第4話「はなしあって」
鼓動のドキドキが止まらない。
私が行なった召喚儀式によって現れたのは想像していた『使い魔』とはかけ離れていた存在だった。行人とは違う。『大人』の男性。
あやねは自らが呼び出した赤い外套の騎士の鷹のような眼差しを見ながらそう思った。
ああ、今なら理解出来る。
涙で濡れた瞳で見上げながら、確信する。
(私は、最高の式神を引き当てた―――っ!)
「むっ」
召喚陣を包んでいた結果が解け、抑えられていた規格外の霊圧が修練所全体を覆う。一瞬、身体に英霊の強大な威圧感が襲い、ちずるは思わず後ずさるがすぐに意を決してあやねの元に駆け寄る。
「あやねっ!」
「母様!」
抱きしめ合う母娘。無事を確認するようにぎゅっと強く抱きしめた。
その様子を士郎は眩しいもので見るように、感慨深げに見つめる。
「未熟な娘を守っていただき、本当に……ありがとうございます。英霊様」
しばらくの抱擁し合った後、最大限の感謝と敬意を持って礼をするちずると後ろで頭を下げるあやね。
「構わんよ。私はただ呼ばれ、召喚に応じただけだ。さて……」
鷹揚に頷く士郎は周囲を見回して、提案する。
「ここで話をするのもあれだな。別の場所を移動しようか」
広い日本風の茶の間。
天候は極上の晴天と海からの心地よい潮風。穏やかな天気を裏腹にしんとした緊張に包まれていた。
卓袱台の前に座る二人の巫女。純和風の空間に現れた異国の騎士。
「なるほど……」
目の前の母子の緊迫した雰囲気を気にすることなく、目の前に置かれたお茶を手に取ってずずっと美味そうに飲む士郎。
「しかし、驚いたな。まさか……百年以上も前の嵐で難破した日本人の子孫とはな」
窓の外に目をやり、降り注ぐ太陽の光を眺めながら島の事情を聞き終えた士郎は呟く。
藍蘭島。
時代は遡ること、明治時代。
日本開国後、優秀な人材を集めて当時・最新の技術と医学を学ぶため、ヨーロッパに渡っていた。その帰りに大嵐に遭遇、船が沈んでしまう。たまたま目の前にあった無人島に流れ着いたのだ。
その日本人と少数の欧州人の住む島・船の名を取って『藍蘭島』が名づけられたのだ。
「では、こちらからもいくつか話そう」
騎士は告げる。
「先程も言ったが召喚に応じたのは、ただの偶然だ。私は彼女の式神になるつもりはない。故に、早急に召還するべきだ……というのが、私の意見だ」
すっぱりと。ストレートに言い切る士郎にあやねは涙目で訴える。
「そ、そんな……」
「話はまだだ」
士郎はあやねを制止すると、話を続ける。
「その考えは未だに変わらんが……彼女、あやねには魔力、いや霊力切れになるまで面倒を見ると言ってしまったのでね」
士郎はちずるに頭を下げる。
「見ず知らずの者が、とは思うだろうが召還するその時まで彼女の仕えさせてほしい」
臣下の礼を尽くす士郎にちずるはあわてて、顔を上げるように促すちづる。
「お顔を上げてください。英霊様! むしろ、こんな未熟者の娘に仕えていただけるなんて光栄の至りです。こちらからお願いします」
ぺこぺことテンパった様子で返答するちずるに蚊帳の外であったあやねがむくれる。
「なんで、召喚者の私を放置して話を進めているのよ……!」
「むっ、この場合……君の師に挨拶を通すのが礼儀ではないのか?」
「私がいいって言っているんだから、良いのよ!」
「いや、しかし……」
「それよりもホラ、島の皆に見せびらかしに……げふんげふんっ! んんっ、島を案内するからいらっしゃいな」
士郎の手を引いて玄関に連れ出すあやね。
「……なにか、不当な発言があったようだが……」
「き、気のせいよ!」
「あやねさん! まだ話は終わっていません!」
士郎の外套を引っ張って制止するちずる。
