だったら僕も残ります! と騒ぐシュルトに、後で必ず連絡するからとホームコードを交換する。
渋々ではあるが納得し、連絡待ってますからね! なんて騒ぎつつ他の面々とともに部屋から出て行った。
会長室に残ったネテロに促され、イナギはエレベーターで屋上へ移動する。停まっていたハンター協会所有の飛行船に乗り込み、辿り着いたのは拓けた荒野であった。
人っ子一人いない、無人の園。ネテロとイナギの2人を降ろし、飛行船は離れて行く。ちなみにここまで一切の説明はない。
「あの、いい加減教えて欲しいんですけど。何でこんなとこに連れてこられたんでしょうか 」
人を待たせてるんです、なんてイナギを意に介さず、ハンター協会長ネテロは、静かに顎髭を撫でている。
「お主、アラマの弟子らしいの」
「……そうですが、それが何か」
「ひょ、アラマからもビスケからも聞いとらんかの。あ奴が儂の直弟子である事をの」
ちょっとビックリしている会長。しかしイナギの方がビックリである。
ネテロから見てビスケは孫弟子であり、イナギも同様らしい。ちなみにこれ寝耳に水、完全なる初耳であった。
「初めて聞きましたが、ここまで来たことに関係があるのでしょうか」
「ふむ。孫弟子たるお主にはワシと立ち会って貰おうと思っての。弟子の弟子、実力を確かめる責務くらいはあろうて」
「――そんな責務があるかは置いといて、これから会長と立ち会えばいいんですね」
その為だけに飛行船動かして、わざわざ人目を避けるなど大仰な話である。
もしかしたら念能力が大っぴらに知られないようにというイナギに対する気遣いなのかもしれないが、到底感謝する気にはなれそうもなかった。
「そうじゃの、それで構わんよ。ただ、初めて指導する孫弟子に本気も大人気ないからの、ワシに堅と発を使わせたらお主の勝ちとしよう」
一瞬、ネテロの言葉が本気で理解出来なかった。
黙り込んだイナギに、ネテロは澄んだ目を向ける。
「ふむ。どうしたんじゃ? 」
「いえ、発はともかく、堅を使わなくて、どうやってやり合うんでしょうか」
目の前の爺さんがハンター協会の会長であることは理解している。師匠筋だとは知らなかったが、ビスケから、アラマから聞いた武勇伝もある。更に目の前に立ってその強さは身を以て感じている。この爺さんは強いんだろう。
しかし、堅と発なし。しかも使ったら負け。強化系能力者だとしても、対念能力者戦においてそれはダメだろう。
「おぬし程度、そのくらいで十分なんじゃよ」
「……分かりました。ただ、俺は本気でいきますよ」
「ふむ、是非そうして欲しいもんじゃの。後からの言い訳は見苦しいからの」
言葉と共に、ネテロが練をする。針で突き刺されるみたいな研磨されたオーラ。アラマやビスケよりもずっと上である。何だ、これは。威圧される。全身が揺れた。
「震えておるのう。アラマの教えは、その程度だったのかの」
「――勘違いしないでくださいよ、ネテロ会長」
練を見て分かった。本能で理解した。目の前の爺さん、底が見通せない程度には格上である。
その差に、イナギは思わず笑みがこぼれる。負けそうな敵だからこそ、全身全霊で挑む価値があるんじゃないか。
「武者震いですよ」
人は極めれば、ここまで強くなれるんだと。その一端を感じれる機会、喜ばなくて何とする。
これ以上の言葉は不要。持てる全力で鎧を作り出し、イナギはネテロへ飛びかかっていった。
そうして僅か10分後。
非常に控えめに表現して、イナギは現在ボロ雑巾であった。
「ふむ、威勢いいこと言っとった割にはまだまだじゃの」
上から聞こえるネテロの声。返事するのも、面倒くさい。全身が鉛のようで、実際軽く両の手以上骨は折れているだろう。
が、身体は動かなくても首から上は無傷であった。イナギは無理に口角を上げてみせる。
「最後、発使っただろ」
