プロローグ
「そういえば、お前だいぶ、雰囲気が変わったな~ もう踏ん切りついたんか?」
「いや、そういうわけじゃないよ。いまだにあの時のことを引きずってるさ」
「そんなことないと思うで? そうやって口にできるようになった分だけいくらかましや」
「そういってもらえるとこっちとしてもありがたいよ。本当に、さ…」
今二人は高校指定の服を着ながら学校からの帰り道が途中まで同じということもあり、高さが違う肩を並べて歩いていた。
唐突だが彼らが住んでいるところを一言で言い表すなら田舎だ。
学校は遠い、バスの本数は少ない。
テレビのチャンネルも少なければければ人も少ない。
それに反比例するように蚊やらアブやらはやたらと多いが。
そんな不便なところに人などはめったに引っ越してくるわけもなく、今現在ここらへんで生活を送っている人たちは昔からこの田舎に生まれ住んでいる人達か、またはここから出ていったが結果的に帰ってきた人達ぐらいのものだ。
この二人もその例外から外れることなく、生まれた時からこの田舎の奥にある集落の人間だ。
そんな165センチという小柄な割にはどこか大人っぽさがある神儀那 武と、身長177センチという長身を持ちながらどこか子供っぽさが残る睦観刃はもう日が落ち始めた真っ赤な夕焼けを背に歩きながら冗談を交えた話をしていたのだが、刃は何を思ったのか武自身の過去に直接かかわるようなことを質問してしまった。
武は武で自分の過去を思い出し、刃の問いかけに苦笑いしながら答えるのだが、心の中ではやるせない気持ちでいっぱいだった。
そんな武の表情を見て刃は自分の失言に気付き、やっぱりまだ自分を責めるところがあんのか。そんなことない、って昔から言っとんのやけど… と刃は気まずそうに溜息を吐くのだが、それはほんの一瞬のことで刃はすぐに頭の中を切り替え、人懐っこい笑顔を見せながら武に肩を回し声をかける。
「それはそうとタケルン。今週の休日に京ちゃん誘ってプールに行かへんか? 女の子の水着なんて見放題やで! ハイレグ、スク水、ビキニ、その他もろもろ! あ~もう想像しただけで胸がいっぱいやわ~」
「まったく、何言ってるのやら… まあこの暑さだったら水着がどうこうはともかくプールに行くのは賛成だけど。急にどうしたんだよ」
「どうしたもこうしたも無いでぇー。タケルンはいろんな意味で枯れすぎやわ。そんなんじゃただでさえ少ない青春が味気ないもんになってしまうやないかい! 大体……」
と、刃は自分の目指す青春の在り方をマシンガンのごとく語りはじめるが、そんな彼に半ばあきれながらも、それは武のことを気遣うが為のことだと心で理解していた為『ありがとう』と小さな声で呟くのだった。
そして二人は途中のY字路で別れそれぞれの家に帰るのだが、その時の武の心にあるのは途方もない孤独感と、それに関するさみしさだった。
それはもしかしたら当り前かも知れない。何せ彼の家には出迎えてくれる家族などいないのだから。
武は目にかかるかかからないかの髪の毛を風にあおられながら、しばらくの間つんつんと伸びて揺れる茶色かがった髪の毛を持つ悪友の後姿を眺めるのだった。