ギャグ漫画のように転ぶことはなかったが、何とも言えない表情をする士郎。
「もうお話は終わったのよ、お母様!」
右手を掴んだまま外へ出ようとするあやねと。
「まだ終わっていません!」
外套を握り締め、家に戻そうとするちずる。
(……そういえば、こんな感じの昔話があったような……)
なんなのだこの状況、と黄昏る士郎。
機械文明は発達しない島で育ったためだろう。思いのほか女性としてはふたりとも力が強くメキメキと嫌な音が聞こえてくる。
(なにやら……嫌な予感がするな……)
幸運Eランク。
これからの島での生活の中で、主に女性関係で不幸な事が起こると直感が告げている。それとも過去の経験からだろうか。
士郎はため息をつき、二人の女性に提案する。
「……ちずるさん」
「は、はい?」
名前を呼ばれ、思わず手を離すちずる。
「あやね、主(マスター)の頼みだ。ここは聞き分けてくれ。私も……この島を見てみたい」
「よ、よろしいのですか……?」
「ああ。だいだいの事情は理解できた。ここからは実際に島を検分するのも悪くない」
ふんっと鼻息を荒く、薄い胸を張るあやね。
「そういうことよ。お母様」
「あやね……君はもう少し師にいや、母親に対して礼儀と言うものをだな……」
「はいはい……えーっとどこから行こうかしら?」
「……元気になったのはいいがやはり、少々しつけが必要だな」
「何か言ったかしら?」
「何、なんでもないさ……すぐに分かる。ああ、それと……最初に確認した場所がある」
「確認したい場所? どこなの?」
「それは…・・・」
歩き出す士郎とあやねの背を見ながら、ちずるは心配げに呟く。
「大丈夫かしら。英霊様……」
最後に話そうと思っていた非常に大切で、とても重要な『島の事情』を。
「この島には男の人が、今、行人くんと英霊様のふたりだけなのに……」
今まで晴れ渡っていた快晴の空は雲に覆われ、嵐の到来を予期するかのような冷たい風がちずるの頬を撫でるのであった。
「……なんだ、これは……」
「? 何って、大根だけど?」
見たい場所はあると言って、歩いた先が台所。
伝説の英雄が、それいいのかとあやねは思いつつ、台所を案内する。
そこには、士郎が驚愕するほどでかい人参、大根、キュウリ、サツマイモなどなど。通常の数十倍の大きさの野菜だった。
「……もしかして、士郎のところじゃ野菜のカタチとか違うの?」
「……いや、その……大きさがな……」
いくらか落ち着きを取り戻し、士郎は改めて巨大な野菜を観察する。士郎はニンジンを一本まな板に置くと包丁を『投影』すると端を切り落とし、口に運んで味見する。
「っ! 旨い……!!」
想像、以上だ。
野菜本来の旨みが凝縮し、かめがかむほど味が溢れてくる。何より素晴らしいのは過去に食べた食材とは比べ物にならないほど、『霊力』が満ちている。
この食材を食べ続ければ、1カ月は存命できる。士郎は畏敬の念を込めて、最高の料理にしてみせるを己に誓う。
「では改めて、英霊の力をご覧いただくとしよう……!」
投影によって生みだしたエプロンを華麗に装着し、包丁を構えると士郎は宣言する。
「我が調理の極地、存分に味わってもらおうか……!」
実にいきいきした様子で包丁を振るう姿に騎士や戦士のイメージからかけ離れた姿に疑問を抱かずにはいられなかった。
「私が召喚した英雄って……料理人だったのかしら……」
どこから取り出したのか白いエプロンを装着し、大の大人がハイテンションで料理に勤しむ姿を見物しながら……あやねは嘆息するのだった。
その後、調理を終えて居間に戻ってきた士郎。
あやねとちずるにお手製の昼食を振る舞い二人を驚愕させるにであった。