第25話「つき合って」
行人は日課である早朝の稽古を終え、境内でぼんやりと藍蘭島の空を眺めてつつ頭を捻りながら考え込む。頭の奥底には答えらしきものが浮かんでいるはずなのに、なかなか言葉に出てこない。
「どうしたのかね?」
「あっ、士郎さん……」
そこでふと、思い付く。この人に相談すればアドバイスを貰えるかもしれない。
「実は、普段からいつも助けてくれるすずにお礼がしたくて……何を渡そうか悩んでいるんです」
「なるほどそういうことか」
士郎は少し考え込むと。
「なら、彼女の好きな豆大福などどうかね?」
「あっ……それはいいですね!」
「そんなにも日頃の感謝を示したいのなら、私が作り方を教えるが……」
「いいんですか!?」
「構わんとも」
「ねー。二人でなんの相談?」
家の掃除が終えたあやねがひょっこりと顔を見せる。
「ああ、実は豆大福をだな……」
「へぇ、面白そうじゃない。私も仲間に入れてよ」
「あやねも協力してくれるのかい?」
「勿論よ。私もすずに色々してみたいし……」
にやりと邪悪に笑うあやね。
「……イタズラは程々にね……」
苦笑気味に忠告する。行人もあやねの性格を理解しているため、イタズラについて諦めている。
「わかっているわ。『窮鼠猫を噛む』ってやつね」
「すずの場合、荒ぶる猫って感じだけどね」
「ああ、言えてるわね」
「では明日の早朝、この神社で待ち合わせをするとしよう。無論、材料は私が用意しておこう」
「「はーい」」
行人は何度もお礼を言って神社を後にする。行人が神社前の階段を降り、完全に姿が見えなくなった途端、あやねは士郎にツカツカと勢いよく近づく。
「何かね?」
「久しぶりのちゃんすが到来したわ!」
「……それで、私に協力しろと?」
「察しがいいわね。その通りよ。つまり、大福を作っている最中に士郎が抜け、二人っきりなって……! ふふふふふふふふふっ!!」
「やるからには機会を生かせよ?」
「勿論! 他にも色々と考えているわっ!!」
「期待している……が、それはどうやら叶わないようだな……」
「へ? どういうことよ……?」
首を傾げるあやねの背後から声が聞こえる。
「……なんだか、面白そうな話をしているじゃない?」
「げっ、お姉さま!?」
「げって何よ」
「ふむ……君も一緒に来るかね?」
「勿論よ!」
「ちょっと、士郎!?」
「まあ、待ちたまえ。ここまで聞かれてしまった以上は仲間はずれにするわけにはいかんだろう?」
「ま、まあ。そりゃそうだけど……!」
「なら決まりね。集合はいつなの?」
まちの問いかけに士郎が答える。
「明日の早朝、ここでだ」
「任せてちょうだい。行人さまがびっくりするくらい美味しい大福を作って見せるわ……あやねの代わりに」
「へぇ、それはどういうことかしら……!?」
鋭い眼光で睨み合う巫女姉妹。
「まあ、待ちたまえ」
やんわりと二人の間を割って喧嘩を仲裁する士郎。
「「止めないでっ!!」」
「……止めるつもりなどない。どうせ争うなら、明日の餅づくりの時でもよかろう?」
「むぅ……」
「士郎さまがそうおっしゃるなら……」
あやねとまちは不承不承といった様子で頷く。
「さて、明日は早朝から準備をするぞ。早く風呂に入って寝なさい」
「「はーい」」
普段は喧嘩ばかりなのに、そういう時だけ素直に頷いてさっさと道場を出ていく姉妹。
「まったく……」
苦笑する士郎は箒とちり取りで掃除を再開しながら明日の段取りを考えであった。
次の日。
ぺったんぺったん。
「士郎さん、こんな調子でいいですか!?」
杵で餅米を懸命につく行人。
ぺったんぺったん。
「ああ、いい感じだぞ!」
行人のリズムに合わせて湯で手を湿しながら、餅米を折り畳むように中心に集める士郎。
「二人とも、早いわ……!!」
突きあがった餅の塊を手際よく千切って丸めるあやね。
「……こんな感じ……?」
不慣れな様子で黒豆をトッピングしたり、小豆を入れて丸めるまち。
ぺったんぺったん。
「いくぞ!」
「はい!」
「「これで最後だっ!!」」
協力し合って餅つきをする士郎と行人。
時間が経つごとに手馴れてくるあやねとまち。
四人はかつてないほど協力し合い、連帯感が生まれる。
((でも……これは違う……!!))
