第8話「裁かれて」
すずは語る。この島を襲った悲劇の物語を。
この藍蘭島では男たちが毎年、『漢だらけの大船釣り大会』を行っていたのだが、12年前の大会中に突如島を襲った100年に1度級の大波に飲まれて、島の外に流されてしまったのだ。
以来、女性がいなくなり、藍蘭島は緩やかな滅びの道へと向かっていたのだが……数ヶ月前に嵐に巻き込まれて流れ着いた少年と一ヵ月後に突如として現れた青年。
「それで、『男』が今のこの島には行人少年と私しかいないという訳か……」
「そうなの」
ふむと士郎は理解する。
それで村民たちの奇異な視線の理由がわかった。
女性たちからの妙に熱い眼差しや、はぁはぁと興奮したような吐息。今まで出会うことのなかった『男性』への好奇のものなのだ。
なるほど、ならば理由が分かれば、解決法は簡単だ。
「あやね、私は一旦霊体化する」
「あっ、ちょ、ちょっと!」
あやねの言葉を無視して金色の粒子と共に士郎は霊体化する。
「待ちなさいよーーーっ!」
「ひにゃああああああっ!?」
「ぎゃああああああああっ!?」
大声で叫ぶあやねの隣でお化けが苦手なすずが悲鳴を上げて行人に抱きつき、すずの豊満な胸の感触で興奮のあまり、絶叫を上げて鼻血を噴出す行人。
「ちょ、ちょっと、離れなさいよ、すず!」
あわてて行人に抱きつくすずを引き剥がそうとするあやねの前に。
「……あやね……」
「お、お、お姉さま!?」
怒れる小さな姉、まち。
行人からすずを無理やり引き剥がそうとしていたあやねはあわててまちから距離をとり、
(何に怒ってるか知らないけど……このままだと、確実にお仕置きされるっ!)
じりっと砂利を踏みしめ、妹を痛めつける気満々のまち。
殺る気満々の姉に対し、強気の姿勢を崩さないあやね。
「……ふ、ふふっ…いいのかしら、お姉さま?」
「遺言はそれだけかしら、あやね?」
すっと胸元から取り出した呪いのわら人形を握り締めたまちに、あやねもまた懐から一枚のお札を高らかに掲げた。
「今の私には、あの『英霊』が式神として控えているのよ! これまでの暴虐の数々、倍返しにしてくれるわ!! さあ、私の偉大な僕、士郎! お姉さまをぼこぼこにしなさいっ!」
あやねは高らかに宣言する。
「……!!」
身構えるまち。
あまりの緊迫した様子に鼻血や悲鳴を上げていた二人もでことの成り行きを見守る。
緊張感の漂う、沈黙。張り詰めた空気があたり一帯を支配する。
「……何にも起こんないね……」
一分ほど経過してすずがポツリと呟く。
汗を滲ませ、周囲に最大限の気を巡らし、警戒するまちと。
びっしょりと汗を掻きながら不敵な笑みを浮かび続けるあやね。
何も起こらない。それもそのはず。
お札を使って士郎を召喚しようとしたあやねを待っていたのは……「先に竜神神社に戻っている。ああ、そうだ。私を使って村人を困らせたり、姉君に報復など考えんようにな」と無常の返事のみ。
切り札に裏切られたにあやねは引きつった笑いを浮かべたまま、どうにかこの状況を打破できる方法を必死に考える。
「……そう、やっぱり完全に使役できていないわけね」
にぱぁっと哂う、姉。
「!」
生存本能がここは逃げろと囁く。さっと身を翻すあやね。
無言のままわら人形に釘を突き刺すまち。
「ごげっ!?」
カエルが踏み潰されたような悲鳴を上げてあやねは地面に膝を付く。まちはわら人形に刺さった釘を抜くとぜぃぜぃと息を吐くあやねを見下す。
「話があるから……一旦、家に帰るわよ……」
恐ろしい眼光を放つまちにびびりまくるあやね。
「……は、はいぃ……」
「お説教よ。いろいろ、とね……」
「!?」
ずんずんと歩き去っていくまちに震えながら付き従うあやね。
「な、なんだったんだろう……?」
「さ、さあ?」
突然の出来事にぽかんとする行人とすず。
「ねぇ、行人さん」
周りでことのなりゆきをおそるおそる遠巻きに見ていた村の少女たちがわらわらと行人に集まってくる。
「今の人、『男』……だよね?」