scene1~3 『とある三名の最終判定』
Scene 1 『第一首席入学者の最終判定』
日本にある騎士学校は東京にあるその一校だけだ。
騎士学校『近衛学園』――歴史上、現在通称される意味での『騎士』の始まりを担ったのはとある一人の日本人青年と言うこともあって、その学園は創立75年ながら他校と比べて多大な地位を持っている。
そんな学園のとある一区画。『戦技場』と呼ばれるそこは、この75年間で多くの学生の判定が成された場所だ。簡単に見た目を言えば公立学校の体育館を三つ、並べたようなそこは『第一戦技場』『第二戦技場』『第三戦技場』の三つに名を分けられている。
季節は四月。本来戦技場は騎士見習いである学生達が許可をもらい、自身の戦技を確かめるのが主な役目だ。だが、この四月のとある日だけはその用途を少し変えた使い方が成される。
入学者達のテストだ。騎士としての採点――ランク付けがされるのである。
そして今、戦技場に立つのは二人の人間だった。
上から見て左に立つのは白の服を着た男性。見たところ既に二十を超えているであろうその男性が学生でないことは明白だ。
服、といっても白のそれは制服であり、この場合の制服はすなわち騎士としての甲冑を指す。『魔法』――始まりの騎士である青年が作りだした概念であるそれが世界に浸透してから、金属の鎧と言うモノはその成りを潜めた。魔法という、便利なそれによって布でさえ金属のそれと同等の防御性を得ることが可能になったのだ。無論元より硬い金属性のそれに魔力を通せば布のそれよりも高い防御性を示すことも可能だが、昨今の遠距離攻撃や速度重視の戦闘形態から重い金属性のそれは『時代に合わない』ことで、もはや使う者はほとんどいない。
教師の男性――阿久根が、スタンダードなスタイルである片手の剣と盾を構え、小さく笑んだ。
「今日はよろしく頼むよ。なに、緊張することはない。キミの全力を見せるだけでいいんだ」
多くの学生はこのような場面に立てば緊張してしまう。教師である彼はそのような光景を何度となく見て来た。
故の、生徒に対する思いやりの言葉に対し、彼の目の前に立っている生徒は小さく会釈してそれに答える。
その顔に、一切の表情を浮かべずに。
「心遣い、感謝します、教諭」
その少年は、例えるなら剣だった。
男性にしては少し長めの茶色の髪に、切り裂くような鋭い視線は左右の色が違うオッドアイ。右は燃えるような炎の紅で、左は対照的にどこまでも冷たい蒼のそれ。
だが、そんな異様が霞んでしまうほど、彼の佇まいはあまりにも凛としていた。
ただ、立っているだけのその姿。構えらしい構えさえしていないそれはけれど、どこを見ても隙などなく、阿久根が少し動くだけですぐに対応出来る、そんな鋭さを有していた。
その姿に、例年の生徒が見せる緊張など、欠片もない。
知らず、喉が渇くほどの緊張を覚えた阿久根に対し、「一つ質問が」と彼は手を挙げた。
「なんだい?」
「この試験、降参は認められているのでしょうか?」
不意な質問に、阿久根は少し目を丸くしてから、小さく笑みを浮かべた。
その佇まいから想像もできなかったが、彼も緊張しているのだろう。だからこそ、こんな的外れな質問をしてしまったのだ、と。
「あぁ、認められているよ。力量が足りないと認められるのも強さの一つだからね」
そこで彼は、改めてこの試験のルールを語りだした。
「基本的に試験は時間有限制。十分間戦ってくれればそれでいい。勿論これは実力を見て、キミたちのランク付けをするモノだから僕らもそれ相応の戦い方をさせてもらうがね」
「なるほど。再度質問なのですが、柔道や剣道のように一本、技ありと言ったポイントはありますか?」
「いや、厳密にはないかな。そう言ったポイント――ランク付けの点数になるモノは戦いの中の動きや判断、速度や防御性から決められていく」
「なるほど、では――試験を最短で終える方法は、双方どちらかの降参以外ないということですね?」
この質問の意味を、阿久根はまだ、正しく理解していなかった。
彼は微笑みを浮かべて、
「そうなるね」
「他に質問はあるかい?」と問う阿久根に「いえ」と少年は首を振った。
「それだけ聞けば十全です」
「お答え、ありがとうございます」と少年は丁寧に頭を下げた。
今時珍しいほどの礼儀正しい子だ、と阿久根は感心しつつ、構えを取る。
まずは、基本的な防御姿勢だ。左手の盾を前方へ向け、右の剣を構える。どこから打ちこまれても対応出来るそれはこのテストで生徒を図るための義務付けられたそれだ。
彼の先輩曰く、教師が攻めたら一方的に終わるから、らしい。
だが、それは当然だ。騎士学校の教師は皆、騎士として数度の戦場に立った者しかいない。そんな彼らに勝てる学生など、いくら才能ある生徒であっても――それが今、阿久根の目の前に立つ今年度首席入学者の彼であっても居はしない。