男たちの生き生きとした横顔を眺めつつ、あやねとまちは手を止めることなく心の中で叫んだ。大福作りをしながら士郎は途中退室。その後は密室で三人だけで協力すると見せかけ、イチャイチャと女子力を見せつけることで行人の好感度を高める計画だったのに。
予定とだいぶ違う。
内心、忸怩たる思いを抱きつつ、二人は手をとめることなく大福を作り続けるのだった。
「今日はありがとう! おかげで美味しい大福ができたよ!!」
「……そ、そう……」
「行人さまが喜んでいるなら……」
全ての工程を成し遂げ、じつにいい笑顔で感謝の言葉を放つ行人。
体力のないまちは虚ろな瞳のまま肯定し、体力に余裕のあるあやねの方はやや悔しげだ。
「ふふっ、餅をつくなど……一体いつ以来だろうな……」
「ええ、ボクも楽しかったです」
固い握手を交わして健闘と称える士郎と行人。
芽生える男の友情。
そういうのは、求めていないとあやねは士郎を睨みつける。
二人の怨念の籠った視線に気づいた士郎ははっと思い出したようにできあがった大福とお茶を持ってくる。
「ま、まあ……皆、疲れただろう? 少し一服するといい」
「わぁ、ありがとうございます」
「大福!」
できたても餅の匂いで我に返ったまちが士郎から小皿に乗った大福を受け取ると次々と食べていく。
「お姉さま! 私の分も残してよ!!」
「心配するな。まだ沢山あるとも……大福以外に安倍川もち、海苔巻もあるぞ」
「ボクもお腹ぺこぺこなんだ。二人に負けていられないな……!」
今度は大皿に乗った綺麗に盛り付けされた三種類の餅に感動する三人。手を伸ばして美味しそうに頬張る。
そんな様子を見ていた士郎が何気ないように一言。
「そう言えば、食欲のある女性というのは性欲もすごいらしいな?」
ごふっと思わず喉に餅を詰まらしかけた行人が驚いた表情で士郎の方を振り向く。
「ご、ごほっ……な、何を急に……!」
「いや、何でもない。忘れてくれ」
そんなの忘れられるかとお茶を飲んで気持ちを抑える行人。その様子を見ていたまちは、ナイスだみたいな表情で士郎を見つける。隣で餅を頬張っていたあやねは不思議そうな表情で行人と士郎を眺めていた。
休み終えた行人は餅を包み、士郎たちにお礼を言うと龍神神社を後にする。
すずの家に帰宅した行人は、今までの感謝の気持ちと言って笹の葉で包んだ大福を渡す。大喜びのすずは早速堤を外して豆大福を一口。歓喜の笑みを浮かべるすずは次々と豆大福を手に取るとそれはそれは嬉しそうに頬張る。
その姿を眺めながら、行人はふと士郎の言葉を思い出す。
(そう言えば、士郎さん。『食欲のある女性は性欲もすごいらしい』って……何考えてんだボクは!?)
その時はおっさんの下ネタかよと思春期特有の潔癖で冷ややかな眼差しで士郎を睨んでいたのに、頬を赤らめて脈打つ心臓を必死に抑えている。
すずの幸せそうな横顔をから目を逸らせない。行人はドキマキしながらぼぉっとしながらその姿を見続けるのだった。
「そう言えば、士郎」
「何かね」
「士郎が行人様に言っていた『せーよく』って何のこと?」
「む、むぅ。そ、それはだな……!」
「お姉さまも知ってたみたいだし、すずが分からないのはいいとしてわたしが知らないってのが納得いかないのよ!」
「なら、まちに聞けばいいではないか」
「お姉さまに相談するのはなんか癪なの! ねえ、教えてよ、『せーよく』って何なの!?」
「そ、それは……! 男の私が言うのは……!!」
しどろもどろになりながら、何と説明すればいいのか苦悩する士郎とこれは日頃の鬱憤を晴らすチャンスと悟ったあやねは執拗に『せーよく』について迫るのであった。
後日、まちに『性欲』についてあやねに教えてほしいとセクハラまがいのお願いをする士郎と顔を赤らめながら了承しつつもこの機会に妹にお仕置きしてやると心の中に嗤うまち。その行動の結果がさらなる騒動を巻き起こすことを、彼らはまだ知らない。