最終話「星に願って」
決断した女の行動は速かった。
すくさま情報を集め、士郎のいる場所を特定する。その間に武器や防具、医薬品など物資の中には、どこからそんな物騒な物を置いていたと尋ねたくなるような凶器や拷問具を取り揃えていた。
着々と準備を始めるとともに消息を絶った士郎の行方も調べる。
どこに行ったのか見当もつかない行人たちを尻目にオカンネットワークによる情報網で士郎が藍蘭島の中心部・富士山(ふじやま)にむかったことを発見。
すべての用意を整え、士郎の待つ富士山(ふじやま)へ向かう一行。時間が経過するにともに話を聞きつけた島中の雌の動物たちもぞくぞくと集結していた。
相手が神や精霊と呼ばれる超常の存在であろうと女の子を泣かす男は許さない……! そんな強固な『勘違い』と共に前進する。
鬼気迫る種を超えた女性の集団に紛れ、たった一人の『男』である行人は、非常に肩身が狭かった。
東方院行人、14歳。まだ十代半ばにしてそれなりに『濃い』人生を送っている彼は思わずれにはいられなかった。
(これから……すごいことが起きる…………!!)
普段優しげなおばさんたちの持つ、穂先のどす黒い赤色を凝視しながら迫りくる地獄の予感と士郎の未来を想い、打ち震える。
そしてさらに恐ろしかったのが、鬼の形相で先頭に立って皆の指揮をとるまちの姿であった。
一体、彼女になにがあったのだろうか?
怯える行人の隣ですずはため息を吐く。
(まち姉……たぶん、勘違いをしているよね……)
婚期にあせる18歳を眺めながら、ふと行人に目をむける。
(……行人……)
彼を見つめていると時々胸の鼓動が激しくなるのは何かの病気だろうか。今度、オババに相談しようと考えるすず。
すずの隣のあやねはまた考えていた。
(士郎に勝つことも大変だけど……大事なのは『その後』よね……)
真剣に考えこむあやねに心配そうに声をかける行人。
「……士郎さんのこと?」
「うん……ちょっと、私たちの将来について考えてね……」
「その言い方はちょっと語弊があるぞ!?」
行人は慌てつつ、あやねの言葉に耳を傾ける。ぽつぽつと喋りだした内容をまとめえると士郎を倒すことも大変だが、同じぐらい藍蘭島から去る気の彼をこの地に留めていくことも難しい。また契約や英霊を維持していくことは自分ひとりでできるか心配なこと。
そして、自身が原因で災いが起きるのではないかと心配していること。
あやねの話を聞き終え、行人はしばらく目を瞑る。
「……ごめん。ボクにはどうすればいいか答えられない……けど、これだけははっきり言えるよ」
行人はあやねに向き合って告げる。
「何があっても、傍にいてほしいってあやねは士郎さんに告白するべきだ」
「……そっか、そうよね」
得心がいったとあやねは頷く。
結局そこなのだ。士郎を認めさて納得してくれれば、全ての問題が解決する。
「何があっても私と士郎がいれば問題ないし、主様やお母さまお姉さま、みんながいるもの……!」
「後、ケイヤク? についてはボクには分からないからまちやちずるさんや他の大人の人に相談したらどうかな?」
「うっ、そうね……術関係のことを行人さまに相談したのは間違いね」
ため息をつく普段通りのあやねの姿に行人は立ち直ったことに安堵する。
「みんなで士郎さんに勝とう……!」
「ええっ!!」
やる気を漲らせ、拳を打ち合う行人とあやね。一行は霊峰・富士山(ふじやま)へ突き進む。
富士山(ふじやま)の中腹。見晴らしのよい静かな草原。
そよ風が舞い、小鳥のせせらぎが奏でるこの土地は今。地獄と化していた。
行人たち一行が見たのは、以前とは比べ物にならない程薄れた姿の士郎であった。
だが、今はそんなことは関係ない。
鬼気迫る女性陣の様子に士郎の表情が引きつる。