そう、彼はなにも間違ってなどいなかった。
その相手が、彼――椎名ツルギでさえなかったのなら。
それは、一瞬のことだった。
ツルギが魔力を足に集めた。それを察し、阿久根が来る、とそう思った刹那――風が、吹いた。
そして――パキン、とそれは高い、けれどどこか軽い音だった。
「……え?」
呆然と、喉から声を出すのは、阿久根。
まるで訳が分からない――そう言うことなく言うようなその姿で彼が見るのは――真っ二つに両断された自身の盾と、
「チェック」
背後から聞こえるツルギの声と、自身の首に掛けられた剣。
見覚えのあるそれは――阿久根が先まで自身の手にしていたそれだった。
そして、そこまで行われ、ようやく彼は、何がどうなったのかを理解する。
ツルギが、動いたのだろう。恐らくは魔力による脚力強化。使い方次第で音速の域にまで達すると言われるそれはしかし誰でも使える基本的な魔力運用の一つである。
それを、ツルギは使ったのだろう。
それこそ、本当の意味で音速に近いそれで。
最初の吹いた風はその余波と言ったところか。
ツルギはまず、腰に差す二本の長剣の一本で阿久根の盾を破壊し、そして通り過ぎる間に阿久根の剣を奪って見せた。
そして今、その剣が現状の場所にあると言ったところだろう。
だが、それは全て阿久根の憶測でしかない。
何も見えなかった彼には、想像することしか出来なかった。
それほどまでの実力の差。
後に出来るのは、
「僕の、負けだ」
肩を落とし、そう告げることだけだった。
Scene2 『第二首席入学者の最終判定』
今年の入学生に、試験の全科目を満点で合格した生徒が二人いると言うのは近衛学園の教師にとって正直信じがたい話だった。
彼ないし彼女達もこの学園の教師である以上同時に騎士であり、またそれは、大体の部分でこの学園の卒業者であることも意味する。例外はそれこそ外国からの就職者くらいなモノだろう。
そして、そんな彼らはこの学園の試験の難易度を理解している。簡単に合格できないのは当然として、それこそ満点など一科目、ないし二科目取れれば奇跡と言うほどだ。
それを全科目満点にしてみせるなど、それこそ信じられない思いであった。
だが、今彼女――主席の一人である少女の最終判定試験を担った女教師である皆森はそれが奇跡でも偶然でもないことを思い知らされていた。
彼女の前にあるのは、数十の数に至る魔法陣だ。円状のそれは皆等しく、皆森に向けて構えられていた。
魔法術式の基本――遠距離魔法弾。
魔力による身体強化を体術的魔力運用の基本と言うなれば、こちらは遠距離魔法の基本とでも言うべきだろう。
体内に魔力を流すことで成立する身体強化に対し、魔力を外で固定する遠距離魔法。今、皆森に向けられている魔法のそれは基本的な魔法弾だ。騎士ならばそれこそ変に偏った人間以外誰でも使えるような初歩的なそれは、使い手次第では魔法陣を発することもなく打てるモノだ。
勿論皆森も使用可能だし、やろうと思えばそれ以上の砲撃級の魔法を使うこともできる。
だが、問題はそこではなかった。
速さ、そして量――それが、違った。
皆森と、対戦者の少女では。
彼女は、試験開始と同時に、これを作って見せたのだ。
数十に及ぶ魔法弾の形成。決して逃げることを許さない魔法弾は基本のそれでありながら、もはや空間攻撃の域に達している。
その時点で、もはや皆森は自身の答えを出してしまていた。
防ぐことは、出来ないだろう。全方向から皆森に向けられているそれを防ぎきるのはそれこそ全方向型の防御魔法だけだ。だが、仮にそれを展開したところで、一瞬にてこの現状を作りだした彼女に二撃目が作れない道理など在りはしない。
仮に避けようとしても、恐らく無意味だろう。数は、そのまま空間を制圧する駒と言える。これだけの魔力と精密なコントロールを有する彼女が、唯速度を上げただけの皆森の動きについてこれないなどそう考えられることではなかった。
だから彼女は、小さく苦笑して両手を挙げてみせた。
「降参。私の負けよ」
その言葉に――試験前から既に皆森に対して『降参』を勧めていた彼女は魔法陣を一斉に閉じた。その速度も、常人のそれではない。不発の魔法を閉じるのにも、相応の技術が必要になる。それを一瞬で終わらせてしまうのだ。
「流石ね」
正にその一言だった。
対し、少女は小さく会釈してその場から掛けるように出口に向かった。今年の入学者は27名。三つしかない戦技場故にこの後も使われるここからすぐに出ていくのはある意味マナーではあるが、試験当初の降参の催促に次ぎ、今の、まるで急いでいるような様子は少なからず皆森に違和感を与える。
「ねえ、ちょっといい?」
「……」
少女が振り返る。黒いリボンで縛った左右の短いツインテールが動きに揺れ、その小さな身体が皆森の方へ向いた。
早乙女シーナ。黄金の瞳が、真っ直ぐに皆森を映す。
