先として。
では、イナギが図らずとも得た『嫡男の命の恩人』という立場と、流星街との関係の重さ。
イナギの事情を知った時、ウォーフェット一家の天秤はどちらへ傾くのか。そういう意味での見極めであった。
「なにぶつぶつ言ってるんですか、イナギ先生。もうすぐ着きますよ」
「先生と一緒って伝えると、何故か予約が取りやすいんですよねぇ……どうやってあの気むずかに気に入られたんスか? 」
「人徳かな。人徳」
その為に、その為にである。
連れ立つ連中をあしらいながら、ペルレモの夕日を切り裂いて。その為にイナギは今日も通うのだ。
裏通りにポツンとたたずむ、地元民が愛して止まない屈指の人気店。
我らの故郷、オステリア・カシナーリへ――。
自身の修行に、適度な指導。その後の美味い酒肴に飲み仲間。
何だかんだで、ペルレモでの日々を満喫しているイナギであった。
△▼
そんな充足した月日を享受するイナギだが、もちろん彼の根っこは少しもブレてはいない。
伸びたとはいえ、彼の寿命は現在13年。全てを忘れるのに、その残りはまだまだ短い。
――ウォーフェット組と交流を交わす内に、一つ確信を得られたことがある。
それは、彼らの家訓『命の恩は命で以って』の重要さ。
少なくともイナギが関わる面々にとっては常識であり、下にも置かぬ扱いはそれ故のものである。
恐れているのは、流星街を経由して幻影旅団に情報が流れること。
しかしこの様子であれば、イナギの事情を知ったとして、最低でも見て見ぬふりはしてくれそうであった。
そして、彼らと流星街との関わりについてだが。
そもそも流星街の住民足がつかない人間を必要とするのは、その殆どが醜悪なシノギに際してである。
しかしイナギが聞き出した限り、ウォーフェット組のシノギは港湾業務の元締めを主として、興行の手配に外部とのケツモチ。土地持ちな為不動産収入も固い。などなど。
何も真っ当な経済活動であり、イナギの持つマフィア像とは大きくかけ離れていた。
なので流星街を必要とする事態はまずないんじゃないか、というのが見立てなのだが。
――とはいえ、結論を急ぐ必要はないよな。斡旋する依頼を受けて、それから最終判断にしよう。
というのが、この穏やかな2ヶ月の流れであった。
そして、今日は土曜日。ある晴れた初夏の昼前時。
昨晩のカシナーリでは深酒が過ぎた為、遅めご起床である。
10時を知らせるペルレモの鐘が頭の中にも響く中、幽鬼の足取りでラウンジへと入る。
冷たい水を飲み頭が少しハッキリした所で、屋敷の連中総出でテーブルを取り囲んでいる事に気がついた。
何やら喧々諤々、盛んに議論している。
「はよっす。何してんだ? 」
「あ、イナギさん! おはようございます!」
イナギの顔を見るなり、わざわざ近寄ってきてペコリと頭を下げるシュルト。ほんに出来た弟子である。
おはようの言葉が続く中手を取られて、人並み割って前へ。
「あ、おはようです」
「おぅ」
「おはようございます」
人垣で見えなかったが、アレキス組長とジルフ若頭もいた。
椅子にかけている彼らとも挨拶を交わし、ようやっとテーブルの前へと辿り着く。
するとそこには、高級そうな革の箱に収められた見慣れない物が。
どうやら、こいつについて話していたようである。
「イナギさん、これ何か分かります? 」
「なにって……人骨? 何かヤバい話だったりする? 」
そう、それはまごう事なき人間の骨であった。
何だろう、やっぱりマフィアとは須く暗い野辺を行く連中だったのだろうか。
俺の(勝手な)信頼は裏切られたのだろうか。
「ヤバい話? いえ、全然やばくないと思いますよ。実は系列のファミリーから、この骨の正体を知っている人材を探していると言われまして、それで全員で確認を」
「正体? 普通に、成人男性の大腿骨じゃないのか? 」
「違うんですよ。ね、パーパ」
「あぁ、ただの骨だったら苦労しねぇ。おい、出してやれ」
アレキスの指示を受けて、白手袋をつけた若い衆が動く。
窪みにきっちり収まっている骨を取り出すと、イナギの方に提示してきた。
「素手で触るなよ、大層なお宝らしい」
「分かった」
頷いて、顔を近づけて観察する。
収められている時は一見普通の骨だったが、取り出すとその異様な形が明らかになった。
骨の側面、幅広な方に綺麗な穴が1箇所貫いていたのだ。