「反応も出来なかったくせによく言うわい。使ってやったんじゃよ、この様で勝ちだとしたいなら、自由に持ってけばええわい」
ま、思っとったよりも出来たからの、ご褒美じゃ。動けなくとも見れはしたじゃろ、驕らず励めよ。
そんなネテロの言葉を聞いて、イナギは急速に狭まり始めた意識の中で決意する。
ああ、認めよう。今まで出会った全ての人の中で、目の前の爺さんは一番強い。
しかし、その眼差しが気に入らない。孫弟子に対する暖かいそれ、武人として全く敵対して貰えない事実がイナギの心を掻き乱す。
――畜生、次は必ず一泡吹かせてやる。
そう心の源に刻み込んで、イナギの意識はストンと落ちていった。
かささぎの梯
第十一話 『天空闘技場へ』
フッと浮かび上がって来た意識を手繰り寄せて、イナギはゆっくりと目を開けた。
見慣れない天井。周囲を見ると、病院のベッドである。枕元のナースコールを押すと、看護師が駆けつけて来た。
体温脈拍等のチェックをされながら話を聞く。ここはハンター協会本部併設の病院で、イナギは運ばれて来て3日目になるらしかった。道理でシュルトから鬼のように電話が入っている筈である。
ここで電話をかけて良いものかどうか悩んでいると、ネテロ会長の代理で豆顔の男(ビーンズというらしい)がやって来た。会長は忙しいとの事で、ビスケ宛の手紙を運んで来てくれたらしい。
「あ、ここの治療費の持ち合わせが今ないんだが」
「安心してください、協会持ちですよ」
それよりも会長が無茶に付き合わせて申し訳ありません、とどこまでも真摯なビーンズ。秘書の鑑である。
その後最後の検診を終え、身体に問題は一切なし。ハンターとして頑張って下さいとビーンズに見送られ、その日の午後にイナギは退院した。あっという間である。
若干その速度感に置いてけぼりにされつつ、ふと思い出してシュルトに連絡をする。
1コールの半分の半分。電話を鳴らして半秒未満で、シュルトの怒鳴り声が飛び込んで来た!
「イナギさん、遅いですよ! 3日も電話無視して何やってたんですか!!!」
約束破る気ですか!! 地の底まで追い詰めますよ!とえらい怒られた。念能力者になるという夢に素直なのはいい事だが、コイツこんな性格だっただろうか。
「もう念能力教えてもらうまで付いて離れませんからね! で、兎に角今まで何やってて、今どこにいるんですか」
「何故かネテロ会長とやり合うことになって、結果今まで意識がなかった。今はハンター協会脇の病院エントランスだ」
「……今病院前なんですね。5分で着きますから、電話このままで一歩たりとも動かないでくださいね」
シュルトが黙って数秒後返ってきたのは、移動禁止の指令であった。会長と一戦交えた事には言及せず、しかし着くまで電話を切るなと。
お前は俺の彼女か。
そうしてきっかり5分。シュルトは病院前に黒塗りハイヤーで乗りつけてきた。
天空闘技場観戦の件といい、やはりこいついいトコのボンボンなのだろうか。
「お待たせしました。そして待たされました」
「ああ、3日間も悪かったな」
「……いいですよ。イナギさんの責任ではなさそうですし、約束守ってくれたんですから」
そう言ってシュルトは話題を打ち切った。
どことなくソワソワしてるとこから見るに、今日までの出来事を詳しく聞きたい思いより、早く修行をしたいそれの方が優っているだけっぽい。
「で、これからどうするんですか」
「約束は守るから安心してくれ。ただ、その前に連絡入れなきゃいけない人がいるから、少し待ってくれ」
「彼女さんですか?」
「ばっか、俺の師匠だ師匠。50過ぎの婆さんだよ。プロハンターで、協会内でも育成力には定評があるらしいぞ」
本人に聞かれたらぶっ飛ばされるが、聞かれないから陰口な訳で。弟子の件報告しとかないと後でこじれそうだしな、なんて言いながら、イナギはビスケに電話をかける。
これで出なけりゃハント中。ホームコードへの伝言になるのだが、幸い3コール程で繋がった。