数多の戦闘経験が結論を告げていた。ここがお前の死に場所だ、と。
「な、なっ…………!」
なにか生前に女性に囲まれた経験でもしたのだろうか。尋常ではない汗をにじませて叫ぶ士郎。
「待て、話せば分かる!」
「「「「「「「わかるかあああぁぁぁぁぁぁっ!」」」」」」」
制止する叫びなぞ届くはずもなく、島中の女性たちに襲われる士郎。なんでさぁぁぁぁと悲鳴と共に群衆の中に消えていった士郎を眺めながらあやね、すず、行人はこの後の収拾をどうするか考えるのだった。
「……私の勝ち、なのかしら……?」
「うん……士郎さんの敗北だね……」
「英霊とは思えないぐらい、情けないね……」
人類の守護者が女たちに袋叩きされるという世にも奇妙な光景を眺めながら、三人は呟くのだった。
「ふぅ……さすがにやり過ぎだ。死ぬかと思ったぞ……」
「士郎さんってやっぱりタフですね……」
ぼんやりと消えかかり、消滅寸前の士郎を眺めながら行人は呟く。
「ところで、霊体の士郎になんで皆攻撃できるの……?」
あやねの呟きに士郎が答える。
「ああ、この島の食材には大小、霊力が帯びているからな。おそらく体内に取り込んだため、私に触れ、そして攻撃できるのだろうよ」
「……そう言えば、前に行人さまが幽霊のばけばけをぶん殴って説教してたわね……」
「まあ、それよりも……」
「ところでこれって士郎さんに『勝った』ってことでいいんですか……?」
微妙な表情のすずが尋ねる。
「……はあ、さてどうするか……」
「なに恰好つけてんのよ! いい加減、負けを認めなさい!!」
あやねが叩き付けるように叫んだ。
「だが、これが最後の機会だぞ?」
「……どういうこと?」
「私という存在は『危険』だ」
士郎は断言する。
「強大な力はやがて大きな災いを呼ぶ。この平穏な島にどんなことが起きるか……」
「そんなことを気にしてたの? あのねぇ……士郎が来る前からこの島は、存亡の危機に陥ってるわ!」
あやねが言い放つ。
「この島のみんなは真剣に考えてなかったみたいだけど……行人様が来るまでこの島に『男』がいないから、滅びかかっていたのよ」
「いや、それは……」
「それとも何? 本や伝承で出てくるような侵略者が来ることが災いだって言うの!? それだけじゃないでしょう!! 仮に十年前のような大津波が起きてもみんなで力を合わせて戦えば乗り越えられるしれない。その時、士郎がいれば……みんなが助かるわ……!」
「……そうか……」
「大きな災い? そんなもの……あやねちゃん最強伝説の1ぺーじにしてくれわ!!」
「あやね……」
感動していた行人残念そうに呟く。
「どんな困難があっても……私と士郎がいれば、そんなの敵じゃないわ」
「あやね……」
見つめ合う師と弟子。
もう一人の弟子ある行人が身を乗り出す。
「あやねや士郎さんだけじゃないですよ! ボクだって!」
「わたしもわたしも!」
「ここは、私はいてもいいのだろうか……?」
「もちろんよ! 士郎、最初に言ったわよね。『ようこそ、藍蘭島へ』って! そしたら士郎なんて言ったか覚えてる?」
「ああ、覚えているよ……『よろしく頼む』と……」
暫し巫女と騎士の視線が交錯する。
「……私の、敗北か……」
「ああ、私の勝ちよ……」
お互いが納得するのだった。
「じゃあ、正式に契約を結ぶわ」
まちは懐から取り出した呪符に霊力を楚々木々込、術式を起動する。呪符は淡い光を放つと、士郎とあやねのライン、霊的に二人を結びつける。
正式に式神契約を結ん終えた瞬間、あやねの体中の霊力が士郎の元に流れ込んでいく。あわてて気を引き締めて耐えようとするが全身に脱力感が広がり、足に力が入らない。
「うわぁ……ごめん、無理っぽいわ……後、お願い、ね……」
「あやね!」