「特殊な症例なのか、文化的な慣習なのか。電脳ネットで調べれば直ぐに分かるんでしょうが、先方から『紹介して欲しいのは、調べるまでもなくこの品について語れる知識を持つ人間だ』と釘を刺されてまして。ここにいる全員分かりませんでしたが、めくる前にみんなで予想して当てよう、と」
状況を補足するジルフ若頭。
なるほど。そういう流れね、完全に理解した。
「とすると、これが何かは言わない方がいいよな」
「いえいえ、是非イナギさんも参加してください。正解者には金一封出るので」
「俺の金だかな」
「いや、予想とかじゃなくて。そりゃ金くれるなら貰うけどさ」
いいのか? と確認すると、会話のズレを感じて押し黙る一同。
全員で目配せした後、代表してシュルトが恐る恐る聞いてくる。
「あの、イナギさん。それって、これが何か分かってるって事ですか? 」
「もちろん。後がいいなら答えるの待つけど」
「いいや、今言ってくれていい」
調べるがいいか? というアレキス組長の言葉に、急いでノートパソコンを立ち上げる組員。
その起動を横目に見ながら、イナギはむんず、と無造作にその骨を掴み取った。
「あ! イナギさん素手だと」
「大丈夫大丈夫、これレプリカだし」
「……レプリカ? 」
「あぁ。ギュドンドンド族の舞闘士バプの大腿骨、の粗悪な偽物。加工は上手いから、門外漢の職人による小遣い稼ぎだろうな」
穴の周りを指でなぞりながら、イナギはそう結論づけた。
――ギュドンドンド族。
過去の開発で住み処を追われた、とある少数部族。その特徴は、男性が行う身体変工にあった。
身体の至る所に穴を開けた彼らは舞闘士バプと呼ばれ、その大きさ・形状により多様な音を出す事が出来るのである。
そしてその変工は、3歳の割礼と同時に開けた穴を、成長と共に拡張する形で行われる。
その為骨はその強度を保つために、穴の近辺はは僅かに膨らみを帯びていく。例えば空いた穴が2箇所なら、微かに瓢箪型となるのである。
改めて、鑑定の品を見てみよう。
今回の骨であるが、1箇所穴が空いた成人男性の大腿骨。穴の内側は滑らかな断面。そこだけみると本物と寸分違わない。
しかしその形状は、丸みを帯びず真っ直ぐストレートである。
加えて、穴が空いてる位置もおかしい。
ギュドンドンド族は、自らが動き空気を穴の中に通す事で、美しい音色を奏でる。つまりその穴は、空気に触れる位置でないといけないのだ。
しかし今回の穴は、人体に配置すると足の付け根付近。かなり股下が短い下着でないと、そもそも隠れてしまう場所であった。
「以上の理由から、この骨はギュドンドンド族のレプリカだと――何でそんなに離れてるんだ? 」
理解してるだろうかと周りを見渡すと、身体を反らして一歩下がる面々。
心なしか、その表情もドン引きしているような。
「イナギさん……そんなにも詳しいなんて一体……」
あー、なるほど。そこに引いてたのね。
代表して問いかけてくるシュルトに、ポリポリと頬を掻きながら。
「ちょっと、家庭の事情でね」
コレクターという人種は、常に自分の収集成果コレクションを自慢できる理解者を欲している。
そしてイナギには、人体収集家という高尚なご趣味をお持ちの身内がいた。
立場上気軽に理解者と出会えない彼は、自身より立場が圧倒的に下のイナギに無理やり知識を覚えさせ、理解者に仕立て上げたのである。
なお当時は甘んじて受け入れたのだが、それ故に念をかけられる事になるとは、イナギの目をしても見抜けなかった。
「一体全体、どんな家庭なんですか……」
「そんなことはどうでもいい! 」
一人だけ椅子に座ったままだったアレキス組長が、ガタンという音を響かせて勢いよく立ち上がる。
「先生よ、アンタこの手の品に詳しいってことだろ? 」
「まぁ、人並み以上には」
「よし、うってつけの人材だ! しかも先生が求めてた通り、払いもいいときた。こうなりゃ偶然じゃなくて必然! 」
イナギは勿論、理解出来てない周囲の全員をほっぽり出して。
猛然とした様子でツカツカと寄ってきた彼は、その勢いのままイナギの両肩に手を置いて一言。
「先生、決まりだ! 同系列のファミリーから依頼が来てる。組長の娘っ子の護衛任務、紹介させてもらうぜ! 」
――イナギの、ノストラードファミリー派遣が決まった瞬間であった。