「急いでいるみたいだけど、何かあるの?」
同時刻。阿久根もツルギに対して同じことを尋ねていた。
そして彼は――
そして彼女は、
こう、答える。
『見ておきたい人の試験があるんです』
Scene3 『二人の天才に認められた異常な凡人の最終判定』
『キミを入学者最終判定の第三判定官に任命する』
その報告を受けた時、小野女教師は心の底から喜びを顕わした。
簡単に言えば『やった~!』と叫んでしまったのだ。勿論、会議の場であったそんのところで大の大人が叫べばどうなるかなど分かり切ったことで、彼女は先輩である皆森女教師の拳骨を受ける羽目になった。
だが、彼女の喜びは仕方のないモノだ。
小野は今年、資格を有しこの学園に就職してきた新米の教師だ。言うなれば教師版の新入生と言ったところだろう。そんな彼女が、歴史ある入学者最終判定の判定官に延命されたのだ。これは私の実力が認められた証拠です、と彼女が思うのはある意味仕方ないと言える。
だが、今彼女は――本気で家に帰りたいと思っていた。
第三戦技場での最初の最終判定。基本的に首席者が一番最初に受けるこの判定は、以降は志願者が順次受けていく仕組みになっている。今年度、主席は同率で二人いたため第一、第二戦技場で既に判定が始まっている。そしてこの第三戦技場では、志願者第一名の判定が行われていた。
その相手に対して、小野はこれと言って緊張せず判定を開始した。事前に入学者のほうを調べていた彼女は首席二名を先輩二人が相手することを知っている。そして今、自身が相手にしている男子生徒のこともきちんと成績だけと言う不完全な形であるが理解していた。
進道ランス。入学成績は27名中22位の生徒だ。知識的なレベルは普通であると言えるし、見たところ装備も学校側から配布された制服型の甲冑と、自前らしい突撃槍だ。数度の交錯で力量も並みのそれと分かった彼女は最初はちゃんと判定をしていたのだ。
力量は並みながらもこの判定の場で全く緊張せずに自身の戦い方が出来ている。魔力運用が少々難ではあるけれど、許容範囲だ。総合して、Cランクと言ったところだろう。
だが、それは小野が、彼に攻撃を当てるまでだった。
防戦一方では防御性が見えない。故に彼女は交錯の間に数度、ランスに対して攻撃を行った。一度目はかわされ、二度目はその突撃槍によって止められた。なかなか以上に高反応であることに感心した彼女は彼のランクをもう少し上にするべきかな、と思いつつその速度を上げて、遂に小野の片手長剣が、ランスを捉えた。
そして――ガキン、と金属音が鳴った。
ランスの――甲冑でないところに当たって。
「……え?」
呆然とした声は、当然ながら小野の口から。
彼女は、理解できなかった。肉体を直接傷つけないよう魔術式を使われた彼女のレイピアだが、それでも人間の肉体に当たってそんな金属音がするような仕掛けはない。
何より信じられなかったのが、当たった時の手ごたえだった。
まるで金属を刺したような感触。
「え? え?」
思わずレイピアを見てしまう小野に対して、しかし直撃したランスは、
「まだまだぁぁ!」
まったくダメージのない様子で突撃してきた。
それに小野はハッと我に返り、突撃槍の一撃をかわす。そのかわし際に再度レイピアの一撃を入れるが、
「その程度ぉ!」
「えぇ!?」
カウンター気味の一撃だったにも関わらずまるで何事もなかったように向かってくるランスに、とうとう小野は戦慄してしまう。
(何!? 何この子!?)
以降、二人の戦いは小野が攻撃を当て、ランスが倒れない、の繰り返しだった。
「く、喰らってください!」
「ぐはぁっ! だがしかしこの程度!」
「ひぃ!? でゅ、デュアル・スラッシュ!」
「がはぁ! 危ない所だったぁ!」
「クリーン・ヒットのどこが『危ないところだった!』なんですか!? ヒート・エクスポロ―ジョン!」
「どげはぁ!?」
「炎熱系上位魔法の直撃! これなら!」
「だがしかし俺は立つ!!」
「ぎゃあぁぁ!? 魔法剣『フレイム・ソード』!!」
「熱くて切れる! だが、まだ! まだ終わらんよぉぉぉ!!」
「もう倒れてくださいよぉぉぉぉぉぉ!?」
攻めている方の悲鳴が聞こえると言う、異例にも程がある判定試験。
その決着は――
「もう私の負けで良いですから許してくださいぃぃぃぃ!?」
生徒に対し数十の攻撃を直撃させ良心の呵責に耐えきれなくなった小野の降参発言によってだった。
その様子を見ていた椎名ツルギは小さく笑み――
その様子を見ていた早乙女シーナは嬉しそうに笑って、
「先生、降参なんてダメだ! ちゃんと最後までしようぜ!」というランスに「いやぁぁぁぁ!?」と小野に応えられる、やる気満々の彼を見ていた。
その日、歴史上75年の中で、判定官三名が降参発言をするという、異例の入学者判定試験が行われ、そして終了した。