第5話「おどろいて」
「ほお……行人、様……か」
「そうよっ! 私の運命の人よ!」
「だが現在、肝心の想い人は君の幼馴染の家に下宿していて非常に不利な状況を強いられる、と」
「そうっ、理解が早くていいわね! あなたの役目は行人様と私の仲を取り持つことよ!!」
「そ、そう……か……」
村までの道中、式神として主への最低限の情報を得ようと手始めにと召喚目的を質問したところ。
「あなたを呼び出した理由? お姉さまをぎゃふんと言わせることよ!」
威嚇のポーズをとりながら叫ぶあやね。いたたまれない家庭の事情とあんまりの理由に、士郎は戦慄した。
「ま……待て! 君は、そんな理由で、わた、いや……式神を召喚したのか!?」
驚愕の余り、思わず実体化して叫んでしまう士郎。
「もちろん、お姉さまをぎたぎたに倒す以外……他にもあるわ」
きっと鋭い視線で空を見上げ、決意を込めた眼差しであやねは宣言する。
「行人様を……私の物にするのよ!!」
そう宣言すると、でへへっと気の抜けた表情で笑うあやね。
「…………はい…………?」
その言葉に、士郎は呆然とその場に立ち尽くしたのだった。
(まさか……英霊となったこの身が、恋愛相談など持ちかけられる日がこようとはな)
ピーチクパーチクさえずるわんぱく子猫のような召喚者を見下ろしながらため息をつきたくなる士郎。
(だが、予想はしていたが……)
ちずるから説明された穏やかな島の情報。
外敵もなく、静かに暮らす村の人々。
あやねの気の抜けたような式神の仕事内容。
間違っても、自分が知るような血濡られた理由で召喚されたわけではない。
(つまり……)
この島は。
英霊が必要のない平和な島なのだ。
男の取り合いだけで大騒ぎななれるほどの。
その後もあやねの話は続く。
いかに自分は美人で優秀なのか。
自分ことが村の誰よりも『行人』に相応しいのか。
ついでに姉のまちには、今まで苛められた仕返しをしてやる……!
ぐへへへへへへっと邪悪に笑うあやねに、士郎は話題を変えようと声をかける。
「あやね」
「くくくくくっ……どうしてくれようかしら……んっ? どうしたの」
返事をするあやね。
凛とした美しい顔立ちは百年の恋も冷めるような残念な形相をしていた。そんなあやねの切ない姿を眺め、ため息をつく士郎。
歩いてきた道を指差し、
「向こうから誰か来る」
「誰かしら?」
「二人連れだな。鳶色の長い髪の少女と黒い髪の少年……知り合いか?」
「行人様よ!」
きらりんっと目を輝かせ、
「士郎、早速仕事よ!」
「正直……気が進まんが、何をしろと?」
「私の合図で、実体化しなさい! 行人様とすずを驚かせてやるわ」
「……そんなことをしてなんの意味がある……?」
「あの二人のびっくりする姿が見たいのよっ!!」
「……そうか……」
びっくりしたのこちらのほうだ、と言い返そうとしたが、しばし、思案した後。
「……承知した」
くりおねらの恐怖はなくなり、元に戻ったのは幸いだったが……元気になったのはいいことだ。だが、いくらなんでもこれはないだろう。はしゃぎ過ぎだ。少しお仕置きしてやろうと心に誓いながら姿を消す士郎。
そして物語は始まりに戻り。
自信満々に始まった式神自慢は失敗に終わり。
落ち込むあまり地面に膝を付き、涙に暮れるあやねを優しく慰めるふたりはいつもの自爆オチか……と思っていると。
「し、士郎っ! あんたどこにいるのよ!!」
「どことは心外だな。わたしはずっと君の傍にいたのだがな?」
突然あやねは力の限り叫びだし、知らない人物の声に怯えるすずとわくわくと新手の手品(だと思っている)に興奮する行人。
音もなく、三人の前で実体化する士朗。
「う、うそ……どこに隠れていたんだ!?」
「こ、この人が、あやねの式神さん?」
「正式には、彼女の式神……ではないのだがね」
腕を組んで、ニヤリと笑う。
「行人とすずだったか。いつまでいるか分からんがよろしく頼む」
二人は改めてあいさつをする長身の青年を見上げる。
180もの長身に褐色の肌と灰色ががった白髪と藍蘭島では見ないタイプの人間に戸惑う行人とすずはどもりながらもあいさつをする。
「あ、どうも……」
「……は、初めまして、すずです」
「ああ、すまない。大切なことを言い忘れていたな」
青年は組んでいた腕を解き、真っ直ぐに二人を見つめる。
「私の名は、衛宮、衛宮士郎。ただのしがない弓兵だ」
「私を無視するな―――っ!!」