「あら、久しぶりじゃない。どうしたのよ、試験は終わったの? 」
「ああ、試験は無事受かったよ。で、ちょっと相談したいことがあるんだが、今どこにいるんだ」
「前に話した、天空闘技場よ。もしかして協会内で何かあったの? 」
「いや、あったと言えばあったんだが、それは今関係なくて。実は、同期に念を教えることになったんだけど」
イナギの言葉に、は? と絶句するビスケ。
随分オイルを挿していない工作機械の様に、ゆっくりとビスケが再起動。ギギギと軋む音が聞こえそうな口調で、話しかけてくる。
「念を教えることになったって、誰が?」
「俺が」
「だれに」
「試験で知り合った合格者に」
「――ふざけんじゃないわさ!」
そして爆発した。あぁ、この感じ懐かしいな。
「あんた今どこにいんのよ? 速攻で天空闘技場まで来なさい! 」
寄り道したらタダじゃおかないからね!と言い放ち、ビスケとの通話は一方的に切られた。
少なくないダメージを負った耳を押さえながら、ツーツー鳴るだけのケータイ電話の電源を切る。
あまりの大声に漏れ聞こえていたのだろう、シュルトが乾いた笑いを漏らしていた。
「何というか、その。50歳過ぎにしては、随分愉快そうな方ですね」
「見た目も大分愉快だぞ」
50過ぎには全く見えないという意味で。中身さえ知らなければぱっと見完全な美少女であった。
「そういえば、お前は連絡とか大丈夫なのか? 親とか、お世話になってる人とかさ」
「もう終わってますよ。何せ3日間もありましたからね!」
まったく以て藪蛇だった。
「それで、この後向かうのは天空闘技場ですか」
「そうだな、寄り道せずに来いってさ。ま、本格的な修行に入る前に顔見せておくのも悪くないだろ」
天空闘技場。北の大陸の東端にある、野蛮人の聖地である。
協会ロビーにあるパソコンでめくると、ここから飛行船で3日間ほどとの事。
「出発は、今日でも大丈夫か?」
「勿論です。着いたら直ぐに念について教えてもらいますよ! 」
「それについてはおいおいな。大丈夫、約束は守るさ。それに手ほどきくらいは飛行船の中でも出来るしな」
「聞きましたからね、譲りませんよ!」
その場で2名分のチケットを手配する。注文完了、受け取りは近くの空港で行えるとの事である。
果たして行った先では、鬼が出るのか蛇が出るのか。若干の不安を抱きながら、イナギはシュルトと共に空港へ一路向かうのであった。
▽▲
「こォんの、馬鹿弟子がー!! 」
そして今、イナギはビスケに吹き飛ばされていた。
直行の飛行船で3日後。現在天空闘技場内の宿泊施設である。
ビスケに連絡をしたところホテルの名前と号室を告げられ、辿り着いた直後の出来事であった。あ、この感じやっぱり懐かしい。
「何勝手に念能力教える約束してるのよ! あんた心源流門下である以上、そんな勝手許される訳ないでしょうが! 破門になりたいの!? 」
襟元を掴まれ、ガクガクと前後に高速で揺すられる。返事をしたくても物理的に出来ないことを分かって欲しい。
「あの、それではイナギさん話せないんじゃ」
キッとシュルトを睨みつけ、ビスケの手が止まった。
「で、アンタは心源流の門下生希望なの? 」
「いえ、門下生になるつもりはないんですが、念能力を教えてもらう契約をしたので付いて来ました」
シュルトの言葉を聞き、ビスケははーっと深いため息。そして座り込んでいるイナギに向き直ると、ビシッと指を突き付けた。
「いい、あんたがどんな約束をしたのかは知らないわ。ただ、心源流の門下生は師範代になるまで他人に念能力を教えることは禁じられてるの。そして同門ですらない者に教えるなど以ての外! 心源流に所属する以上、これは守ってもらうわ」
「師範代になれば、教えるのは問題ないのか」
「理論上はね。ただ、師範代になるには師範の許可が必要よ。そして今の私は許可を出すつもりは一切ないわさ」
