第9話「不幸になって」
ふたりの顔は、髪の色も含めて姉妹であることを示すようによく似ていた。まちはあやねより頭半分ほど背が低くく、幼いといってもよい小柄な体格。
妹のあやねが綺麗と評するなら、まちは愛らしい。まるで人形のような少女は。
鬼のような表情で妹をSEKKYOUしていた。
式神召喚ではなく、さらに上位の精霊・英霊召喚を行い。
数々の不躾で不遜な態度と言動の数々。
あまつさえ、召喚されたばかりの英霊を村人に見せびらかしたこと。
家族が穏やかに団らんを過ごす場所であるい居間は、あやねにとって地獄と化していた。あやねの竜神の巫女に有るまじき振る舞いだと厳しく追及するまちのOHANASIにしょんぼりとしているあやね。
「だいたいあやねはね……!」
「まあ、待ちたまえ」
さらに言い続けようとしたまちをやんわりと制する士郎。延々と説教を受け続けるあやねの様子を見ていて、なんだか不憫に思い声をかける。
「し、士郎……!」
「マスターももう反省しているようだし、説教はそのくらいにしてどうだ? 彼女はまだ未熟なのだから、もうそろそろ許してやってはくれまいか?」
「ぐっ……むぅ……」
「君も長い話をして疲れただろう? 居間でお茶でもどうかね」
「む、むぅ……!」
「ああ、そうだ……お茶には『これ』が合うと思うんだがどうかな?」
「こ、これは……!?」
そっとお皿に盛り付けられたモノにまちは目が釘付けになる。
「私も料理には少し自信があってね。君たちが話し込んでいる間にちずるから作り方を教わってみたのが……どうかな?」
まちは目を見開いて、誘われるよう綺麗に並べられたお皿の前に近づく。お皿に盛られたソレは、母・ちずるが得意とする豆大福であった。
だが、これは違う。
銀色の光沢を放つ豆大福に戦慄するまち。普段食べ慣れている自分だからこそ分かる。これは、極上の一品だと……! ごくっと思わず唾を飲み込み、
「そ、そこまで言うのなら……少し、休憩にしましょうか……」
「ああ、ではお茶を用意しよう」
士郎は急須を取るため、すっと立ち上がる。その間、我慢しきれなくなったまちは豆大福に手を伸ばす。
「!!」
一口齧り、愕然とする。至福の味に恍惚の表情を浮かべ、ほおぉぅっと感嘆のため息をつく。
「では、行こうか」
まちは喜色満面の笑顔で小さく頭を下げた。
士郎はちゃぶ台にまちのお茶を置き、まちの前で正座しているあやねに手を差し伸べる。
「い、いいの?」
「なに、今なら彼女は止めはせんだろうよ」
士郎の大福を夢中になって頬張っているまちを尻目に二人はそっと居間から出て行く。だが大福に夢中であったまちは気づかない。
「はあぁぁっ……し、あ、わ、せ……!」
租借するごとに幸福を噛み締めるまち。すっかりあやねと士郎の存在を忘れて豆大福を美味しそうに食べている。
だが、その幸せは長くは続かない。村人たちからの質問攻めから逃げ出してきたすずと恐るべき握力で運ばれてきた行人ととんかつたちが至高の豆大福の匂いに釣られて海竜神社まで突撃、すずに略奪の限りを尽くされるまで……あと5分。
「……ところで、腹は減ってないか?」
「? どうしたのよ、急に?」
竜神神社からでて修練場に移動した士郎は外套をごそごそとしながら、
「なに、今までばたばたと色々なことが立て続けにあって、しっかりと休息していなかろう?」
「うん……まぁ、ね」
「先程、大福を作ったついでに握り飯など用意しておいた。ここで少し、休憩はどうかね?」
赤い外套から笹の葉に包まれたおにぎりが二つ。
「……用意がいいわね。そういえば、うっかりして聞きそびれていたけどあなたってどこの英雄? 名前だけなら日本人っぽいけど」
「まあ、その辺についてはおいおい話すとしよう」
あやねにおにぎりを渡し、竹製の水筒からお茶を用意してあやねの隣に置く。
あやねは修練場に腰を下ろし、士郎からおにぎりを受け取る。
「美味しいっ!」
あやねはおにぎりをひと口食べてその味わいに驚いた。この口の悪く融通のきかない男が作ったとは思えない、素朴で優しい味。咀嚼する度に幸せになってくる。
もうひと口。
ちずるが握った母のおにぎりとは違う。姉のまちが怒りの感情を引っ込めて大人しくなった理由が分かる。
さらにもうひと口。
懐かしい父親の味だった。
「……あんた、ほんと何の英雄なの? 料理が得意な英雄なんて聞いたことないんだけど……」
小さい頃の父を思い出し、思わず泣きそうになるのを堪えながら話題を変える。
「なに、昔から料理をする機会が多くてね。喜んでくれたのら幸いだ」
士郎はこの島で召喚されて初めて笑顔を見せるのだった。