第7話「ひどいめにあって」
「なにやら、妙に見られいるな……」
呻くように呟くには士郎。
「ふふっ……当然よ。わ・た・し・が、召喚した最高の式神なんだから」
「いや、違うような……」
すずと行人と別れ、村に到着した士郎とあやねは村長の家までのんびりと歩いていた。
「じゃ、士郎。実体化しなさい」
村に着くなり、宣言するあやね。
(しかし……気のせいか、妙に女性が多いような……)
士郎は四方から視線を感じ、肩身を狭そうに歩く。
この島に来てから違和感を感じるのだ。文明の違いだけではない……なにか。
非常に嫌な予感がする。
主に女性関係で。
左右に目をやり、再度状況を把握する。
チラチラとこちらを伺うような和服姿の少女たち。異邦人に向けられる好奇の感情以外に向けられる熱い視線。
数多の戦場を駆け抜けて培った戦闘経験と。真眼スキルが。『ここは死地だ』と告げている……!
(馬鹿なっ!!)
そんなはずがない。この身は英霊にまで昇華されたされた存在。
幾多の戦場を駆け、修羅場を潜り抜けてきた。
大丈夫だ! 大丈夫……なはず……だ。
自分は、決定的に何かを間違えた気がする。どこで選択肢を間違えたのだ。やはり霊体に戻って状況を整理しようと考えて実体を解こうとした瞬間。
「ねえ、士郎さん」
すずが声をかける。
「……なにかね?」
「行人とは違うけど……士郎さんも『男の人』だよね……?」
「ははっ、何言ってんだよ。ってそうか……すずは大人の男の人はほとんどみたことがないのか」
「うん。前にちかげちゃんが騒ぎを起した時に……」
「はははっ……それは夢の話だよ! 夢の!!」
「……えー、そうかにゃー」
「そうだよっ!!」
行人がなにやら必死の形相ですずの肩を揺さぶっているが何かあったのだろうか。だが、すずの発言に気になるものがあった。
(大人の男をほとんど見ない……だと)
おかしい。違和感はさらに大きく。深く思考の海に沈もうとしたその時、
「……お、お姉さま……」
「まち?」
「あ、まち姉ぇ」
彼らの前に立っていたのは、あやねの姉……まちであった。
「……君の姉か?」
「ええ、あのちびっ子が私の姉よ」
容姿こそあやねにそっくりだが140㎝ほど小柄な体格は、まるで小学生を思わせる。
事前にあやねからまちの話を聞かなければ、妹と勘違いをしていたかのしれない。
(妹っぽい姉……はて、どこかで見たことがあるような……?)
長い時間を生き、磨耗してしまったせいなのかなかなか思い出せない。
ブルマを履いた小悪魔が……いや、きっと気のせいだ。
まあ、それはともかく。まちと呼ばれた少女はつかつかと士郎たちの前まで来ると。
「英霊様っ!!」
がばっと唐突に頭を下げだした。
「ま、まち……?」
「ま、まち姉……?」
「お、お姉さま……どうしたっていうのよ……!?」
普段の姿とはかけ離れた行動に驚愕する三人。
「顔を上げてくれ」
士郎は静かにに声をかける。
「英霊と言っても私はその中では特に霊格の低い、『守護者』と呼ばれる存在。君が思っているような尊い存在ではないのだよ」
「何言っているのよ、士郎! この私の式神ともあろう者がそんな卑屈なことを言ってんじゃ……ぐげげげげげげっっ!?」
士郎の隣で偉そうに薄い胸を踏ん反り返していたあやねは突然、地面のた打ち回っていた。まちが呪いの藁人形で問答無用にあやねを黙らせる。
「……あんたは、黙っていなさい……」
「は……はいぃぃ……」
怯えた様子で地面にうずくまるあやね。
(どうして皆には分からないのかしら……)
震えそうになる小さな身体を必死に抑え、なんとかポーカーフェイスを装う。
目を合わせた瞬間……目の前の存在が自分より、いや自分の知っている誰より、圧倒的で強大な相手であることを本能的な直感で察知する。
なるほど。彼を呼び出すことのできたあやねが有頂天になる気持ちも分からなくはない。
見たこともない偉丈夫に主として傅かれ、命令が下させるのだ。舞い上がってとんでもないことを、しでかすかもしれない。
というか我が妹ながら、ほぼ確実に……やりかねない。
だが待ってほしい。
偉業を成し遂げ、人から精霊の域にまで辿り着いた存在。
英霊。伝承でしか知りようのなかった存在が、こんなにも凄まじいなんて……!
何かあれば、自分では手がつけられない。いや、島のぬしたち全員が集まっても勝てるかどうか。
だからこそ、この英霊に『鈴』をつける。
「ところで、君に聞きたいことがある」
「は、はい。何でしょうか?」
「この村……いや、『この島』のことについて聞きたいことがある」
士郎は問う。
「これまでこの島で出会った『男』はこの行人少年だけだが……他の者たちはどうしたのだ?」
「……ご存知ないのですか?」
まちは不思議そうに首を傾げ、なぜそうなったのかと……あやねを睨み付ける。殴りかかりたい気持ちを抑え背後におぞましい気配を立ちこめさせて、告げる。
「あやね」
「は、はい!」
「……後でオシオキね」
「ひいいいいぃぃぃぃぃっ!」
「あー、知らなかったのか」
「えっとね、士郎さん」
すずがぽつぽつと話し出す。
「この島には、行人と士郎さん以外に男の人はいないんだよ」