第20話「振り返って」
「あやね、もっと力を抜いて……大丈夫。私に任せたまえ」
士郎の優しげな声を聞きながら、あやねは首を振る。
「あっ、ちょっと……やめっ!」
「ここをこう……だな」
「だ、だめよ! ちょ、いや待って! うっ!」
士郎の指が肌の上を滑る感触に、あやねは黄色い悲鳴を上げた。
「あっ、くうぅっ……!」
体を突き抜けるような感覚にあやねは顔を赤らめ、耐えるように顔をしかめる。
「痛いか?」
問いかけに首を振り、はあっと甘い息を吐くあやね。
特にした様子もなく士郎はぐっぐっとリズミカルに力を込める。
「ひゃっ! やんっ!」
声で出てしまいあわてて口元を手で押さえるあやね。
「くっ……くふぅ、はあぁ、ああっ……!」
士郎が力を込める度に微かに口元から漏れてしまう。頬が紅潮し、額に汗がにじんでいるが拭こうともせず耐えるあやね。堪えきれずに声をあげてむき出しになっていた右足が跳ね上がる。
「ひゃああぁぁっ!」
言葉にならないと小柄な身体を震わせ、荒い息を吐きながら潤んだ瞳で士郎を見上げるあやね。早々に腰へ力が入らなくなり、生まれたての子鹿の如く足をガクガク震わせ始めてしまう。そんな弱々しい少女を無視して手を動かし続ける士郎。
「あっ、ひゃぁっ。だ、だめっ……! 」
士郎の下で頬を染めて悶えるあやねに目を向け、眉をしかめる。
「……そんなに痛かったか?」
士郎は足裏を指で押しながら怪訝そうな顔をする。
「足ツボマッサージは?」
その後は多少力を弱めつつ、一通り足ツボマッサージはこなし、ようやく終わる。一息をついたあやねは襟元を動かして火照った身体に風を吹き込む。
梅梅たちと分かれ、夕飯はあやねの希望通りの豪勢な料理だった。
彩り鮮やかに盛り付けされた舟盛り。
滅多に口にできないフグ鍋。
刺身を堪能し、フグを頬張り夕飯を堪能したあやねはさらに疲れがたまっているから按摩もしなさいと要求。そして現在にいたるのであった。
士郎から受け取ったタオルで汗を拭きながらあやねは呟く。
「……あなたって本当に多才ね……」
「喜んでいただけて何よりだ。しかし胃に相当な疲労がたまっているな……あそこまで痛がるとは思わなかったぞ?」
士郎は湯飲みに入った特製の薬草茶をあやねに手渡す。
「誰のせいよ。誰の! ってこれ……おばばの調合した疲労回復用の薬草よね……すっごく苦い……!」
「その通りだがまあ、試しに飲んでみたまえ」
あやねは顔をしかめながらも恐る恐るといった様子で薬草茶に口をつける。
「あれ? 苦くない……」
「蜂蜜を少々混ぜて飲みやすくしておいた」
「……その気遣いをもっとしてくれたらいいのに……」
ぶつぶつ呟きながらあやねは薬草茶を飲んでいく。
「しかし、なんだかずっと一緒にいるみたいだけど士郎が召喚されてからまだ2週間程度しか経ってないのよね……」
「突然なんだね?」
「いやー、召喚したこと思い出してみたり……」
「ああ、あれは傑作だったな。自身の召喚した妖魔に襲われるなど……未熟者の分際で何をやっているのだ?」
「う、うるさいわね! でもおかげであなたを召喚できたし未熟者なんかじゃないわよ!」
「さて、私のような役立たずをよびだすのだ。未熟者ではなく大馬鹿者の類かな? だがそうだな……確かに向上の兆しは見受けられるのは事実。今後はちずるの相談して術の基礎に踏み込んでみるか」
士郎の言葉に怒りの表情は一変、満面の笑みになる。
「ほんと!? ふふっ、ついにこの私の力を認め始めたようね……このままぐんぐん上達して私が真の主と認めさせてやるわ!」
「安心しろ。そんな可能性はないだろうからな」
「なんですってーっ!」
漫才のような言い合いしながら、あやねは思った。この口が悪く、融通も利かないが……優しい幽霊とずっと一緒にいたいなあと。
士郎は考える。
いずれ消え去るこの身で後どれだけのことができるのだろうかと。
士郎は食べ物、飲み物から魔力を摂取している。藍蘭島が類を見ない霊地で他の国では考えられないほど豊富な力を帯びた作物を手に入れることで存命できているが猶予は残り少ない。
(残りの魔力をやり繰りして……持って2週間程度か)
いずれ消え去る存在である自分がこの先、何ができるのだろうか。からかう度に表情の変わるあやねの姿を見ながら自問自答を繰り返す士郎であった。