そう言終えると膝から力が抜けて倒れ込むあやねを士郎が抱きとめた。気を失ったあやねの小さな身体を士郎はそっと抱え、不思議そうに呟く。
「……温かい、な……」
この小さな体で自分を救ってくれた女の子に自分は、どれだけのことができるのか
士郎は考えるのだった。
夢を見る。
私ではない誰かの。
ようやく契約を交わし、正式な主従関係を結ぶことに成功したからだろうか。
エプロンの似合うあいつの、生前の頃の夢を。見ることになった。
・
・
・
・
・
・
・
「もう…………いい加減にしなさぁぁぁぁぁいっ!!」
絶叫とともに飛び起きるあやね。
16年生きてきた中で最悪の……目覚めだった。
はーっはーっと荒い息をつきながら鬼のような形相で天井を睨んでいたあやね。なわなわと怒りに震え、焦点の合わない瞳が空中を彷徨っていたが香ばしい味噌汁の匂いに我に返る。
「士郎ぉぉぉぉぉぉっ!!」
どどどどどどどどと台所で朝食の準備をしていた士郎に突撃する。
「あやねか、ちょうど夕食が……!?」
悪鬼のような形相でこちらに向かってくるあやねの姿に士郎は言葉を失う。
「あの女は誰よっ!?」
「はっ……? な、何のことだ?」
「とぼけないで! 金髪の女と接吻した後、(放送禁止用語)や(子供には聞かせられないもの)や(口にするのもはばかれるようなこと)や(女の子が言っちゃいけない言葉)なこともしたでしょう!?」
「マスター!?」
「その上、ぐらまーな女や黒髪のぺちゃぱいとさ、三人同時なんて……! そして最後には、銀髪幼女にまで手を出して……!!」
「そ、それは違うぞ! 待て、話せば分かる!!」
あたふたと弁解する士郎の姿は浮気のばれた駄目男のようであった。
士郎の言い訳を聞きながら、淡々と霊力を己の右拳に溜め込み。
「問答無用っ!」
「ぐはっ!」
渾身の右ストレートを士郎の腹に叩き込むのだった。
「……悪かったわね……」
「いや、気にするな……そもそも契約すると英霊の過去を覗いてしまうことがあると前もって伝えていない私も悪かった」
「そう言えば、英雄となって星になった人もいるのね……」
「そうだな。ギリシャ神話のヘラクレス、ペルセウス、数多の英雄の師となったケイローンなどそうだな……」
満天の星を二人で眺めながらあやねは小さな、そしてはっきりと口にする。
「私、英雄になる」
士郎は僅かに顔をしかめる。
「……あやね、それは……」
「うん、わかっている。生半可な道じゃないし、たくさんの不幸や困難が押し寄せると思う……でも、士郎がいるから」
「あなたがいれば、絶対に負けないもの」
「あやね……」
「これからもよろしくね」
これは何を言っても無駄だな。諦めつつ、何やら楽しくなる自分に驚きつつも士郎は新しい主人に忠誠を誓う。
「それはこちらの台詞だ。私の方こそよろしく頼む」
「ふふっ、いつまでも一緒なんだからそんな改まって言わなくてもいいのに……」
「そうだな……君が望むまでいつまでもそばにいるとしよう」
「そうよ。死ぬまで一緒なんだから!」
「なっ……」
「さあ、士郎! 行くわよ!! あの星に届くような英雄になるまで!!」
無限の星空に手を伸ばす少女と見守るかつての英雄。
そして夜が明け、今日も雲一つない晴天の空。
日はまた昇り、新しい一日が始まる。
藍蘭島は、今日も平和です。
(あとがき)
長い間、呼び出されて藍蘭島を読んでいただき、ありがとうございます。
これをもちまして、完結となります。行き当たりばったりから始まり、課題が多く残されています。しばらくは皆さまから指摘していただいた部分を直しつつ、追加エピソードを加えてより面白い作品していきたいと考えています。こんなあやふやな作品で長期の休載など、ご迷惑をおかけしました。
全てを読んでくれた読者の皆さんへ。
本当に今までご愛読ありがとうございました。