今のアンタにゃまだ早いなんて言われて、重い沈黙がこの場を支配する。特にシュルトにしてみれば、夢への梯子を外されたようなもの、たまったもんじゃないだろう。
イナギにしてみても約束した以上、全力で果たすつもりである。かくなる上は破門になってでも……などという考えがちらりとよぎった時、預かり物の存在を思い出した。
「あ、そうだ。ビスケ宛の手紙を預かって来たんだ」
「私宛? 誰からのものよ」
「渡されたのはビーンズさんだけど、多分ネテロ会長からだと思う」
「ジジイから? ……見せてみなさい」
嫌な予感しかしないわねとぼやきながら、ビスケは手紙の封を切る。そして読み進めるにつれてワナワナと震えだしたかと思うと、突如キシャーと奇声をあげて手紙を真っ二つに引き破った。
「アンタ何勝手にネテロのジジイと戦ってんのよ! 」
「……戦うのにビスケの許可が必要だったのか? 」
「いらないけど! 許可必要ないけど! 」
あー、もう。これは八つ当たりよ、なんて言いながら、ビスケは綺麗に裂けた手紙を指し示してくる。
シュルトと2人で覗き込むと、以下のような内容であった。
・お前の弟子は、ワシの一撃を一発耐えおったぞ。
・よってイナギの師範代昇格を許可する。
・ちなみに門下でなくても、プロハンターであれば念能力の教授は問題ないからのぉ。
要するに、この手紙で先ほどビスケが挙げた懸念点は全て解決していたりした。
ビスケに言わせれば、見事なまでのおちょくりであるらしい。
「流石に、私より上のジジイが言ってるのに否やは言えないわさ。それに、丁度いいタイミングといえばそうだったのかもしれないしね」
「何が丁度いいタイミングなんだ? 」
「実はね、私の弟子がつい先日師範代になってから初めての弟子をとったのよ。ココで上を目指しながら修行するらしくて、見極めにやってきてやった所だったの」
だらしない奴だからね、弟子を取るなら半端をさせる訳にはいかないから。という事らしい。
「ちょうどいいから、アンタも一緒に師範代のイロハ学んできなさい。門下生でないとはいえ、弟子をとるに変わりなし。半端は許さないわさ」
3日で叩き込んでやるから覚悟しなさいと意気込むビスケに受け入れる弟子。イエスマム、師匠に弟子は逆らえないのである。
そんな修行が遅れる! と口を挟もうとするシュルトを全力で抑え込む。この状態のビスケに反抗すると、経験上余計に長引く。
「それにどうせ修行場所も決まってないんでしょ? ここだったら、ライセンス出せばそれっぽい部屋貸してくれるわよ」
「いや、それについてなんだが実は考えがあってさ」
「あによ、もう目星つけてんの? 半端な考えだったら容赦なくぶっ飛ばすからね」
憧れの地である天空闘技場で修業はしない?! そんな馬鹿な!と再び暴れ出すシュルトを再度抑え込む。体格のわりに意外と力強いなコイツ。
そのまま説明を始めようとするイナギを、まぁ待ちなさいとビスケが止めた。
「そこらへんはこの後しっかり聞かせてもらうわさ。その前に、アンタの同門を紹介しとくわ。入ってらっしゃい」
声を受けて入ってきたのは、メガネをかけた20過ぎの男性。そしてシュルトよりも幼く見える、道着姿の少年であった。
「押忍! 自分、ズシといいます! 」
「そして私が心源流拳法師範代のウイングです。どうぞよろしくお願いしま」
「――あ! あなたは!!」
ウイングの自己紹介を遮って、シュルトは一歩出て指を突きつける。知り合いなんだろうか。
視線をシュルトに向けたウイングも思い出したようにポンと手を鳴らして、
「ああ、確か君は…… 」
「嘘つきクソ野郎じゃないですか! 」
「あの時は世話になった――え? 」
ぽかんとしてシュルトを見つめるウイング。お互い知り合いである事は間違いなさそうだが、その評価は多分真反対だった。