番外編「乗り越えたくって」
満点の星下でに願った後、再び倒れてしまったあやね。士郎はあやねから繋がっている契約のラインをあわてて閉じると、すぐに神社に連れていく。 巫女として成長したあやねだったが英霊たる士郎が回復に要する霊力の消費量とあやねからの供給量が追いつかず、結果。
正式な契約を交わしたその日から体調を崩し、眩暈と高熱に倒れているあやね。
霊体化しながら見守ることしかできない士郎であった。
『まさか体力自慢の君がこんなに弱るとは……すまないな』
「そういう……ことは、言わない……」
霊体の士郎が無念そうに語りかける。ぐったりと布団で寝込んでいるあやねは途切れ途切れになりながら士郎に語り掛ける。
「ねー、士郎……」
『今は無理にしゃべるな。目を瞑って休みなさい。もうすぐまちがこっちに……』
「大丈夫よぅ……すぐに、良くなるから……」
『……ああ、そうだな。君の体力は私が一番よく知っている』
「ふふっ、そうよね……散々しごいてくれたもんね……」
『また元気になったら厳しくしてやる。早く元気になれ』
「酷いなぁ……こういう時は優しくいてくれてものいいのに……そうだ。前にちずるが言ってただけど……」
『むっ?』
「人って大切な人や好きな人がそばにいると元気が湧いて病気の治りが良くなるそうよ」
『なっ……!』
「ふふんっ。びっくりした? だから大丈夫よ。すぐに良くなるから……また、頑張りましょう……ねぇ……」
にへらと微笑むとそのままフッと目をとじる。
再び、眠りにつくあやねを士郎は悔しげに見つめる。
(俺は……無力だ……!)
己の不甲斐なさに恥じ入るばかりだ。英霊という存在でありながらどうすれば主と定めた少女を救うことができるのかもわからない。これでは、生前の無力な少年だった頃と変わらないではないか。いっそのこと、この地より去るべきなのか。
(いや……)
あやねの約束をまだ何も果たせず、何も成し遂げていない。星空の下で交わした誓いを捨て、このまま去るわけにはいかない。
「英霊さま」
『……まちか……』
まちがそっとあやねの部屋に入ってくる。
「今、先生のパラさまがお見えになりました。今回の治療であの子も良くなるかと」
『すまない……君にとって大切な妹を窮つに陥れるなど、臣下としてあるまじき行為だな』
「……ご自分を責めないでください。本来、英霊さまという規格外の存在を人の身で従えようとするなら、これくらいの代償ですめばましな方です」
『そうかもしれないが、やはり私のミスだ。彼女のことをもっと考えておけば……!』
「英霊さま、もし……償いがしたいいうのなら、この霊薬を飲んでいただけますか?」
『これは……?』
「霊力不足を補う、我が家に代々伝わる秘薬です」
まちの小さな手の中にはお盆にのせた小さな湯呑から、禍々しい臭いと毒々しい液体が。
「……わかった。これであやねの体調が改善するのなら……!」
士郎は霊体化を解くとまちから霊薬を受け取り、一気に飲み干す。その瞬間。
「ごっ……! はぁ……!!」
全身を貫くような衝撃が士郎を襲い、膝が崩れ落ちそうになるのをなんとか堪える。この世すべての不味さを凝縮したような味に士郎は耐えるのだった。
「……英霊さま、だいじょうぶですか?」
「あ、ああ……大丈夫だ……確かに効くな。良薬、口に苦しだ」
士郎は身体の状態を確認すると顔をしかめた。薄れた魔力が戻り、四肢に活力があふれた……と思ったが、すぐに枯渇してしまう。
「……助かったが、やはりこれだけではまだ足りないな」
「大丈夫です」
にっこりと微笑むまち。無垢な笑顔のまま士郎に告げる。
「まだまだたくさんありますから、いっぱい飲んでくださいね」
衛宮士郎の試練の夜が、ここから始まる……!
あやねは、夢を見る。
月の綺麗な夜だった。
少年と父は、何をするでもなく、縁側で月を眺めている。
「……子供の頃、僕は正義の味方に憧れていた」
ふと、父がそんな言葉が口を衝いて出た。その言葉を聞いた途端、少年はやにわに不機嫌になる。
「なんだよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ」
「うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で、オトナになると名乗るのが難しくなるんだ。そんなこと、もっと早くに気が付けば良かった」
父は遠い月を眺めながら、苦笑する。
少年は父のその言葉について考え込んでいる様子だったが、やがて彼なりに納得したように頷く。
「そっか。それじゃしょうがないな」
「そうだね。本当に、しょうがない」
父もまた相槌を打つ。
父も少年も月を見上げながら語り続ける。
「うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ」
楚々と夜を照らす月明かりの中で、少年は、ごくさりげない口調で誓いを立てた。
「爺さんはオトナだからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。まかせろって、爺さんの夢は、俺がちゃんと叶えるから」
少年はこんなにも綺麗な月の夜の下で、誓いを胸に秘める。
「そうか。ああ……安心した」
父は安堵すかのように呟くと眠るように目を閉じる。
ある少年が、父の夢を継ぐと決めたその光景を。
「んっ……変な夢……」
もぞもぞと布団の中で寝返りをすると霞のかかった頭で考える。
「あ、朝……?」
徐々に思考が明快になり、状況を改めて把握する。
「ああそっか……私、倒れてたんだ」」
布団を抜け出し、軽く背伸びをする。ふと士郎の姿が見つからないことに言いれない不安を覚えた。すっかり元気になったあやねは姿の見えない士郎を探す。
「士郎……? どこにいったの?」
部屋を出て家の中を歩き回いていると、神社の鈴の音が聞こえた。
鈴の音が鳴るほうへ進んでいくと、拝殿で祈りを捧げる士郎。
「その様子だと、もう大丈夫のようだな……」
一礼し、あやねに向き直る士郎。
「……ごめん、私のせいで……」
「君だけではない」
士郎は無念そうに呟く。
「このような事態は想定できたのだ。ならば対策を練り、実行に移すべきは私にあった……」
「そんなことは……! いえ、もう……やめましょう。お互いに謝り合うのは」
「そうだな……大切なことは次に生かすことだ」
「ええ、そのためにやるべきことは……!」
「ほう、何か考えが……?」
「不足した霊力を補うための補給よ!」
「……は?」
「私が倒れ、士郎が消えかかったのは要するに霊力がたりないからよ」
「ま、まあ……確かに……」
「英霊という存在をなめていたわけじゃいけど、私のほとんどの霊力を吸い上げてもまだ足りないわ。そこで……お母さまとお姉さまに相談するわ」
「まあ、妥当だな。それに私の方もいくつかアイディアがある。特にこの地は霊脈が豊富だ。要地で休めばこの様なことには今後なるまい」
「ええっ!? じゃあ、なんで私は倒れたのよ!?」
「……すまんな。君と最後に別れを告げてそのままこの島を去るつもり……だったからな」
その言葉が、どうしようもないほど怒りをこみ上げる。
「士郎。もう、『この島から出ていく』なんて言わないで!」
「……承知した」
「私たちはこれからもっと強くなるわよ。士郎!」
「ふっ、威勢の良いことだ。精々励むとしよう」
互いにエールを交わすのだった。
(士郎に迷惑をかけないようにしっかりしなきゃ……!)
あやねは心に刻むのだった。